執筆者:遠藤友香
2025年大阪・関西万博と同時期に開催される国際芸術祭「Study:大阪関西国際芸術祭 2025」。160カ国が参加し2,800万人の来場者が見込まれる万博会場を含む大阪・関西で、大規模なアートプロジェクトを展開します。本芸術祭の主要プログラム「パブリックアート」は、万博会場内に設置され、大阪・関西万博の主要プログラム「アート万博」としても位置付けられています。
今回の「Study:大阪関西国際芸術祭 2025」では、「ソーシャルインパクト」をテーマに、世界的アーティストによる展覧会やアートフェアを実施。万博会場に加え、大阪文化館・天保山、中之島エリア、船場エリア、西成エリア、JR大阪駅エリアなど、大阪の主要エリアを舞台に、アートによる都市の活性化を目指します。
また、ドイツや韓国、アフリカ諸国の機関とコラボレーションしたプロジェクトなど、アートを通じた国際交流も予定しています。そして、日韓国交正常化60周年を記念した特別企画として、日韓が誘致するギャラリーや団体による日韓合同のアート&クリエイティブ・フェア「Study × PLAS:Asia Art Fair」を開催。アートの力で、新たな文化の架け橋を築きます。
本芸術祭では、2022年の開催当初から1970年の大阪万博を契機に経済変動の影響を受けてきた大阪市西成や船場などの地域に注目してきました。西成・釜ヶ崎は、かつて高度経済成長期に多くの肉体労働者たちが働き、暮らす場所でした。現在は、住民の高齢化や外国人の増加、また不動産投資による地価上昇など、さまざまな社会課題に向き合っているエリアです。また、かつて物流の拠点として、全国から人と富と情報、そして文化芸術が集まる問屋街として栄えた船場エリアなど、これまで大阪ならではの地域の特色から生まれるアートの力に注目し、多様な出会いを創造してきました。
「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマとする万博の年に、大阪・関西から世界に向けて「アート×ヒト×社会の関係をStudyする芸術祭」を開催し、2025年の万博閉幕後も継続的に発展させていきます。
アートは、人々に感動や驚きをもたらすだけでなく、未来を切り拓く「創造力」と人や社会を思いやる「想像力」が身につくと言われています。アートが都市にもたらす波及効果は、国内外問わず枚挙にいとまがありません。このアートの力を大阪関西のみならず日本の成長戦略の要として活かすことが、より良い未来社会を創造する上で極めて重要です。
■アート産業化の現実と課題「アート×ビジネスが経済と地域をどう変えるか」
日本のアート市場規模(2021年)は2,363億円であり、世界アート市場の4%のシェアを占めています。一方で、アーティストの一人当たりの平均売上高は年間約280万円と、広告業(3,490万円)やデザイン業(1,210万円)と比較して低い水準にとどまっており、文化・創造産業の中でも資金供給が十分とは言えない状況です。さらに、日本の文化芸術予算が全政府予算に占める割合は約0.11%と、他国と比較しても低く、国民一人当たりの文化GDPは先進国最低レベルとなっています。この課題を克服することが、アート市場の拡大や地域創生、さらには日本全体の経済成長において極めて重要です。
2023年、経済産業省は初めてアートに関する報告書を発表し、アートには文化的価値に加えて企業と地域における経済産業的な価値があると分析しました。企業においては、創造性豊かな人材の育成や、企業理念の浸透によるエンゲージメント向上、事業差別化のための新たな手段として注目されています。実際に、住友商事やコクヨ等の大手企業も「脳が活性化している状態やポジティブな感情が強く出て、新しい企画などが浮かびやすい」など、アート投資の効果をあげています。
また、地域においては、地域コミュニティの活性化や治安の改善、不動産価値の向上、観光促進などの社会的・経済的価値をもたらします。実際米国では、壁画があるビルの価値が2.4倍に、またアートギャラリー・アートセンターの設置により住宅価格が196%上昇するなど、アートに取り組む地域で地価が上昇した事例があります。
こうした背景の中、経済産業省は、国内外で開催されている「ビエンナーレ」や「トリエンナーレ」といった芸術祭の経済産業的意義に注目しています。アート作品の流通促進やデジタル技術の活用など、アート産業の新たな可能性を探り、アート市場の拡大を通じた地域創生と経済成長への貢献を目指しています。
(左から)株式会社アートローグ代表取締役CEO、大阪関西国際芸術祭 総合プロデューサー 鈴木大輔、The Breakthrough Company GO 代表取締役CEO 三浦崇宏氏
2024年12月4日、本芸術祭に先駆け、東京・六本木において「アートはビジネスに必要か」をテーマに、The Breakthrough Company GO 代表取締役CEOの三浦崇宏氏と、株式会社アートローグ代表取締役CEOで大阪関西国際芸術祭 総合プロデューサーの鈴木大輔によるトークセッションが開催されました。
鈴木からの、アートがビジネスに及ぼす影響や、ビジネスにおいて未来を作っていくためにアートに触れることに対する意義についての質問に際し、三浦氏は「アートとビジネスには深い関わりがあり、大きく3つあると思います。ます、単純にアートビジネスは、これからどんどん伸びていくと思っています。共同保有の市場だったり、オークションの市場だったり、投資対象としてのアートとか、また観光ビジネスとしてのアートですね。日本中で、あるいは世界中でいろんなアートフェアが観光の切り札になっているというのもありますので、アートビジネスの市場そのものが日本では小さ過ぎますが、グローバルでは大きいので、これに追いつく過程において、すごく伸びてくる市場だと思います。
もう1個は、経営者とクリエイターとかリーダーにとって、アートはすごく大事な影響があると思っていて、要はリーダーの仕事って、不確定な状況で意思決定することなんですよね。確定的な状況で意思決定するのは、社員でも誰でもできるんですよ。要は、Aを選んだら70%成功、Bを選んだら30%成功だったら、Aの70%を選ぶでしょう。これは誰でもできるんです。ただ、僕らリーダーって、Aをやることでこんなリスクがある、Bにもこういうリスクがある、会社としてどっちを選ぶのかというリスクのある意思決定をするという行為が、実は経営者の一番大事な仕事だと思っています。実はアートを購入するとか、アートと向き合うということは、不確定なものと向き合うってことですよね。
例えば今、壁に品川亮さんという作家の作品がありますけれども、この作品が一体何を意味しているのか、この作品の価値は一体何なのかということは、誰も決められない、誰にもわからないことなんですよ。でもそれをどこに飾るか、どう愛せるか、これは相手に委ねられるわけですね。一つの決まった答えがない状況において、それをどう自分なりに解釈して、選び取って、自分なりに行動どうするのかということは一つのレッスンというか、習慣づけになるので、アートってすごく大事だなと思っています。
3つ目は、これから先全ての人間にとって、センスこそが一番重要になっていくと思ってるんですよ。要は、当たり前の判断とか、当たり前のもの作りって全部AIがやってくれるんです。AIって一体何かというと、AIって生成してないんですよね。生成AIっていいますが、無から有を作ってるわけじゃないんですよ。例えば、何か絵を描いてくれと言ったら、ピカソ、マティスなど、色々な画家の色々な絵があって、既にあるものの間にある何かを、点を取っているんです。点と点の素晴らしいものがある間の中にある、何か中途半端なものを作っているのがAIの仕事なんですね。
逆に言うと、その特異点というか、一つのその領域を限定する点を作るのは人間の仕事なんですよ。その点を作るのが一部の天才だとして、AIが作ってきたものに対して、これにどれくらいの価値があるかというのを見出すには、人間がある程度センスを磨かないといけないんです。センスって何かというと、膨大な量のいいもの、素敵なものを見た結果からくる総合的な判断力のことです。だから、アートとか人間がすごく素敵だと思うものをたくさん見た人間じゃない限り、そのものが優れているか、いいかっていう判断ができないわけですよ。だから、どんな人間でも意思決定とか、いいものを作って判断するためには、アートに触れる経験の数が大変重要になってきて、そういうことがこれから必要だと思いますね」と語りました。
以上、「Study:大阪関西国際芸術祭 2025」に関してと、アート産業化の現実と課題、The Breakthrough Company GO 代表取締役CEOの三浦崇宏氏と、株式会社アートローグ代表取締役CEOで大阪関西国際芸術祭 総合プロデューサーの鈴木大輔によるトークセッションについてご紹介しました。ぜひ、より良い未来社会を創造する上で極めて重要な役割を果たすアートに注目してみてください。
執筆者:遠藤友香
「渋谷スクランブルスクエア」の14階・45階・46階・屋上に位置する展望施設「SHIBUYA SKY」は、「SKY GALLERY EXHIBITION SERIES」と題して、本施設の来場者に、渋谷最高峰の景色を眺めるだけにとどまらず、まだ見ぬ世界への興味を抱かせ、想像力を育てる体験を提供することを目的に、本格的な企画展を定期的に開催しています。
8回目となる今回、「異彩を、放て。」をミッションに掲げ、異彩作家とともに新たな文化の創造を目指すアートエージェンシー「ヘラルボニー」による企画展『「PARADISCAPE」異彩を放つ作家たちが描くせかい』を、2025年1月16日(木)から3月31日(月)まで開催することが決定しました。
国内外の主に知的障害のある作家の描く2,000 点以上のアートデータから、この世界の在り方を独自の視点で描いた原画約50点を厳選し、書き下ろし作品とあわせて屋内展望回廊SKY GALLERYに展示します。
本展は異彩作家たちの視点から「生命が輝く世界」を再構築する試みです。ある作家は、動物の「目」に込められた感情に惹かれ、またある作家は「色」や「形」を通じて生命のエネルギーを表現します。彼らが描くのは、日常の中で見逃されがちな生命の瞬間、異なる感覚で捉えた生命そのものの多様な風景です。彼らの視点や感覚を通して、新たな生命の魅力を伝え、訪れるひとびとに「世界」との心の対話を生み出す空間を構成します。
本展示は3つのテーマに分けて作品を展示します。
1.アーバンサファリ
渋谷の上空に構成された、都市の人工物と多種多様な生き物が共存することで生まれる超自然的な風景。現代的な都市生活と野生動物の生息地が隣り合わせにあるかのような想像は鑑賞者に新鮮な驚きを与えてくれます。本展示のために、SHIBUYA SKYの展望体験をインスピレーションとして制作された作品も展示しています。
■出展作家
鳥山シュウ|やまなみ工房
鳥山シュウ
鳥山シュウ《ひろがる》
大好きなアニメやゲームキャラクターを模写することから絵を描く楽しみを持った少年期から、彼の世界観は更なる広がりを見せるようになりました。細やかで緻密な線の集合体で描かれた動物や風景、妖怪やモンスターのような生き物が楽し気に生活される街並みなど、彼の頭の中のイメージそのままが絵に映し出されています。絵を描くことで人とつながりが生まれ、夢を実現させるための活力であると、彼の創作への意欲が絶えることはありません。本展ではSHIBUYA SKYを体験し、キービジュアルを制作しています。
鳥山氏は「渋谷46階から見た景色は特別なものでした。写真とは違う、ずっと遠くの空と街が自分の頭の中で空想とリアルでごちゃまぜになりました。僕の目の前に広がる世界に心が動くのを感じました。今を生きていることや言葉にできない想いを絵に込めました。僕の絵を見て楽しんでもらえると嬉しいです」とコメントしています。
小野崎晶
小野崎晶
小野崎晶《わたしのゲルニカ》
自閉症であることで、幼い頃はさまざまな苦境に直面することもありましたが、現在は自宅で営業しているヘアサロンの店頭に立ち、お客さまのシャンプーなどを担当する傍ら、休日は精力的に絵を描き続けています。彼女が描く作品は、表情豊かでまるで楽しそうに会話をしているような動物達や、色鮮やかで溢れるほどの生命力を感じさせる草花が画面を一杯に埋め尽くします。描く作品は彼女の心が住む世界の風景であり、同時に現実世界に対する「あなたが笑顔でありますように」という彼女の願いでもあります。
2.群と移動
厳しい自然を生き抜くための群れが形成する美しいシルエットや動きのリズムは、自然界の調和を感じさせます。また、群れを構成するそれぞれの個体にも独特な特徴や行動、そして表情があり、群れの中での役割や関係性が複雑に表れます。時には鳥たちに寛容さや癒しの表情を読み取ることもできるでしょう。眼下に広がる都市と、行き来するひとびとの流れを背景として作品を眺めることで、いのちが描き出すパターンの中に私たち自身の姿をも見ることができます。
■出展作家
田﨑飛鳥
田﨑飛鳥
田﨑飛鳥《ウミウ》
陸前高田市在住。彼は生まれながらにして、脳性麻痺と知的障害があります。幼いころから絵本や画集に興味を持ち、彫金作家である父、實さんの勧めで絵を描き始めるとその才能は伸びていき、アート展では賞を受賞するまでに。東日本大震災の津波により、自宅、今まで描いてきた約200点の絵、親しんできた豊かな自然と、そこに住むひとびと……かけがえのない大切なものを一瞬で失い、あまりの衝撃と悲しみから、ショックで一度は筆を置いてしまいましたが、父からの言葉で再び筆を取り、壮絶な経験を経て、今日まで多くの観る人の心を動かしています。
3.境界のない世界
世界を自由に往来する、生き物の声に耳をすませてみましょう。大地の多様性と生命力を育む大らかさ。海の神秘的で深淵な世界。そして人間の夢や希望を象徴する存在としての空。豊かな表情の生き物や、多彩な色の組み合わせの風景、またそれらが溶け合う創造性に富んだ作品群は、自然界の驚異と美しさ、そしていのちの輝きそのものを伝えます。異彩を放つ作家の視点で描かれた新鮮な世界像は日々の生活を営む中で無意識に世界を整理し、境界を引いてしまう私達の意識に語りかけます。
■出展作家
岩瀬俊一|やまなみ工房
岩瀬俊一
岩瀬俊一《くじらとサメ》
ペンを用いて、人物や動物などモチーフが決まると、彼独自の視点で余白を余すことなく、紙面全てにゆっくりと描きこんでいきます。彼の内向的で真面目な性格が作品にも反映され、描く線の一つひとつがとても丁寧で、まるで細い糸が絡み合っているかのように繊細に描かれています。日常では、ほとんど言葉も発することなく意見を求めても、顔を赤らめながら、か細い声で一言口にする程度しかない彼の作品からは、内に秘めた思い全てが放出され、訴えかける力強さに満ち溢れています。彼もまた自己を表現する術を作品制作に見出した1人であり、これからも彼の世界観は大きく広がっていくことでしょう。
金沢 21 世紀美術館 チーフ・キュレーター/株式会社ヘラルボニーアドバイザー 黒澤浩美氏
全体の監修・キュレーションを担当した、金沢21世紀美術館 チーフ・キュレーター/株式会社ヘラルボニーアドバイザーの黒澤浩美氏は、「SHIBUYA SKYの屋上展望空間『SKY STAGE』は360度のパノラマビューが広がり、渋谷駅を中心に放射状に伸びる大きな通りを俯瞰できます。都会の空が狭いなんて間違っていたのだと実感する、開放的なスペース。空が大きく頭上に広がり、地球のどこまでも繋がっていることを実感します。このたび、その屋上の下の回廊に、異彩を放つ作家たちが描く、新しい生態系「PARADISCAPE」を創出。境界のない自由でのびやかな表現に触れて、生きとし生けるものと自然も全てが、ずっと繋がっていることを感じていただければ嬉しく思います」と述べています。
(左から)株式会社ヘラルボニー 代表取締役 / Co-CEO 松田崇弥氏、松田文登氏
株式会社ヘラルボニー 代表取締役 / Co-CEOの松田崇弥氏と松田文登氏は、「『ハチ公』は、主人である上野英三郎教授の逝去後も変わらず毎日渋谷駅で彼の帰りを待ち続け、その姿は愛と絆の象徴としてひとびとの記憶に刻まれています。その地上の象徴と響き合うかのように、渋谷上空に位置する『SKY GALLERY』に、異彩を放つ作家たちによって描かれた生命の息吹が、力強く躍動します。再開発により絶えず姿を変える渋谷の景色の先にこれからの社会の在り方を想像します。それは生命の普遍的な輝きと存在の根源を鮮やかに映し出す、ヘラルボニーが提案するパラダイス。渋谷上空で、あなたをお待ちしております」と語っています。
■SHIBUYA SKY
フロア:14階(チケットカウンター)、45階・46階(屋内展望施設)、屋上(屋上展望空間)
営業時間:10:00〜22:30(最終入場 21:20) ※最新の営業時間は公式WEBサイトをご確認ください
休館日:元日(※臨時休館日あり)
執筆者:遠藤友香
1921年にイタリア・フィレンツェで創設された「GUCCI(グッチ)」は、世界のラグジュアリーファッションを牽引するブランドのひとつとして知られています。
この度、GUCCIのクリエイティブ・ディレクターであるサバト・デ・サルノの発案のもと、ファッションとGUCCIのコレクションをとりまく表現世界を探求するブックシリーズ『Gucci Prospettive』が誕生しました。
第4弾となる今回は、対照的かつ多様な世界が共存しながら、絶え間なくクリエイティブな交流が行われている国際都市であるロンドンに焦点を当てたもの。「あらゆるものを受け入れるオープンなスピリットこそが、ロンドンを選択した理由である」と、サバト・デ・サルノは述べています。また彼は、「GUCCIで私にとって初めてのクルーズコレクションの舞台となる場所を選ぶとき、ロンドンは自然な選択でした。この街は私に大きな影響を与えてくれました。人生の岐路に立った時、この街は私を歓迎し、耳を傾けてくれました。同じことがグッチオ・グッチにも言えます。彼の物語は、ザ・サヴォイとの魔法のような出会いを果たし、伝説のように語り継がれるものとなりました」と語っています。
Courtesy of Gucci
20世紀初頭のザ・サヴォイ ホテルから、GUCCI 2025年クルーズ ファッションショーの会場となったテート・モダンのタンクまで、ロンドンとGUCCIの道は幾度となく交差してきました。人々とアイデアをつなぐ象徴的な場所であるテート・モダンは、この街の二面性を体現しています。コンクリート打ちっぱなしのタンクに詩情豊かなグリーンを取り込んだ空間は、ファッションショーの完璧な舞台となり、過去と現在をつなぐ絶え間ない対話を生み出しながら、グッチと英国の首都ロンドンとの強い絆をさらに際立たせました。
Courtesy of Gucci
『Gucci Prospettive』は今回もContrasto社から出版され、新たな地平を探求するためのプラットフォームを提供します。第4弾となる「Ancora Londra」は、クリエイティブスタジオ「A Vibe Called Tech」の創設者であるシャーリーン・プレムペとクリエイティブ・ディレクターの ルイス・ダルトン・ギルバートがキュレーションを手掛け、相反する要素が混在するロンドンに、多様なカルチャーが共存するだけでなく、相互の対話が生まれ続けている理由を理解し解き明かすことを試みています。
「ロンドンは夢見る人々の街です。思いがけないところからインスピレーションが湧き、偶発的に、時には驚くような形でアイデアに命が吹き込まれます」。「ロンドンを東西南北で分けて語ろうとしても、結局はステレオタイプやありきたりなイメージに行き着いてしまいます。この街も、そこで生きる人々も、一言で分類するのは難しいのです。なぜなら、彼らとこの街が本当に体現しているものは、私たちが抱える内なる矛盾の美しさと緊張感だからです」と、プレムペとギルバートは語っています。
Courtesy of Gucci
Courtesy of Gucci
プレムペとギルバートは、4つの章「DREAM BUILDINGS/PEOPLE WATCHING/WATCHING PEOPLE/BUILDING DREAMS」を通して、空間と個人の結びつきに着目し、その関連性を見事に描き出しました。モダニズムの大胆なラインが目を引くバービカン・センターからメイフェアのクラシックなエレガンスに至るまで、ロンドンの建築は深い歴史的ルーツを守りながら、絶えず自己改革を続けてきたことを物語っています。本書で描き出されるロンドンは、予期せぬインスピレーション源となるさまざまな体験の集合です。ここでは、建築とスタイルの組み合わせにおける対照的な文化が見られ、各ページが新たな発見の機会となっています。
Courtesy of Gucci
Courtesy of Gucci
本書はロンドンへの賛辞であると同時に、未来への考察でもあります。対照的な要素をインスピレーション源として捉え、住む人々、訪れる人々、そして夢見る人々に継続的に影響を与え続けるロンドンという都市の再生力とクリエイティビティを探求しています。『Gucci Prospettive』第4弾の制作にあたって、サバト・デ・サルノは、シャーリーン・プレムペとルイス・ダルトン・ギルバートに、故郷に捧げるこの特別なエディションのキュレーションを依頼しました。
本書は、2024年5月にロンドンのテート・モダンで発表されたGUCCI 2025年クルーズ コレクションのローンチと同時に出版されます。2024年11月14日、ニューボンドストリートのGUCCIショップで出版を祝うイベントが開催され、3階のGUCCIサロンではキュレーターたちとのディスカッションが行われ、その後、1階のGUCCIショップでのレセプションにゲストが集いました。
先日、ニューボンドストリートのGUCCIショップでは、新たなアートコレクションが展示されました。そこには『Gucci Prospettive 4: Ancora Londra』に登場しているRachel Whiteread、Cerith Wyn Evans、Bob and Roberta Smith、Corbin Shaw、Remi Ajani、Sonia BoyceやSunil Guptaといったアーティストたちの作品も含まれています。
執筆者:遠藤友香
三井物産株式会社と三井不動産株式会社の開発によりオープンした「Otemachi One」で展開中の、アーティスト YOSHIROTTENによる大型パブリック・アートのシリーズ作品《RING PARK》。《RING PARK》の第3弾作品である《彩雲の柱 / Pillars of the Iris》が、2024年12月25日まで公開中です。光をテーマにした作品と音楽で、ホリデーシーズンを幻想的に彩ります。
「Otemachi One」は、大手町「一丁目」から世界に向けて新しい価値を発信し続ける「オンリーワン」の街として開発され、「大手町三井ホール」と約30の商業店舗とオフィスビル、そして「フォーシーズンズホテル東京大手町」が融合した大規模な施設です。
同施設からのオファーを受けたYOSHIROTTENが年間を通して全3回のパブリックアート作品を発表。その環境から着想を得た《RING PARK》というタイトル・コンセプトの下に、日本有数のビジネス街で展開される気鋭アーティストの作品群は、施設の緑地エリアや巨大窓ガラスなどを活かし調和するサイトスペシフィックな試みとなります。
《RING PARK》は、2024年を通して展開されるパブリックアートのシリーズ作品です。このシリーズ作品の制作を開始した際、YOSHIROTTENは最初にメイングラフィックと呼ばれる図案を制作しました。この図案は大手町の「O」をモチーフにしています。4つの「O」の重なり合いは、この場所に集まる人々が出会い交差し繋がる様子を表現しています。また、同時に4つの季節でもあり、色の変化はその移ろいを表しています。《RING PARK》は、通年を通して場所や手法・素材を変えながら様々なかたちで発表されます。メイングラフィックも色彩や形状を変化させながら登場します。
今回で《RING PARK》の最終回となる作品《彩雲の柱 / Pillars of the Iris》は、施設の緑地である「Otemachi One Gerden」を会場に発表されるインスタレー ション作品です。YOSHIROTTENの探究するテーマである光を用いたアートが、煌めくような特別な空間を作り出します。また、YOSHIROTTEN作品の音楽制作パートナーである電子音楽家TAKAKAHNが本作のために制作したアンビエントミュージックも、非日常的な体験に誘ってくれることでしょう。
ぜひ、「Otemachi One」に足を運んで、YOSHIROTTENによる作品《彩雲の柱 / Pillars of the Iris》の世界感に酔いしれてみてはいかがでしょうか。
<YOSHIROTTEN プロフィール>
アーティスト YOSHIROTTEN氏
ファインアートと商業美術、デジタルと身体性、都市のユースカルチャーと自然世界など、複数の領域を往来するアーティスト。2023年にアートプロジェクト「SUN」を発表し、幕張新都心の陸・海・空で展開された大規模な市街展示を含むいくつかの機会でインスタレーション作品を展開。2024年10 月、鹿児島霧島アートの森で自身初となる美術館での展覧会を開催。
■「Otemachi One Public At by YOSHIROTTEN RING PARK
season3《彩雲の柱/ Pillars of the Iris》」
会場:東京都千代田区大手町1丁目2-1 Otemachi One 1F
Otemachi One Garden (大手町駅C4、C5 出口直結)
会期:2024年11月25日(月)~12月25日(水)
入場:無料
OTEMACHI ONE
執筆者:遠藤友香
2023年開業した「虎ノ門ヒルズ ステーションタワー」最上部に位置する新たな情報発信拠点「TOKYO NODE(東京ノード) 」。イベントホール、ギャラリー、レストラン、ルーフトップガーデンなどが集積する、約10,000㎡の複合発信施設です。 施設内には、ミシュランで星を獲得したシェフによるレストランや、イノべーティブなプレイヤーが集まり共同研究を行う「TOKYO NODE LAB」も併設。「NODE=結節点」という名のとおり、テクノロジー、アート、エンターテインメントなどあらゆる領域を超えて、最先端の体験コンテンツ、サービス、ビジネスを生み出し、世界に発信していく舞台となっています。
この度、森ビル株式会社、NHK、NHKエデュケーショナル、NHKプロモーションは、2025年4月18日(金)~2025年9月23日(火・祝)の期間、「TOKYO NODE(東京ノード)」にて、デザインを体感する展覧会「デザインあ展neo」を開催することを発表しました。過去2期にわたり、累計116万人が来場した「デザインあ展」をアップデートし、このたび歴代最長会期での開催となります。
「デザインあ展」は、これまで2013年に「21_21 DESIGN SIGHT」で、2018年~2021年には「日本科学未来館」、「富山県美術館」など全国6つの美術館で開催され、先にも述べた通り、のべ116万人の方が来場しました。
3 回目となる「デザインあ展neo」では、作品を新たに制作し、子どもたちにデザインについてさまざまな思考・発見を楽しんでもらう展示を行います。「みる(観察)」「かんがえる(考察)」「つくる・あそぶ(体験)」のステップでデザインを体感していく作品や、360度のスクリーンに囲まれて映像と音楽をからだいっぱい感じる作品など、「あ展」ならではの作品群をパワーアップして展開します。
「デザインあ展neo」総合ディレクター 佐藤卓氏
「デザインあ展neo」総合ディレクターの佐藤卓(さとうたく)氏は、「これまで116万人の方にお越しいただいた『デザインあ展』が、さらにバージョンアップした『デザインあ展neo』として開催できることになりました! あらゆる人の営みにデザインは欠かせないとしたら、子どもの頃からデザインマインドは育んだ方がいいのではないかという想いから生まれた番組を、展覧会化したのが『あ展』です。子どもから大人まで楽しめる新しい展示を、今いっぱい用意していますので、ぜひお越しいただきたいと思います」と述べています。
本展のチケット料金や開催時間などの詳細は、2025年1月下旬より順次特設サイトにて発表していくとのこと。新しい「デザインあ展neo」に、どうぞご期待ください。
■デザインあ展neo(Design Ah! Exhibition neo)
開催期間:2025年4月18日(金)~2025年9月23日(火・祝)
会場:TOKYO NODE GALLERY A/B/C (東京都港区虎ノ門2-6-2 虎ノ門ヒルズ ステーションタワー 45F)
チケット:2025年1月下旬詳細発表・2月発売予定
主催:TOKYO NODE/NHK/NHKエデュケーショナル/NHKプロモーション
執筆者:遠藤友香
一般社団法人新虎通りエリアマネジメントは、2025年1月8日(水)まで、今年開通10周年を迎えた新橋・虎ノ門を結ぶ新虎通りで、「えがお」を描き「ひかり」を灯すイルミネーション企画「ひかりの実 2024」を開催中です。
「ひかりの実」は、美術家の髙橋匡太さんが考えた、みんなで作る参加型のイルミネーション作品です。果実袋に「えがお」を描き、LED の光を入れて樹木に取り付けます。みんなの「えがお」が、たくさんの「ひかりの実」となって灯り、あたたかな夜の風景をつくります。
髙橋さんは「昨年に引き続き今年は10周年事業としての取り組みの中、たくさんの皆さんのご協力、ご参加いただき本当に嬉しく思います。1500人の方のだれかの笑顔を思うやさしい気持ちがこもった、たくさんのひかりの実が新虎通りに灯る様子は、道ゆく人を暖かい気持ちにさせてくれることでしょう」とコメントしています。
新虎通りでは、昨年初めて「ひかりの実」企画を開催しました。地域の小学校や保育園、近隣居住者やオフィスワーカーの方にご参加いただき、約400もの「えがお」が集まり街を彩りました。そして、新虎通りエリアマネジメント設立10周年を迎えた今年、近隣企業のご協力の元、「ひかりの実」がパワーアップして帰ってきます。
昨年は新虎通り歩道街路樹2本に「ひかりの実」が設置されましたが、今年は大幅に拡大し、15本の樹木への設置が決定。新虎通りエリアマネジメント会員企業の方々と共に、新虎通りの冬を灯します。
新虎通りは、2023年に東京都内で初めて「歩行者利便増進道路(ほこみち)」として利便増進誘導区域に指定され、食事施設の設置、イベントの開催などによる賑わいの創出を図ってきました。今後も新虎通り全体を活用した企画を連続的に展開することで、新橋・虎ノ門エリアのさらなる活性化に貢献していくとのことです。
新虎通りエリアマネジメント事務局担当者は「おかげさまで新虎通りエリアマネジメントは設立10周年の節目を迎えることができました。これからも地域の皆様や近隣企業様から、エリアマネジメント活動へのかかわりやご支援をいただきながら、これからの10年に向けて新虎通りを更に盛り上げていきたいです。
『ひかりの実』は誰もが参加できる参加型の光の作品で、今回もお子様から大人まで多くの皆さんに『えがお』を描いていただきました。これからも『ひかりの実』をはじめ、エリアマネジメント活動を通じて地域のつながりをつくっていけたらと考えています」と述べています。
<髙橋匡太(たかはしきょうた) プロフィール>
光や映像によるパブリックプロジェクション、インスタレーション、パフォーマンス公演など幅広く国内外で活動している。京都市京セラ美術館、東京駅100周年記念ライトアップ、十和田市現代美術館など建築物へのライティングプロジェクトは、ダイナミックで造形的な光の作品を創り出す。多くの人とともに作る「夢のたね」、「ひかりの実」、「ひかりの花畑」など大規模な参加型アートプロジェクトも数多く手掛けている。
■「ひかりの実 2024」
日時:2024年12月2日(月)〜2025年1月8日(水)
場所:新虎通り
主催:新虎通りエリアプラットフォーム協議会(一般社団法人新虎通りエリアマネジメント・港区芝地区総合支所) 協賛企業:キーコーヒー株式会社、トラスコ中山株式会社、株式会社同和ライン、株式会社永谷園ホールディングス、 森ビル株式会社、安田不動産株式会社、公益財団法人東京都道路整備保全公社、独立行政法人都市再生機構、日鉄興和不動産株式会社、大林新星和不動産株式会社、 株式会社フジタ、トヨタモビリティ東京株式会社、株式会社デンソー、東洋海事工業株式会社(サンブリヂグループ)
執筆者:遠藤友香
今年創業100周年を迎えたイタリア発「Loro piana(ロロ・ピアーナ)」。この度、100年の歴史と伝統を祝して、著述家、歴史家、ジャーナリストのニコラス・フォルケス執筆による、先見の明を持つ起業家ファミリーの驚くべき物語を綴った書籍 『Master of Fibres』 をアスリーヌ社より発売します。
それは、6世代にわたって受け継がれてきた卓越性、職人技、そして比類ないものへの情熱の物語です。本書では、ロロ・ピアーナの最も重要なマイルストーンを描き、毛織物商から今日のメゾンの姿へとどのように成長したかを語ります。
著者のニコラス・フォルケスは、ロロ・ピアーナ・ファミリーのメンバーへの広範なインタビューを通じて事実と物語を収集し、ロロ・ピアーナのアーカイブである写真や歴史的文書を深く掘り下げることで、イタリアのノウハウと職人技に深く根ざしたロロ・ピアーナの世界における忘れられない瞬間を浮き彫りにしながら、時を超えた特別な旅へと読者を誘います。
本書は、1800年代半ばに毛織物商のジョヴァンニ・ロロ・ピアーナに与えられたパスポートから、究極の品質、エレガントなシルエット、そして世界で最も貴重な繊維の取り扱いで知られるラグジュアリーメゾンへと成長した、1世紀以上にわたる卓越した歴史を描いています。
1924年、ピエトロ・ロロ・ピアーナは、ピエモンテ州セージア川の渓谷、ヴァルセージアに毛織物工場を設立しました。セージア川は上質な織物の生産に欠かせない、澄んだきれいな水で知られています。1980年代は、ピエール・ルイジとセルジオ・ロロ・ピアーナの努力により、今や世界的アイコンとなったグランデ・ウニタ・スカーフのような独自の製品が完成しました。セルジオ・ロロ・ピアーナは生まれながらのスタイル感覚を持ち、ピエール・ルイジは卓越性と世界最高の繊維の発見に対する飽くなき探求心を持つエンジニアでした。兄弟は完璧にお互いを補い合い、その結果洗練された控えめなスタイルと自然が与えてくれる極上の原材料、ビキューナ、ザ・ギフト・オブ・キングス®、カシミヤ、ベビーカシミヤ、ロータスフラワーなどで緻密に作られた、エフォートレスでリラックス感のあるウェアが誕生しました。ロロ・ピアーナでは、卓越したテキスタイル・エンジニアリングと伝統的な職人技が、自然がもたらす極上の原材料と融合し、愛好家のために素晴らしい逸品を生み出しています。
196ページにおよぶこの手作りの本には、150点のイラストや写真が掲載されており、セルジオ・ロロ・ピアーナのお気に入りのファブリックのひとつであるコットンとリネンで作られたロロ・ピアーナ・テラ・セルジオの生地で覆われた、豪華なクラムシェルケースに収められています。表紙はメゾンの職人技の証であり、触り心地も良く、豊かな感覚的品質への賛辞です。本書は、アスリーヌ社のアルティメット・コレクションの一部で、伝統的な技法で手製本され、アート品質の紙に色見本が手仕事で付けられています。
書籍 『Master of Fibres』 は2024年11月21日より、ロロ・ピアーナ銀座店とアスリーヌ直営店、およびAssouline.comで発売中です。
執筆者:遠藤友香
昨年2023年に始まった、史跡が舞台となったアートプロジェクト 「アートサイト名古屋城」。名古屋城「秋の特別公開」として、6組のアーティストによる作品と史跡が交差する「アートサイト名古屋城 2024 あるくみるきくをあじわう」が、2024年12月15日(日)まで開催中です。会期中、夕暮れから夜間にかけて楽しめる3日間(12月6日(金)・7日(土)・8日(日))限定の特別イベント『ナイトミュージアム名古屋城』も行われます。
尾張藩の拠点として築かれて以来、名古屋の成長を見守ってきた名古屋城は、国内外より年間200万人以上もの人々が訪れる観光名所としても知られています。本プロジェクトでは、古くから人々が楽しんできた『観光』という行為そのものに着目。地域の重要な観光資源ともいえる名古屋城を舞台に、高力猿猴庵、蓑虫山人、狩野哲郎、久保寛子、菅原果歩、千種創一 + ON READINGといった古今の6組のアーティストによる「あるくみるきく」から出現する大規模な作品を通じて、名古屋城の魅力をまた違った角度から体感できるまたとない機会となっています。
民俗学者の宮本常一は「歩く」「見る」「聞く」を旅の基本とし、日本観光文化研究所を設立し、雑誌『あるくみるきく』を刊行しました。観光地としてよく知られる史跡名古屋城を会場とする本展は、宮本による「あるく」「みる」「きく」という態度に着想を得ています。
(左から)アートサイト名古屋城プロデューサー・プロジェクトマネージャー 野田智子氏、キュレーター 服部浩之氏
アートサイト名古屋城プロデューサー・プロジェクトマネージャーの野田智子氏は、「このアートサイト名古屋城は、去年からスタートしました。名古屋城主催で現代アートを紹介するというのは、初めての事業です。去年は『名古屋城 2023 想像の復元』というテーマで展覧会を開催し、名古屋城が長年取り組んできた改修や復元といったものに着想を得て行いました。実は名古屋城は年間200万人以上のものが人々が集まってくる、日本有数の観光地なので、今年はそういった観光や人間が観光する営みそのものを表現するような企画を考えました」と述べています。
キュレーターの服部浩之氏は「いわゆる美術館などの展覧会場ではなく、名古屋城というお城を観光で見に来る方が多い場所です。観光地として名古屋城を楽しんでいただく中で、同時に名古屋城内でのアート作品もご覧いただければと思います」と語っています。
次に、アートプロジェクト 「アートサイト名古屋城」の中でおすすめの作品を3つピックアップします。
1.狩野哲郎
植物や鳥など、人間以外のものたちへと目を向ける狩野哲郎氏は、屋外の水飲み場やバナナ(芭蕉)の木など、通常の観光ではあまり注目されない場所に立体作品を展開します。
さらに本丸御殿表書院内では、対面所の障壁や襖に描かれた動植物への応答ともなるような立体作品を四部屋にわたって展開しています。狩野氏は「ここには何らかの調度品が置かれていたと思うのですが、藩主たちがもしその時代に存在し得なかったこういったオブジェや物を見たときに、誰か面白がる人がいればいいなという思いで作品を制作しました。江戸時代には絶対になかったもので、現在もたくさんあるわけではないのですが、そういう時代のものを中心にチョイスしています」と語りました。
2.久保寛子
地域に伝わる神話や伝承、歴史などに着想を得て彫刻作品を制作する久保寛子氏は、本展では火災から城を守るとされるシャチホコに着目します。シャチホコのルーツは水を司る神獣マカラにあるとされ、さらにその起源を辿ると古今東西の神話に登場する龍へと行きつきます。
「私は、現代アートというジャンルで彫刻をやっていますが、古くていいものを見るたびに、そこには敵わないというか、圧倒的な敗北感みたいなものが常にあって、古いものの時間に支えられてきた歴史にすごくリスペクトがあります。
現代アートはすごく個人的な視座で作るものなので、大きな歴史に支えられたものと対比する上で、何を作ろうか考えました。私は彫刻をやっているので、今回しゃちほこをモチーフに選びました。シャチホコは、水害や火災の際の水の守り神として作られたという点を踏まえ、ルーツを探っていきました。
日本にはシルクロードを通って、龍という形が伝えられてきたといいます。そこを手掛かりに、何とか自分のやってきたことと、名古屋城の歴史に接続したいという思いで作品を作りました」と語っています。
3.菅原果歩
2000年生まれの菅原果歩氏は、名古屋城に棲まうカラスに着目します。昼間は観光客で賑わう名古屋城ですが、夜にはたくさんのカラスが舞い戻ります。菅原氏はカラスたちの様子をサイアノタイプという日光を用いた写真とフィールドノートにより記録しています。
菅原氏は「名古屋城内にテントを張らせていただいて野営しながら、カラスとともに寝て、カラスととも起きる生活をずっとしていました。
太陽とカラスというのは密接な繋がりがあるということが、今までリサーチの中でわかりました。太陽とカラスの繋がりは、神話、伝承とか、日本人だけでなく、中国、韓国、またギリシャ神話の中でも数多く残されています。青写真という技法を使って、日光を利用した制作をカラスと結びつけることができないかと思い、日光写真を使った制作を始めました。
カラスには、黒といった不吉なイメージもあって負の印象が強いのですが、それに対して、幸せの青い鳥というワードもあります。青い鳥に黒い鳥を変換させてみたら、カラスの見え方がどう変わるんだろうといった実験的な意味も込めて制作しました」と述べています。
以上、名古屋城が舞台となった「アートサイト名古屋城 2024 あるくみるきくをあじわう」についてご紹介しました。江戸幕府初代将軍、徳川家康によって1615年(慶長20年)に築城された名古屋城の歴史を感じながら、アート作品の数々に酔いしれてみてはいかがでしょうか。
■アートサイト名古屋城 2024 あるくみるきくをあじわう
会期:2024年11月28日(木)~12月15日(日)
開園時間:9:00ー16:30(閉門 17:00)
作品観覧時間:10:00ー16:30
・西の丸御蔵城宝館、乃木倉庫、本丸御殿への入館は16:00まで
・天守閣には現在入場できません
・12/6、7、8は「ナイトミュージアム名古屋城」に併せて夜間公開します
■ナイトミュージアム名古屋城
会期:2024年12月6日(金)・7 日(土)・8 日(日)
開園時間:9:00ー19:30 (閉門 20:00)
作品観覧時間:10:00ー19:30
・西の丸御蔵城宝館への入館は 16:00 まで
・乃木倉庫、本丸御殿への入館は 19:00 まで
・天守閣には現在入場できません
顧剣亨「Tortoise Mountain TV Tower, Wuhan」2022 ©Kenryou Gu, Courtesy of Yumiko Chiba Associates.
執筆者:遠藤友香
創業以来、美術品、ワイン、映像フィルムなどの専門性の高い保存保管事業を手掛けている寺田倉庫。1975年に美術品保管サービスの提供を開始し、美術品修復・梱包・輸配送・展示など、芸術家の情熱や美術品に込められた価値を未来に受け継ぐためのサポート事業も広く展開してきました。2020年12月、作家やコレクターから預かっている貴重なアート作品を中心に公開する芸術文化発信施設としてオープンしたのが、現代アートのコレクターズミュージアム「WHAT MUSEUM(ワットミュージアム)」です。作家の思いはもちろん、コレクターが作品を収集する際のこだわりとともに作品を展示しており、コレクションごとに様々な分野の背景が織り交ざっているのが特徴のひとつ。
「WHAT MUSEUM」では2025年3月16日(日)まで、コレクターの高橋隆史氏の現代アートのコレクションに焦点をあてたT2 Collection「Collecting? Connecting?」展と、美術家・奥中章人氏による体験的なバルーン状のインスタレーション作品を展示する奥中章人「Synesthesia ーアートで交わる五感ー」展を同時開催中です。
T2 Collection「Collecting? Connecting?」展は、株式会社ブレインパッドの共同創業者であり、ビッグデータ・AI領域で活躍する高橋隆史氏が、約6年前から収集してきた現代アートのコレクションです。本展では、高橋氏がコレクターとして歩みはじめて最初に購入したベルナール・フリズの作品をはじめ、宮島達男、名和晃平、和田礼治郎など、近年惹かれているコンセプチュアルな作品を中心に約36点を紹介しています。
現代を生きる作家が、社会や芸術、文化、政治などのテーマを取り上げながら、自身のメッセージを多様な形で表現していることが特徴でもある現代アート。同じ時代を生きている私たちが作品と向き合うことで、自分自身との繋がりや新たな視点を発見することができます。
高橋氏もコンセプトやビジョンを世界に問うという点で、作家と起業家に共通する側面を見出し、コレクションを始めたといいます。特に作家が新たな挑戦として制作した作品や、若手作家による作品のコレクションに力を入れているとのこと。コレクションしていく中で、作家・コレクター・アート関係者とのコミュニティが生まれ、作品を集めることだけでなく、さまざまな人や価値観、思考とコネクトすることが喜びだと感じているそう。そして、総体として振り返ると、それら点と点の繋がりが思いがけず星座のように意味を為すことがあるといいます。
次に、T2 Collection「Collecting? Connecting?」展の中でも、おすすめの作品を5点ピックアップします。
1.宮島達男《Painting of Change - 003》
宮島達男「Painting of Change - 003」, 2020
宮島達男 Painting of Change - 003 2020 180 x 128.4 x 3 cm キャンバスに油彩 協力:SCAI THE BATHHOUSE
宮島達男氏は、デジタルの数字をアート作品として発表することで有名なアーティストですが、実はパフォーマンスアートが原点になっています。通常、そのままのデジタルを使って作品を作ることが多いのですが、今回初めての試みとなる、鑑賞者がサイコロを振り、その出目によって学芸員が数字を変えていくといったデジタルとアナログが組み合わさった作品となっています。
鑑賞者は、作品を鑑賞するのみならず実際に参加でき、これは宮島氏のルーツを辿る作品とも言えるでしょう。数字が変わると、展示室の雰囲気も変わっていくという面白い作品です。
2.堀内正和《平面 N-A》
こちらの3点の作品は、コレクターの高橋氏が今後のコレクションの方向性をどうしていくのかを示唆するようなものになっています。高橋氏はコレクションをしていくとき、何か方向性を考えてコレクションするのではなく、出会った方や作品の意図、作家の伝えたいメッセージ等から作品を集めていくことが大きな特徴です。
高橋氏は約6年間コレクションを続けてきて、今後どうしていくのかを熟考している最中だといいます。実は、現代アートの世界で美術館のキュレーターの育成や批評家の育成といったソフトの面でも応援していきたいという気持ちがあり、コレクションを今後続けていくのか迷っている状況だそう。このような大きな展覧会を公にするのは、最初で最後になるかもしれないと述べています。
3点の中でも右の作品、堀内正和氏の《平面 N-A》に注目してみましょう。彼は、発注芸術を最初期に日本で行ったアーティストとして知られています。発注芸術とは、作品の制作において、素材を加工する過程を芸術家が第三者に発注する芸術のこと。この作品に関しては、堀内氏の特徴が非常に出ている作品になっており、鉄を素材に制作をしはじめた初期は線と面を組み合わせた形が多くありましたが、後の時代になると大変ユーモラスな作品を数多く生み出しています。
60年代の作品《平面 N-A》は、堀内氏の初期の特徴とその後の特徴が融合した作品となっています。タイトル通り、横から見るとNが見え、また上から見てもNが見えてきます。反っている形は、まるで舌を出しているようにも見えます。時代が進むと作品の酸化が進み、色の変化が表れるなど、表情がどんどん変わっていく作品となっています。
3. 松山智一《Baby, It's Cold Outside》
松山智一「Baby, It's Cold Outside」2017 ©Tomokazu Matsuyama
松山智一氏は、NYにおいて今大変活躍している世界的アーティストの一人です。20年以上前に、単身NYに渡りました。ちょうど同時多発テロの直後だったといいます。
松山氏は、元々アーティストを目指していたわけではありませんでした。最初は大学で経済学を学んでおり、その後何かを作りたいという思いから、グラフィックデザイナーを目指しました。ですが、グラフィックデザインはクライアントの要望に応えなければならないといった、実は何かを自由に表現できる職業ではないということに気がつき、そこで絵を描き始めました。
20年間NYで暮らしていく中で、NYは文化や人種、宗教、価値観、考え方など、色々なものが混ざり合った街であると感じたといいます。日本人としてマイノリティとして、NYで活動していくうえで、松山氏は自分をどう表現していくべきかを模索しました。彼にとって、それはまさに闘いでした。
松山氏の作品の特徴として、アジアと欧米のニュアンスといったものからインスピレーションを得た作品が数多く存在しています。今回展示している作品は2017年もので、この展覧会のためにアメリカから持ってきた作品となっています。よく見ると、動植物が多く描かれていて、非常に色鮮やかで綺麗な作品ではありますが、描かれている3名の人物は無表情です。
男性の足元には白い紙のようなものが描かれていますが、これは鑑賞者自身が自由に解釈し、自分なりのストーリーを作ってほしいという思いが込められているのかもしれません。松山氏自身がストーリーをどうしても伝えたいというよりも、色々な断片的なものを組み合わせて、鑑賞者の持つバックグラウンドや価値観で見て欲しいと考えています。
4.長田綾美《floating ballast》
長田綾美「floating ballast」2022 ©Ayami Nagata
長田綾美氏の作品はインスタレーション作品で、卒展で制作されました。コレクターの高橋氏は、今後色々な面でのアートの支援育成にも非常に興味を持っているといいます。この長田氏の作品は非常に特徴的で、高橋氏は本作を購入しています。ですが、作家に自由に展示して欲しいという考えから、作家のもとに作品を置いています。高橋氏の姿勢がうかがえる作品になっています。
この作品《floating ballast》は、不織布とバラス石が組み合わさって作られています。近くで見ると非常に細かい作業であることが理解できます。不織布はマスクにも使用されますが、繊維を織らずに絡み合わせただけの破れやすい布です。バラス石は、船の底を安定させるために敷き詰める石です。
安定と不安定を象徴している素材を使用し、安定と不安定が共存する世界を表現しています。バランスの取れたものは、実は均衡がすぐに崩されやすいといった点も見て取れます。
5. 顧剣亨《Tortoise Mountain TV Tower, Wuhan》
顧剣亨「Tortoise Mountain TV Tower, Wuhan」2022 ©Kenryou Gu, Courtesy of Yumiko Chiba Associates.
こちらは、写真とカメラを用いて制作した作品を揃えて展示しているスペース。本展をWHAT MUSEUMがキュレーションする中で、高橋氏のリストを見ていくうちに、実はカメラや写真を使用した作品が多数あることに気づいたといいます。それを高橋氏に伝えたところ、本人は全くそれに気づいていなかったそうです。それを踏まえ、今回写真をテーマとした部屋を作っているとのこと。
各作品、カメラや写真を用いて、それぞれの作家が自分のコンセプト、テーマ、メッセージを昇華させて作品に反映しています。中でも、顧剣亨氏の作品《Tortoise Mountain TV Tower, Wuhan》に着目したいと思います。
全体を見た後、近くに寄って見てみると、色々な線が入っていることがわかります。縦にも横にも線が入り乱れて入っています。実は、4方向に撮影した写真を1枚に重ね合わせて、その後、顧氏がPCで自分の手で写真をピクセル単位で分解し、それらを織物のように編み込んでいます。顧氏がアナログでその作業を行っているので、消えているように見えるところがすごくまだらになっています。
よく見てみると、白く消えているように見えるもの、すごく細く消えているような場所があり、それは顧氏の身体性が作品に反映していることが見てとれます。顧氏はこの技法を「デジタルウィービング」と呼んでいるといいます。非常に細かい作業によって、幻想的な世界感を描き出している作品です。
次に、奥中章人「Synesthesia ーアートで交わる五感ー」展についてみていきましょう。
WHAT MUSEUM 展示風景 奥中章人「Synesthesia-アートで交わる五感-」展 ©Akihito Okunaka
奥中氏は、「空気と水と光」を題材に巨大な作品を制作し、鑑賞者の感覚を揺さぶる体験を生み出してきました。 展覧会タイトルである「Synesthesia(シナスタジア)」とは共感覚を意味しますが、奥中氏はこの言葉を独自に解釈し作品に落とし込みました。感覚することが、自然・社会・人を繋げる可能性になるのではないかと考え、作品も従来の形から有機的な形へと変貌しています。
WHAT MUSEUM 展示風景 奥中章人「Synesthesia-アートで交わる五感-」展 ©Akihito Okunaka
本展では、今回のために特別に制作された、最大直径12メートルにもおよぶバルーン状のインスタレーション作品を発表します。展示室いっぱいに膨らみ、さまざまな色に変化する作品の内側には、大きな水枕が置かれています。空気と水と光という「形のない」ものを媒介に、人々の感覚を呼び起こし響きあいます。形を持たないはずの存在を感覚することで、他者と身体的感覚を超えた「つながり」をも感じることでしょう。
奥中氏は、科学技術社会学の分野を中心に活躍した哲学者ブリュノ・ラトゥールの影響を受けています。元々学んでいた教育学と社会学に、自然と社会の二元論を支柱とした近代のあり方を見直すことを提唱するラトゥールの思想が加わっています。本展示では、奥中氏の哲学的思考から生まれた作品の背景や、作品に落とし込むプロセスの一端も展示資料でご覧いただけます。
実際に作品に触れ、中に入り、寝転びながら、五感を交えた体験をしていただくことで、自然や社会、他者との「つながり」を感じるきっかけになることでしょう。車椅子の方もバルーン状のインスタレーションの中に入ることができるので、ぜひ体感してみてください。
<高橋隆史(たかはし たかふみ)氏プロフィール>
株式会社ブレインパッド共同創業者/取締役会長、一般社団法人データサイエンティスト協会代表理事
慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了後、外資系コンピューター会社を経て、2000年より起業家に。ビッグデータ及びAI活用を推進するブレインパッドは2社目の起業にあたる。 以来、日本におけるデータ活用の促進のために、様々な活動を展開。 現代アートの購入は、友人の誘いで2018年から開始し、多くの喜びを得る。現在はその楽しさを広げ若いコレクターを増やすために、起業家の集まりであるEOにおいて現代アート同好会を発起して幹事を務める。その他、アート業界のジェンダー不平等を解消に取り組む米国National Museum of Women in the Arts (NMWA) の日本支部の委員など、現代アート業界における様々な課題解消のための活動にも積極的に参加している。
<奥中章人(おくなか あきひと)氏プロフィール>
1981年京都府に生まれる。同地在住。美術家/あおいおあ共同代表/木津川市山城総合文化センター体感アート講座主宰。
静岡大学教育学部卒業後、幼児/美術教育を専門に静岡県立美術館ならびに障がい者施設にて美術あそび講師を務めたのちに、近現代の思想を学び美術家となる。野村財団、朝日新聞文化財団などの助成を得て、フランス・韓国・中国にて特別研究員として研鑽を積む。ヒト・モノ・コトのダイナミズムを水・空気・光の性質や在り方を通して追求することをテーマに、各地の地域アートにてワークショップを多数開催し、体験的な巨大作品を国内外で発表している。
以上、コレクターの高橋隆史氏の現代アートのコレクションに焦点をあてたT2 Collection「Collecting? Connecting?」展と、美術家・奥中章人氏による体験的なバルーン状のインスタレーション作品を展示する奥中章人「Synesthesia ーアートで交わる五感ー」展についてご紹介しました。現代アートの世界感を味わいに、ぜひ会場に足を運んでみてくださいね。
■T2 Collection「Collecting? Connecting?」展
会期:2024年10月4日(金)~2025年3月16日(日)
会場:WHAT MUSEUM 1階SPACE1 / 2階(東京都品川区東品川 2-6-10 寺田倉庫G号)
開館時間:火~日 11:00~18:00(最終入館17:00)
休館日:月曜(祝日の場合、翌火曜休館)、年末年始
入場料:一般 1,500円、大学生/専門学生 800円、高校生以下 無料
※同時開催の展覧会 奥中章人「Synesthesia ーアートで交わる五感ー」展の観覧料を含む
※チケットはオンラインにて事前購入可
※本展会期中に何度でも入場できるパスポートを販売
展覧会パスポート 2,500円(本展と同時開催中の展覧会が鑑賞可能)
主催:WHAT MUSEUM
企画:WHAT MUSEUM
特別協力:高橋隆史
URL:https://what.warehouseofart.or...
■奥中章人「Synesthesia ーアートで交わる五感ー」展
会期:2024年10月4日(金)~2025年3月16日(日)
会場:WHAT MUSEUM 1階SPACE 2(東京都品川区東品川 2-6-10 寺田倉庫G号)
開館時間:火~日 11:00~18:00(最終入館17:00)
休館日:月曜(祝日の場合、翌火曜休館)、年末年始
入場料:一般 1,500円、大学生/専門学生 800円、高校生以下 無料
※同時開催の展覧会の観覧料を含む
※チケットはオンラインにて事前購入可
※本展会期中に何度でも入場できるパスポートを販売
展覧会パスポート 2,500円(本展と同時開催中の展覧会が観覧可能)
主催:WHAT MUSEUM
企画:WHAT MUSEUM
協力:木津川市山城総合文化センター アスピアやましろ、住化積水フィルム株式会社、株式会社寺岡製作所、株式会社ホロ
グラムサプライ
URL:https://what.warehouseofart.or...
執筆者:遠藤友香
野村不動産株式会社と、東日本旅客鉄道株式会社は、共同で推進している国家戦略特別区域計画の特定事業である「芝浦プロジェクト」の街区名称を「BLUE FRONT SHIBAURA(ブルーフロント芝浦)」に決定しました。「水辺ならではのライフスタイルを創造し、これを広め、東京のベイエリアをつないでいく」ことを目指し、更なる成長が期待できるベイエリアから、東京の発展に寄与していくとのこと。
本プロジェクトでは、浜松町ビルディングの建替事業として、高さ約230mのツインタワーの建設を予定しています(S棟:2025年2月竣工予定、N棟:2030年度竣工予定)。区域面積約4.7ha、延床面積役55万㎡の、オフィス・ホテル・商業施設・住宅を含む、約10年間に及ぶ大規模複合開発です。
本プロジェクトの開発意義は、ベイエリアと東京都心部の結節点「つなぐ“まち”」の創出にあるといいます。「東京ベイエリア」は、複数の大規模開発が控え、今後の成長が期待されています。都心有数の舟運ターミナルである「日の出ふ頭」や、芝浦エリアを流れる「芝浦運河」と近接しており、この立地を活かし、舟着場整備および舟運の新航路開拓等を行うことで、新たな交通手段として注目される舟運の活発化や水辺のにぎわい創出に取り組み、ベイエリア各地の水辺をつなぐそう。
また、羽田空港から都心部への玄関口である「浜松町駅周辺エリア」は、今後複数の大規模開発が進むことで、観光客等の来街者および就労人口の増加が見込まれる注目すべきエリアです。2025年春頃には、本プロジェクトと「浜松町駅との緑のアプローチ」が開通し、利便性が向上します。主要鉄道駅から水辺へのアクセスを改善することにより、ベイエリアと東京都心部をつなぐことを実践していくとのことです。
本プロジェクトの建築デザインは、槇総合計画事務所による建築計画によるもので、世界最大の水都であった江戸の歴史を踏まえ、東京の陸と海の調和を取り戻す開発を目指すことにあります。特徴的な2つのタワーと、開かれた低層部にそれぞれポイントがあります。
芝浦プロジェクトの少し形態の異なった2本のタワーは、「ふたつでひとつ」といったまるで夫婦のような考えのもと、抽象的で力強い彫刻的表現をつくり出すデザインとなっています。離れた場所から見ても、その2本のタワーのシルエットは見る角度により様々な姿に変化し、スケールを消し去ったミニマリズムな彫刻のように見え、一度見たら忘れられないシルエットになることでしょう。カーテンウォールの外壁は、水面のように情景を捉えて周囲の空を映し出します。
高層ビルの複合開発において懸念材料となるのは低層部であり、スパンの短いタワーの柱が地上まで降りてきてしまうのが一般的です。それによって、内部と外部が分断され、内部と一体性がないプラザ等が形成されがちです。そのため今回のプロジェクトでは、その問題を解決するための特殊構造により、18mの柱スパンを実現させ、内部と外部が連続した広がりのあるプラザを創りあげています。
東京はこの100年間で、関東大震災と東京大空襲で2度も壊滅的な状況になり、記憶喪失な都市とも言われています。そういった中でも、注意深く観察していくとその場所には何かしらの記憶があり、それを発見して後世に引き継ぐことが重要だと、野村不動産株式会社と東日本旅客鉄道株式会社は考えています。
江戸時代には世界有数の水都であり、芝浦プロジェクトの敷地は、海に面したものでした。しかしこの半世紀の国土開発によって埋め立てが進み、東京の都市自体、内陸側を中心に開発され、海に背を向けたような状況になってしまいました。
この度の芝浦プロジェクトでは、その重心を再度海側に向かせるきっかけになることを期待しているそう。また、すぐ近くには、日本の伝統的な文化遺産である旧芝離宮恩賜庭園があります。江戸時代からその周りの建物は時代と共に多様に変化してきましたが、旧芝離宮恩賜庭園自体は変わることなく、昔のままの姿を保っています。それはまさしくサステナビリティの存在と言えるでしょう。
(左から)株式会社 野村不動産 芝浦プロジェクト企画部長 四居淳氏、アーティスト 鈴木康広氏、槇総合計画事務所 代表取締役 亀本ゲーリー氏、「BLUE FRONT SHIBAURA」アート&カルチャー プロデューサー 小林裕幸氏
2024年11月26日には、「BLUE FRONT SHIBAURA」を設計する槇総合計画事務所のトークイベント「CULTURE FRONT」が開催されました。槇総合計画事務所 代表の亀本ゲーリー氏、まちに作品を展開するアーティストの鈴木康広氏をお招きし、プロデューサーを務める小林裕幸氏とともに、東京ベイエリアの文化とライフスタイルの可能性についての考察がありました。
亀本氏は「都市の中のリビングルームのような環境をつくり出せれば、産業地域が人を中心にしたまちづくりの核になってくれるのではないかと考えました。この計画によって、歴史的な420年前の芝離宮と浜松町駅を挟んで、2棟のタワーの間に大きな広場を取り、敷地全体が公園のような環境をつくり上げれば、コミュニティをつくる第一歩になるのではないかといった発想で設計を進めてきました。
そして、建築とは違うアートと文化といったものをオーバーレイしていくと、人々にもう少し親しみやすいような計画になるのではないかと思いました。今回、芝浦にまた新たな文化のファーストステップとして、素晴らしいアーティストの鈴木さんとコラボレーションできるというのは、非常に喜ばしいことだと感じています。
槇総合計画事務所の創立者 槇文彦が『建築は発明ではなく発見である』という言葉を残しており、この場所での歴史から始まり、未来に対するプロジェクトの可能性を感じていただければと思っています」と語りました。
鈴木氏は「そこに新しい場所をつくるというとき、すでに地球はあって、大地はあって、空気はあって、海があって、川が流れていたりなど、元々あるものの魅力を発見するということが、僕の創作活動の最初のきっかけでした。
大海原に繋がるこの入口の部分をどう人と繋げるか、ということがとても重要だと思っています。大自然の中で、あるいは程よい自然の中で人が過ごす時間、この都市だからこそ、この都市の中に潜んでいる自然を自ら見つけていけるような、そういう発想ですね。僕も東京に出てきて初めて気づけたことが多くあったと思っていまして、そういった現代の人たちが、もう一度都市の中でこそ発見できる自然みたいなことを、逆にじかに感じられるといった装置を作っていきたいというふうに思っています」と述べました。
以上、「BLUE FRONT SHIBAURA」についてご紹介しました。ぜひ、東京ベイエリアの文化とライフスタイルの可能性について考えるきっかけになれば幸いです。