「線のアート」で知られるキース・ヘリングが、なぜ彫刻という表現手法に挑んだのか。 その経緯を辿る「Keith Haring: Arching Lines 人をつなぐアーチ」展

2025/10/18
by 遠藤 友香

Photo: Tseng Kwong Chi ©Muna Tseng Dance Projects Inc Art: ©Keith Haring Foundation

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All Keith Haring Artwork ©Keith Haring Foundation Courtesy of Nakamura Keith Haring Collection.

執筆者:遠藤友香(Yuka Endo)


山梨県北杜市にある中村キース・ヘリング美術館では、2026年5月17日(日)まで、キース・ヘリングの没後35年を記念し、彫刻作品に焦点を当てる展覧会「Keith Haring: Arching Lines 人をつなぐアーチ」を開催中です。

本館が新たに収蔵した全長5メートル超の彫刻《無題(アーチ状の黄色いフィギュア)》を中心に、本館所蔵の全13点の彫刻作品を一挙公開する本展は、「線のアート」で知られるヘリングがなぜ彫刻という表現手法に取り組んだのか、その経緯を辿る本館初の試みとなっています。

1980年代のアメリカ美術を代表する存在であるヘリングは、人や犬といったモチーフを輪郭線のみで描く独自のスタイルで知られています。1979年、地元ペンシルベニア州からニューヨークに移住した直後から、地下鉄構内の広告板にチョークで描く「サブウェイ・ドローイング」を開始。親しみやすさと強烈なインパクトを併せ持つ描線により、一躍国際的な注目を集めるようになりました。

ヘリングは生涯を通じて「誰にでも届く視覚言語」の可能性を追求しました。彫刻はその到達点のひとつであり、線が自立し、永続的な存在感を持つ表現となりました。彼は1988年のインタビューで次のように語っています。

「絵画というものは、ある程度まで、依然として素材の幻想です。でも、イメージを切り出した瞬間、それは現実のものになります。もし崩落すれば、人を殺すかもしれません。そうした力は絵画にはありません。(中略)それは恒久的で、実在する感覚を持ち続けます。私が生きているよりも、はるかに長く存在し続けることでしょう。」

ヘリングは作品の永続性を「不死性(immortality)」と呼び、制作行為そのものを、自らの存在を未来へ残す手段として捉えていました。

1985年より取り組み始めた彫刻作品は、絵画表現とは異なる公共性と永続性に対する信念に基づいて制作されました。鋼鉄やアルミニウムを用いて立体化された線は、都市景観や自然の風景に溶け込みながら、社会とアート、また人と人とをつなぐ立体表現となりました。

本展では、展示室内および屋外空間に彫刻作品を展示し、時間帯や天候によって変化する光の中で、生命力あふれる造形表現を体感することができます。


本展のみどころ

1. 彫刻家としてのキース・ヘリングを探る

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トニー・シャフラジ・ギャラリーとレオ・キャステリ・ギャラリーで同時に開催された個展のポスター、1985年 All Keith Haring Artwork ©Keith Haring Foundation Courtesy of Nakamura Keith Haring Collection.


ヘリングは、1985年、米国コネチカット州のリッピンコット鋳造所で初めて彫刻制作に挑みました。ギャラリストのトニー・シャフラジから「君のアルファベットを風景に置いてみたらどうだ」という提案を受け、自身の描いてきた人物や動物のモチーフを三次元化し、空間に拡張させる新たな表現を開拓します。

その後ドイツでも彫刻を制作し、1987年には国際芸術祭「ミュンスター彫刻プロジェクト」へ出品。鋼鉄やアルミニウムによる彼の彫刻は、都市景観や自然風景の中に生命感を宿し、人々の体験の場を創出しました。

本展では、新たに収蔵した全長5メートルを超える大型作品《無題(アーチ状の黄色いフィギュア)》をはじめ、全13点の彫刻作品を展示。ヘリングが彫刻を通して追求した公共性と永続性、そして生命へのまなざしを体感可能です。


2. 蛍光塗料による作品の期間限定ライトアップ

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2018年のインスタレーションの様子 All Keith Haring Artwork ©Keith Haring Foundation Courtesy of Nakamura Keith Haring Collection.


1983年に蛍光塗料を用いて制作されたペインティング《無題》および版画作品《無題》を、期間限定でブラックライトのもとでの特別展示を行います。本館では約5年ぶりとなる本作品のライトアップ展示は、会期中の毎週土曜日・日曜日および祝日の13:00〜14:00に行います。80年代ニューヨークのサイケデリックな空気を想起させる幻想的な光の中で、ヘリングの作品世界をご堪能ください。


3. 会場限定ブックレットを販売

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「Keith Haring: Arching Lines 人をつなぐアーチ」展ブックレット 

All Keith Haring Artwork ©Keith Haring Foundation Courtesy of Nakamura Keith Haring Collection.

ページ数:24ページ サイズ:A5 価格:500円(税込)

販売期間:本展会期中(2025年6月7[土]ー2026年5月17日[日])

販売場所:中村キース・ヘリング美術館 受付


本展では、展示作品の理解をさらに深めてもらうため、会場限定ブックレットを販売しています。このブックレットには、本展に出品される約80点の作品および資料から厳選された16点の作品を掲載。ヘリング自身の言葉と書き下ろしの作品解説を通じて、彼の造形表現に込められた美意識や哲学に迫ります。

表紙には、1983年に制作された蛍光塗料を用いた《無題》を使用。躍動的な線のエネルギーを感じさせるデザインが、ブックレット全体の世界観を象徴しています。ヘリングの作品に触れ、より深くその魅力を知るための一冊を、ぜひこの機会にお手に取ってご覧ください。


以上、「線のアート」で知られるキース・ヘリングの彫刻という表現手法についての理解が深まる「Keith Haring: Arching Lines 人をつなぐアーチ」展についてご紹介しました。ぜひ、会場に足を運んでみてはいかがでしょうか。


「Keith Haring: Arching Lines 人をつなぐアーチ」

会期:2025年6月7日(土)ー 2026年5月17日(日)

会場:中村キース・ヘリング美術館

山梨県北杜市小淵沢町10249-7

開館時間:9:00-17:00(最終入館16:30)

休館日:定期休館日なし

※臨時休館についてはウェブサイトをご確認ください。

観覧料:大人:1,500円 /16歳以上の学生:800円/ 障がい者手帳をお持ちの方:600円

15歳以下:無料 

※各種割引の適用には身分証明書のご提示が必要です。

観覧券購入所:美術館受付のみで販売

お問い合わせ:https://www.nakamura-haring.com/contact