山梨県・小淵沢にある「中村キース・ヘリング美術館」では、1980年代のニューヨークを生きたキース・ヘリングの作品を写真や資料とともに紐解くコレクション展「キース・ヘリング:NYダウンタウン・ルネサンス」展と、世界的ファッションスタイリストであるパトリシア・フィールドのアートコレクション展「ハウス・オブ・フィールド」展を2024年5月19日(日)まで開催中です。
中村キース・ヘリング美術館は、1951年生まれの長野県出身の建築家である北川原温によって設計されました。詩や音楽をモチーフにした個性的な設計で知られています。公共・民間の多くのプロジェクトを手掛け、2015年ミラノ万博日本館(120カ国以上が参加、日本館が史上初の金賞受賞)の建築プロデューサーを務めました。
中村キース・ヘリング美術館館長の中村和男氏は、「1980年代の日本経済は、ニューヨークを象徴するロックフェラー・センターを日本企業が買収するなど、バブルで右肩上がりの情勢でした。それに比べ、当時のニューヨークは経済不況で治安も悪く、犯罪都市というレッテルを貼られていました。
一方ではストリートアートが注目され、クラブカルチャーが重要なエッセンスとなっていました。同時に、レーガンの保守的政権下で白人男性主義的な社会に対する反体制派の声も聞こえていました。ニューヨークで私が初めてキース・ヘリングの作品に出会ったのは、そんな1987年のことでした。へリングは明るくポップな作品だけでなく、反戦反核、有色人種やセクシャルマイノリティへの差別撤廃など、社会の不平等に訴える作品を生涯制作し続けました。そのメッセージは40年を経た現代社会にも警鐘を鳴らし続けています」と述べています。
まずは、「キース・ヘリング:NYダウンタウン・ルネサンス」展についてみていきましょう。
■「キース・ヘリング:NYダウンタウン・ルネサンス」展
本展では、キース・ヘリングが活動した1980年代ニューヨークにおける「アンダーグラウンド・カルチャー」「ホモエロティシズムとHIV・エイズ」「社会に生きるアート」「ニューヨークから世界へ」の4つの視点から、中村キース・ヘリング美術館収蔵のキース・へリングコレクションを紐解きます。
1970~80年代にキース・ヘリングが生きたニューヨークは、パンク・ロックやヒップホップファッションなど新しいカルチャーが注目され、成功を目指す人々が世界中から集まる可能性に満ちた街である一方、犯罪が蔓延する危険な状態が続いており、それらが危ういバランスで成り立っているスリリングな街でした。
80年代にそのような社会の中で生まれたキース・ヘリングの作品は、命に関わる感染症との共生、児童福祉教育や人権問題をはじめとする持続可能な社会実現に向けた課題など、今日を生きる私たちにも強烈なインパクトを与えます。ヘリングが残したメッセージを、同時代を生きた写真家たちの記録写真や多くの資料が並ぶ展覧会を通して発信しています。
中でも観ていただきたいのが、日本初公開となる「マウント・サイナイ病院のための壁画」(1986年)です。本作品は、ニューヨークの小児病棟で、患者である子どもたちのために制作された幅5mを越す大作です。描かれた病院の立て直しに伴い、倉庫で保存されていた壁画を日本では初公開、世界的にも34年ぶりに公開します。なお、本作品は、キース・ヘリングが子どもたちの未来のためにどのように貢献してきたのかを表す重要な作品として世界的にも注目されています。
また、キース・ヘリングは一部の富裕層だけではなく、すべての人にアートを届けたいという信念から、経済状況や年齢に関わらず身近に接することのできるアートとして、多くのグッズも制作しました。
次に、「ハウス・オブ・フィールド」展をご紹介します。
■「ハウス・オブ・フィールド」展
「ハウス・オブ・フィールド」展は、映画『プラダを着た悪魔』(2006年)、米TVドラマ『セックス・アンド・ザ・シティ』(1994年-2004年)で、衣裳デザイナーおよびスタイリストとして、アカデミー賞衣装デザイン賞ノミネート、エミー賞衣装賞を受賞するほか、現在Netflixで公開中のTVドラマシリーズ『エミリー、パリへ行く』(シーズン1、2)Netflix(2020、2021年)で活躍するパトリシア・フィールドが、半世紀をかけて蒐集したアートコレクションを紹介する展覧会です。
ニューヨークに生まれ育ったパトリシア・フィールドは、24歳の時に初めて自身のブティック「パンツ・パブ」をオープンしました。このブティックは、のちに自らの名を冠した「パトリシア・フィールド」となり、イースト・ビレッジを中心に移転を繰り返します。そして場所を移しながら「ハウス・オブ・フィールド」と呼ばれるコミュニティを形成していきました。
「ハウス」は、1970年代以降のニューヨークのアンダーグラウンドシーンで、黒人や、ラテンアメリカのスペイン語圏出身のラティーノのLGBTQ+コミュニティで、“従来の枠組みに囚われず生活を共にする集団がその結束を示す言葉”として使われてきた言葉です。現在も「ハウス・オブ・フィールド」は、パトリシア・フィールドを中心に彼女のブティックに所属するスタッフやデザイナー、アーティスト、美容専門家、彼女を慕う人々のコミュニティとして健在しています。
パトリシア・フィールドは作品を購入することでアーティストたちを支え、アーティストたちも彼女を敬愛しポートレートを贈りました。それらの個性豊かなアートが、壁やショーウィンドウ、試着室の扉にいたるまで空間全体を彩るブティックは、2016年春に惜しまれながら閉店し、彼女のアートコレクションの主要作品約190点が2016年に中村キース・ヘリング美術館に収蔵されました。
本展では、パトリシア・フィールドが半世紀をかけて集めたコレクションから、日本初公開作品を含むペインティングや写真、オブジェなど約130点を公開します。人間の欲望をポジティブなエネルギーに変換するかのようなパワフルな作品は「自分らしく生きることとは何か」を問いかけ、本展を通してパトリシア・フィールドの歩んできた道のりや想いを汲み取ることができるでしょう。
また、中村キース・ヘリング美術館館長の中村和男氏は本展に関して、以下の言葉も述べています。「キースはHIVになって苦悩を抱え、31歳で亡くなりました。生きていくということに関しては、誰しもがエネルギーがあって、お金持ちだけがエネルギーがあるわけではなく、貧しくたって絵が描けなくたってエネルギーを持っていて、そのエネルギーを、あるときには街の中でスケボーで解消したりとか、いろんな遊びで解消していた。そういうエネルギーの中で作品が生まれ、そこの中で今回ルネッサンスという表現もとっています。
アートにはメッセージを感じ取る部分があり、それは画商が扱うだけでなく、誰にでも開かれています。今回、展覧会を開催するにあたり、パトリシアの世界も表現したいと思いました。パトリシアが集めたものは有名な画家が描いたものではなく、もう辞めてしまった方とか、亡くなった方とか、本来なら画商が扱えないものですが、観たときに僕らをハッとさせます。このエネルギーと、光と影のようなところに、面白さを感じていただけると思います。
最後に私が強調したいのは、キース・ヘリングによる病院での壁画です。これはニューヨークの小児科病院の病棟の中で描いたものです。単純さと、なにかほっこりする絵本で見たような、全く新しい創造性の中に、彼の持つ優しさを感じます。皆さんにはこの作品だけではなく、小児病棟で癌になった子供たちが長期入院しているとき何を感じていたのかということにも思いを巡らせて欲しい。
僕らには絶対計り知れない。彼ら、彼女たちや親御さんにとって、その世界の中で生きていると、いつまで生きられるかどうかってことすらわからない不安に襲われる。そんな中、彼は優しさの中でその壁画を描いた。子供たちも勇気をもらったかもしれない」
最後に、パトリシア・フィールドから届いたメッセージをご紹介しましょう。
「日本のアートラバーの皆さんがお越しくださっていることを、とても嬉しく思います。私の蒐集した作品と、この美しい美術館に興味を持っていただいたことに深く感謝し、私の愛を贈ります」と述べています。
■「キース・ヘリング:NYダウンタウン・ルネサンス」展
会期:2023年6月3日(土)ー2024年5月19日(日)
開館時間:9:00-17:00(最終入館16:30)
休館日:定期休館日なし
※展示替え・メンテナンス等のため臨時休館する場合があります。
観覧料:大人:1,500円/ 16歳以上の学生:800円/ 障がい者手帳をお持ちの方:600円
15歳以下:無料 ※各種割引の適用には身分証明書のご提示が必要です。
同時開催:「ハウス・オブ・フィールド」展(自由の展示室)
※コレクション展観覧券で観覧できます。