
執筆者:遠藤友香(Yuka Endo)
児童虐待被害者の伴走支援を行う一般社団法人Onaraは、2025年10月27日(月)に参議院会館とオンラインにて、「~緊急院内集会!ACEサバイバー支援の実現に向けて~ー 孤独・孤立、自死リスクに立ち向かうためにー」を開催しました。
ACE(Adverse Childhood Eperiences)とは、逆境的小児期体験、小児期逆境体験、子ども期の逆境体験の意味。18歳までの間に、虐待・ネグレクトや家庭の問題(家族の依存症・精神疾患、DV等)によって、強いストレスやトラウマを受けるような体験をすることです。子ども期に虐待や逆境を経験しながら育った「ACEサバイバー」は、大人になっても心身に深い影響を抱えて暮らしています。
具体的には、主に以下のような体験といわれています。
■身体的虐待:殴る、怒鳴るなどの暴力行為。
■心理的虐待:侮辱や脅迫などの精神的な虐待。
■性的虐待:性的な接触や行為。
■身体的ネグレクト:十分な衣・食・住を与えない。
■心理的ネグレクト:情緒的な無視。
■家庭内暴力の目撃:家族などの暴力や虐待の目撃。
■家族の精神疾患・自殺未遂
■家族のアルコール・薬物依存症
■家族の服役歴
■親の離婚・別居
今回の院内集会は、ACEサバイバーの置かれている現状を広く国会議員や関係省庁に共有し、孤独孤立対策・自殺対策を進める上でも欠かせない政策課題として議論を深めることを目的としています。党派を超えて理解を広げ、ACEサバイバー支援制度の実現に向けた第一歩となる場を目指して開催されました。
■ACEの長期的影響
ACEの数が多くなればなるほど、健康問題や社会経済的問題のリスクの高まりが見られます。1995年から1997年にアメリカにて実施された「Adverse Childhood Eperiences(ACE)Study」の結果によると、ACE経験者(「4」以上のスコア)が抱えやすいリスクとして、虚血性心疾患(2.2倍)、がん(1.9倍)、脳卒中(2.4倍)、慢性肺疾患(3.9倍)、糖尿病(1.6倍)、アルコール依存(7.4倍)、うつ病(4.6倍)、希死念慮(12.2倍)と、ACEスコアと慢性疾患との間に明らかな関連性があることが理解できます。
またACEによって、北米で7,480億ドル(約110兆円)、欧州で5,810億ドル(約86兆円)の経済的損失が見られ、北米においてはGDPの3.6%に相当し、ACEを10%減らせば年間560億ドル(約8兆円)の利益が生み出されることが分かっています。
■ACE体験により経験する困難/一般社団法人Onara 代表理事の丘咲つぐみ(おかざき つぐみ)氏
一般社団法人Onara 代表理事の丘咲つぐみ(おかざき つぐみ)氏(50歳)は、自身もACEサバイバーの一人。幼少期より、父、母から心理的・身体的・性的虐待を受けてきました。
丘咲さんは、20歳から28歳の頃はACEの自覚がなかったといいます。20歳でうつ病、解離性同一性障害、強迫性障害、パニック障害などから、精神科へ。また、脊髄障害の影響により、歩行困難、座位を保てない、麻痺・疼痛のため、手術・入退院を繰り返していました。
23歳で結婚し、育った家を離れ、25歳で出産。結婚直後より、PTSDの症状(再体験・回避・麻痺など)が強く表れ始めました(当時は気付いていなかったといいます)。夫との関わりの中で再体験を繰り返し、共同生活が困難になり、離婚・母子家庭となりました。
28歳から30歳の間に、ようやくACEの自覚が生まれます。離婚後、一度は育った家に戻るものの、すぐに母子での生活となりました。
経済的自立のため、母子貸付制度を利用して、税理士資格取得を目指します。この頃、精神科(閉鎖病)・整形外科の入退院を繰り返し、体重が30kgまで減少します。入院時、子どもは一時保護所にて過ごしていました。こども家庭課、母子家庭自立支援センター、保健所、保育所、精神科、近所の方、友人等に相談・助けを求めます。
30歳にて生活保護を申請します。35歳まで生活保護にて暮らしていました。この生活保護の受給をきっかけに、あらゆる支援から遠ざかり、全ての人間関係を自ら断ち切っていきます。それは、幼少期から繰り返されてきた逆境体験の影響で、自分への無価値観や人間不信を抱えていたうえに、助けを求めた先々で、繰り返し二次被害を受けてきたからです。やがて、生活保護のケースワーカーによる「あなたの命なんてどうでもいい!」といった心無い言動が引き金となり、全ての支援を拒むようになっていきました。
30歳から35歳には、外部との関わりを一切遮断し始めたため、望まぬ孤立が開始します。生活保護受給により車両を手放すことになり、病院への通院や日常的な買い物がままならなくなります。
引きこもり、電話・インターホン対応も全て拒否。通院も止まります。訪問介護・訪問看護サービスも、自ら断ります。拒食の状態が加速し、体重は24.1kgまで減少。フラッシュバックを起こすたびに、抜け毛、爪を剥がす、自分の身体を殴る、骨折するほどの力で机を叩くといった自傷を繰り返していきます。
支援が届かないまま、孤立と自死の危険にさらされるACEサバイバーは、世界中に大勢存在します。
■ACE体験により経験する困難/平出明彦氏
宗教2世として育ってきた平出明彦氏(51歳)。幼少期から母の信仰に基づき、教団の厳格な教義によって育てられてきました。ACEスコアは6点です。
「この世は悪魔が支配している。世界の終わりが近い」といった教えを強要され、学校行事、誕生日、クリスマスが禁止され、孤立といじめに悩んでいました。
週3回は教団集会へ参加、戸別訪問で布教活動を行っていました。そして、宗教活動が最優先のため、高等教育や職業が制限されます。少しでも反抗的な態度を示すと、お尻をベルトで叩く「ムチ」が行われました。自分で感じて、考え、行動する自由を奪われた結果、自由な思考やライフスキルが喪失されます。
20歳で自力脱会しましたが、偏った価値観やライフスキルの欠如から、社会不適応感、対人恐怖症に。孤立、無気力、無価値観が生まれ、アルコール・ギャンブル依存、不安定な雇用、借金、人間関係の崩壊を招きます。フラッシュバックや不安定な精神状態から粗暴な行動を起こし、警察沙汰になることも。弟の自死も、トラウマとなっていきます。
ある警察沙汰をきっかけに、22歳で介護職へ。運よく立ち直ることができました。
■虐待のトラウマに光を当て、希望を描く映画を作りたい!
「虐待のトラウマに光を当て、希望を描く映画を作りたい!」という一般社団法人Onara 代表理事の丘咲つぐみ氏の思いから、現在クラウドファンディングを開催中です。
「虐待から助かったなら大丈夫じゃないの?」そう思ったあなたにこそ、知ってほしい現実があります。あの頃、命をつないだ子どもたちは、今も見えない痛みと向き合っています。その声に耳を澄ませ、心の傷に光を当て、回復の希望を描く。ドキュメンタリーを通して「誰もが心地よく生きられる社会」をともに作る挑戦です。
以下、丘咲氏より届いた言葉をご紹介します。
「この映画は、虐待環境の中を生きてきた子どもたちが、その後抱え込むことになるトラウマにクローズアップさせたドキュメンタリー映画です。
映画を通して、トラウマを抱えている人たちが見ている景色のリアルを届け、またそこからの希望も見えるように描いていきます。また、映画を通して、社会に広く、ACE、トラウマインフォームドケアを届けていくことも目的としているため、それらのことを映画の中で伝えていきます。映画は、90分、30分、20分バージョンを作成して、ショートバージョンの方は、教育・医療・福祉・行政において、トラウマインフォームドケアの研修教材としてご使用いただけるようにいたします。
完成までに、これより2年の時間をいただきますが、映画制作過程も含めて、社会を変えていきたいと思っています」。
■一般社団法人Onaraについて
毎年20万人以上の子どもたちが児童虐待を受けています。これは、100人に1人の子どもが虐待を受けている、という計算になります。また、5日に1人の子どもが虐待死しているという現実があります。児童虐待とは、狭い家庭の中で起こっている「戦争」です。
一般社団法人Onara(おなら)は、児童虐待を受けながらもどうにか生き延びることのできた方たちのサポート、調査・政策提言・広報を行っています。2018年に任意団体として活動をスタートして以来、1,523名の方の横を歩いて参りました。
Onaraの目指す世界は、児童虐待を受けてきた全ての子どもたちが「生きてきて良かった!」と思える社会の実現です。
団体名:一般社団法人Onara
代表理事:丘咲 つぐみ
事業内容: 児童虐待経験者のサポート、及び、調査・提言・広報活動
設立: 2022年3月
Webサイト:https://onara.tokyo/