執筆者:遠藤友香
20世紀初めにポール・ポワレが嚆矢(こうし)となり、シャネルによって広く普及したコスチュームジュエリー。コスチュームジュエリーとは、宝石や貴金属を用いず、ガラスや貝、樹脂など、多種多様な素材で制作されるファッションジュエリーのこと。
素材から解放されて自由なデザインを提案できるコスチュームジュエリーは、ポール・ポワレ以降、シャネルやディオール、スキャパレッリなど、フランスのオートクチュールのデザイナーたちがこぞって取り入れました。やがてヨーロッパ、そして戦後は主にアメリカでコスチュームジュエリーは広く普及し、当時の女性たちに装う楽しみだけではなく、生きる活力、自由、そして自立の精神をもたらしました。
そんな20世紀初めから戦後に至るコスチュームジュエリーの歴史的展開を紹介する、日本初の展覧会 「コスチュームジュエリー 美の変革者たち シャネル、ディオール、スキャパレッリ 小瀧千佐子コレクションより」が、2024年6月30日(日)まで愛知県美術館にて開催中です。
ムラーノガラス、ヴェネチアンビーズ、コスチュームジュエリーの研究家・コレクター 小瀧千佐子氏
ムラーノガラス、ヴェネチアンビーズ、コスチュームジュエリーの研究家・コレクターである小瀧千佐子氏による世界的に希少なコレクションから、ジュエリー約450点と、当時のドレスやファッション雑誌などの関連作品を展示。それらを通して、魅力溢れるコスチュームジュエリーの世界感を堪能することができます。
近年、日本ではファッションに関する展覧会が頻繁に開催されるようになりましたが、その多くはドレスが主役です。コスチュームジュエリーに焦点を当てて包括的に紹介する展覧会は今回が日本初であり、1 点もの、あるいはごく少数しか制作されなかったコスチュームジュエリーが⼀堂に会す貴重な機会となっています。
シャネルやディオール、イヴ・サンローランなど、よく知られているフランスのオートクチュールのファッションデザイナーから、サルバドール・ダリやマン・レイなど、シュルレアリストと親交を結んだエルザ・スキャパレッリ、日本で初めて紹介されるジュエリー・デザイナー、コッポラ・エ・トッポやリーン・ヴォートランなどによる、見ごたえのあるジュエリーが数多く展⽰されています。
本展監修者の小瀧千佐子氏は、「コスチュームジュエリーは常に時代を映す鏡であり、流行や世相を反映し流動的で、金やダイヤのように素材そのものに市場価値がないことから、流行の終焉と共に消え去る運命にある。しかし、時代の大きなうねりに流されず、二つの大戦を経てなお生き残ったコスチュームジュエリーがここにはある。それらには、デザインしたアーティストたちの先鋭的で独創的な、ゆるぎないスタイル(様式美)があったからだと、私は考えている。
1910年代フランスでオートクチュール用のジュエリーとして誕生し、ヨーロッパからアメリカへ伝わり華麗に開花したコスチュームジュエリー。20世紀初頭、貴金属偏重の価値観から解放され、女性の社会進出と深く関わり、多様な素材で“個性を表現するため”のアイテムとなった。職人の卓越した技術に裏付けされ独自の様式美を纏う作品群は、20世紀の誕生から100年を迎える今、アートとして認識されるべきであろう」と述べています。
会場の入り口を入ってまず出迎えてくれるのが、20世紀初頭から第一次世界大戦を挟んだ1920年代に『イリュストラシオン』紙に登場した、当時の新しい女性像の一端を知ることのできる映像です。
『イリュストラシオン』は1843年に創刊された、フランス初の挿絵入り週刊誌で、記事内容は政治、経済、国際情勢、文化芸術など多岐にわたっています。コスチュームジュエリーが生まれた20世紀初頭は、社会も人々の生活スタイルも大きく変わりました。女性の活躍の場が広がり、それとともに求められるファッションはより自由でシンプルなものに変化。そうした様子を『イリュストラシオン』は度々取り上げています。
Chaper 1. ポール・ポワレとメゾン・グリポワ
20世紀初めのヨーロッパでは、科学技術の発展とそれに伴う社会的イデオロギーの変革の中で、人々の生活スタイルが大きく変わりました。女性たちの活動の幅は広がり、遠方への旅行、自動車の運転、多様なスポーツへの参加など、活発な女性が新しい女性像となって注目され始めます。そうした変化に呼応して、コルセットに拘束された人工的な形態や過剰な装飾から解放され、動きやすく身体の自然な美しさに沿った衣服が求められるようになりました。そして、高価な宝石よりも気軽に身に着けられ、シンプルな衣服と調和するコスチュームジュエリーが生まれました。
ポール・ポワレ
フランスのファッションデザイナー、ポール・ポワレはこの時代のニーズを敏感に察知し、1906年にコルセットを使用しないハイウエストのドレスを発表しました。彼はまた自らがデザインするドレスにふさわしいジュエリーをビーズなどを用いて制作し、コスチュームジュエリーの先駆者となりました。
ポワレのコスチュームジュエリーの制作を担ったジュエリー工房の一つに、メゾン・グリポワがあります。19世紀後半にオーギュスティン・グリポワが創業したこの工房は、特に1920年代にガブリエル・シャネルとの出会いによって、模造パールの開発や特殊なガラスの技法で、一躍その知名度を高めました。
Chaper 2. 美の変革者たち
オートクチュールのためのコスチュームジュエリー、つまりクチュールジュエリーには、デザイナーの考案した生地や色を考慮し、コレクションのテーマを強調するという役割があります。ほとんどの場合がシーズン毎に数点だけ作られ、ドレスと同様にトレンドを追うのではなく、先取りしなければなりませんでした。
ガブリエル・シャネル
ガブリエル・シャネルは、“黒=喪服”のイメージを覆し、1926年にリトル・ブラック・ドレスを発表します。その革新的なドレスに合わせ、模造パールネックレスを何連にも重ね付けしました。
エルザ・スキャパレッリ
イタリア出身のエルザ・スキャパレッリは、強烈な色彩感覚をパリで研ぎ澄まし、1927年のデビューコレクションにて、シックで洗練された二色使いのセーターを発表します。その後、創作したクチュールジュエリーはシュールレアリスムの影響を受け、意表を突くデザインが多くみられました。
ポワレから始まったクチュールジュエリーはここに開花し、二人は激動の30年を駆け抜けます。バレンシアガ、ディオール、ジバンシィ、イブ・サンローランたちも、それぞれが新しいコレクションに挑み、アイコニックな夢のジュエリーを創り出していきました。
ジョン・ケネディ大統領とジャクリーン夫人
こちらは、エメラルドを模したガラスのカボションとビーズ、ダイヤモンドのようにブリリアンカットされたクリスタルガラスが美しい曲線で連なったジバンシィのネックレスを身に着けたジャクリーン・ケネディ。優雅なデザインは、上流階級の女性やハリウッド女優を顧客にしていたジバンシィのスタイルにふさわしいものです。模造パールの部分が、水色のトルコ石に代わる同デザインのネックレスをジャクリーン・ケネディが所有しており、彼女はこのネックレスを1963年1月21日に行われたケネディの大統領就任2周年記念式典のときに着用しました。
Chaper 3. 躍進した様式美
1920年代から1950年代にかけて華麗に開花した、グランメゾンによるクチュールジュエリーは、パルリエと呼ばれる卓越した職人、製造業者の手によって生み出されました。パルリエとは、帽子職人、刺繍職人、羽毛職人、ボタン職人、ジュエリー製造業者など、あらゆるアクセサリーや装飾品を製造する専門家を指します。大戦を挟んだこの時代に、メゾン・グリポワを代表格として、豊潤な職人がそれぞれのアトリエに存在していました。
コッポラ・エ・トッポの洗練された色使いのビーズネックレス、リーン・ヴォートランの不思議で詩的な世界、ロジェ・ジャン=ピエールの光輝くラインストーンの配色の妙、リナ・バレッティの秀逸な手仕事、シス(シシィ・ゾルトフスカ)のチャーミングなジュエリー。それぞれにいずれ劣らぬ様式美があり、作品の裏に刻印されたサインを見るまでもないほど、はっきりとしたスタイルが見て取れます。
Chaper 4. 新世界のマスプロダクション
ヨーロッパにおけるコスチュームジュエリーは当初、本物のジュエリーの代替品と見なされていましたが、新世界アメリカでは、王侯貴族による宝飾品の文化がそもそも存在しないため、砂地に水がしみこむように受け入れられていきました。
シャネルとスキャパレッリ、この二人のファッションデザイナーは、コスチュームジュエリーだけでなく、バッグから香水、帽子に至るまで、アクセサリー生産の大部分を、戦前からアメリカのデパートに輸出していました。彼女たちのおかげで、コスチュームジュエリーはアメリカでゆっくりと、しかし確実に浸透していきます。それをきっかけに、アメリカでもコスチュームジュエリーの生産が始まり、1935年から1950年の間にヨーロッパ的な宝飾品の模倣から解放され、アメリカ独自の製品が開発されるようになります。
ニューヨークにほど近いロードアイランド州プロビデンスには無数のメーカーがひしめき、大量生産によるコスチュームジュエリーを安価に販売することが可能になりました。ハリウッド映画のグレタ・ガルボなどのスターを彩るコスチュームジュエリーへの憧れもまた、アメリカの女性たちに広く普及した理由の一つと言えます。
売店では、展覧会図録やトートバッグ、チョコレートなどの販売も。
本展は、昨年12月に東京のパナソニック汐留美術館から始まった巡回展(その後、京都、愛知、宇都宮、北海道に巡回)です。愛知県美術館では広い展⽰スペースを活かして、コスチュームジュエリーのほかにポール・ポワレ、シャネルやディオール、イヴ・サンローランなどのドレスやスーツを展⽰。ドレスに合わせてコーディネートしたコスチュームジュエリーをともに展⽰する試みもみどころの⼀つです。さらに香水瓶やファッション雑誌、ファッションプレート(ファッション雑誌などの挿絵・図版)といった充実した関連資料を通して、コスチュームジュエリーやそのデザイナーを多角的に紹介しています。
以上、愛知県美術館で開催中の、 20世紀初めから戦後に至るコスチュームジュエリーの歴史的展開を紹介する日本初の展覧会 「コスチュームジュエリー 美の変革者たち シャネル、ディオール、スキャパレッリ」をご紹介しました。ぜひ会場に足を運んで、美しいコスチュームジュエリーの世界感に浸ってみてはいかがでしょうか。
■コスチュームジュエリー 美の変革者たち シャネル、ディオール、スキャパレッリ 小瀧千佐子コレクションより
会期:2024年4月26日(金)-6月30日(日)[57日間]
開館時間:10:00-18:00 ※金曜日は20:00まで(入館は閉館の30分前まで)
休館日:毎週月曜日
会場:愛知県美術館(愛知芸術文化センター10階)
名古屋市東区東桜1-13-2
チケット:⼀般1,800(1,600)円/⾼校・⼤学生1,200(1,000)円 中学生以下無料
※( )内は前売券および20 名以上の団体料金です。
※上記料金で本展会期中に限りコレクション展もご覧になれます。
※身体障害者⼿帳、精神障害者保健福祉⼿帳、療育⼿帳(愛護⼿帳)、特定医療費受給者証(指定難病)のいずれかをお持ちの⽅は、各券種の半額でご観覧いただけます。また付き添いの⽅は、各種⼿帳(「第1種」もしくは「1級」)または特定医療費受給者証(指定難病)をお持ちの場合、いずれも 1 名まで各券種の半額で観覧可能です。当日会場で各種⼿帳(ミライロ ID 可)または特定医療費受給者証(指定難病)をご提⽰ください。付き添いの⽅はお申し出ください。
※学生の⽅は当日会場で学生証をご提⽰ください。
監修:小瀧千佐子
特別協力:ウィリアム・ウェイン(コスチュームジュエリー研究家/イギリス、ロンドン)
学術協力:ディアンナ・ファルネッティ・チェーラ(コスチュームジュエリー研究家/イタリア、ミラノ)