執筆者:遠藤友香
京都・祇園に生まれて芸妓となり、後に東京で料亭の女将として活躍した岡崎智予(1924-1999)は、40余年かけて3,000点以上もの櫛やかんざしを中心とした装身具を収集しました。
そして、そのコレクションをもとに、平成10(1998)年、銘酒「澤乃井」で知られる酒造元 小澤酒造株式会社の名誉会長である小澤恒夫が、東京・青梅に「澤乃井櫛かんざし美術館」を開館しました(現在休館中)。所蔵品は、江戸から昭和までの櫛と簪(かんざし)を中心に、紅板、筥迫(はこせこ)、かつら、矢立などを積極的に収集し、現在その数は4000点に達しています。
この度、京都にある細見美術館で、2024年8⽉4⽇まで開催中の展覧会「澤乃井櫛かんざし美術館所蔵 ときめきの髪飾り―おしゃれアイテムの技と美―」では、岡崎の高い審美眼で収集された櫛やかんざしをはじめ、江戸時代のさまざまな髪型の模型や、筥迫、紅板、着物、さらには矢立や印籠など、日本工芸の技や粋が凝縮された作品を精選して紹介しています。
髪飾りに魅入られた女性-岡崎智予
小説『光琳の櫛』(芝木好子著、1979年 新潮社)は2万点もの櫛を一夜にして手放した主人公が、その後料亭の女主人となり、再び櫛の蒐集を始め、並々ならぬ情熱を注ぐ話です。この小説のモデルとなったのが、岡崎智予です。
岡崎は、小説同様、膨大な数の櫛のコレクションを一度手放しています。しかし、櫛への思いを断ち切れず、取りつかれたように蒐集し直しました。
そして、それらのコレクションを引き取り、美術館を建設し、散逸させることなく保存・公開したのが、小澤酒造株式会社の名誉会長である小澤恒夫でした。
細見美術館の第一展示室では、岡崎の愛用の鏡、お気に入りの衣装、さらには交流のあった歌舞伎俳優・坂東玉三郎から寄贈された舞台衣装などが展示されています。
櫛の歴史
日本の櫛の歴史は、古く縄文時代にまで遡ります。当時、櫛は髪をまとめるだけではなく、呪術的要素も持ち合わせていたといいます。奈良時代には大陸から櫛が輸入されており、正倉院には象牙の横長櫛も遣っています。
しかし、平安時代以降、江戸時代までの700年間、女性の髪型は主に垂髪であったため、実用的な梳き櫛以外の櫛ー飾り櫛は発展しませんでした。
そして、江戸時代前後から、上流階級、一般庶民、遊女といった身分を問わず、女性たちの髪型は結髪の時代を迎えました。
それ以降、櫛・簪・笄は、髪型の変化・流行に合わせて展開し、女性の髪を美しく飾り、そして慈しまれ続けました。
在銘の美
櫛や簪の制作を手掛けたのは、絵師、蒔絵師、べっ甲や象牙の彫師、錺り(金物)職人など、他の調度や飾りものなども扱う工人たちでした。元々、注文に応じて作られ、納められるそうした道具類には、作り手の名が記されるということがほとんどありませんでした。
しかしエキスパートたちの仕事は、独特の意匠や巧みな細工が評判を呼び、多くの人々に望まれ、その名を記すことが求められるようになり、人気のブランドへと成長していきました。
憧れとトレンド
多様な意匠を持つ、櫛や簪。大切な髪を飾るものなので、縁起のいい文様から王朝の物語、和歌に謳われた名所「歌枕」など、装う人の趣味や教養の高さをさりげなくうかがわせます。
そして、小さく限られた画面ではありますが、その制約を逆手にとって、構図の捉え方、モチーフのデフォルトやトリミングなど、様々な工夫が凝らされています。
現代の眼にも斬新なデザイン、意表をつく趣向は、当時の作り手と使い手双方のセンスが見事に反映されています。
こだわりの材質と技法
簪の先から鎖や様々な小物を飾り提げた「びらびら簪」。江戸後期に振袖を着た若い女性たちの間で大流行しました。
櫛や簪をはじめとする様々な髪飾りは、それぞれ髪型を形作るための役割を担っており、その機能を果たしつつ、髪の美しさを引き立て、さらに華やかに飾るものです。
工芸品としても服飾品としても、ごく小さな髪飾りですが、そこには木地やガラス、さらに象牙、べっ甲、珊瑚や翡翠などの高価で貴重な素材、そして金銀の蒔絵・螺細・嵌装(がんそう)といった細緻な技が駆使されています。材質に適った細工、意匠にふさわしい素材が選び抜かれ、見事な芸術品が作り出されました。
美しく装う
琳派の画家として知られる尾形光琳が図案を手掛けた鷺蒔絵櫛「法橋光琳(印)」銘。
古来、女性たちは美しく装い、自らを飾ることに情熱を傾けてきました。江戸時代は、現代ほどファッションやコスメの情報に溢れていたわけではありませんが、参詣・遊山の旅が庶民に普及したことや、出版の隆盛により、服飾や美粧の流行も広まりました。
当時の風俗を伝える浮世絵や版本をみていくと、女性たちの美しくなるための気合が伝わってきます。決まりやしきたりの中で、自分を美しく、素敵に見せようとするテクニックは、現代の女性より上手だったかもしれません。
以上、細見美術館で開催中の展覧会「澤乃井櫛かんざし美術館所蔵 ときめきの髪飾り―おしゃれアイテムの技と美―」についてご紹介しました。岡崎智予が熱き思いで収集したコレクションを散逸させることなく、見る人にときめきを届け続ける澤乃井櫛かんざし美術館の精華を、ぜひこの機会にご堪能ください。
■「澤乃井櫛かんざし美術館所蔵 ときめきの髪飾り-おしゃれアイテムの技と美-」
会期:2024年4⽉27⽇(⼟)〜8⽉4⽇(⽇)
前期:4⽉27⽇(⼟)〜6⽉16⽇(⽇)/後期:6⽉18⽇(⽕)〜8⽉4⽇(⽇)
会場: 細⾒美術館 京都市左京区岡崎最勝寺町6-3
開館時間:午前10時〜午後5時
休館⽇:毎週⽉曜⽇(祝⽇の場合、翌⽕曜⽇)
⼊館料:⼀般 1,800円 学⽣ 1,200円
Photo by 岩澤高雄
執筆者:遠藤友香
市原市、木更津市、君津市、袖ケ浦市、富津市の内房総5市で開催中の、千葉県誕生150周年記念事業「百年後芸術祭〜環境と欲望〜内房総アートフェス」は、 音楽を主とする「LIVE ART」にて、“通底縁劇・通底音劇” と題した小林武史プロデュースによるスペシャルライブを実施。
“通底縁劇・通底音劇”の通底という言葉は、アンドレ・ブルトンの『通底器』からヒントを得たもので、「つながるはずのないものがつながる、つながっている」ということをイメージしています。この通底という言葉には、歴史的な要因による戦争、自然災害による物理的な分断など、表面的には様々な分断が絶えないように見える現実に対して、本来、私たちは根底でつながりあえる(わかりあえる)のではないか? という想いが込められています。また、地理的な要因として、東京と内房総エリアはアクアラインで海の底で通底している、ということもあります。この通底を根底とした“通底縁劇・通底音劇” を表現する形として、小林武史プロデュースによるそれぞれ異なるスペシャルライブを開催しています。
今回は、4月20日(土)、21日(日)に木更津市のクルックフィールズで開催された、櫻井和寿、スガ シカオらによる「super folklore(スーパーフォークロア)」と、5月4日(土)、5日(日)に君津市民文化ホールで行われた宮本浩次らによる「dawn song(ドーンソング)」についてご紹介します!
1.櫻井和寿、スガ シカオらによる「super folklore(スーパーフォークロア)」
「super folklore(スーパーフォークロア)」では、櫻井和寿 / スガ シカオ / Butterfly Studio(guest vocal : Hana Hope / dancer : ⾼村⽉ / KUMI) / ⼩林武史(Key)/ FUYU(Dr)/ 須藤優(Ba) / 名越由貴夫(Gt) / 沖 祥⼦(Vl)のパフォーマンスと音楽、Butterfly Studioによる1000台のドローンを用いた、全く新しいLIVEパフォーマンスが披露されました。
スガ シカオ氏 Photo by 岩澤高雄
オープニングでは前面の巨大スクリーンを使用して、“通底縁劇・通底音劇” の世界観を表現。会場が盛り上がったところでスガ シカオが登場し、「あなたへの手紙」の歌唱前に百年後芸術祭「LIVE ART」のテーマ“通底縁劇・通底音劇” について触れ、「自分の持つ力や勇気を自分のためではなく、 誰かのために使うと逆に自分が救われると感じています。今回のイベントのテーマと同じように、音楽を通じて誰かとつながっていけたら良いと思います」と語りました。
また、能登半島地震の後、現地に赴き、チャリティーライブを行ったといいます。通常、ライブは1日に1公演、多くても2公演だそうですが、能登では何と1日に4公演も行ったそう。「自分の為だけだったら頑張れないけど、人の為なら労力も苦にならない」と述べました。そして「Progress」や「夜空ノムコウ」など全7曲を披露し、会場を魅了しました。
(左から)櫻井和寿氏、Hana Hope氏 Photo by 岩澤高雄
その後、Butterfly Studioのダイナミックなパフォーマンス、Hana Hopeの透き通る歌声で、会場を感動に包み込みました。そこに櫻井和寿が登場し、「to U」をHana Hopeとともに歌唱。
櫻井和寿氏 Photo by 岩澤高雄
全15曲を披露し、「かぞえうた 」歌唱前は、⼩林武史が「“通底縁劇・通底音劇” のテーマに合わせてリクエストした歌です」と、選曲への想いについて語りました。それに対し、櫻井和寿は自身の東日本大震災の際の経験について触れ、「僕は震災の際、被災地に駆けつけることができませんでした 。そんな自分の情けなさ、弱さ、かっこ悪さがどうしようもなく悔しくて、どうにか自分を許す手立てがないかと思っていました。被災された方に想いが届くように、この曲を書きました。この歌がどんなに小さなことでも、誰かの悲しみに何らかの形で寄り添えれば」と、今回のテーマ“通底縁劇・通底音劇” に交えたエピソードを話しました。
小林武史氏 Photo by 岩澤高雄
「365日」で、櫻井和寿はサックスを演奏し、会場を魅了。演奏後のトークで小林武史からの「突然のサックスでしたね(笑)」というコメントに対し、櫻井和寿は「人前でサックスを演奏するのは今回が初めてなんです」という掛け合いに会場が歓喜しました。
Photo by 岩澤高雄
そして、ラストスパート「HANABI」の歌唱では、1000台のドローンの演出でも会場がさらに盛り上がりを見せ、アートと音楽が融合した、まさに「LIVE ART」の演出で圧巻のパフォーマンスを披露しました。
また、クルックフィールズ内では、地域の食の魅力が集う「EN NICHI BA(エンニチバ)」も開催。37店舗の屋台が出店し、多様な千葉の食材を味わう多くの来場者で賑わいました。
2.宮本浩次らによる「dawn song(ドーンソング)」
「dawn song(ドーンソング)」では、宮本浩次 / 落花⽣ズ(ヤマグチヒロコ、加藤哉⼦) / dance︓浅沼圭 / ⼩林武史(Key)/ ⽟⽥豊夢(Dr)/ 須藤優(Ba)/ 名越由貴夫(Gt)/ ミニマルエンジン(四家卯⼤(Vc)、⽵内理恵(Sax))のパフォーマンスと⾳楽が融合した、LIVEパフォーマンスが行われました。
落花⽣ズ Photo by 岩澤高雄
オープニングでは、“通底縁劇・通底⾳劇”とは何かを問いかけるセリフに合わせ、ダンサーの浅沼圭が布を纏いコンテンポラリーダンスを披露し、世界観を表現。続いて、舞台両端から落花⽣ズが加わり、透き通った伸びやかな歌声で会場を魅了しました。
宮本浩次氏 Photo by 岩澤高雄
⼩林武史のキーボードが鳴り響き、スポットライトから宮本浩次が登場。「エヴリバディ︕︕」の掛け声とともに、観客から⼤きな拍⼿。⾃⾝のカバーアルバム「ROMANCE」の収録楽曲「⾚いスイートピー」「⽊綿のハンカチーフ」「あなた」等数々の名曲を⼒強く歌唱し、会場の熱気を⾼めました。
華やかなライトで煌びやかな演出の「東京ブギウギ」、「恋のフーガ」では観客もノリノリで、⼿を叩き⼀体感が⽣まれます。さらに、曲間で「君津ベイベー︕」と叫ぶと、盛り上がりが⼀気にヒートアップ。「ロマンス」では、ステージを縦横無尽に動き回りながら、ステージ上でも宮本らしい激しいパフォーマンスを披露。その後は⾊気たっぷりに「飾りじゃないのよ 涙は」「異邦⼈」を歌い、お客さん⼀⼈ひとりに想いを届けました。
宮本浩次は「君津に来ることができて幸せです。こんなに盛り上がって最⾼の⼀⽇です」とコメントし、⼒の限り全⾝全霊で歌を届ける姿に、涙を流すお客さんもいました。クライマックスでは、エレファントカシマシの代表曲「悲しみの果て」を披露し、宮本⾃⾝もボルテージが上がり会場の観客は総⽴ちに。続けてカバー曲「Woman “W の悲劇”より」やオリジナル楽曲「夜明けのうた」を歌い上げ、アンコールには「冬の花」を熱唱。ステージからの拍⼿喝采に包まれながら、⼩林武史と熱い握⼿を交わし、⾼揚感のまま全24曲約2時間にわたるステージを締めくくりました。
「百年後芸術祭〜環境と欲望〜内房総アートフェス」は、今後も様々なイベントやパフォーマンス、アート作品展⽰などを通じて、100年後について考え、100年後の未来を創っていくための共創の場を⽣み出していくといいます。ぜひ、今後の活動にもご期待ください。
執筆者:遠藤友香
日比谷公園 噴水広場の様子
東京都が主催し、エイベックス・クリエイター・エージェンシー株式会社が制作、運営、PR事務局を務める「Playground Becomes Dark Slowly」が、2024年5⽉12⽇まで⽇⽐⾕公園にて開催中です。
東京都は、四季を通じた花と光の演出によって、公園の新しい楽しみ⽅を届ける「花と光のムーブメント」を実施しています。今回新たに、花と光に「アート」を掛け合わせ、「Playground Becomes Dark Slowly」と題したアートインスタレーションを展開。⼤巻伸嗣⽒、永⼭祐⼦⽒、細井美裕といった3名のアーティストによる企画や展⽰を通して、アート体験を楽しむことができます。
本イベントのキュレーターは⼭峰潤也が務め、コンセプトは「公園という都市の隙間の中で変化していく⽇の光を感じながら、⾃然への想像⼒を駆り⽴てること」。⽇中は永⼭祐⼦の《はなのハンモック》を中⼼としたプレイグラウンド、夜は光を放つ⼤巻伸嗣の《Gravity and Grace》、また細井美裕がサウンドスケープの視点から⽇⽐⾕公園の⾳を収集し、再構築した《余⽩史》など、⼀⽇を通して公園で新たなアートを体感できます。
2024年4月26日に行われたプレス内覧会には、山峰潤也、大巻伸嗣、永山祐子、細井美裕、東京都生活文化スポーツ局長の古屋留美、そしてスペシャルゲストとして西内まりやが登壇。
古屋留美氏
古屋留美は「日比谷公園は120年前に設置された、非常に歴史の深い伝統ある公園です。この公園ができたときは、非常に新しいチャレンジングな取り組みがたくさん重ねられて、今の公園ができました。都民の方が新しい時代の文化に出会う、文化の発信拠点として日比谷公園は始まって、今も皆さんに愛されている、そういう公園です。この公園ができたときのように、都民の皆さんに新しい価値をお届けするっていうことをやっていきたいと思い、この花と光のムーブメントの取り組みをお願いしました。
新しい取り組みというのは、アートです。アートというのはどなたにも入口になる素晴らしい要素だと思います。洋花、洋食、洋楽と新しい要素を都民の方に価値として提供してきたこの公園で、新しくアートというものを上乗せし、より皆さんが楽しんでいただける公園にしたいーそういうことが、今回このプロジェクトをお願いした趣旨です」と述べました。
⼭峰潤也氏
⼭峰潤也は、今回のアートインスタレーションについて、以下のように語っています。
「日比谷公園だけではなく、公園というもの自体が、皆さんの記憶の中でどのような存在としてあるのか、日常の中でどういうふうに存在しているのかということを思いながら、今回二つの時間を大きく考えました。
幼少期の頃に、皆さん公園で遊ばれた記憶があると思いますが、暗くなってくると帰るわけですね。そんな暗がりの中で、虫の声だったりとか、小さなさえずりだったりみたいなものにだんだんと意識が向かっていく。
また子供から大人へと変わっていく時間というのは、日が暮れていくようにだんだんと進んでいく。大人になってから、公園というものの場所の存在が違って見えてくる。そういった意味では、公園には異なる時間、そしてそれぞれの人たちの物語がある場所だと思うんですね。
そういったことを踏まえ、このプレイグラウンドを象徴するような、花の上で展開する絨毯を永山さんに作っていただきましたし、また夜の暗がりの中で輝く大巻さんの作品もあります。そして、またその二つの象徴的な存在とは全く逆側のベクトルから、たくさんの人たちの集合体、音を拾って集めるることによって、色々な人たちのナラティブを感じることができる細井さんの作品など、様々な方向からの展開を考えて、このような企画としました」。
次に、各アーティストによる作品について、みていきましょう。
1.⼤巻伸嗣《Gravity and Grace》(会場:草地広場)
⼤巻伸嗣氏
「存在」とは何かをテーマに制作活動を展開する、アーティストの⼤巻伸嗣。環境や他者といった外界と、記憶や意識などの内界、その境界である⾝体の関係性を探り、三者の間で揺れ動く、曖昧で捉えどころのない「存在」に迫るための⾝体的時空間の創出を試みています。
《Gravity and Grace》
⼤巻伸嗣は作品《Gravity and Grace》について、「この作品は、2016年の「あいちトリエンナーレ」からスタートした作品なんですが、もっと言えば震災の後に原子炉の問題で、私達が関わらざるを得ないエネルギーの問題とか、そういった社会における自分たちの重力、見えない重力と、その音調たらしめるものは何だろうなっていうその問いを、震災以降の私達の日常の中で認識するために作った作品だったんですね。
昨年、国立新美術館で大きな展覧会をさせていただいて、美術館という箱の中で展示することができました。そこはやはり日常ではなくて、非日常的な空間で、作品を皆さんに見ていただくことができました。その非日常的な空間だからこそ、日常的なものを考えたりとかするような、先ほど⼭峰さんが二つの時間というお話をされましたが、違ったその側面を考えるきっかけにしたい。
屋外の公園の日常自体に、非日常的なアートの作品が関わったらどんな空間が生まれるのだろうか。もしくは非日常的なアートというものが、美術館というところでしか成り立たないかもしれないんですが、そういったものが美術館を出て、この日常空間に立ち現れたときにそれはアートになるのか。何かその問いが生まれるのか。またその関わりがどういうものを生み出していくのかっていう挑戦が、ここではできるんじゃないかなというふうに思って、どんどんどんどんそういうものが頭の中を巡っています」と語りました。
2.永⼭祐⼦《はなのハンモック》(会場:第⼀花壇)
永⼭祐⼦氏
1975年東京⽣まれの建築家 永⼭祐⼦。1998年昭和⼥⼦⼤学⽣活美学科卒業。1998年⻘⽊淳建築計画事務所勤務。2002年永⼭祐⼦建築設計設⽴。主な仕事に、「LOUIS V UITTON 京都⼤丸店」「豊島横尾館」「ドバイ国際博覧会⽇本館」「JINS PARK」「膜屋根のいえ」「東急歌舞伎町タワー」など。主な受賞歴に、JIA新⼈賞(2014)、World Architecture Festival 2022 Highly Commended(2022)、i FDesign Award 2023 Winner(2023)など。現在、2025年⼤阪・関⻄万博にて、パナソニックグループパビリオン「ノモの国」と「ウーマンズパビリオン in collaboration with Cartier」(2025)、東京駅前常盤橋プロジェクト「TOKYO TORCH」などの計画が進⾏中です。
《はなのハンモック》
永⼭祐⼦は作品《はなのハンモック》について、「今回こういうお話をいただいて、日比谷公園を訪れたときに、私は普段建築の設計をしてますので、ある意味敷地を見に来たみたいな形でどこに何を置くと、よりこの公園を新しい形で体験することができるのかなっていう目線で色々見て回りました。
一番最初に目に入ったのがこの広い芝生の広場で、そこに何か白い木が生えていて、お花がその足元を覆っているような形だったんですが、普段はそれはどちらかというと遠くから鑑賞するものとして置かれてると思うんですが、何かもうちょっと触れ合ってみたい。
例えば、お花畑があって素敵だなと思っても、その上に寝転がることは多分できないと思うんですが、何かこういったハンモックがあれば、その花畑に寝っ転がるみたいなのを、もしかすると体験できるんじゃないかといったことから、木を中心に花畑を作って、その上に寝っ転がる体験を作りたいなと思いました。
ハンモックは、実は海の漁網をリサイクルしたもので、海ゴミの問題とか、自然環境や気候変動みたいな、そういうものが私達の身近な問題としてだんだん迫ってきていると思うんですが、そういったものを教科書的に伝えるのではなくて、例えば子供が遊びを通して、実はこのハンモックは海の漁網を一度再生して作ったものなんだよっていう裏のストーリーにまで、興味を持ってもらえると嬉しいです」と述べています。
3.永⼭祐⼦《はなの灯籠》(会場:⼼字池)
《はなの灯籠》
永⼭祐⼦は、光の粒を携えた花⼀輪を、来場者の⽅々の⼿で⽔辺に浮かべてもらうワークショップ《はなの灯籠》に関して、以下のようにコメントしています。
「この場所を見に来たときに、⼼字池が最初に目に入ってきたのですが、ただどうしても鬱蒼と草が生えているので、なかなか水辺に近寄れないですが、今回水にこの光と花をセットにして浮かべるワークショップを予定していますが、そういった体験型のワークショップをやることによって、少し水辺に近づくきっかけができるんじゃないかなと思いました。
この公園はすごく色々なものが色々な場所に、すでにポテンシャルの高い状態であり、それをどうやって私が作った作品を通して新しく発見できるかってことが、私がすごくやりたかったことです。そういう自分にとっての公園みたいなのをそれぞれ発見してもらいながら、体験して、またそういった経験を持ち帰ってもらえたらなというふうに思っています」
4.細井美裕《余⽩史》(サウンドインスタレーション)(園内各所)
細井美裕氏
1993年⽣まれの細井美裕。マルチチャンネル⾳響をもちいたサウンドインスタレーションや、屋外インスタレーション、舞台作品、また、⾳を⼟地や⼈の記憶媒体として扱いサウンドスケープを再構築するなど、⾳が空間の認識をどう変容させるかに焦点を当てた作品制作を⾏っています。⻑野県⽴美術館、愛知県芸術劇場、NTT インターコミュニケーション・センター [ICC]、⼭⼝情報芸術センター[YCAM]、国際⾳響学会、⽻⽥空港などで作品を発表しています。
《余⽩史》
細井美裕は《余⽩史》について「普段、私は音の作品を作っていまして、今回大巻さんと永山さんが圧倒的なビジュアルの作品を作られることを、私が参加する段階で把握していたので、そうであればもう音に振り切っても大丈夫そうだと思いまして、作品としては日比谷公園の音をアーカイブする、公的にアーカイブするという、リサーチベースのプロジェクトになっています。
具体的には、私が信頼しているものの見方をしている作家さんやサウンドエンジニア、庭の研究者の方、公園も含む研究者の方々といった、普段は音を使ってない人の視点の録音もあってもいいんじゃないかと思いました。
そういった方々に1ヶ月くらいかけて、日比谷公園の色々なところを、彼らの主観で録音していただきました。将来的にその音のデータから、環境の状況を分析する可能性っていうのも踏まえて、人間の可聴域ではない帯域、例えばものすごい低い振動とものすごい高い音とか、とにかく普段聞こえていないこの環境をキャプチャーするための音データっていう収録もあわせて行ってまして、合計でおそらく50名以上の方に今回の録音に参加していただきました。
アウトプットとしては、公園の園内放送のスピーカーのみを使用することにしました。公園が過去鳴らしてきた音を、今この瞬間の音と重ねて出せたらいいなと思いました」とコメントしています。
西内まりや氏
スペシャルゲストとして登壇した西内まりやは「この歴史ある日比谷公園という場所に入った瞬間、遠くに見える皆さんの作品に、何かいつも公園に来ている感覚とまた違う、ワクワクした気持ちになりました。
先程、実際にハンモックに寝そべったのですが、そうやって何歳になっても公園に来て楽しめる空間ということ、またこういった機会が日本でももっともっと増えたらなって思っていたので、とても嬉しかったですし、たくさんの人に私も伝えていけたらなっていうふうに思いました」と述べました。
以上、⽇⽐⾕公園にて開催中の「Playground Becomes Dark Slowly」について、ご紹介しました。日の光と影の移り変わりをアートとして捉え、訪れる人々に新たな感動をお届する本プロジェクトを、ぜひ楽しんでください。
■「Playground Becomes Dark Slowly」
会期:2024年4⽉27⽇(⼟)〜5⽉12⽇(⽇)
会場:⽇⽐⾕公園(千代⽥区⽇⽐⾕公園)
時間:9:00〜22:00
⼊場:無料・予約不要
公式サイト:https://www.tokyo-park.or.jp/s...
※気象災害等により、イベントや⼀部サービスを中⽌・休⽌・変更することがあります。
※ご来園前に「Playground Becomes Dark Slowly」特設サイト・公園協会X(旧Twitter)にて最新情報
をご確認ください。
1977年の全米公開以来、40年以上にわたって世界中で愛され続けている「スター・ウォーズ」。銀河を巡る数々の伝説と、キャラクターが持つ無限の可能性への称賛は今なお根強く、何百万ものファンを魅了し続けています。
”光と闇の戦いを描く壮大なアドベンチャー“に、世代を超えて全世界の観客が熱中し、伝説の数々が生み出されてきました。
そんな「スター・ウォーズ」シリーズに結び付く「PASSION/STRENGTH/POWER」をテーマに、世界各国のアーティスト13名が、様々な「スター・ウォーズ」のキャラクターたちを表現するアートプロジェクト「STAR WARS EXHIBITION ”PASSION STRENGTH POWER”」が、ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社の協力の下、渋谷PARCO 4F「PARCO MUSEUM TOKYO(パルコミュージアムトーキョー)」にて、2024年5月13日まで開催中です。本展のキュレーションは、株式会社NANZUKAが担当しています。
本展にはスペイン人アーティスト、フリオ・アナヤ・キャバンディング(Julio Anaya Cabanding)、韓国人アーティスト、スティッキーモンガー(Stickymonger)とユーン・ヒュップ(Yoon Hyup)、 アメリカ人アーティスト、ヒブル・ブラントリー(Hebru Brantley)とダニエル・アーシャム(Daniel Arsham)、フランスからはニコラ・ジュリアン(Nicolas Jullien)、イギリス人アーティスト、ジェームス・ジャービス(James Jarvis)、そして本展キービジュアルを担当した日本人アーティスト佃弘樹の他、パブリックアートを制作する大平龍一、中村哲也、YOSHIROTTEN、TOKI、そして空山基が参加しています。各アーティストたちは、それぞれに思い入れのあるキャラクターたちを、様々な手法、メディア、スケールで独自の作品として制作。
「ミレニアム・ファルコン」
展覧会期と合わせて、大平龍一が制作した、「ダース・ベイダー」や「ミレニアム・ファルコン」の大型立体作品がパブリックアートとして登場しています。
度重なる特殊な改造によって、明らかに違法なレベルに達した「銀河系最速のガラクタ」宇宙船、「ミレニアム・ファルコン号」。「改造」「最速」をコンセプトに、大平がチェーンソーとバーナーを手に12分の1スケールで制作しました。渋谷 PARCO 1F公園通り側には「ミレニアム・ファルコン」、スペイン坂広場には象徴的な「ダース・ベイダー」と「ストームトルーパー」のパブリックアートが高さ3mスケールで登場。
また、本展では展覧会開催を記念した展覧会記念商品、例えばポスターやポストカード、ステッカーの販売も行われています。
その他、NANZUKAギャラリーに所属する中村哲也、佃弘樹、ジェームス・ジャービスの3名のアーティストが「スター・ウォーズ」の世界観を、スペシャルアートワークで落とし込んだ展覧会限定カラー・アディダス オリジナルスのシューズを数量限定で販売。ぜひ、お気に入りのアイテムを見つけてみてください。
本展のキービジュアルを制作した佃弘樹は、今回の作品について、次のように語っています。
『「スター・ウォーズ」のキャラクターのなかで一番好きなキャラクターは?と聞かれても多すぎて答えられませんが、「ダース・ベイダー」は別格です。「ダース・ベイダー」は、善と悪、生と死、親と子、それら全ての象徴でもあります。今回はそんな「ダース・ベイダー」が描けて光栄です』。
■「STAR WARS EXHIBITION ”PASSION STRENGTH POWER”」
会期:2024年4月26日(金)〜 5月13日(月)
時間:11:00-21:00
※入場は閉場の30分前まで
※最終日18時閉場
※営業日時は変更となる場合があります。渋谷PARCOの営業日時をご確認ください。https://shibuya.parco.jp/
※会場での混雑状況により入場待機列の形成及び整理券の配布を行う場合があります。
会場:PARCO MUSEUM TOKYO(渋谷PARCO 4F)
東京都渋谷区宇田川町15-1
入場料:一般 1,000円(税込)/小学生以下無料 ※その他、株主優待を含む割引対象外
滋賀県立美術館の外観
執筆者:遠藤友香
1984年8月26日に滋賀県立近代美術館として開館した「滋賀県立美術館」。 2017年4月1日から、改修工事のため長期休館し、2021年4月1日付けで、時代や傾向を限定することになる「近代」を館名から外し、滋賀県立美術館という名称になりました。
2021年6月27日に再開館し、目指す姿として「リビングルームのような美術館」を掲げるとともに、開館以来の作品の収集方針である「日本美術院を中心とした近代日本画」、「滋賀ゆかりの美術・工芸等」、「戦後のアメリカと日本を中心とした現代美術」に、「芸術文化の多様性を確認できるような作品」といった柱が一つ加わりました。
美術館というと、静かに作品を鑑賞しなければならないといった固定観念がありますが、滋賀県立美術館では、しーんと静かにする必要はなく、おしゃべりしながら過ごすことができるので、小さなお子さんがいる方にもおすすめ。飲食可能なキッズスペースも完備されており、お子さんと一緒に本を読んだり、休憩することもできます。展覧会を観覧しなくても利用可能です。
また、目が見えない、見えづらいなどの理由でサポートを希望される方や、その他来館にあたっての不安をあらかじめ伝えていただいた場合は、可能な限り対応してくれるので、安心して作品鑑賞を楽しむことができます。
そんな鑑賞者に優しい滋賀県立美術館で、開館40周年記念として2024年6月23日まで開催中なのが『つくる冒険 日本のアール・ブリュット45人―たとえば、「も」を何百回と書く。』展です。日本語では、「生(なま)の芸術」と訳されてきたアール・ブリュット。1940年代、フランスの画家、ジャン・デュビュッフェが、精神障害者や独学のつくり手などの作品に心を打たれ、提唱した美術の概念です。本展では、2023年に日本財団より受贈した、45人の日本のアール・ブリュットのつくり手による作品約450点を展示します。
たとえば、「も」を何百回と書いたり、他人には読めない文字で毎日同じ内容の日記を記したり、寝る間を惜しんで記号を描き続けたり―冴えたひらめきや、ひたむきなこだわりを形にするため、出どころの謎めいた発想と熱量をもって挑む、そんな冒険的な創作との出会いを楽しむことができます。
45人の作品が滋賀県立美術館に収蔵されるまで
2010年、フランス・パリのアル・サン・ピエール美術館で「アール・ブリュット・ジャポネ(邦訳:日本のアール・ブリュット)」展が開催されました。この展覧会では、滋賀を含む全国各地でその才能を見出された障害のある人や独学のつくり手たちの作品が日本のアール・ブリュットとして紹介され、話題を呼びました。さらに、会期後日本に戻ってきた作品群による巡回展が国内各地で開催され、逆輸入的に日本でもアール・ブリュットが注目を集めるきっかけとなりました。
本展に出品される45人の作品は、「アール・ブリュット・ジャポネ」展に出展された後、日本財団により所蔵されていたのもので、2023年にさらなる活用を目的に、アール・ブリュットを収集方針に掲げる国内唯一の公立美術館である本館に寄贈(寄託を含む)されました。これにより、本館は世界でも有数のアール・ブリュット作品のコレクション(731件)を有する美術館に。
5つの構成からなる展覧会
本展覧会は、「1.色と形をおいかけて」、「2.繰り返しのたび」、「3.冒険にでる理由」、「4.社会の密林へ」「5.心の最果てへ」といった5つのセクションで構成されています。
1.色と形をおいかけて
色と形、それはなにかをつくるとき、大切な要素です。本章の作品の中には、色と形をめぐる様々な試みをみることができます。まず、色。一つの色で描くのか、複数の色を用いて描くのか、配色に規則性を作るのか、それとも直感に従って画材を手にとってみるのか。
また形。モチーフの形に近づけていくのか、それとも離れていくのか、頭の中のとらえどころのないイメージを形にしてみるのか、いっそ手の動くままに任せてみるのか。
こうした思索や選択は、当然つくり手の内面ーひらめきや、気の迷い、動かす手の喜び、そういったものとも折り重なり、独自の色と形の表現が生み出されていくといえるでしょう。
本展の作品のなかにも、色と形をめぐる様々な試みをみることができます。その中には、つくり手のひらめきや、気の迷い、動かす手の喜びなどが透けて見えてくることでしょう。
村田清司
京都府生まれの村田清司は、滋賀県にある福祉施設「信楽青年寮」で暮らし、活動を行いました。1987年に絵本作家である田島征三に出会い、彼の助言により、他の作業よりも絵を描くことを優先した日々を送るようになります。
初期はマジックペンを用いて点描をしていましたが、その後パステルで描くようになりました。ほとんどの作品の中央には、顔と思われるものが描かれていますが、周囲を取り囲む色や形と混じり合っているのが特徴的です。
大梶公子
北海道生まれの大梶公子は、北海道深川市の福祉施設「あかとき学園」に所属し、制作を行いました。作品には、滲み重なり合った線で大小の人の顔が無数に描かれています。
彼女の作品の始まりは、無数に並んだ「丸」の中に「丸」を描き始めたことでした。それがいつしか目や鼻を思わせるものとなり、やがて手足や毛のような線が引かれるようになりました。しかし、作品が注目された途端に、彼女は「描かんよ」と宣言し、以後は制作しませんでした。
2.繰り返しのたび
本章では、繰り返しを中心とした作品を紹介します。繰り返されているものも様々で、自分の名前、お母さんの肖像、同じ内容の日記などなど……。
紙面を埋め尽くすかのような反復表現に、何か執念のような猛烈なエネルギーを感じる人もいるのではないでしょうか。ですが、例えば、日常の中で繰り返しに落ち着きを感じる、そんな経験はないですか? 梱包材の「ぷちぷち」を押し潰すことに夢中になったり、いつもの味噌汁の味にホッとしたり。
ここで紹介するつくり手たちの反復的表現には、人間にとって執念にも落ち着きにもなり得る繰り返しについて、考えるためのヒントを与えてくれることでしょう。
滋賀俊彦
京都府生まれの滋賀俊彦は、滋賀県甲賀市の福祉施設「信楽青年寮」で暮らし、制作を行いました。滋賀の母によれば、母がかけている眼鏡が頻繁に描かれているとのことであり、おそらく滋賀は、自身の母の姿を描いていたものと考えられます。
紙の両端は黒く塗りつぶされ、人間のような顔は、茶碗形をした輪郭に付けられた髪の毛、大きく飛び出した目で描かれています。そしてまっすぐに伸びている身体や、ただの線で描かれた腕や脚など、描き方は全て同じであることが特徴的です。
齋藤裕一
埼玉県生まれの齋藤裕一は、埼玉県川口市の福祉施設「工房集」に通い、制作していました。作品に描かれているのは「ひらがな」であり、例えば「も」や「はみ」が何度も繰り返されています。
文字はその日のテレビ番組が元となっており、「も」は「ドラえもん」で、「はみ」は「はみだし刑事」です。番組名に由来するひらがなを、何層にも重ねていくユニークな方法で、文字の集合とは思えないような、抽象的なイメージが生まれています。
3.冒険にでる理由
本章では、つくり手たち自身を捉えた映像を観ることができます。45人のつくるフィールドの多くは、障害者福祉施設や精神科病院などの福祉的現場です。こうした背景からも推察できるかもしれませんが、彼らのほとんどは美術作品を手掛けているという意識はなく、むしろ自分らしく生きていくことの延長線上として、つくるという行為を営んでいるといえるのかもしれません。
4.社会の密林へ
路上に落ちていたモノを拾い集めてつくったオブジェや、独特に着飾った派手な服装で町中を行くパフォーマンス、また自分の知る人々の顔、乗り物の精巧な再現など、ここでは自らが生きる社会を構成する人やモノへの関心を感じさせる作品を展示しています。
アール・ブリュットのつくり手たちは、これまでむしろ社会との関係の希薄さを切り口に語られることが多かったといえます。人知れず、黙々とつくり続ける、そういうイメージが重ねられることもしばしばあったといえるでしょう。
しかし、ここで鑑賞できる作品群には、必ずしもそのような印象は当てはまらないといえます。作品からは、むしろこの世界と繋がろうとする想いが感じ取れることでしょう。
八島孝一
大阪生まれ、大阪在住の八島孝一。八島の作品は、その材料の全てが「彼が拾い集めた物」でできています。大阪府大阪市の福祉施設「ぶるうむ此花」に所属する八島は、通所する施設の道すがら、拾ったものを持ち帰るという習慣があったようです。
1996年頃から、それらをセロハンテープで繋ぎ合わせて小さなオブジェをつくることを始め、2013年頃まで行っていたとされています。多数の素材を、それぞれの形状や特性を活用しつつミックスしたり、最小の組み合わせで的を射た形を表現したり、作品には八島の巧妙なアイデアが滲んでいます。
宮間英次郎
三重県生まれ、神奈川県在住の宮間英次郎。宮間は、大きな帽子と派手な衣服を身に着け、主に横浜を拠点に繁華街を自転車でゆっくりと回遊するパフォーマンスをしていました。
60歳の頃、ふと思いついてカップラーメンの容器を頭に被ってみると人が振り返り、それに造花を刺すと、さらに多くの人が振り返ったそうです。
こうした体験を経て、帽子や衣装はどんどん奇抜さを増していきました。金魚が入った瓶のついた重い帽子を片手で支えつつ、自転車で人混みを縫うようにして走っていく宮間は、やがて「帽子おじさん」として注目されるようになりました。
5.心の最果てへ
激しい感情を表明したり、やすらぎを求めたり、過去の記憶を掘り起こしたり、我を忘れて何かに没頭したりー本章で鑑賞できる作品からは、そういった心の動きを感じ取ることができるでしょう。
また、本章の展示の中には、精神科病院での長い入院生活の中でつくり続けていた人たちも含まれています。
冒険といえば、外の世界に果敢に飛び出していくようなイメージがあるかもしれません。しかし、つくる冒険においては、私たちの内側にある心も無限に広がる冒険の舞台ともいえます。では、その最果てに何があるか。ここにある作品は、自分でも言葉にすることができないような心の果てへアクセスするための方法であったともいえるのかもしれません。
秦野良夫
群馬県生まれの秦野良夫は、群馬県藤岡市の福祉施設「かんなの里」に所属し、制作を行いました。秦野の絵は、自宅に関する彼の古い記憶を描いたもの。しかし、本人があまり話さないため、彼の兄が作品を見るまで、誰も彼が何を描いているのか分からなかったようです。
彼は菓子箱を定規代わりに、ゆったりとしたペースで描きました。彼にとってこの絵を描くということは、頭の中にしか存在しない過去の自宅の景色を、紙の上に定着させていくような作業だったのかもしれません。
澤田真一
滋賀県生まれ、滋賀県在住の澤田真一。滋賀県栗東市にある福祉施設「第二栗東なかよし作業所」に所属し、制作を行っています。
表面全体を小さなトゲと線刻が覆う、個性的で力強い造形の作品を制作しています。作品のサイズや形状が様々であり、出来上がった作品は、スタッフたちによって丸3日間ほど薪を燃やして窯で焼かれ、炎ならではの自然なゆらぎのある赤茶色に色付いていきます。
展示作品は、2007年付近の澤田の作風であり、彼の制作スタイルは時代によって変わっていくため、現在の作品の姿形はまた異なります。
オープニングセレモニーの様子。(左から)保坂健二朗 滋賀県立美術館ディレクター(館長) 石川一郎 京都新聞社滋賀本社代表 吉倉和宏 日本財団常務理事 三日月大造 滋賀県知事
本展のオープニングセレモニーにおいて、滋賀県立美術館ディレクター(館長)の保坂健二朗氏は「今から11年前の2013年に、滋賀県出身の澤田真一さんがヴェネチア・ビエンナーレの日本館ではなく、むしろそちらの方がすごいのですが、企画展の部門に招待されて大きな話題を呼んだことは、ご記憶の方もいらっしゃるかと思います。
ヴェネチア・ビエンナーレに出展されたことを始めとして、例えば澤田さんの作品を始めとする日本のアール・ブリュットというものが今、世界中の美術館で、あるいはギャラリーの中で、あるいはコレクターによって注目の的になっており、欲しいぞとなっています。
国立の近代美術館が入っているパリのポンピドゥー・センターは、2年前の2022年に、約900点のアールブリュットの作品を受贈しました。「ABCDコレクション」という大きなコレクションがあって、実は2008年に当館もそのコレクションの展覧会を開催しているのですが、そのABCDコレクションを、パリの国立近代美術館が受贈したんですね。
これはなかなかすごいことでして、要するにパリの国立近代美術館ポンピドゥー・センターというのは、いわば世界の美術史を作ろうとしてきたところで、その美術館がアール・ブリュットを収蔵するというのは、これまでのスタンダードを変えていこう、女性の参加を検証しようとか、アフリカや黒人のアートとか、色々なものをきちんと評価していこうという動きの中で、プロではない作り手の作品もきちんと評価していこうではないかということを、世界のリーディングミュージアムが考えているということを示すわけです。
900点、ポンピドゥー・センターが受贈したのですが、澤田さんの作品が何点含まれているかというと4点です。少ないじゃないかと思われるかもしれないんですが、ポンピドゥー・センターに4点作品が入るってのは結構すごいことなんですね。
ABCDコレクションの場合には、元々3000点規模の作品があって、そのうち900点を選んでいるわけですが、そのうちの4点が澤田さんの作品だというところで、どれだけ彼らが澤田さんの作品に注目しているか、また澤田さん限らず、他の日本の作家も入っているんですが、そうしたことが見ていただけると思います」と述べました。
以上、滋賀県立美術館開館40周年記念として開催中の『つくる冒険 日本のアール・ブリュット45人―たとえば、「も」を何百回と書く。』展についてご紹介しました。生きるうえでの彼らのモチベーションにもなっているであろう制作された作品を鑑賞し、彼らの想いに寄り添ってみていただけますと幸いです。
■滋賀県立美術館開館40周年記念『つくる冒険 日本のアール・ブリュット45人 ―たとえば、「も」を何百回と書く。』
会期:2024年4月20日(土)〜6月23日(日)
休館日:毎週月曜日(ただし休日の場合には開館し、翌日火曜日休館)
開館時間:9:30-17:00(入場は16:30まで)
会場:滋賀県立美術館 展示室3
滋賀県大津市瀬田南大萱町1740-1
TEL:077-543-2111 (電話受付時間 8:30~17:15)
観覧料:
一般 950円(800円)
高校生・大学生 600円(500円)
小学生・中学生 400円(300円)
※お支払いは現金のみ
※( )内は20名以上の団体料金
※企画展のチケットで展示室1・2で同時開催している常設展も無料で観覧可
※未就学児は無料
※身体障害者手帳、精神障害者保健福祉手帳、療育手帳をお持ちの方は無料
つくる冒険 日本のアール・ブリュット45人 ―たとえば、「も」を何百回と書く。 | 滋賀県立美術館 (shigamuseum.jp)
世界屈指のミックスカルチャー都市である東京を舞台に、デザイン、アート、インテリア、ファッション、テクノロジーなど、都内各所で多彩なプレゼンテーションを繰り広げる回遊型イベント「DESIGNART TOKYO」。8年目を迎える「DESIGNART TOKYO 2024」は、2024年10月18日(金)から10月27日(日)の日程で開催されます。昨年のべ21万人の来場者が訪れた日本最大級のデザイン&アートフェスティバルです。
今年のテーマは「Reframing -転換のはじまり-」
これまでの概念や枠組みにとらわれず、別の視点から見つめ直すーまだ誰も見たことのないものをつくるために、熟考を繰り返し、手を動かし続けることには、大きな価値があります。社会を前進させる画期的なアイデアや、自由で心躍るクリエイションは、その営みから生まれてくるのかもしれません。人々の感性に刺激を与え、日々に喜びをもたらすデザインやアートは、見る人の新たな視点を引き出し、次の時代を拓く原動力となるでしょう。手繰り寄せたい未来は、自分を信じて、動き続けた先に、いつもの日常を変える、「DESIGNART TOKYO 2024」が始まります。
フォトグラファー小川真輝によるキービジュアルを公開
「DESIGNART TOKYO 2024」のキービジュアルは、今年のテーマ「Reframing -転換のはじまり-」をイメージソースに、スティルライフフォトグラファーとして様々な媒体や広告などで活躍する注目の写真家、小川真輝が撮影しました。
日用品やデザインプロダクトなどいつも目にしている被写体も、視点を変える(リフレーミング)ことで、新しい発見と美しく変貌する可能性を持っている、それに気付く感性と視点、追及し続ける姿勢へのリスペクトを、今年のテーマと重ねて4種のビジュアルで表現しました。本作品は会場のファサード、サインやツールなど多様な媒体に形を変えて、開催エリアに展開予定です。
小川真輝は「一度は目にしたことのある日用品やプロダクトを撮影しました。回転させる事で形や色に変化をもたらし、境界は曖昧になり、互いが混ざりながら新たにイメージをつくります。この残像は、見る人に普段とは異なる視点や気づきのきっかけになればと思い制作しました」と述べています。
PLAN A 、PLAN B・ PLAN C(第2期)出展エントリーを募集中
2024年3月1日よりエントリーを募集しておりますが、すでに多くの方にエントリーをいただいています。DESIGNART TOKYOでは現在、PLAN Aの募集を行っています。尚、 PLAN B・ PLAN C(第2期)につきましては、4月30日(火)が最終のエントリー締切でした。
エントリー期間:PLAN A 2024年3月1日(金)~ 5月31日(金)
エントリーページ DESIGNART TOKYO 2024 ENTRY – DESIGNART
オンライン個別相談
実施期間 〜5月31日(金)まで 平日11:00ー18:00
DESIGNART TOKYOはオンライン個別相談も受け付けており、下記項目をご記入の上、exinfo@designart.jpまでご連絡ください。担当者より追ってご連絡します。
(お名前(フリガナ)、ご連絡先(メールアドレス、電話番号)、会社名(ブランド名)、URL(ウェブサイト・SNS)、ご希望日時(第1希望、第2希望)、ご相談内容)
世界から新しい叡智が集結する「DESIGNART TOKYO」に、ぜひご期待くださいね!
■DESIGNART TOKYO 2024
会期:2024年10月18日(金)〜10月27日(日)の10日間
エリア:表参道・外苑前・原宿・渋谷・六本木・広尾・銀座・東京
発起人:青木昭夫(MIRU DESIGN)/川上シュン(artless)/小池博史(NON-GRID・IMG SRC)/永田宙郷(TIMELESS)/アストリッド・クライン(Klein Dytham architecture)/マーク・ダイサム(Klein Dytham architecture)
オフィシャルウェブサイト:https://designart.jp/designarttokyo2024/
(左から)国立新美術館長 逢坂恵理子氏、M+館長 スハーニャ・ラフェル氏
M+ signs MOU with The National Art Center, Tokyo, Japan Photo: Winnie Yeung @ Visual Voices Courtesy of West Kowloon Cultural District Authority
執筆者:遠藤友香
©国立新美術館
©The National Art Center, Tokyo
芸術を介した相互理解と共生の視点に立った新しい文化の創造に寄与することを使命に、2007年、独立行政法人国立美術館に属する5番目の施設として開館した国立新美術館。以来、コレクションを持たない代わりに、人々がさまざまな芸術表現を体験し、学び、多様な価値観を認め合うことができるアートセンターとして活動しています。具体的には、国内最大級の展示スペース(14,000㎡)を生かした多彩な展覧会の開催や、美術に関する情報や資料の収集・公開・提供、さまざまな教育普及プログラムの実施に取り組んでいます。
The MOU signing ceremony at the Hong Kong Palace Museum raised the curtain for the Hong Kong International Cultural Summit 2024 Photo: Winnie Yeung @ Visual Voices Courtesy of West Kowloon Cultural District Authority
この度、3 月24日に国立新美術館長の逢坂恵理子は、WKCD(香港西九龍文化地区)で開催された香港国際文化サミット2024において、現代美術館M+(エムプラス)との国際連携に関する覚書に調印しました。
M+, Hong Kong Photo: Kevin Mak © Kevin Mak Photo: Courtesy of Herzog & de Meuron
M+は、香港の西九龍文化地区に位置し、近現代の視覚文化を紹介するアジア最大級の美術館です。20世紀から21世紀にかけてのビジュアル・アート、デザイン、建築、ムービング・イメージ、香港のビジュアル・カルチャーの収集、展示、解釈を専門としています。
イギリスのテート、フランスのポンピドゥ・センターなど世界各地の主要な芸術文化機関と並び、国立新美術館は、今回M+とパートナーシップを締結する唯一の日本の機関です。このパートナーシップでは、両館のキュレーターが展覧会を共同企画いたします。1990年代から2000年代の日本の現代美術に焦点をあてた企画です。
今回のパートナーシップ締結に際して、逢坂は「この国立新美術館とM+共同企画では、両館のキュレーターが、海外と日本からの視点により、日本の現代美術の20年を振り返り検証します。グローバル化と内向化が加速したこの時代特有の現代美術を、複数の文脈から紐解く展覧会となるでしょう」と述べています。
本展覧会は、2025年秋より国立新美術館を会場に開催し、主催は国立新美術館、共催はM+となります。展覧会の会期等、詳細は2024年秋頃発表予定です。
Tate Modern from North Bank © Tate Photography
執筆者:遠藤友香
1921年、フィレンツェで創設された「GUCCI(グッチ)」は、世界のラグジュアリーファッションを牽引するブランドのひとつです。ブランド創設100周年を経て、グッチはクリエイティビティ、イタリアのクラフツマンシップ、イノベーションを称えながら、ラグジュアリーの再定義への歩みを続けています。グッチは、ファッション、レザーグッズ、ジュエリー、アイウェアの名だたるブランドを擁するグローバル・ラグジュアリー・グループであるケリングに属しています。
この度、グッチは、5月13日(現地時間)にロンドンで予定している2025年クルーズ コレクションのファッションショーを「Tate Modern(テート・モダン)」で行うことを発表しました。
ロンドンのダイナミックな文化的景観を背景にしたテート・モダンは、クリエイティブ・ディレクター サバト・デ・サルノによるグッチ2025年クルーズ コレクションのビジョンを発表するのに理想的な舞台です。テート・モダンは、創造と対話の拠点であり、多様な視点からの意義深い会話や議論を生み出し、文化交流を促進する場所です。ここでは、アートと建築の相互作用がイノベーションを鼓舞し、ロンドンという都市そのもののように、さまざまな境界を超える挑戦を促す環境を創出しています。
サバト・デ・サルノは長年にわたり幾度となくロンドンを訪れ、この街の多様な文化に深く触れてきました。その経験をインスピレーション源に、さまざまなアイデア、スタイル、個性の集結とそのコントラストがもたらす豊かなクリエイティビティを掻き立てるロンドンのエッセンスを表現します。
グッチとロンドンとの関係は深く、グッチオ・グッチによるブランド創設の前にまで遡ります。グッチオにとって1897年にロンドンで過ごしたことは、ラグジュアリーとクラフツマンシップへの理解を深める重要な瞬間となりました。ザ・サヴォイ ホテルでポーターとして働き、ロンドンの活気ある文化の中心といえる場所に身を置いた体験から、後にグッチのブランド アイデンティティを確立する洞察力を得たのです。
テート・モダンでの2025年クルーズ ファッションショーの開催にあたり、グッチはアート、ファッション、そして伝統の融合をテーマの中心に据えています。この機会は、グッチの輝かしい歴史をたたえるだけでなく、多様な文化的背景を尊重し、その交流と対話を育むというブランドのコミットメントを再確認するものであり、グッチの物語を通して、場所、人々、モーメント、美意識の相互作用を体現しています。
グッチは、責任ある企業として文化的に重要な場所やそのコミュニティにポジティブな影響を与える取り組みを推進しています。その一環としてテート・モダンで2024年秋に開催される「Electric Dreams」展を支援するほか、若手クリエイターとともにテート・モダンの活動を支援する3年間のパートナーシップを締結しました。グッチとテート・モダンは、インクルーシビティとエンパワーメントを高めるという共通のコミットメントのもと、コミュニティ内の積極的な交流を促進し、多様なオーディエンスのクリエイティビティを刺激することを目指します。
執筆者:遠藤友香
寺田倉庫は1950年の創業以来、美術品、ワイン、映像フィルムなど、専門性の高い保存保管事業を展開してきました。1970年代から手掛けてきた美術品保管に加え、ミュージアム、ギャラリーコンプレックスの運営、グループ会社では輸配送、展示、梱包修復も手掛けており、寺田倉庫は日本のアート業界におけるリーダーシップカンパニーの一つとして知られています。寺田倉庫が本拠地とする東京・天王洲は、国際的なアートシティとして最近注目のエリアです。
そんな寺田倉庫が運営する、2020年12月に天王洲にオープンした「WHAT MUSEUM(ワットミュージアム)」では、2024年8月25日(日)まで、「感覚する構造 - 法隆寺から宇宙まで -」を開催中です。現存する世界最古の木造建築「法隆寺五重塔」から、現在開発中の月面構造物まで、建築の骨組みを創造してきた「構造デザイン」に焦点を当てた展覧会です。前期展から作品を大幅に入れ替えてスケールアップし、100点以上の名建築の構造模型を展示する寺田倉庫過去最大の建築展です。
日本には世界に誇る建築家が数多く存在しますが、建築家の仕事を支える構造家の存在はあまり知られていません。重力や風力といった力の流れや素材と真摯に向き合い、その時代や社会とともに創造してきたのが建築の構造デザインです。専門性の高い構造デザインの世界ですが、建築の「骨組み」の模型を見たり、模型に触れたりして、その仕組みを分かりやすく紹介します。
今回の後期展では、近年サステナブルな建材として注目が高まる木材を用いた建築にフォーカス。日本の伝統的な木造建築から最先端のものまでを取り上げ、木造の特質を歴史的に俯瞰し、未来の木造建築の可能性を考察します。また、構造デザインを応用したファッションや宇宙開発など、他領域との横断的な取り組みを通じて、構造デザインの広がりを提示します。開催期間中には、展覧会に関連した書籍の出版や、トークイベント、パフォーマンスイベント、ワークショップなども予定しています。
なぜ今、木造建築に注目が集まっているのか?
円相 滋賀県立大学 陶器浩一研究室
木材は再生可能な資源であり、金属類やコンクリートなどに比べて、製造や加工に必要なエネルギーが少ないことが特徴です。木造建築は二酸化炭素を吸収した状態の木材を使用することで、長期間炭素を固定することが可能であり、脱炭素に貢献するサステナブルな建物であるともいえます。また、木材を活用し適切に森林を循環させることは環境の保全につながります。木は環境の変化を受けやすい素材ですが、構造上の工夫を加えることで、その特性を補うことができます。さらに、木質建材の発展や法改正を受け、木造建築は進化し続けています。近年では、新しい材料を用いた「STROOG 本社」や「水戸市民会館」、「Port Plus」のような大型の木造建築が増えています。
日本には古くから木造建築が多く、特有の技術が蓄積されており、様々な技法や構造があります。本展では、小さな木材を組み合わせている「錦帯橋」や「エバーフィールド木材加工場」、直径1.2m程の大きな柱を用いた「東大寺大仏殿」などの模型を通して、同じ木造建築でも木材のサイズや構造に違いがあることがわかります。
4つのテーマで構成されている「感覚する構造 - 法隆寺から宇宙まで -」
後期展は、WHAT MUSEUM1階と2階で、次の4つのテーマから展示が構成されています。
1.伝統建築と木造の未来
2.次世代を担う構造家たち
3.構造デザインの展開
4.宇宙空間へ
それでは、各テーマ毎にみていきましょう。
1.伝統建築と木造の未来
法隆寺 五重塔 模型所蔵:本多哲弘 模型製作:本田長治郎
伝統的な日本の木造建築から、最新の現代木造建築までを俯瞰し、木造の特質と可能性を提示します。法隆寺五重塔や松本城などの歴史的な木造建築物にはじまり、近代の木構造、そして葉祥栄と松井源吾、内藤廣と渡邉邦夫、隈研吾と中田捷夫、三分一博志と稲山正弘、藤本壮介と腰原幹雄といった、建築家と構造家の協働による現代の木造建築までの構造模型を展示します。森林資源である木材からなる建築を、寸法や接合部、構造システムの視点で歴史的に俯瞰し、未来の可能性を考察します。
例えば、法隆寺五重塔の模型は、大工の田村長治郎が図面から一人で制作したものです。田村は伝統的な建築にも関わった経験があり、現存する世界最古の木造建築である法隆寺に興味を抱きました。「どうやって作ったのかを知りたい。一度自分で作ってみたい」という好奇心から、昭和九年から行われた「昭和の大修理」の資料を取り寄せ、部材を一つずつ作り、組み上げました。当時の実測の記録から数値を割り出す過程で、数値的な構造の美しさに気づき、建立時(飛鳥時代)の技術の高さに改めて驚きを覚えたといいます。
現存する五重塔は、度重なる地震にも耐えています。その理由は、塔の上から下まで通った心柱が制振構造のような動きをしているためといわれています。この仕組みは、東京スカイツリーにも応用されています。本展では、法隆寺の鍵となる骨組みを、古代から近代までの幅広い木造建築の模型と比較しながら鑑賞することができます。
2.次世代を担う構造家たち
建築家とコラボレーションし、構造デザインを創造する構造家の存在は、世界をリードする日本現代建築の独自の源泉です。斎藤公男、渡邉邦夫、中田捷夫など26人の構造家のインタビュー映像を通して構造家の思想と哲学に迫ります。PHILOSOPHY、DESIGN、PRACTICEをテーマに、3つの映像に編集しています。構造家の美学と感性が宿る言葉をお聞きください。
また、下田悠太や荒木美香といった、注目すべき若手構造家の作品から、今後の構造デザインの展開を示します。
3.構造デザインの展開
構造デザインで得た幾何学の知見を生かした、ファッションや地図図法など、異なる領域との横断的な取り組みを展示します。空間デザインから構造デザインを体感できます。
日常生活において、私たちは無意識に構造デザインに触れています。家をはじめとする建物はもちろん、身の回りの様々なものも力の流れを考慮した構造になっています。例えばキャンプに行くときは、テントをコンパクトに畳んで持ち運び、目的地で広げてその中で過ごすことができます。畳んだ状態から展開すること、また広げて安定させるということには、どちらにも構造の考えが見て取れます。
4.宇宙空間へ
飛び移り試験用実大多面体 / 滞在モジュール 東京大学大学院 新領域創成科学研究科 佐藤淳研究室、佐藤淳構造設計事務所 模型所蔵:東京大学大学院 新領域創成科学研究科 佐藤淳研究室
地球上での構造デザインを、宇宙空間へ展開する取り組みを紹介します。現在、東京大学大学院 新領域創成科学研究科の佐藤淳准教授らとJAXA(宇宙航空研究開発機構)が開発する、人が月に滞在するための月面構造物の原寸大模型を展示します。
月での長期滞在を想定したものですが、実現するには建築材を軽量かつ小型化し、ロケットで月に運ぶ必要があります。また、宇宙空間においては作業の工程を少なくし、スムーズに展開することが求められます。そのために「飛び移り現象」が活用されます。これは、凹凸のある面で裏返りが生じる現象であり、髪を留めるピン(パッチン留め)の動きでもみられます。
このように、身の回りの物事を紐解くと、物にかかる力の流れや物の仕組みが明らかになります。構造デザインは、建築物以外にも有効な視点といえるのです、本展では、月面構造物の開発過程を模型でみることができます。紙やプラスチック、アルミなどの様々な材料を使い、より小さく折り畳んで、月面で展開するための構造を試行錯誤してきた様子を展示しています。
近藤以久恵氏
最後に、WHAT MUSEUM建築倉庫ディレクターである、本展を企画した近藤以久恵のコメントをご紹介します。
「我々人類は、地震力や風力はじめ自然の力学が及ぶ世界に生き、建築における力の流れをどうデザインしてきたのでしょうか。地球という重力空間において、力の流れや素材と真摯に向き合い、時代や社会の変化の中で技術と芸術を融和させ、創造してきたのが構造デザインの世界です。
本展では、建築の創造において重要な役割を果たしてきた、世界に誇る日本の構造家と構造デザインを紹介します。日本の伝統的な建築物の木構造から現代木造建築、そして、宇宙構造物に至るまでを取り上げ、4つのテーマから構造デザインの広がりを提示します。会場では、構造模型に触れ、建築の構造を感覚することを通して、自らが住む世界に働く力の流れと自身の感性との結びつきを感じ、構造デザインという創造行為の可能性とその哲学を体感することができます。ぜひこの機会に、幅広い方に構造デザインの世界を体感していただければと思います」。
■「感覚する構造-法隆寺から宇宙まで-」
会期:2024年4月26日(金)~2024年8月25日(日)
会場:WHAT MUSEUM 1階・2階(〒140-0002東京都品川区東品川2-6-10寺田倉庫G号)
開館時間:火~日11時~18時(最終入場17時)
休館日:月曜(祝日の場合、翌火曜休館)
入場料:一般1,500円、大学生/専門学生800円、高校生以下無料
※チケットはオンラインにて事前購入可能
※本展会期中に何度でも入場できるパスポートを販売
展覧会パスポート2,500円(本展と同時開催中の展覧会とセットで鑑賞可能)
※当ミュージアムの「建築倉庫」では、建築家や設計事務所からお預かりした600点以上の建築模型を保管しており、その一部を公開しています
料金:建築倉庫入場料700円、セットチケット(本展入場料+建築倉庫入場料)2,000円
執筆者:遠藤友香
サッカー日本代表の中田英寿が代表を務める株式会社JAPAN CRAFT SAKE COMPANY は、2024年4月29 日(月・祝)まで、「六本木ヒルズアリーナ(東京都港区六本木)」にて、日本食文化の祭典「CRAFT SAKE WEEK 2024 at ROPPONGI HILLS」を開催中です。
中田英氏寿氏 PHOTO BY KAZUMI KURIGAMI
「CRAFT SAKE WEEK」とは、オーガナイザーである中田英寿が日本全国を巡り、日本酒、農業、工芸を中心に数多くの生産者と出会い、日本が誇る文化や技術に触れる中で、特に日本酒の奥深さと可能性を強く感じたことから、「日本文化の素晴らしさを多くの人たちに伝えたい」と2016年にスタート。全国選りすぐりの日本酒にクローズアップし、日本酒の魅力や日本酒と密接な関係にある食文化を発信しています。これまでに東京・六本木だけでなく、博多や仙台などの地方都市でも開催し、延べ80万人の方が来場しました。
「CRAFT SAKE WEEK 2024 at ROPPONGI HILLS」は過去最⻑の12日間の開催となり、全国から厳選された酒蔵120蔵と予約困難な有名レストランをはじめとする15店のレストランが出店します。期間中、毎日異なるお酒のテーマを設けており、開催初日の4月18日(木)は、「頑張れ、北陸!!の日」をテーマに、北陸エリアの酒蔵10蔵が参加。北陸の魅力と活力を再び輝かせ、今年1月の震災からの復興への道を歩む、北陸の日本酒を飲んで酒蔵を応援しました。12時のオープン後、スタートを待ちわびた多くの来場者の方々が日本酒や食事を楽しみ、会場は賑いをみせました。
期間中、毎日異なるお酒のテーマを設けており、例えば4月20日のテーマは「東の星の日」。数多くの酒蔵が存在する東日本。清らかな水源や厳しい冬の寒さが日本酒の醸造に最適な環境をつくりあげ、その結果として生まれる日本酒は洗練された味わいと深い風味が特徴です。東日本の未来を背負って立つ、新政(新政酒造 / 秋田県)、飛良泉(飛良泉本舗 / 秋田県)、黄金澤(川敬商店 / 宮城県)、山の井(会津酒造 / 福島県)、会津娘(高橋庄作酒造店 / 福島県)、赤武(赤武酒造 / 岩手県)、仙禽(せんきん / 栃木県)、山形正宗(水戸部酒造/ 山形県)、田光(早川酒造 / 三重県)、日日(日々醸造 / 京都府)といった10の酒蔵が集結しました。
また前半の参加レストランは、「誇味山」、「TexturA(テクストゥーラ)」、「エリオ・ロカンダ・イタリアーナ」、「白」、「Naomi Ogaki」の5店舗が出店。
本日からスタートした後半の6日間は、「お茶と海苔 山本山」、「みそめぼれ」、「メゾンドシャルキュトリーM」、「チーズ王国」、「kitchen NIHONMONO」と、素材や調味料の生産を通して、日本の食を応援する生産者が届ける5店舗のレストランが出店。
最終日の4月29 日(月・祝)には、フレンチの巨匠・ロブション氏の愛弟子として、世界各国で活躍している須賀洋介氏による「SUGALABO」(東京・神谷町)、2007 年のオープン直後から「最も予約が取れない焼き鳥店」として、世界的料理ガイドで2011年から現在まで星を獲得し続けている「鳥しき」、漁業、農業、酪農が盛んな千葉県山武市ののどかな田園風景に囲まれながらも、全国からゲストが訪れるイタリアンレストラン「Ushimaru」、京都・東山の静寂な泉湧寺の敷地内に店を構え、中心地から離れた立地でありながら、食べた人を虜にする齋藤シェフによる独創的な料理が評判を呼ぶ、予約至難の中華料理「齋華」(京都・東福寺)、札幌で多くの飲食店をプロデュースするほか、JAL のファーストクラスの食事も監修する三枝展正氏による、北海道の厳選食材をテーマに日本酒がすすむ味を追求する「みえ田」の5店舗が出店します。
今年の会場デザインは、アートの島として注目を浴びる直島の小さな入江にあるグランピング施設「SANA MANE」の中心に建つ有機的な木のサウナ「SAZE」の設計や、グッドデザイン賞を受賞した「SHAREtenjincho」はじめ、TAILAND/隈研吾建築都市設計事務所などで活躍する、建築家の隈研吾を父に持つ新進気鋭の建築家 クマタイチが担当。
クマタイチ氏 ©Taro Hirano
クマタイチは、東京大学大学院修士課程で建築を学び、ドイツ・シュトゥットガルトへ留学。帰国後に東京大学大学院博士号取得。アメリカ・ニューヨークの設計事務所勤務を経て、2021 年に建築の設計から運営までを行う「TAILAND」を主宰しました。隈研吾建築都市設計事務所の取締役・パートナーも務めています。
本会場は「SAKA-MORI」をコンセプトとして、まるで森のような、自然のままの木や葉で空間が構成され、直径3.2 メートルの半球の杉玉が吊るされています。会場を見たお客様からは「六本木にいるのに、森に囲まれているような不思議な感覚!」と六本木に現れたモリで、人間の原始的な楽しみであるSAKE を味わい楽しむという感覚を呼び起こす、祝祭的な場を堪能した様子でした。
その他、株式会社マッシュスタイルラボのライフスタイルブランド「UNDERSON UNDERSON」協力のもと、オリジナルTシャツを制作し、数量限定で販売。販売した収益は、令和6年能登半島地震で特に被害の大きかった石川県の酒蔵に「石川県酒造組合連合会」を通して、義援金として全額寄付します。
株式会社ロッテは、チョコレート事業が60周年を迎えたことを記念して、イベントブース「チョコ meets CRAFT SAKE」を展開。本ブースでは、120蔵から1銘柄ずつ、一日10種のお酒とガーナチョコレートのマリアージュを日替わりで楽しむことができます。
日本酒や日本文化の奥深さや楽しさに触れ、様々なジャンルのお料理とのペアリングを通して“新しい日本酒体験”に出会うため、ぜひ本イベントに足を運んでみてはいかがでしょうか。
■「CRAFT SAKE WEEK 2024 at ROPPONGI HILLS」
日時 : 2024年4月18日(木)~29日(月・祝)/各日12:00~21:00 (L.O. 20:30)
場所 : 六本木ヒルズアリーナ(東京都港区六本木6丁目9-1)
参加蔵数 : 各日10蔵 計120蔵
レストラン数 : 15店
料金 : スターターセット 3,900円(オリジナル酒器グラス+飲食用コイン11枚)
※2回目以降のご来場の際は、スターターキットのグラスを持参いただくと、追加コイン購入のみでお楽しみいただけます。
ウェブサイト : http://craftsakeweek.com/
公式アプリ : Sakenomy https://www.sakenomy.jp/