マシンの知性からバイアスを引き出し、その眼に“幻の風景写真”を撮らせる認知心理的な試みを行った、苅部太郎個展 「あの海に見える岩に、弓を射よ / Aim an Arrow at the Rock in the Ocean」

2024/08/05
由 遠藤 友香

株式会社マイナビが、東京・銀座の歌舞伎座タワー22Fで運営する、2023年7月にオープンしたアートスペース「マイナビアートスクエア(MYNAVI ART SQUARE/通称:MASQ)」。学生、ビジネスパーソン、企業、教育機関とアーティストの繋がりを後押しするプラットフォームです。複雑化した社会で、主体的に考え柔軟に判断していく力を養うきっかけとなる「アート」や「アート思考」、「リベラルアーツ」を起点に、プログラムを展開しています。MASQは、新たなアイデアやアプローチをもたらすアーティストやキュレーター、コレクティブ(共同体) などの表現者らと共に、機械やAI では代替できない、一人ひとりのもつ潜在的な可能性を広げることで、豊かな未来を共創することを目指しているとのこと。

この度、MASQでは2024年8月31日(土) まで、アーティスト / 写真家の苅部太郎氏による個展「あの海に見える岩に、弓を射よ / Aim an Arrow at the Rock in the Ocean」を開催中です。

苅部氏は、今日の社会における複雑な様相を、メディア技術や知覚システムの根源に立ち戻り、人類学や哲学など知の領域から「人がものを見る経験」を再認識するコンセプチュアルな作風を特徴としています。活動開始から一貫して写真メディアを使用し、初期は被災地・紛争国などでのフォトジャーナリズムや、人形やロボットなどの人工物と人間関係を結ぶ人々を捉えるドキュメンタリーの手法を用いました。そして近年は、テクノロジーと人間が相互作用しながら形成するホロスの主観的視覚世界の視覚化など、角度を変えながら手法を考察しています。

その活動は国内外で評価され、『EL PAÍS Semanal』や『WIRED.jp』にて作品が取り上げられるほか、「浅間国際フォトフェスティバル」や「Auckland Festival of Photography」などの展覧会にも多数出品しています。さらに今年春に開催された「ジャパンフォトアワード」では、審査員であるキュレーター/『Foam Magazine』元編集⻑の「Elisa Medde賞」を受賞。現代写真の新たな領域を切り拓く存在として注目を集めています。

本展では、苅部氏が2022年から続けるプロジェクト「あの海に見える岩に、弓を射よ」に新作を交えて発表します。本作はマシンの知性からバイアスを引き出し、その眼に“幻の風景写真”を撮らせる認知心理学的な試みです。太古の穴居人が洞窟壁画や星座に抱いた「夢想」と、現代に生きる私たちの誰しもが囚われる「欲望」を、苅部はマシンを依り代にして魔術師のごとく作品に投影します。

苅部氏は本展に関して、以下のように語っています。

「私は10年ぐらい写真を使った作家活動を、東京を拠点として行っています。写真を始める前に、心理学、感染症、金融、ITという領域で活動してきました。それで今美術や写真の分野で活動しており、ぱっと見バラバラなように思えるのですが、自分の中では一つ共通していることがあって、それは見えないシステムを使っていることなんです。心理学って見えないシステムを使うし、金融経済、ITもそうですし、感染症も免疫という体のシステムを使っていますよね。そういった見えないシステムに自分たちが生きている世界って包まれていて、そこのシステムに含まれているパターンや構造とか、そういったものを自分が探求したりとか、そこから何か自分の気づきやヒントを得られないかということを考えながら、そういった事象を扱っています。

そういったバックグラウンドがあって写真を始めたわけなんですが、写真を始めた当時は報道写真家として活動していました。国内外の被災地や難民キャンプといった、ハードゾーンが主な場所だったのですが、そういった場所でいわゆるフォトジャーナリズムをして、海外のメディアに写真を配信する仕事をしていました。

いわゆる歴史を動かすような大きな事件とかイシューとか、グランドゼロに立ちたいなという気持ちを持って活動してきて、具体的に言うと熊本地震とか、ロヒンギャ難民キャンプとか香港デモとか、そういった場所にも出向いてきたんですが、だんだん目の前で起きていることを写真に撮って、その写真を使ってどう語るかという語り方よりも、その写真を自分が撮って、その後世界中に伝播していくというそのダイナミズム、写真とか視覚メディアの機能自体に関心が移ってきました。

改めて考えるとすごく写真って不思議なもので、目の前で自分が見た光景をそのまま記録して、それを世界中の人と瞬時にシェアできるというものすごい制度で、そのおかげで人類のサバイバル能力とか考える力が上がっているんですが、そういった機能面について最近は考えています。なので、最近はこういったちょっとコンセプチュアルな、写真メディアそのものについて問うような、写真の写真性をあがくようなことを最近はしています」。

次に、苅部氏おすすめの1作品をピックアップしてご紹介します。

苅部氏はこちらの作品について、「これは街っぽい絵だなというのが多分おわかりになると思うんですが、元々の写真は違うんですね。元々の写真はノイジーな抽象的な画像なんです。この作品は、AIに誤読させる、機械に見間違いをさせるというプロジェクトです。

AIが搭載された風景写真認識システムがあって、そこに風景写真じゃないものを入れると、バグっちゃうんですね。バグってAIが混乱するという、AIのハルシネーションという現象なのですが、それをここでは積極的に出そうとしています。AIが搭載されたソフトウェアに、こういったカオティックなものを入れると、AIってバグりながらもパターン認識を頑張ってしようとするんですね。この情報の塊は窓だなとか、岩だなとか、森だなというのを、無理やり自分の中で一致率を計算して引っ張ってくるんですね。

ここでいうと、こういうブロックのノイズがデジタルテレビ画像の中で出てくるのですが、テレビを接触不良にしています。元々流れているドラマとかニュースとか、そういった番組にブリッジノイズを発生させて、よくわからない画像にして、その画面を直接カメラで撮っています。画面を撮って、その画像を回転とかトリミングすると、一見元の画像が何だかわからなくなります。そうやって人間が抽象画を観たときに、何かに自分に引きつけて観るように、AIも元々人間の脳を模して作られてるので、人間の脳と同じように解釈をしようとするんです。無理やりこういった出力をしてくることを行っています。

その出力具合も時間の経過に伴って変わってくるんですね。大体1年前に出力したときは写実的なものがたくさん出ていました。街とか、少し滝っぽい絵とか。ですが、だんだん時間が1年ぐらい経つと、抽象的な表現になってきたんですね。より抽象的に解釈を踏まえながら、AIが出力するようになってきていて、だんだん人間が観てこれは写実的な風景絵画だなっていうことを理解しづらくなってきて、AIの風景感と人間の風景感かがちょっとずつずれてきているなということが感じられて、そこを記録しているんですね。

AIってバージョンアップされて、一度バージョンアップされると、元のアルゴリズムとか元の振る舞いに戻らないんです。なので、そのときにしか得られないAIの振る舞いっていうものを私は写真的に、この瞬間をキャプチャーしているというのがこの作品になります」。

MASQのキュレーションを担当しているプロデューサーの戸倉里奈氏は、本展について次のように述べています。

「マイナビアートスクエアは去年の夏にオープンしまして、特に去年から今年にかけては、若手のアーティストをフューチャーして取り扱っています。今回は、JAPAN PHOTO AWARDさんにご協力いただいての共同キュレーションになります。JAPAN PHOTO AWARDさんは、現代アート写真家、特に若手の発掘に力を入れているアワードで、非常に魅力的なアート写真家を多く輩出しています。今回、その中でも苅部太郎さんに展覧会をお願いしました。

苅部さんの素晴らしいところは、現代アート写真という写真の枠にとどまらずに、もっと広い可能性を示しているところです。ご覧いただくとわかるかと思うのですが、写真というよりも本当にアート作品で、まるでペインティングのような世界観が展開されています。写真は苅部さんが表現したいものの一つのツールであって、写真を見せたいわけではなく、本当にアート作品を見せるのが軸にあるのだと思いました。

軽部さんは非常に経歴も面白くて、色々なことを経験して最後にたどり着いたのがアート写真で、それはどうしてですかと聞いたら、わからないこと、わからないシステムを探していくのが好きなんですと仰ったのが非常に心に残りました。アートというのはずっと問いかけをしながら作り続けていくものだと個人的に思っていまして、苅部さんの作品が魅力的なのは、ずっと問い続けて、そして答えを見つけようとするその姿勢にあるんだなというふうにものすごく感じました。」

 

以上、MASQで開催中の苅部太郎の個展 「あの海に見える岩に、弓を射よ / Aim an Arrow at the Rock in the Ocean」についてご紹介しました。まるで抽象画のような写真作品は、観ている者の心に深く刺さってくるものがあります。ぜひ会場に足を運んで、ご自身の目でお確かめください。

 

■「あの海に見える岩に、弓を射よ / Aim an Arrow at the Rock in the Ocean」
会期 :2024年7月26日(金)〜8月31日(土)
・苅部太郎×徳井直生トークイベント | 8月22日(木) 19:00〜20:00
場所 :MYNAVI ART SQUARE(MASQ)
東京都中央区銀座4-12-15 歌舞伎座タワー22F
開館時間 :11:00〜18:00
休館日 :日・月・祝