イタリア・ミラノにて、⽇本を代表する現代アーティスト 柳幸典のヨーロッパ初の大回顧展「柳幸典展:ICARUS」が開催

2025/03/21
by 遠藤 友香

柳幸典《Icarus Cell》2008、⽝島精錬所美術館 撮影:泉⼭朗⼟
©YANAGI STUDIO, Courtesy of the artist and Fukutake Foundation, Naoshima

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ピレリ・ハンガービコッカ(ミラノ)外観、2023年撮影、Courtesy Pirelli HangarBicocca, Milan, Photo Lorenzo Palmieri.


執筆者:遠藤友香


イタリア・ミラノにある現代アートセンター「Pireli HangarBicocca(ピレリ・ハンガービコッカ)」。ピレリ・ハンガービコッカは、ミラノのビコッカ地区にある⼯業跡地の建物を改修し、2004年に誕⽣した 現代アートの普及や制作活動を⽀援する⾮営利の現代アート財団です。イタリアのタイヤメーカー「ピレリ」よって設⽴されました。2012年以来、Vicente Todolí(ビセンテ・トドリ)が芸術監督を務めています。

ピレリ・ハンガービコッカは、地域社会だけではなく国際的な⽂化の拠点として機能しており、イタリア内外のアーティストによる現代美術展の企画に加え、関連する複数の分野にわたる議論の場や、書籍づくりなどの教育プログラムも充実しています。展覧会や各プログラムには無料で参加することができ、来場者の鑑賞体験を⽀援するファシリテータースタッフが常駐していることも特徴のひとつです。

もともと、鉄道⾞両や機関⾞、ボイラーなどの製造や、第⼀次世界⼤戦中には航空機や弾薬なども⽣産する⼯場として使⽤されていた建物で、延床15,000㎡を誇ります。アンゼルム・キーファーによる⼤型インスタレーション《The Seven Heavenly Palaces 2004-2015》を常設するとともに、⼤規模な企画展を定期的に実施しています。

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柳幸典《Icarus Cell》2008、⽝島精錬所美術館 撮影:泉⼭朗⼟
©YANAGI STUDIO, Courtesy of the artist and Fukutake Foundation, Naoshima


この度、ピレリ・ハンガービコッカにおいて、⽇本を代表する現代アーティスト 柳幸典による回顧展「ICARUS」が、2025年3⽉27⽇(⽊)~7⽉27⽇(⾦)まで開催されます。本展は柳のヨーロッパにおける初の⼤規模な回顧展であり、1990年代から2000年代にかけての代表作や近年の作品を含む幅広いセレクションが展⽰されます。

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現代アーティスト 柳幸典 撮影:福⽥秀世


柳(1959年福岡⽣まれ)は、広島県の離島・百島で制作活動を続ける現代アーティストで、彼が初めて招待された国際展は1993年のヴェネチア・ビエンナーレでした。⾊砂でかたどられた国旗が蟻によって侵⾷されていく《The World Flag Ant Farm》を発表し、⽇本⼈で初めてアペルト部⾨を受賞しました。この度32年を経て、柳が初めて国際的な評価を得たイタリアという地で、柳にとって最⼤規模の個展が展開されます。

本展のタイトル「ICARUS」は、ギリシャ神話で⾶翔するイカロスが、太陽(神)に近づきすぎて焼け落ちてしまうことをメタファーとする柳による作品《Icarus》シリーズに着想を得ています。柳は、⾃⾝の代表作に位置づけられる重要なインスタレーションのいくつかを再構築し、⼀貫して探求してきたナショナリズムやガバナンスの構造、そして現代社会の⽭盾した側⾯に応答する新たな⽂脈を提⽰します。

サイトスペシフィックな⼤型インスタレーションを通じて、主権、グローバリゼーション、国境といった複雑な問題を探求することで知られる柳は、⽇本の歴史を掘り下げながらも、ナショナリズムや近代化、技術が社会に与える影響といった普遍的なテーマに向き合ってきました。その制作⼿法は、複雑な社会構造を象徴するイメージや、政治的または国家的な抑圧による固定観念を想起させ、それらの不動性に挑み、本質的に変容可能である有機的な形へと解体します。

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柳幸典《Icarus Container》2018、第21回シドニー・ビエンナーレ ©YANAGI STUDIO, Courtesy of the artist and Biennale of Sydney


例えば、「Navate(ナヴァテ):直訳で「側廊」)」と呼ばれる展⽰スペースには、《Icarus Container 2025》(2025)という巨⼤な迷路が設置されます。この作品は複数のコンテナで構成され、建物の外に位置するタワーと連結しており、そこから⾃然光が差し込むよう設計。

来場者はこの迷路を歩きながら、詩⼈・三島由紀夫の⾃伝的エッセイ『太陽と鉄』(1968年)から引⽤された詩「イカロス」の⼀節に出会うことになります。詩の⼀部は鏡に刻まれており、その鏡が常に反射を繰り返すことで、独特の視覚体験を⽣み出します。

展覧会のタイトルにもあるように、古代ギリシャ神話のダイダロスとイカロスの神話に触発された没⼊型の体験は、⼈間の傲慢さや技術進歩への執着がもたらす結果を探求させ、来場者の⽅向感覚を失わせることでしょう。

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柳幸典《The World Flag Ant Farm 1990》1990、ベネッセハウス ミュージ アム(直島) ©YANAGI STUDIO, Courtesy of the artist and Benesse Holdings, Inc., Okayama 


⽴⽅体の展⽰スペース「Cubo(キューボ)」では、代表作である《The World Flag Ant Farm 2025》(2025)を展⽰。第45回ヴェネチア・ビエンナーレにてアペルト賞を受賞した本作品は、国連加盟国193、⾮加盟国7を含む200の国家を表す旗で構成されます。これらの旗は、透明なアクリルボックスに配置されており、ボックスはプラスチックチューブで繋がれ、その中を無数の蟻が砂粒を運びながら通路を作り、ボックス間を⾏き来しています。このプロセスにより、国境や国旗といった国家アイデンティティの象徴が徐々に解体されていきます。蟻の動きはこれらの象徴の脆弱性をアイロニックに露わにし、その静的な形をタイトルが⽰す通り、巨⼤で活動的な「ant farm」へと変容させるのです。

 ぜひ、 柳による来場者を引き込む没⼊型の壮⼤なインスタレーション作品を体感しに、ミラノにある現代アートセンター「ピレリ・ハンガービコッカ」を訪れてみてはいかがでしょうか。


アーティスト:柳 幸典

1986年より蟻を使った作品、フンコロガシのように土の玉を転がす作品など、美術のシステムの外で〈移動〉を切り口に発表を開始。1988年より渡米、米国イエール大学大学院アート&アーキテクチャーでビト・アコンチやフランク・ゲーリーらに学ぶ。フランク・ゲーリーのクラスで芸術家と建築家がコラボレーションをする授業を経験した際、日本では芸術家と建築家がセクショナリズムに陥っていることを痛感し、美術館の箱と中身は一体に構想されるべきであるとの思想から、犬島プロジェクト「犬島精錬所美術館」(1995-2008年)の着想に始まり、韓国の安佐島プロジェクト(2018-)を具現化する。1993年ヴェネチア・ビエンナーレのアペルト部門受賞。現在、瀬戸内海の過疎の離島の廃校をリノベーションして「ART BASE 百島」を立ち上げ、そこを拠点に創作活動とともにアートによる空き家の再生や地域資源の発掘などの地域づくりをYANAGI + ART BASEというチームで行なっている。近年の主な展覧会は、シドニー・ビエンナーレ(2018年、オーストラリア)、「PSYCHIC WOUNDS: ON ART & TRAUMA」The Warehouse(2020年、ダラス)、個展「Wandering Position 1988-2021」 ANOMALY(2021年、東京)、個展「YUKINORI YANAGI」Blum & Poe Los Angeles(2021年、ロサンゼルス)、ディルイーヤ・ビエンナーレ (2021年、サウジアラビア)など。


■「柳幸典展:ICARUS」 

会期:2025年3⽉27⽇(⽊)~ 7⽉27⽇(⾦)

会場/主催:Pireli HangarBicocca(ピレリ・ハンガービコッカ)
Fondazione Pirelli HangarBicocca Milan:美術展

開館時間:10:30~20:30

休館⽇:⽉ー⽔

料⾦:無料

キュレーター:Vicente Todolí(ビセンテ・トドリ)、Fiammetta Griccioli(フィアンメッタ・グリッチョーリ)

カタログ:Marsilio Editori(マルシリオ・エディトリ)