生成AI時代に内在する、倫理的、社会的規範によるバイアスからの解放について考察。ライゾマティクスによる「AIと⽣成芸術」をテーマとした展覧会「Rhizomatiks Beyond Perception」が開催

2024/07/11
by 遠藤 友香

執筆者:遠藤友香

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アートと社会の曖昧な関係性のうえにアートを成立させようと、歴史的、文化的、科学的、美学的な文脈にアプローチし、過去を読み解き、今を捉え直し、未来についてしなやかに思索している現代アートギャラリー「KOTARO NUKAGA(天王洲)」。

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Photo. Muryo Homma(Rhizomatiks)


この度、「KOTARO NUKAGA(天王洲)」は、TERRADA ART COMPLEX Iの3階からTERRADA ART COMPLEX IIの1階に拡張移転しました。このギャラリースペースの移転を記念し、2024年9⽉28⽇(⼟)まで、「Rhizomatiks(ライゾマティクス)」による展覧会「Rhizomatiks Beyond Perception」を開催中です。

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展覧会準備中の真鍋大度氏


ライゾマティクスとは、真鍋⼤度氏と⽯橋素氏が主宰するクリエイティブコレクティブで、技術と表現の新しい可能性を探求し、研究開発要素の強い実験的なプロジェクトを中⼼に活動を展開しています。

ライゾマティクスによる、ギャラリーでの初の⼤規模な展覧会となる本展では「AIと⽣成芸術」をテーマとし、「創造的思考プロセス」⾃体を作品化します。この展⽰では、AIモデルがどのように学習し新しいイメージを⽣成するかを可視化し、同時に現在、世界規模で支配的な影響力を持つ巨大IT(情報技術)企業群「BigTech」などが提供するAIサービスに内在する倫理的、社会的規範のバイアスによるイメージの操作からの解放についても考察します。

真鍋氏は、「そもそも生成AIは、著作権問題など色々な課題ありますが、我々17年活動しているので、多く作品ありますさらにそういったAI画像、AIのモデル作る技術あるので、自分たちモデル作っ自分たちデータを販売することは、大きなチャレンジに繋がります

色々な著作権の問題や技術的な問題などをクリアして、AIモデルを作って売ることができたとして、次にそれをどうやって紹介するかという問題があるので、この展覧会ではAIモデルが持っているポテンシャルを色々と紹介するために、実際に生成した画像を展示したり、あとは学習のプロセスを可視化したり、モデルそのものを観察、可視化するということにもチャレンジしています。作品の中には、AIモデルを使って色々な映像表現を行っているエリアがあるので、楽しんでいただきたいと思います」と語りました。

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《Beyond Perception Model 2024》


会場入り口を入って左側にある小さな展示室にて、《Beyond Perception Model 2024》が展示され、販売されています。今回販売するのは、AIが作ったイメージやできあがった画像、何か形のあるものではなく、データ自体を作品として販売します。しかも、本モデルは既存の基盤モデルを一切使用せず、ゼロから学習されているのです。そして、それを動かすためのキューブ状の画像再生用パソコンおよびモニターも展示されており、一見作品に見えますが、これ自体も付属品であって、あくまでもこの中に入っているデータが作品となっています。これをコードとモニターに繋ぐと、1分間に1枚づつ新しい画像が出てくる仕組みです。さらに、購入者はモデル使用ライセンスに基づき、画像を生成し、生成した画像を商用非商用問わず、幅広い目的で利用が可能。自身の作品や許諾を得た作品であれば、追加学習することもできます。全5エディションが販売され、1点につき550万円(税別)となっています。

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展覧会は、モデルが学習した約17万枚の画像データから選ばれた約1万枚の画像の展示からスタートします。この展示によって、AIの学習過程を視覚的に理解することが可能となり、モデルの基盤となるデータの性質を直接観察する機会を提供しています。

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KOTARO NUKAGAディレクター 額賀古太郎氏


約10万枚の画像の中から、真鍋氏が選んだ5枚の画像の展示に関して、KOTARO NUKAGAのディレクターである額賀古太郎氏は、「真鍋さんはこの作品を作る際、10万枚の画像の中から5枚を選んだそうですが、すごい膨大な作業量なんですね。それを伺って、我々が美術品として鑑賞できるというか、美術品として成立する、アートとして成立するイメージとは何かということを考えたときに、真鍋さんはそういうことを考えながら、10万枚の中から選んだと思うのです。そこに、ひとつAIができること、人間ができることの折り合いというか、シンギュラリティとかいろいろ言われますが、美術においては、もちろん美しいだけが判断基準ではないというは、現代アートでは言われていることです。人の感性というものが、どれだけAIが作ったものと折り合っていくか、それを選別していくか、もしくはAIがそれを乗り越え、人の感性を超えるようなものを提示していくのか、そういうことを今回の展示で示せるのではないかと思っています」と述べています。

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最終エリアでは、《Live Generation》をご覧いただけます。これは、Beyond Perception Modelによるリアルタイムの画像生成プロセスを展示しているものです。本インスタレーションでは、約1分に1枚のペースで新たな画像を連続的に生成し、Beyond Perception Modelの多様な表現可能性を示すことを試みています。


最後に、ライゾマティクスを黎明期から知る阿部⼀直⽒(東京⼯芸⼤学 芸術学部教授)が本展覧会に宛てたテキストを紹介します。

「ライゾマティクスが、2010年以降の⽇本の、そして国際的なメディアアートシーンの主導的な活動を牽引してきた最先鋭の位置にあることは誰もが認めることである。しかしそれは通常の現代アートとは異なった多くのリスクマネージメントを伴うものであり、先端的なメディアテクノロジーをスペクタクルに使⽤するエンターテインメント、広告、プロモーションなどが数ある中で、⽂化的にも技術的にもそれらとは批評的な距離を置いた実働に集中することは予想以上に難しい作業に違いない。その集団制作[アーティスト、エンジニア、デザイナーによるクリエイティブ・コレクティブ]による活動は、(まだ定義も規定も⼗分でない、だからこそエキサイティングでもある)メディアアートあるいはメディアパフォーマンスの領域は何かという汽⽔域を探る地勢・地質調査とも喩えられるだろう。

ライゾマティクスの遂⾏するメディエイションには、2⽅向の特徴があって、⼀つには、徹底的なコンピュテーション&データ・オリエンテッドな志向の最先端のリサーチである。それとは対照的に、もう⼀つの特徴は、ハードウェア・エンジニアリングのメカ機構の独⾃開発、コントロール・センシング技術のリサーチと実装である。この2つの⽅向性にアート↔パフォーマンス[ダンス・パフォーマンス+エレクトリック・ミュージック・パフォーマンス]という2軸が加わり、ライゾマティクスの4象限マトリクスが完成する。このどこかのポジションに、ライゾマティクスの相当数のアウトプットが、毎回異なるバイアスがかけられて表⽰されるのだ。

しかし、今回のKOTARO NUKAGAでの新作は、アートマーケットにおける展⽰という新しい⼀歩にとどまらず、この時期の⼤きな⼈類史の転換期へのアプローチが含まれる画期的な展開を孕んでいる。それは、⽣成AIの技術⾰新、つまりここ数年で予想を遥かに超えた進展を⽰した事象に関してである。それより少し前ではデータ資産通貨であるトークンによるNFTアートが急速にトピックとなっていたが、ティナ・リバース・ライアンはその特徴をこのように記述している。「永久に単⼀の資産を指し、NFTは暗黙のうちにデジタルプロジェクトの乱雑な現実に対する、安定した単⼀のアートワークの理想的特権を与えるものである。それらは分散的、双⽅向的、偶発的、反復的、またはエフェメナル(瞬時的)であるが」。NFTアートには、このエフェメナルなジェネラティブ・アートの要素も加わっているのが重要で、それは単に表象⽂化の最新のアウトプットをお気に⼊りのパーソナル・モバイルにデータ収蔵するだけのものではなく、むしろ本質的には、表象画像を⽋いた⽣成・更新するデータ・フローに⽂化的・経済的価値を与える次元をも作り出すものであった。

ライゾマティクスの今回の新作「Rhizomatiks Beyond Perception」は、⽣成AIを使⽤したアートプロジェクトとその在り⽅への問いの試⾏にまで発展させて提⽰しようとする。それは、AIが作り出す表象画像の成果や波及性を問題にする視点というよりも、AIモデル⾃体のあり⽅⾃体をデータ・メディエイションとして⽰そうとするものだ。つまり「通常ブラックボックスとされる学習データ、AIモデルそのものの公開、可視化、そして販売の試み」となる。

ライゾマティクスのディレクションは、国際的にも著名なメディア・アーティストでリーダー格である真鍋⼤度を中⼼に⾏われているが、コレクティブとしての集団制作、専⾨性の分散的R&D、構想ディスカッションによる相互影響関係の構築も⾒逃せない。真鍋のほかの多彩なメンバーの代表的⼈材を2例紹介しておくと、⽯橋素は、エンジニアリングとコンピュテーションの⾼度なレベルの複合的研究を突き詰めており、2000年代前半から多彩なアート領域をカバーしてビジョンを発揮し、各種デバイスや可動メカニクスの開発・制御において独⾃の境地を開拓している。花井裕也は2014年からライゾマティクスに参加し、Seamless MR、Dynamic VR、インタラクティブレーザーなど、カメラやプロジェクター等を⽤いた数々の独⾃のビジュアルシステムの開発に携わっているが、近年では、Web上で公開されている情報を学習した基盤モデルは使⽤せず、ライセンス懸念のないオープンライセンスや許諾を得たデータのみを学習する画像⽣成AI「Mitsua Diffusion」「Mitsua Likes」「Elan MitsuaMT」を開発するなど、⽣成AIに関する倫理的アプローチは注⽬されている。

ここで、真鍋⼤度のディレクション性に注⽬してみると、私なりの表現をするなら、真鍋の特徴は⼤きく⾒て2つあるといえるかと思う。それは「未完への志向」それと「制御されるゆえに我あり」である。多少、美術史に寄って位置づけるならば、常に「未完」を⽬指したアーティストの代表格は、いうまでもなくイタリア・ルネサンスのレオナルド・ダ・ヴィンチと(それを当然意識している)マルセル・デュシャンである。レオナルドは、作品を常に変化・更新させていくだけでなく、その時代の未確定の新技術を疑いもなく古典技法に加算採⽤し(そのため多くの作品が遺らないことになったが)、さらにその技術による思考や実装の向かう先の社会的アサインも不確定な予想外の組み合わせを常に試⾏していたのだった。つまりあらゆる意味で作品は永遠に完成しない。デュシャンは、私にとっては、レディメイドの作家などではなく、鋳型の作家である。デュシャンは、活版印刷⼯をやっていた時期があり、その⽣涯に通底する⼯⼈的アプローチは原型と鋳型、鋳型と新規物質の関係であり、その隙間に毎回⽣成する表象できない薄弱空間(アンフラマンス)の多様性への注⽬である。それは試みごとに異なって⽣成する、つまり途切れることのない⽣成が鋳型(メディウム)の余⽩によって原理的に存在する。真鍋の技術観はこれらとほぼパラレルで、新技術が出現するとそれの関係する思考としてプロジェクトはスタートするが、それは表象(作品表現)の完成にほぼ奉仕することなく、次なる⽣成を⽣み出すために、あるいは踏⽯とされ、次の別の技術的アプローチに即座にとって替わられる。

それを成⽴させているのが、真鍋の「徹底的に制御される」ことに関するプラットフォーム構築である。⼈間が⼈間をいかに制御するか否かは、古今東⻄様々な思想で語られてきた問題である。⽈く、メディアは⾝体の拡張であり、⼈間(主体)の視覚の延⻑の先に監視技術がある……。しかし完全に⾃動制御される技術世界に対して⾝体、存在、主体が投げ出されるプラットフォームを想像し、世界を記述することは、これとは位相を異にしている(現在のメタバース/マルチバースの到来はこのヴィジョンに由来しているだろう)。2023年に発表されたメディアパフォーマンス「Syn」では、普段は透明で不可視の存在である鑑賞者(観客)が同時にパフォーマンス空間を移動しながらその動きがレコーディングされ、視覚対象としてリヴァース再⽣・加⼯される映像をステレオ視で直⾯させるメディエイションが現れたが、それはこうした事態が明⽩になった瞬間であるだろう。

そのライゾマティクスが、「⽣成」そのものに(独⾃の開発も含む)AI技術にアプローチして乗り出し、さらにAIとの関係⾃体を対象化、経済化しようとするプロジェクトが、今回の新作「Rhizomatiks Beyond Perception」である。はたしてどのような実装が我々に提⽰されるのか、⼼して待ちたいと思う」。


誰もがAIを使って画像を⽣成できる現代において、改めて「⽣成される画像の価値とは何なのか?」ということを、本展⽰において我々に問いかけています。ライゾマティクスは独⾃のAIモデルを作り、そのモデル⾃体を購⼊可能な作品とすることで、AIとアートに関する新しい視点や考察が⽣まれることを期待しているといいます。是⾮、会場に足を運んで、ライゾマティクスが創造する世界観を体感してみてはいかがでしょうか。


■Rhizomatiks Beyond Perception
会期:2024年6月29日(土)〜9月28日(土)
会場:KOTARO NUKAGA(天王洲)
住所:東京都品川区東品川1-32-8 TERRADA Art Complex II 1F
開館時間:11:00〜18:00
休館日:日月祝