株式会社アブストラクトエンジンは、経済産業省の令和6年度補正予算「クリエイター・エンタメスタートアップ創出事業費補助金(アート分野)」を活用し、同省とアート領域でのクリエイター・エンタメスタートアップ創出プログラムである「ART X JAPAN CONTEXT(※呼称 アート バイ)」を2025年7月下旬から2026年3月まで実施します。
本プロジェクトの参加アーティスト・チームを決定し、支援プログラムの1つとして、世界に通用するクリエイター・スタートアップ創出を目的に、アート、クリエイティブ、デザインなど多分野のトッププレイヤーから「作品性・国際性・ビジネス性」の3点を学ぶレクチャーが、2025年9月24日(水)と11月6日(木)に実施されました。
今回は、 2025年11月6日(木)に行われた、LVMH メティエ ダール ジャパン ディレクターの盛岡笑奈氏によるレクチャー「LVMH メティエ ダールにおける日本の伝統技術との取り組み」の内容をご紹介します。
■盛岡笑奈氏によるレクチャー「LVMH メティエ ダールにおける日本の伝統技術との取り組み」
LVMHは75ブランドを参加している、ラグジュアリー業界に特化している企業です。もともとフランスで創業した会社でして、現在の会長がBernard Arnault(ベルナール・アルノー)人が1987年に作った会社で、本人がいまだに会長を務めております。
フランスの場合は幾つか、シャネルだったりとか、エルメスとか、日本ではグッチグループとして有名なケリンググループ、スイスではリシュモンとか、いろんなラグジュアリーとかにフォーカスしているコングラマリットがありますが、LVMHの特徴としてたくさんのカテゴリーに、様々な産業に主力商品を持つ組織となっています。75ブランドと申し上げましたが、ファッション、ファッショングッズというカテゴリー、そして化粧品や香水のカテゴリー、時計や宝飾、ジュエリーがあります。
それ以外にも、例えばメディアだったり、ホスピタリティの例えばホテルだったりとか。実際日本にはないのですが、ベルモットという非常にパリからイタリアだったりとか、ヴェネツィアまで行くオリエンタルエクスプレスという列車を守っている、そういった列車の旅に専門的な使っているベルモットグループといったブランドがたくさんあります。
それ以外にも、百貨店のル・ボン・マルシェといった事業も展開しているのが一つの企業の特徴です。だいたい今日本円で換算しますと、総利益は15兆円ぐらいの規模の企業になります。
その中に75ブランドあり、ルイ・ヴィトンやモエ・エ・シャンドンというシャンパーニュ、ディオール、ブルガリ、また最近のアメリカのブティックですとティファニー、そういった名前で知られています。
一番古いブランドは何年創業なのか申し上げますと、14世紀なんですね。14世紀のブランドというのはクロ・デ・ランブレイというワイナリー、ブルゴーニュの非常に有名なワイナリーですが、多くのブランドが18世紀、19世紀に創業しました。
18世紀のブランドはわりとシャンパン系とかのブランドが多いのですが、ルイ・ヴィトンは1854年創業であったり、そういった様々な時代を代表して色々なブランドを展開していくようになります。
LVMHとしてすごく大事にしている共通の価値観としては、エクセレンス、すなわち本当に卓越した、そういった最高のものを目指していくことがあります。あとは土俵ですね。色々なブランドが創業した土地、そこを大変大事にしています。
非常に我々のブランドは、基本的にはクラフトシップがなければ製品は作れないということがすごく重要な要素であり、創業者ルイ・ヴィトンご自身もそうですけども、1854年に自分のルイ・ヴィトンブランドを作りましたが、もともとパリではなく、ドイツに近いジュラ地方という非常にその寒い場所で、森にすごく恵まれている環境でした。そこから非常に多くの木工職人が誕生し、本人もそういった木工職人としての技術を学び、いわゆる出稼ぎみたいな形でパリに上京して、パリで見たその時代の風景だったりとか、時代の動向で、当時産業革命が起きて、旅といった移動手段も発展していきました。その際、自分たちの旅行の時に持っていくもの、例えば衣装とかを収めるトランク、すなわちスーツケースですよね。バッグといったものに着目して、トランク作りから始まったわけです。
LVMHメティエ ダールという事業部なんですけども、メティエ ダールという言葉はフランス語で、メティエというのは職業、アートはアートで日本語に訳すと匠の技みたいな言葉に値すると思います。いわゆるその芸術、アートのように美しいお仕事ということを意味する言葉です。クラフトマンシップといった職人の技術を表す言葉になります。
メティエ ダールという事業部は、2015年に本国で生まれ 、今年10周年迎えました。目指しているミッションとしては、ラグジュアリー業界全般の今後の成長を含めて、必要不可欠な素材技術の継承と発展をきちんと行っていくことです。
我々として考えているのは、ラグジュアリー業界の成長とともに、それを支えている職人さんだったりとか、中小企業、その人たちにちゃんと利益が生まれる形にして、新しい形で持続性のあるような形で継承と発展を行っていくということです。
職人の継続技術の発展というお話で、我々はビジネスとして企業を考えていますので、営利目的であって、チャリティではありません。ですので、そういったところもきちんと踏まえた上で事業活動を行っています。
もちろん色々なブランドは、すでに自社工場を持っているのですが、業界全体の構造としては、やはりブランドがあって、いわゆる下請けと言われる、そういったパートナー企業さんとかサプライヤーの存在もあります。
ラグジュアリーブランドの業界もそうですが、欧州で創業したブランドが多いので、必然的に歴史の中ではそういった力、自分たちの周りにいる職人さんだったりとか、地域の方でモノ作りを行っていたという歴史があるので、圧倒的にフランス、イタリア、スイスを中心とした産業に今は注力しています。
なぜLVMHがわざわざそのホールディングスカンパニーにメティエ ダールという、職人の技術の発展を行う専門的な部隊を作ったのかといいますと、きっかけとしては数年前からラグジュアリー業界が大変急成長している中で、伝統産業は衰退産業となっている。それはヨーロッパもそうですし、日本もそうですが、ある意味おかしな現象が起きており、ラグジュアリー業界が儲かっていても、小さいレベルのサプライヤーたちは苦しんでいるということが加速しているからです。
特にフランスの事例を挙げますと、2000年代に入ったときにフランスのカーフ、子牛のレザーというのはフレンチカーフと言われるほどブランド化されていてレベルの高い、非常に高品質のカーフスキンの技術があり、そういったものを求めているブランドが多かったんです。
そのフランスのカーフという、フレンチカーフと名乗れるレベルの技術、加工技術を持てるなめし工場さんが、一番ひどいときにはもう5社しか残ってなかったんです。そのとき何をしたかといいますと、色々なブランド、マルジェラもそうですし、シャネル、エルメスも、みんな自分たちのメインのサプライヤーを確保していきたいと考えました。自分たちの使う素材の確保はしておきたいということで、抱え込みみたいなものがあったんですね。
いわゆる自分たちのメインのサプライヤーを下請けにしていく、売却とか資本提供していくっていうことがあったんですね。もちろんそれは、資本提携することによって、ある程度なめし工場も少しは経営の面といった経済面では少しは救われるんですが、長い目で見ると結局すごく悪い関係が作られてしまってたんです。
いわゆるそのブランド側は、自分たちがいなければあなたたちは食べていけないんだから、素材をもっと早くもっと安く出してくれと。逆に、メーカーといったなめし工場の方は、とりあえず年間の自分たちの製造のキャパシティだったりとか、そのうち何割かはメインでヴィトンが買ってくれるから大丈夫だろうと。
そこで何か頑張って新しい素材を提案しようとか、新しいマーケットを開拓していこうとしたくても、ある程度安泰、安定した売り上げもできるということで楽をしてしまうという現象が起きてしまっていました。それがなかなか良くないんじゃないかなということで、やっぱり特になめし、他の産業もそうですが、なめし産業って非常に昔ながらのやり方がまだ残っていることが多いんです。
皆さんイメージされると思いますが、革をなめすというのは、そもそも肉産業の副産物、廃棄物としての皮で、その皮は動物の臭いが強く、それをクロームとか色々な薬品を使ってきれいにしていくというのがあります。
それは、ものすごく重労働ですよね。社会的に労働面も大変ですし、従業員たちの健康の面でも大変ですし、きちんとイノベーションを起こしていかないといけない代表的な産業なんです。
そういったことはギリギリのラインでやっていくとできないので、もうちょっと中長期的なビジョンを描きながら、なめし産業全体をどのように活性化していくのかということを考えたとき、常にブランドが製品作りに苦労していていたので、ホールディングスカンパニーの方にそういった産業の伝統の継承と、そこにちゃんと新しい革新、インノベーションを起こしながら、それを未来の伝統として残していく、繋げていうことを専門的に行える事業部隊を作ってもいいのかなということで、2015年に、LVMHでメティエ ダール事業部という部門を立ち上げました。
イノベーションというのは色々な形がありますが、技術革新ということや、今までやり方をどのように効率化して近代化させていくのか、特にSDGsの時代なので、今まで通用してきたものが今は通用、しないということもあるので、きちんとSDGs的な観点も取り入れた形でのイノベーションを起こして、そのモノづくりの品質と本質を失わない形で、ちゃんとそれを技術革新させていくという一つの取り組みです」。
【盛岡 笑奈|LVMH メティエ ダール ジャパン ディレクター プロフィール】
2011年ラグジュアリー業界を牽引するLVMHグループに入社。以降、ウォッチ・ジュエリー部、本社勤務を通じマーケティングや経営戦略の経験を重ね、2022年より卓越した職人のノウハウの継承と発展を掲げるLVMHメティエ ダールの日本支部の設立と共にディレクターに就任。工芸から工業にわたり、日本の優れたものづくりの潜在力を発揮し、伝統と革新の対話を通じ、卓越したクラフトマンシップの活性化と職人に対する持続性のある事業の開拓と展開を志す。
■「ART X JAPAN CONTEXT」とは
本事業で目指すのは、企業や地域産業が有する文化的資源(プロダクト・技術・知恵・場所等)とかけ合わせて制作したアート作品等を通じて、海外市場において評価されるアーティストを核としたチーム・企業・団体の創出です。日本人アーティストが海外市場で評価されるアート表現には、メディアアートやインスタレーションなど様々なフォーマットに共通して、「海外からの評価につながる日本らしさ」とその「多重な文化・文脈」への理解が必要だと考えています。
本事業では、アート表現に関する教育・メンタリングに加え、クリエイティブ、デザイン、ビジネスなど多分野のトッププレイヤーから「海外からの評価につながる日本らしさ」とその「多重な文化・文脈」を学ぶコンテンツを提供することで、海外市場での需要を創出するアートの制作を支援し、世界に通用するアーティスト・スタートアップの創出を目指します。
■Abstract Engineについて
株式会社アブストラクトエンジンは、2020年に旧社名である株式会社ライゾマティクスから社名を変更。2006年、前身のライゾマティクスの設立以来、アート、広告、エンターテイメントの分野で先進的な表現を追求している。新社名「アブストラクトエンジン」の由来は、フーコーやドゥルーズ、ガタリが引用した「抽象機械」の概念から着想。現代において、社会の動力として機能することを目指し、実証実験と社会実装を推進する。