執筆者:遠藤友香
2016年にクリスチャンとステファニー・ウッツによって、ドイツ初のアーバン・アートと現代アートに特化した美術館として開館した「Museum of Urban and Contemporary Art(MUCA)」。開館以来、MUCAはこの分野での作品収集の第一人者として知られています。
現在、1,200 点以上のコレクションを誇り、ヨーロッパでも最も重要なアーバン・アートと現代アートのコレクションの一つとして認められています。ポップ・アートからニューリアリズムまで、都市環境の中の芸術、抽象絵画、社会・政治問題など、多様なテーマを扱い、コレクションの形成を開始してから25年以上にわたって影響力を拡大し続けています。
この度、MUCAが所蔵するコレクションを紹介する展覧会、テレビ朝日開局65周年記念「MUCA(ムカ)展 ICONS of Urban Art 〜バンクシーからカウズまで〜」が、2024年6月2日(日)まで、東京・森アーツセンターギャラリーにて開催中です。
本展に参加するアーティストたち、例えば、世界的に人気を博すバンクシーやカウズ、アーバンアートを牽引する国際的に著名なアーティストのインベーダー、JR、ヴィルズ、シェパード・フェアリー、バリー・マッギー、スウーン、オス・ジェメオス、リチャード・ハンブルトンらは、都市のインフラをキャンバスに、コミュニケーションを行っています。彼らは儚い美学に対する独自の感覚を持ち、最も革新的な芸術運動のパイオニアになりました。それぞれの作品はストーリーを語り、視覚芸術の歴史に貢献しています。
アーバン・アートは、言語、文化、宗教、出身地の壁を越えた視点から世界を見つめ、考えることを可能にする新しい芸術のかたちを生み出しました。その強みは、ルールや規制に縛られることなく、観客として私たちに目を向けさせることにあります。アーバン・アートは、社会的不公正、資本主義、人種差別などのテーマを、魅力的な手法と普遍的なモチーフで浮き彫りにします。
今回は、本展に出展されている5組のアーテイストの作品をご紹介します。
1.カウズ
アメリカ合衆国のアーティストでデザイナーのカウズことブライアン・ドネリーは、幼い頃から絵を描き始め、NYのスクール・オブ・ビジュアル・アーツで学士号を取得。その鍛え抜かれた眼で、歴史上最も有名な名画を正確に模写し、印象的なポートフォリオを作り上げました。
1990年代、グラフィティで注目を集めるようになると、自分自身のスタイルを確立することを決意。バス停や電話ボックスの広告に、自ら改良したデザインをスプレーし、カウズ(KAWS)と名乗るようになりました。この活動名は、1990年代にNYの街を席巻した商業ポスターに描かれた大きな文字の組み合わせに基づくもの。広告の上にスプレーをするということは、公共空間を取り戻すための、彼なりの挑発的な取り組みの一つでした。
バツ印の目が特徴の立体的な「コンパニオン」というキャラクターシリーズは、特に人気が高くなっています。また、シンプソンズ、スヌーピー、スポンジ・ボブなど、既存のキャラクターを再解釈し、リデザインすることも。悲しげで死にそうな彼のコンパニオンは、永遠に陽気なミッキーマウスに対するアンチヒーローと見ることもできます。
ナイキを始め大手ブランドとのコラボレーションや、カニエ・ウェストのようなミュージシャンのアルバムジャケットをデザインするなど、アートと商業の境界を常に曖昧にしています。彼の作品は、世界中のギャラリー、美術館、野外展覧会で展示されており、ハイ美術館(アトランタ)、フォートワース現代美術館(テキサス)、ローゼンブルム・コレクション(パリ)などでも見ることができます。
カウズ《4フィートのコンパニオン(解剖されたブラウン版)》2009年
NYのブルックリンを拠点に活動するアーティストのカウズは、1990年代後半に独自の漫画キャラクターを広告看板に落書きしたことでその名が知られるようになりました。自身の活動を進化させるにつれ、コレクター向けの「フィギュア」を制作するように。彼の愛すべきキャラクターを立体化した作品は、その後ファインアート彫刻である本作の基礎となりました。この大型作品は、最も有名なキャラクターである「コンパニオン」のバリエーションの一つです。
カウズ《カウズ・ブロンズ・エディション #1-12》2023年
この12体のブロンズ・エディションは、2010年以降に大規模なパブリック・インスタレーションとして、各地に出没したカウズのキャラクター作品を記念して制作されました。これらのブロンズ像は、ソウル、香港、富士山、さらには宇宙など、世界中の様々な場所に出没した巨大なパブリック・インスタレーションを小型化したものです。
泣いているキャラクターがいたり、子供を抱いているキャラクターがいたりと、いわゆる人間の日々の生活を表現しており、親しみを感じる作品です。
2.シェパード・フェアリー
シェパード・フェアリー(本名 フランク・シェパード・フェアリー)は、スケートボードやパンク音楽と同時に、早くから芸術への情熱を育んでいった、現代のストリート・アーティスト、グラフィック・デザイナーの中で最も優れた才能を持つ一人です。15歳で糖尿病と診断された彼は、それ以来、人間の死というものを意識しながら、人生で大切だと考える全てのものをたゆまず追求していきました。
彼の作品は、バーバラ・クルーガー、キース・へリング、ジャン=ミシェル・バスキア、ロビー・コナルなどのアーティストから多大な影響を受けていることが特徴です。フェアリーは1989年に、新聞紙から切り抜いたレスラーをモチーフにしたステッカー運動の「アンドレ・ザ・ジャイアント・ハズ・ア・ポッセ(Andre the Giant Has A Posse、アンドレ・ザ・ジャイアントには仲間がいる)」で、一躍有名になりました。この活動は、ステッカーが独自に複製されたことにより、世界的なムーブメントに発展しました。
彼の作品には、伝説となったものもあります。例えば「アラブの春」の代表的なデモ参加者を描いた『タイム』誌の2011年版パーソン・オブ・ザ・イヤーの表紙や、2008年のバラク・オバマ元米大統領の印象的な《ホープ(Hope)》のポートレートなどです。フェアリーのテキストとイメージの使い分けは、芸術と商売の区別を曖昧にしていますが、彼は決して商売を敵視しているわけではありません。彼の視点に立てば、その2つは互いに必要なもの。フェアリーは自分の作品を公共の場で見せることで、社会政治的な批評を身近な方法で実現しています。
シェパード・フェアリー《注意して従え》2006年
フェアリーのアート作品の多くは、政治的な目的と芸術的な目的を融合させ、これら2つのコンセプトを簡潔に抽出し、イメージの本質を探究しています。
本作の中央には権威的な存在感を放つ謎めいた人物、そしてその上には「Obey with Caution」の文字が刻まれています。自身のスローガン「Obey(従え)」を使い、「with Caution(注意して)」と続けることで、現状の政治体制を闇雲に受け入れる危険性を指摘しています。
(画像左下)シェパード・フェアリー《マーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師》2005年
フェアリーは長年にわたり、アイコン的な著名人を作品の題材として採用してきました。その中でも最も注目に値する例は、2008年にバラク・オバマ元米大統領のポスターを手掛け、彼の大統領選での勝利を後押ししたことでしょう。
フェアリーは本作において、公民権運動の先駆者であるマーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師を不朽の名作に仕立てています。キング牧師は、フェアリーがその輝かしいキャリアの中で取り上げた数多くの重要人物の一人です。
3.バリー・マッギー
バリー・マッギーは、自身のアートをビジュアル・コミュニケーションの一種として捉えており、作品を公共の場に置くことで、ギャラリーや美術館で展示するよりも多くの人に見てもらうことができると考えました。サンフランシスコや近隣の都市にメッセージを広げ、大学の仲間たちとともに、フォーク・アートやコミック、1970~80年代のグラフィティに強い影響を受けた「ミッション・スクール」と呼ばれるローブロー・ムーブメントに参加しました。このジャンルの作品は、一般的に作品がそれぞれ一定の距離をもって展示されるギャラリーの常識に反し、意図的に密集して展示されるのが特徴です。マッギーは、2001年のヴェネツィア・ビエンナーレへの出品で、国際的に広く知られるようになりました。
マッギーはギャラリーの壁に飾るストリート・アーティストの第一人者であり、彼の作品は、木や金属などのリサイクル素材と、キャンバス、紙、絵具を組み合わせています。インスタレーションの多くは、ガラス瓶やスプレー缶などの使用済み素材で構成され、抽象的で幾何学的な構造が特徴で、そこにメッセージを含んでいるものもあります。カラーブロックやパターンを組み合わせるユニークな手法が象徴的で、彼が描く絵画とインスタレーションは、現代の都市文化を反映し、都市の生活者が毎日目にする広告で感覚過多になる問題に問いを投げかけています。マッギーの代表作の一つに、路上生活を余儀なくされている人々を象徴した、困惑する表情の風刺画があります。それには、彼の社会政治的なメッセージが込められています。
今日、マッギーの作品は世界中のストリート・アーティストやアーバン・アーティストに影響を与え、この分野の内外で大きな尊敬を集めています。特に、サーファー、スケーター、スプレーアーティストなど、様々なサブカルチャーのフォロワーから賞賛されています。
バリー・マッギー《無題》2019年
1980年代のサンフランシスコにおけるグラフィティ・シーンの中心人物であるマッギーは、ツイスト(Twist)やフォン(Fong)という名前で作品を制作していました。彼の初期のパブリック・アートは、都市環境で生きる上でのプレッシャーを非難する作品が多く、憂鬱な印象に裏打ちされています。
本展で展示されている作品を含め、マッギーの作品は彼の初期のキャリアに言及しているものが多くなっています。本作では、彼の初期の活動名である「Fong」という文字と、マッギーのものだと一目でわかる様式化されたポートレートが、構図の重要な要素となっています。
4.オス・ジェメオス
オス・ジェメオスはポルトガル語で「双子」という意味の、ブラジルで最も有名な2人組のストリート・アーティスト。一卵性双生児のグスタボとオターヴィオ・パンドルフォは、サンパウロで最も古い地区の一つでありカンブシで育ち、小さい頃から何をするにも一緒でした。イラストを通じたコミュニケーションを学び、やがて2人で活動することを決意しました。
オス・ジェメオスは早い段階から、ペインティング、ドローイング、彫刻の様々なスキルを身につけ、ユニークで特徴的な世界、無意識から生まれたような絵画の世界を作り出しました。彼らの作品には「夢」というテーマがあり、それら彼らの気まぐれな世界への入り口と解釈できます。黄色を基調とした楕円形の顔の人物は、シュルレアリスム建築の中に不規則に出現します。こうした作品の色は、兄弟が夢の中で思い浮かべたものを基に選んでいます。
2014年のFIFAワールドカップでは、ブラジル代表のプライベートジェットの装飾に起用されるなど、彼らのアートは常に際立った創造性を発揮し、その限界を感じさせません。オス・ジェメオスは、作品に対して常に目的と意味を見出しています。それは、人々の感情を揺さぶり、想像力と自己認識を刺激することで、それぞれが自分の内面を見つめ直し、向き合うべきものを発見することを促します。
オス・ジェメオス《リーナ》2010年
オス・ジェメオスがストリートで活動を始めたのは、生まれ故郷であるブラジルのサンパウロでした。1980年代のNYのヒップホップやグラフィティ・カルチャーに触発された彼らは、様々なキャラクターや文化的影響を盛り込み、夢からインスピレーションを受けたような大規模な壁画を描き始めました。オス・ジェメオスは、グラフィティ・ムーブメントの急進的な原理を取り入れ、それを踏み台にし、ルールのない世界と視覚的な言語を創造しました。本作では、一目でそれとわかる彼らのスタイルと、想像力豊かに視覚化されたキャラクターを見ることができます。
5.バンクシー
ストリート・アーティスト、政治活動家、映画監督、画家といった肩書を持つバンクシー。世界的に有名であるにもかかわらず、その正体は不明のままです。1974年、イギリスのブリストルで生まれたと推測されています。ブリストルのアンダーグラウンド・シーンで活動し、14歳でスプレーを用いてグラフィティを始めたバンクシーは、その後活動の幅を広げ、国際的に活躍するようになりました。現在、最も有名なストリート・アーティストです。彼のメッセージの多くは、戦争、資本主義、支配層による権力に反対するもの。
バンクシーの最も著名な功績の一つに、《ガール・ウィズ・バルーン(Girls With Baloon , 少女と風船)》を自己破壊的な行為によって《ガール・ウィズアウト・バルーン(Girls Without Baloon , 風船のない少女)》とタイトルを変更した作品があります。この作品に纏わるオークションでの出来事以来、彼は遊び心のある批判的な作品で、世間に繰り返し警鐘を鳴らしています。
バンクシー《少女と風船》2004年
2017年にイギリスで最も好きな絵画に選ばれた本作。スプレー・ペイントという技法と、感情と意味を瞬時に多くの観客に伝えることを組み合わせており、バンクシーの象徴的な作品となっています。
元々は2002年にロンドン・サウスバンクで描かれたもので、本作はバンクシーがストリートの制作に使用したものと同じステンシル技法を使用しています。当初は制作スピードを上げるために利用されていた技法ですが、徐々にバンクシーはスタジオでの練習にも使用し始めました。彼の美学と制作手法が具体的、かつ忠実に再現されています。
バンクシー《風船のない少女》2018年 Private Collection
本作は、2018年にロンドンのサザビーズで開催されたオークションで、バンクシーの有名な作品の一つである《少女と風船》のプリント版が落札された直後に、バンクシー自ら仕掛けたシュレッダーにかけられたことで話題になった作品です。
この予期せぬ大胆な自己破壊的行為はアート界に衝撃を与え、生み出された新しい作品はバンクシーの公式認証機関ペスト・コントロールにより、《少女と風船》から《風船のない少女》に改題されました。
バンクシーは後に、オークションに先立ちシュレッダーをフレームに組み込んでいる様子の動画を自身のSNSで公開し、「どんな創造活動も、はじめは破壊活動からはじまる」というピカソの名言を添えました。バンクシーのしばしば破壊的で深遠なアプローチを反映したこの出来事は、アートの本質、アーティストの役割、そして作品の価値に対する市場の執着についてのアーティストの考えに興味深い洞察をもたらしました。
バンクシー《愛は空中に》2002年
本作はバンクシーの有名な作品の一つで、「フラワー・スロウワー(花束を投げる男)」とも呼ばれています。元々ステンシルの壁画である本作は、覆面のデモ参加者や暴徒が、紛争を連想させる火炎瓶や武器の代わりに、カラフルな花束を投げようとしている様子を描いています。
暴力や抗議という行為と、花を捧げるという平和的な行為の2つの対照的な要素を組み合わせ、また愛と希望、そして逆境に立ち向かう非暴力的な抵抗というメッセージも込められています。
バンクシーは、昔ながらの紛争のイメージを覆すことで、観る者の権力に対する認識に異議を唱え、変革を実現する手段としての暴力の有効性に疑問を投げかけています。
MUCA創設者のクリスチャンとステファニー・ウッツは「私たちは、アーバン・アートが20世紀と21世紀の最も重要な国際的芸術運動の一つであると信じています。本展が、このジャンルの「アイコン」たちに対する観客の関心を高め、その魅力を伝え続けることを、私たちは願っております」と語っています。ぜひ、この貴重な機会にアーバン・アートに触れてみてはいかがでしょうか。
テレビ朝日開局65周年記念 『MUCA(ムカ)展 ICONS of Urban Art ~バンクシーからカウズまで~』
期間:2024年3月15日(金)~6月2日(日) ※会期中無休
開館時間:日曜日~木曜日:10:00~19:00(最終入館18:30)、
金曜日・土曜日・祝日・祝前日・ゴールデンウイーク(4/27~5/6)は20:00まで(最終入館19:30)
会場 :森アーツセンターギャラリー
東京都港区六本木6丁目10−1 六本木ヒルズ森タワー 52階
MUCA(ムカ)展 ICONS of Urban Art 〜バンクシーからカウズまで〜 (mucaexhibition.jp)