滋賀県立美術館開館40周年記念。「モノ」を撮影することを表す「ブツドリ(物撮り)」の奥深さに踏み込む写真展「BUTSUDORI ブツドリ:モノをめぐる写真表現」

2025/03/19
by 遠藤 友香

執筆者:遠藤友香


ふと目に入った、何気ない日常の「モノ」にレンズを向けるー。カメラを手にしたことのある人であれば、誰しもが経験したことがある行為ではないでしょうか。カメラからスマートフォンへ、撮影するという行為はさらに一般的になり、SNSの普及により「モノ」を撮影した多くの写真が世界中に溢れています。 

滋賀県立美術館開館にて、2025年3月23日(日)まで開催中の写真展「BUTSUDORI ブツドリ:モノをめぐる写真表現」。ブツドリとは、もともとは商業広告などに使う商品(モノ)を撮影することを表現する言葉です。

本展は「モノ」を撮影することで生まれた写真作品を、この「ブツドリ」という言葉で見直し、日本における豊かな表現の一断面を探る試み。展覧会は6章で構成され、広告写真が生まれるよりずっと前の時代から始まり、構成主義やシュルレアリスムの時代を経て、戦時のプロパガンダ写真やバブル経済期の洗練された広告写真、そして現代のブツドリまで200点以上の写真作品を鑑賞することができます。中でもおすすめの作品をピックアップしてご紹介します。

1.たんなるモノ 

本章では、幕末の写真家・島霞谷(しまかこく)が撮影した《鮎》と《頭蓋骨標本》、モノを撮影することを実験的に思索した大辻清司の「大辻清司実験室」に掲載された作品、日常を独自の表現として昇華した川内倫子の《M/E》を展示しています。

モノを写すとは、一体どういったことなのでしょうか。これは「写真が何を写し取るのか」といった問いにも通じるものです。写真工学的には、写真とは反射した光を写し取るもの。しかし、モノが写された写真を見たとき、それがモノに反射した光だと認識する人は少ないでしょう。多くの人は、写真を見て「モノ」そのものを認識するはずです。

モノを写すことに真摯に向き合った写真家のひとりに大辻清司(1923‐2001)がいます。大辻は、戦後間もない頃から商業写真家として活動を開始。彼の生み出す作品はシュルレアリスムの影響が色濃く、造形的で前衛的な作風が特徴となっています。写真を通じて新しい視覚的な表現を模索し続けました。

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こちらは、1年間に亘って雑誌『アサヒカメラ』に全12回連載された「大辻清司実験室」の「〈たんなるモノ〉(1975年1月号)」と「いとしい〈モノ〉たち」(1975年2月号)に掲載された作品です。「いとしい〈モノ〉たち」に掲載された作品に写されているのは、大辻のアトリエにある彼にとって愛着のあるモノたち。大辻はこれを「偏見偏物写真」と呼び、それぞれのタイトルには思い出が綴られています。これらのモノたちが大辻にとって大切な存在であっても、論理的に観る側にとっては「たんなるモノ」として映ることでしょう。

しかし、ここで重要なのは、実際にはこれらの写真が観る側にとっても「たんなるモノ」が写された写真には見えないということです。写真を通して表現されたモノ自体の形状や質感、配置、光の扱い方は、観る者の記憶や感情を喚起し、モノを個人的な意味の枠を超えた普遍的な表象へと昇華させます。また、写真に添えられたタイトルも大きな役割を果たしています。タイトルを通じて、私たちはそれを単なる物質としてではなく、背後に物語性を宿した存在として認識することでしょう。

2.記録と美 

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文化財写真の歴史は、明治時代の初期から始まります。明治維新後に起こった仏教排斥運動、廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)によって、社寺の荒廃や貴重な文化財の損壊が進みました。1872年、このことを重く受け止めた明治政府によって、当時最新の技術であった写真を用いて、危機に瀕した文化財の調査を行うことが決定されました。この文化財調査は「壬申検査」と呼ばれ、写真家・横山松三郎(1838‐1884)が随行し、正倉院宝物や仏像などの写真が撮影されました。

文化財写真は、単に文化財を記録するだけでなく、その背後にある歴史や価値を伝える重要な役割を担っています。ただ形や色を写し取るのではなく、写真を通じて文化財の歴史的意義や美意識、文化的な価値を表現する意図が込められています。文化財写真は単なる記録媒体ではなく、鑑賞者に文化財が持つ「意味」を喚起させるための「媒介」として機能しているのです。

本章では、重要文化財に指定されている壬申検査のガラス原板、作家性を帯び始めた頃の古美術写真、そして仏像写真におけるそれぞれの眼差しをみていきます。また、これらの文化財写真とともに、古書をオブジェとして撮影した潮田登久子の《Bibliotheca》を展示しています。

3.スティル・ライフ

明治から大正にかけての日本では、写真に芸術性を求めるアマチュア写真家らを中心に、絵画的な写真が志向されました。いわゆるピクトリアリズムと呼ばれる写真動向において、1920年代より、一部の芸術写真家らは、静物写真に注目しはじめます。これらの1920年代、30年代の静物写真とともに、本章では母の遺品を撮影した石内都の《mother's》、物体を撮影することで他者からの見え方を模索する安村崇の《態態》を展示しています。

 石内は、1979年に写真集『APARTMENT』および写真展「アパート」にて、第4回木村伊兵衛写真賞を受賞。2014年には、アジア人女性で初めてハッセルブラッド国際写真賞、2024年には「ウーマン・イン・モーション」フォトグラフィー・アワードを受賞するなど、国内外で高く評価されています。

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こちらの石内の《mother's》は、遺品という「死」の象徴を扱いながらも、一人の人間の確固たる「生」が写し取られています。石内にとって、母の遺品を撮影することは、亡くなった母との遺品を介した対話でした。《mother's》が展示され、個人的な記憶や感情を超え、一つの作品として自立していく中で「たくさんの見知らぬ女たちの生き様を、母の遺品を通して私は写真に託したのではないか」と、石内は考えるようになったそう。この言葉が示す通り、《mother's》は個人の物語にとどまらず、多くの女性たちの物語を今の私たちに伝えているのです。

4.半静物? 超現実? オブジェ?

1930年前後から、カメラやレンズによる機械性を生かし、写真でしかできないような表現を目指した写真が盛んになります。これらのいわゆる新興写真は、ドイツの新即物主義(ノイエザッハリヒカイト)やシュルレアリスムに影響を受け、前衛写真へと引き継がれていきます。

先で触れた通り、前衛写真に大きな影響を与えたシュルレアリスムは、フランスの詩人アンドレ・ブルトンが1924年に刊行した『シュルレアリスム宣言・溶ける魚』に端を発した芸術運動です。文学から始まったその運動は、絵画、そして写真にも影響を与えました。それは、単なる空想の中に非現実の領域を表そうとしたものではなく、現実の中に存在する「Surreel(強度の現実)」を捉えたものであり、現実と繋がった世界を提示しようとした運動でした。現実との連続性という意味で、写真はシュルレアリスムという思想にとって適したメディアであったと言えるでしょう。

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本章では、モダンフォトグラフィの潮流の中で、前衛的な写真表現をおこなった中山岩太や安井仲治などの作家の作品を展示。これにあわせて、オノデラユキの《古着のポートレート》、野菜や魚などの食材や、花や昆虫を素材として特異なオブジェを制作する今道子の作品も展示し、前衛写真との表現上の共通性を概観します。 

5.モノ・グラフィズム

1920年代頃から、写真と同様に広告の世界でもモダニズムの動向が見られるようになりました。欧米の新しい美術やデザインの影響を受け、日本でも近代的なデザインが模索される中で、写真を用いたデザインが注目を集めるようになります。

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1926年に金丸重嶺(1900‐1977)が鈴木八郎(1937‐2005)と共に、日本初の広告写真撮影を行う商業写真スタジオ「金鈴社」を設立するなど、着実に商業写真への意識が写真家の中に芽生え始めます。その後、1920年代後半から30年代にかけて、振興写真の時代が到来すると、写真を用いたグラフィック表現は一層加速することになります。

本章では、モノをめぐるグラフィックデザインとして、日本における初期の広告写真から、ポスターなどの広告にみられるグラフィック表現を紹介します。また、ホンマタカシが猪熊弦一郎のアンティークコレクションを撮影した『物物』のプロジェクトを展示。写真家による多種多様な「物撮り」のイメージをお楽しみください。

6.かたちなるもの

最後の章では、かたちなるものを捉えようとしているとも言える、新興写真や前衛写真に影響を受け、「造型写真」という言葉で独自の表現を目指した坂田稔、動植物を即物的に捉えた写真集『博物志』を発表した恩地孝四郎、日本の伝統的なデザインから、さまざまな「かたち」にフォーカスした岩宮武二、日本の写真における抽象表現の先駆的な存在である山沢栄子、そしてカラフルなスポンジを組み合わせ造型化した鈴木崇といった5人を取り上げています。

そもそも「かたち」とは何でしょうか。『美学辞典』を参照してみると、以下のように書いてあります。

「日本語の「かたち」は静態的な意味合いが強いが、漢字の「形」には「形成する」や「現れる」という動詞的、動的な意味があり、西洋語の場合も同様で、英語のformがそのまま動詞として用いられることに注意しなければならない。この動詞的用法は、形の前提をなす「統合」の働きに対応している。その概念に従えば、形は形成活動に先立ってその外に存在する抽象的な容器や枠組のようなものではなく、むしろ形成活動の結晶であり、形のなかにはこの形成の過程のダイナミズムが籠められている」。

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鈴木崇の作品《BAU》シリーズでモチーフとなっているのはスポンジです。その形は、様々な使用用途に適応させようとした結果、多種多様になっています。また硬さや密度で色を違えてあるのも特徴で、ひとつの既製品の中に複数の色が層として含まれることもあります。

鈴木は、そんなスポンジを複数組み合わせ、新たなかたちが生まれたと感じたらそれを写します。そこには明らかに「形成の過程のダイナミズム」が感じ取れます。と同時に、その形成の際、相当な程度で色が寄与していることにも気づきます。「かたち」とは何か、改めて考えさせられます。


以上、私たちにとって身近な「ブツドリ」について認識を深められる写真展「BUTSUDORI ブツドリ:モノをめぐる写真表現」についてご紹介しました。

滋賀県立美術館は、展示室でもしーんと静かにする必要はなく、おしゃべりしながら過ごすことが可能です。また、目が見えない、見えづらいなどの理由でサポートや展示解説を希望される場合や、その他来館にあたっての不安をあらかじめ伝えられた際には、事前の情報提供や当日のサポートの希望に可能な範囲で対応してくれるなど、鑑賞者に大変優しい美術館です。

ぜひ、会場に足を運んで、写真の奥深さを感じ取ってみてはいかがでしょうか。


■滋賀県立美術館 開館40周年記念 「BUTSUDORI ブツドリ:モノをめぐる写真表現」 

会期:2025年1月18日(土)~3月23日(日) 
※会期中に一部展示替えがあります 
休館日:毎週月曜日(ただし休日の場合には開館し、翌日火曜日休館) 
開場時間:9:30~17:00(入場は16:30まで) 
会場:滋賀県立美術館 展示室3 滋賀県大津市瀬田南大萱町1740-1
観覧料:一般1,200円(1,000円) 
高校生・大学生800円(600円) 
小学生・中学生600円(450円) 
※( )内は20名以上の団体料金 
※企画展のチケットで展示室1・2で同時開催している常設展も無料で観覧可 
※未就学児は無料 
※身体障害者手帳、精神障害者保健福祉手帳、療育手帳をお持ちの方は無料 
主 催:滋賀県立美術館、京都新聞 
特別協力:公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都写真美術館 
助 成:公益財団法人DNP文化振興財団 
企 画:芦髙郁子(滋賀県立美術館 学芸員)

柔らかな色彩の詩情豊かな世界の中に、環境破壊や人権などの問題を提起。「空想旅行案内人 ジャン=ミッシェル・フォロン展」が、名古屋市美術館で開催中

2025/03/19
by 遠藤 友香

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執筆者:遠藤友香

ベルギーを代表するアーティストの一人であるジャン=ミッシェル・フォロン(1934-2005)。アメリカの『ザ・ニューヨーカー』『タイム』など、有名雑誌の表紙に挿絵が掲載されたことをきっかけに、多彩な才能を発揮して世界中に多くのファンを抱えています。

柔らかな色彩で描き出される詩情豊かな世界。しかし、美しい景色に惹かれてよく見てみると、環境破壊や人権など、現実に残る問題を目の当たりにすることになります。フォロンは、優しく、そして厳しく、この世界と向き合うためのメッセージを残しているのです。

フォロンにとって、日本では30年ぶりとなる展覧会「空想旅行案内人 ジャン=ミッシェル・フォロン」が名古屋市美術館にて、2025年3月23日(日)まで開催中です。本展では、ドローイング・水彩画・ポスター・彫刻・写真・オブジェ・アニメーションといった、約230点の作品を一挙に紹介しています。

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名古屋市美術館学芸員 久保田舞美氏


本展の担当学芸員である久保田舞美氏は、以下のように述べています。

「グラフィック・デザインや版画、水彩画、文学作品の挿絵や舞台芸術など、マルチな才能を発揮して活躍したジャン=ミッシェル・フォロン。

本展は、「あっち・こっち・どっち?」「なにが聴こえる?」「なにを話そう?」という問いかけとともに、空想旅行をするような気分でフォロンの作品をめぐります。柔らかな色彩と軽やかなタッチで表現されたフォロンの作品は、見る人を想像の旅へ連れ出してくれます。

彼は自分の作品について自由に想像し、自由に解釈することを求めていました。彼のまなざしと想像力を介して表現された世界を通して、私たちは、フォロンと対話し、世界と対話し、自分自身と対話することができるでしょう」。

今回は、中でもおすすめの作品をピックアップしてご紹介します。

1.プロローグ 旅のはじまり

1934年、ブリュッセルに生まれたフォロンは、幼い頃からいつも絵を描いていたといいます。10代の終わりに偶然目にしたルネ・マグリットの壁画は、彼に絵画の可能性を強く印象付けました。「絵はなんでもできるんだ。謎を生み出すことだって」。

この経験はやがて、作家が最後に使用した名刺に「AGENCE DE VOYAGES IMAGINARES(空想旅行エージェンシー)」と記したように、「空想旅行案内人」として見る人の想像力を揺り起こし、世界を再発見させるような絵画を創り出すフォロンの出発点になったといえるでしょう。

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「Less is more(少ない方がより豊かである)」と述べたドイツの現代建築家、ミース・ファン・デル・ローエ(1886‐1969)の言葉に、学生であったフォロンは胸を打たれました。そして、黒と白のたった2色で豊かな世界を生み出すことを目指し始めました。

白い紙の上を絵が自由に動くさまは、フォロン曰く「ブラックユーモア」ならぬ「ホワイトユーモア」の空気感を漂わせています。そしてこのユーモアと現実への眼差しは、後の色彩を含んだあらゆる作品にも表れています。

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彼が画家を目指して故郷を飛び出した20代の頃に書き溜めていたドローイングは、日常のありきたりな事物や情景ですが、フォロンの観察眼や自由な発想によって、謎めいてユーモラスなイメージへと変容しています。

2.第3章 なにを話そう?

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新聞や雑誌、広告、ポスター、テレビ、ラジオ、インターネットなど、あらゆるメディアに囲まれた日常を送る私たち。フォロンの作品にもそうしたモチーフはよく登場しますが、絵の中の人々はそれらと必ずしもよい関係を結べているわけではなさそうです。

しかし、フォロンはメディアを否定しているわけではありません。フォロン制作した何百万人もの購読者を持つ雑誌の表紙や、企業や公共団体などの600点以上ものポスターは、多くの人々の目に触れ、様々なメッセージを伝えるたいせつなメディアでした。

ジョルジョ・モランディ(1890‐1964)やパウル・クレー(1879‐1940)のような、見る人が自由に絵の中に入り込んでいける「開かれた絵」を目指したフォロンにとって、不特定多数の人々へダイレクトに訴えることができるポスターは、出会うべくして出会ったメディアと言えるでしょう。

そう考えると、1988年にアムネスティ・インターナショナルから『世界人権宣言』の挿絵がフォロンに託されたのも頷けます。

3.エピローグ つぎはどこへ行こう?

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フォロンは1968年にパリ郊外の小さな農村、ビュルシーに家族と移り住みます。見渡す限りの平原の先に地平線を一望できる家は、彼の終生のアトリエとなりました。1985年には、南仏のモナコにもアトリエを構えましたが、そこからは水平線を望むことができました。それらの景色は、彼にとって重要なインスピレーション源となりました。また、旅を好んだフォロンは、旅先での体験も大切な創作のエネルギーとしていました。

そして、フォロンにとって憧れの存在が「鳥」でした。「私はいつも空を自由に飛んで、風や空と話してみたいと思っているのです」といったフォロンの言葉は、宇宙という未知の世界やまだ見ぬ未来への眼差しでもあります。

2005年、フォロンは71歳でこの世を去りました。愛すべきこの世界、そして人間という存在を探求し続けた人生でした。


以上、「空想旅行案内人 ジャン=ミッシェル・フォロン展」についてご紹介しました。「AGENCE DE VOYAGES IMAGINAIRES(空想旅行エージェンシー)」と名乗っていたフォロン。彼が作品にうつした謎やメッセージをぜひ見つけに、名古屋市美術館に足を運んでみてはいかがでしょうか。


■「空想旅行案内人 ジャン=ミッシェル・フォロン展」

会場:名古屋市美術館

名古屋市中区栄二丁目17番25号(芸術と科学の杜・白川公園内)

Tel. 052-212-0001

会期:2025年1月11日(土)~3月23日(日)

開館時間:午前9時30分から午後5時、金曜日は午後8時まで(いずれも入場は閉館30分前まで)

休館日:毎週月曜日

観覧料:当日 一般 1,800円

団体(20人以上)一般 1,600円

当日 高大生 1,000円

団体(20人以上)高大生 800円

中学生以下 無料 

・障害のある方、難病患者の方は、手帳(ミライロID可)または受給者証の提示により本人と付添者2名まで、当日料金の半額でご覧いただけます。

・中学生および高大生の方は、当日美術館の受付で証明となるもの(学生証など)をご提示ください。

・名古屋市交通局発行の「ドニチエコきっぷ」「一日乗車券」「24時間券」を当日利用して来館された方は当日料金から100円割引

・「名古屋市美術館常設展定期観覧券」の提示で当日料金から200円割引

・いずれも他の割引との併用はできません。

・会期中は「空想旅行案内人 ジャン=ミッシェル・フォロン」の観覧券で常設展もご覧いただけます。

ルイ・ヴィトンが運営するアートスペース「エスパス ルイ・ヴィトン大阪」にて、大阪のクリエイティブユニット「graf(グラフ)」が子どもを対象としたコミュニケーションプログラムを開催

2025/03/19
by 遠藤 友香

執筆者:遠藤友香


ものづくりを通して「暮らしを豊かにする」ことを目指す、大阪のクリエイティブユニット「graf(グラフ)」。この度、グラフはルイ・ヴィトンが運営するアートスペース「エスパス ルイ・ヴィトン大阪」にて 、子どもを対象としたコミュニケーションプログラム「Wonder! Espace Louis Vuitton Osaka(ワンダ ー エスパス)」をスタートします。

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Courtesy of the artist and Fondation Louis Vuitton, Paris
Photo credits: © Jérémie Souteyrat / Louis Vuitton


エスパス ルイ・ヴィトン大阪は、パリにある芸術機関「フォンダシオン ルイ・ ヴィトン」の「Hors-les-murs(壁を越えて)」プログラムの一環として、同館の現代アートを中心とした所蔵作品を紹介しています。2015年のエスパス ルイ・ヴィトン東京における同プログラム始動に続けて、2021年にルイ・ヴィトン メゾン 大阪御堂筋5Fにオープンしました。

グラフようちえんとは、グラフが行うものづくりの視点から、こどもたちのこころを育むラーニングプログラムで、ワンダーエスパスはグラフようちえんとエスパス ルイ・ヴィトン大阪のコラボレーションによる子ども向け参加型プログラムです。

自分で考えたり、表現したりする体験を通して、こどもたちのこのような豊かなこころを育む機会をつくることを目指し、プログラム開発を行っています。日常にある身近な表現手法を通して、アートの楽しみ方を広げ、新しい発見や驚き、ワクワク感を引き出すことを目的としています。

講師に迎えるアーティストやクリエイターとともに、展示中の作品を参加者自らの体験として取り込んでもらえるよう、魔法をかけたような特別な時間を過ごして欲しいという想いが込められているとのこと。

第1回目は、現在「エスパス ルイ・ヴィトン大阪」で行われているドイツ人アーティストのウラ・フォン・ブランデンブルクの個展「CHORSINGSPIEL(コアージングシュピール)」にあわせたワークショップを展開します。

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©️Akikoisobe


ゲスト講師として、アオイヤマダと高村月からなるポエトリーダンスユニット「アオイツキ」を招き、「ことばと踊る」をテーマに進められます。作品内のキーワードを身体の動きに変換し、展示空間内で作品を楽しむワークショップとなっています。

作家の制作手法から広がる新たな物語の中で、自由に身体を表現する楽しさを感じてみてはいかがでしょうか。

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©️Akikoisobe


アオイツキ(ゲスト講師)

アオイヤマダと高村月が踊り語ります。自身の記憶の断片に凹凸を与え、身体と言葉のパフォーマンスへと昇華させることを試みています。ライブパフォーマンスやワークショップなどを行っているポエトリーダンスパフォーマンスユニットです。

土地や記憶から派生した高村月の脚本を元に、アオイヤマダが楽曲制作を行い、踊り語りシリーズ『ヒッチハイカー季節~冬~』、『文字の旅』、『居超』、『追憶特急チョコレート』などの作品を生み出しています。最近では、北アルプス国際芸術祭や宇多田ヒカルのライブ『SCIENCE FICTION』でパフォーマンスなどを行いました。


■Wonder! Espace Louis Vuitton Osaka vol.1 「ことばと踊る」
日時:2025年4月5日(土)10:00-11:40(受付開始 9:45-)※7-12歳対象
4月6日(日)10:00-11:40(受付開始 9:45-)※4-6歳対象
会場:エスパスルイ・ヴィトン大阪(大阪市中央区心斎橋筋2-8-16 ルイ・ヴィトンメゾン大阪御堂筋 5F)
対象:1日目(4月5日 ): 7-12歳
2 日目(4月6日 ): 4-6歳
定員:各回20名
参加費:無料
共催:エスパスルイ・ヴィトン大阪、graf

※申し込みは、すでに締め切っています。予めご了承ください。

「小山登美夫ギャラリー前橋」にて、「MAKI Gallery」とのグループ展 「伊藤彩、カズ・オオシロ、田村琢郎、風能奈々、油野愛子」が開催中

2025/03/19
by 遠藤 友香

執筆者:遠藤友香


小山登美夫ギャラリー」と「MAKI Gallery」は、「小山登美夫ギャラリー前橋」にて、伊藤彩、カズ・オオシロ、田村琢郎、風能奈々、油野愛子によるグループ展を、2025年4月20日(日)まで開催中です。

アーティスト5人による本展は、それぞれの表現が共鳴することで相乗効果が生まれ鑑賞者の五感を刺激する展示となっています。

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©︎Aya Ito


伊藤の作品は、オレンジ、赤、緑、紫、黄色など、人工的なネオンのような暗く鮮やかな色彩の渦、傑出した構成力の時空がねじれた背景、飄々とした人や何かが巨大化、矮小化されたり、浮いたりするなど、けだるい無重力の空間を覗き込んでいるような不思議な感覚を呼び起こします。

オオシロは、ポップアートやミニマリズム、抽象的表現主義などを参照しながら、それらの思想を独自に展開し、立体と平面、抽象と具象、リアリティとイリュージョンなど、さまざまな二項対立の上に立って作品の本質を探ります。

田村は日常風景から制作のインスピレーションを得ることが多く、特に交通に関連するモチーフをよく作品に取り入れ、持ち味の鋭い観察眼と高い技術力、 そして遊び心溢れる感性を活用して、身近なものを元の文脈や役割から切り離して、新たな存在意義を与えます。

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©︎Nana Funo


風能は自らの生活での体験や感覚、感情を、新たな物語世界に昇華させるように緻密かつ大胆に作品として展開。繊細な筆致で高い密度のマチエール(絵画の絵肌といった、作品における材質的効果)を絡みあわせた画面は、磁器や彫金を思わせるかのような光沢と、刺繍や織物のような重層感があり、それをアクリル絵具のみで生み出しています。

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©︎Aiko Yuno


油野は幼年期と青年期の間に横たわるギャップや感情をベースに、金属や樹脂、陶芸、アクリル絵具など多様な技術と素材で作品制作を行っています。自分とはなにかを問うその表現に、鑑賞者は自身の情景を映し出すことができるでしょう。

5人のアーテイストによる展示空間は、どのような作用をもたらすのかー。突出したアイデア、発想力、着眼点を持ち、独自にオルタナティブな道を切り開いている彼らによる展示をぜひご高覧ください。


■グループ展「伊藤彩、カズ・オオシロ、田村琢郎、風能奈々、油野愛子」

会場:小山登美夫ギャラリー前橋 

群馬県前橋市千代田町5丁目9-1(まえばしガレリア内 Gallery 2)

会期:2025年3月15日(土)ー4月20日(日) 

11:00 - 19:00  (月・火・祝 休み)

入場無料

「異彩を、 放て。」をミッションに、障害のイメージ変容と福祉を起点に新たな文化の創出を目指す「ヘラルボニー」による企画展 『 「PARADISCAPE」異彩を放つ作家たちが描くせかい』が開催中

2025/01/20
by 遠藤 友香

執筆者:遠藤友香


「渋谷スクランブルスクエア」の14階・45階・46階・屋上に位置する展望施設「SHIBUYA SKY」は、「SKY GALLERY EXHIBITION SERIES」と題して、本格的な企画展を定期的に開催しています。SKY GALLERY EXHIBITION SERIESは「視点を拡げる」を共通テーマに、アーティストが本施設を体験したインスピレーションから制作されたオリジナル作品を主軸に展開する本格的なエキシビションです。 渋谷最高峰の景色を眺めるだけにとどまらず、まだ見ぬ世界への興味を抱かせ、想像力を育てる体験を生み出しています。

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第8回目となる今回は、「異彩を、放て。」をミッションに掲げ、障害のある作家とともに、新たな文化の創造を目指す「ヘラルボニー」による企画展『「PARADISCAPE」異彩を放つ作家たちが描くせかい』を、2025年3月31日(月)まで開催中です。

また会期中、展示作家と作品を創作するワークショップや対話を楽しむ雑談型アート鑑賞プログラムなど、鑑賞するだけでなく参加型で楽しめるイベントも行います。

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SKY GALLERY EXHIBITION SERIES vol.8 『「PARADISCAPE」異彩を放つ作家たちが描くせかい』は、作家たちの視点から「生命が輝く世界」を再構築する試みです。ある作家は、動物の「瞳」に込められた感情に惹かれ、またある作家は「色」や「形」を通じて生命のエネルギーを表現します。

彼らが描くのは、日常の中で見逃されがちな生命の瞬間、異なる感覚で捉えた生命そのものの多様な風景です。彼らの視点や感覚を通して、新たな生命の魅力を伝え、訪れるひとびとに「世界」との心の対話を生み出す空間を構成します。「PARADISCAPE」で、都会に息づく生命と圧倒的な景色が織りなす共生の理想郷を体感してください。

■出展作家一覧: 
青木正臣/ 秋山住江 / 浅野春香 / 市村正道 / 伊藤大貴 / 岩瀬俊一/ 岩堀里美 / 内山K. / 小野崎晶 / 木村全彦 /  国保幸宏 / 小林泰寛 / 佐藤皓平 / 澁田大輔 / 高田祐 / 髙山凌賀 / 田﨑飛鳥 / 樽井慎一郎 / 鳥山シュウ / 新田恵理 / 水上詩楽 / 藤田望人 / 柳生千裕 / Juri(50音順) 
■協力作家一覧: 
安斎隆史 / 鈴木広大 / 谷田圭也之 / 三谷由芙 / 和田成亮(50音順)

2種のアート体験イベントを開催

1.作家・田﨑飛鳥とつくる創作アートワークショップ 

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本展の特別イベントとして、展示作家・田﨑飛鳥氏をお招きし、創作アートワークショップ&アートクルーズ(展示鑑賞)を開催します。

本イベントでは、田﨑氏とともに、自由な発想で創作アートを紡ぎます。眼下に広がる都市の息吹と、空とつながる開放的な空間に身を置きながら、心に響く色彩と形を描き出してみてください。完成した作品は、額縁に入れてお持ち帰り可能です。

さらに、ワークショップに先立ち、ヘラルボニースタッフがご案内するアートクルーズ(展示鑑賞)も実施。展示作品が奏でる物語に耳を傾け、心に宿る感性をゆっくりと育んでください。 空とアートが交差する特別な場所で、あなたの内なる表現を解き放ってみてはいかがでしょうか。

■開催日:2025年2月24日(月・祝) 

■開催時間:13:00~14:45(集合:12:50) 

■チケット料金:4,500円(一律) 
※チケットには「SHIBUYA SKY入場チケット」「イベント参加費+額縁代」が含まれています 
※小学生以上の参加を推奨します 
※小学生以下のご参加は、18歳以上の保護者の付き添いが必要です。創作アートワークショップに参加せず、付き添いのみをご希望の方は別途「付き添いチケット2,200円」をご購入ください 
※付き添いチケットのみで本イベントに参加できません 
※イベント終了後、SHIBUYA SKYをご自由にご覧いただけます  

■購入サイト:展示作家・田﨑飛鳥とつくる 創作アートワークショップ 【SHIBUYA SKY】 | Peatix
※イベント前日の17:00に申込を締め切ります 
※定員12名、定員になり次第販売終了 
※詳しい注意事項については、購入サイトで必ずご確認ください

■ゲスト作家: 田﨑飛鳥氏 

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陸前高田市在住。生まれながらにして、脳性麻痺と知的障害がある。幼いころから絵本や画集に興味を持ち、彫金作家である父、實さんの勧めで絵を描き始めるとその才能は伸びていき、アート展では賞を受賞するまでに。東日本大震災の津波により、自宅、今まで描いてきた約200点の絵、親しんできた豊かな自然と、そこに住む人々といったかけがえのない大切なものを一瞬で失い、あまりの衝撃と悲しみから、ショックで一度は筆を置いてしまったが、父からの言葉で再び筆を取り、壮絶な経験を経て、今まで多くの観る人の心を動かす。

2.感じて、語る。石井健介と巡る、雑談型鑑賞プログラム

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「ブラインド・コミュニケーター」として活動する石井健介氏とともに、アート作品を巡る雑談型鑑賞プログラムを実施します。目の見えない石井さんが、触覚や聴覚、言葉を通じてアート作品や会場の雰囲気をどのように感じ、捉えているのかを対話型で参加者の皆さんと共有しながら進みます。視覚に頼らない新たなアートの楽しみ方を体験できる機会であり、アートが持つ普遍的な魅力が五感を通じてどのように伝わるのか、参加者自身の感覚を刺激する内容となっています。

■開催日:2025年2月16日(日)/2月23日(日) 

■開催時間: 2 月16日(日) ① 11:00~12:30(集合:10:50)13:30~15:00(集合:13:20)【手話通訳あり】 

2 月23日(日) ② 11:00~11:45(集合:10:50) 【短縮版 / 小学生向け】 ③ 13:30~15:00(集合:13:20) 

■チケット料金:大人3,500円(12歳以上) / 小学生2,000円(12歳の小学生を含む) 

※チケットには「SHIBUYA SKY入場チケット」「イベント参加費」が含まれています 

※対話型でのアート鑑賞プログラムのため、小学生以上の参加を推奨いたします 

※小学生以下のご参加は18歳以上の保護者の付き添いが必要です。付き添いで参加する方も、参加チケットをご購入ください

※イベント終了後、SHIBUYA SKYをご自由にご覧いただけます 

■購入サイト:【2/16、23 開催】感じて、語る。石井健介と巡る、雑談型アート鑑賞プログラム【SHIBUYA SKY】 | Peatix

※イベント前日の17:00に申込を締め切ります 

※各回定員10名、定員になり次第販売終了 

※詳しい注意事項については、購入サイトで必ずご確認ください 

■ゲストスピーカー: 石井健介氏(ブラインド・コミュニケーター)

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1979 年生まれ。アパレルやインテリア業界を経て、フリーランスの営業・PRとして活動。2016年4月、一夜にして視力を失うも、軽やかにしなやかに社会復帰。ダイアログ・イン・ザ・ ダークでの勤務を経て、2021年からブラインド・コミュニケーターとしての活動をスタート。見える世界と見えない世界をポップに繋ぐためのワークショップや講演活動をしている。TBSラジオ制作のPodcast番組「見えないわたしの、聞けば見えてくるラジオ」パーソナリティ。

石井健介|ブラインド・コミュニケーター

石井健介氏からのコメント 
「何が見える?」と「何に見える?」って、似ているようでちょっと違う。 そのちょっとの違いをみんなで持ち寄って、自由に言葉にしながら観賞するのが雑談型観賞のスタイル。 みんなで見るから、見えてくるものを見つけましょう。 


HERALBONY in SHIBUYA SKY SOUVENIR SHOP

異彩を放つ作家の強烈なアイデンティティから生まれたアートプロダクトを展開する「HERALBONY」の期間限定ショップが、SHIBUYA SKY SOUVENIR SHOP前に登場。 色彩豊かな定番のハンカチ・サブバッグ・ボトルを中心に多数販売します。本展オリジナルのポストカードや、展示作家のアートが起用されたプロダクトも。

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HERALBONY|SHIBUYA SKY オリジナルポストカードセット(5枚入り) 1,650円(税込) 

08.jpg?1737355867226 ハンカチーフ「海ガメ」岩瀬 俊一 3,630円(税込)

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タオルブランケット 「MONOCHRO ART Series」「東京」鳥山 シュウ 22,000円(税込)


開催期間:2025年1月16日(木)~3月31日(月) 
フロア:46F SHIBUYA SKY SOUVENIR SHOP前 
※ご来店は、SHIBUYA SKY入場チケットの購入が必要となります


以上、ヘラルボニーによる企画展 『「PARADISCAPE」異彩を放つ作家たちが描くせかい』についてご紹介しました。ぜひ、ヘラルボニーが贈る、異彩を放つ作家たちの世界感を堪能してみてはいかがでしょうか。


SKY GALLERY EXHIBITION SERIES vol.8 
「PARADISCAPE」異彩を放つ作家たちが描くせかい 

■開催期間:2025年1月16日(木)~3月31日(月) 
各日10:00~22:30(最終入場21:20)
※休館日:2月18日(火) 
※短縮営業日:1月27日(月)・28日(火)10:00-21:20(最終入場 20:00)  

■開催場所:SHIBUYA SKY 46階 屋内展望回廊「SKY GALLERY」

■参加方法: イベント当日のSHIBUYA SKY入場チケット、もしくは年間パスポートをお持ちの方は、どなたでもご鑑賞いただけます。 入場チケットのご購入について、詳しくは下記サイトをご覧ください。 チケット購入 | SHIBUYA SKY 

※SHIBUYA SKYチケットは数に限りがございます。希望日時のチケットが完売の場合は購入いただけません ※4週間先の日付までの入場チケットをご購入いただけます ※入場後の滞在時間に制限を設けていませんが、退場後の再入場はできません。

異彩を放つ作家たちが描くせかい | SKY GALLERY | EXHIBITION SERIES vol.8

強い信頼の絆で結ばれた、デザイナーのヨゼフ・ミューラー=ブロックマンと、そのパートナーであり芸術家の吉川静子の二人の回顧展が大阪中之島美術館で開催中

2025/01/17
by 遠藤 友香

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大阪中之島美術館外観

執筆者:遠藤友香


スイスを代表するグラフィックデザイナー、タイポグラファーであるヨゼフ・ミューラー=ブロックマンと、そのパートナーであり芸術家の吉川静子の二人の活動と作品を紹介する、双方にとって初となる大規模な回顧展「Space In-Between:吉川静子とヨゼフ・ミューラー=ブロックマン」が、大阪中之島美術館で2025年3月2日(日)まで開催中です。本展は、在日スイス大使館の後援を受け、日本とスイスの国交樹立160周年を記念して開催されています。

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ヨゼフ・ミューラー=ブロックマン


二人はチューリッヒを拠点として芸術活動、教育活動に従事した芸術家でした。ヨゼフ・ミューラー=ブロックマンは、1960年代から 80年代にかけて数度にわたり来日し、亀倉雄策など日本のデザイナーと親交を深める一方、デザイン学校や美術大学で教鞭をとり日本のデザイン教育にも貢献しました。紙面における文字組みと構成の方法論についてまとめ命名した「グリッドシステム」は、デザイン史上の金字塔というべき理論として、今日まで大きな影響を与え続けています。優れた教育者、ポスター・デザイナーとして知られると同時に、どのような人にも優しい人柄だったことが今日まで語り継がれています。

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吉川静子


吉川静子は、スイスで生涯の大半を過ごした、教養ある芯の強い日本人芸術家です。ウルム造形大学で学び、「スイス・コンクリート・アート」のアート・シーンに紹介された後、ヨゼフ・ミューラー=ブロックマンと結婚し、チューリッヒに活動拠点を置きました。その後、空気感と瞬間性に作品制作の重点を定め、徐々にオーソドックスなコンクリート・アートの伝統から離れていきます。初期の「色影」シリーズや太陽をモチーフとしたドローイング、その後の「シルクロード」シリーズにその例を見ることができます。

二人の出会いは、1960年に東京で開催された世界デザイン会議においてでした。英文学を学んだ吉川は、通訳としてこの会議に参加したのです。この世界的な会議に刺激を受けた吉川は、ドイツのウルム造形大学に留学しデザインを学んだ後、ミューラー=ブロックマンの事務所で働き始めます。強い信頼の絆で結ばれた二人は結婚し、生涯を共にしながら、芸術家としてそれぞれに進むべく道を開拓していきました。

次に、本展の中でもおすすめのものをピックアップしてご紹介します。

1.初期の作品:建築空間のアート

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吉川静子は、ある建築のためのサイトスペシフィック・アートの展開を通して、絵画の道に入りました。空間体験や感覚は、建築との相互作用によって、どう現れるのでしょうか。吉川は依頼された作品や、親交のある建築家たちと共同で制作した概念的視点に焦点を当てた実験的プロジェクトにおいて、この問いに向き合いました。この文脈において吉川は、空間体験が知覚心理学に基づく抽象的・数学的関係性を具体的に表現した結果として生じると理解しました。特に、環境要素や時間の流れを表すものとして、光、影、水、植物を組み入れた吉川の手法は、後に吉川が絵画という媒体で探求した、多様であり、時に矛盾してもいる諸要素の共鳴に繋がります。

吉川は、数多くのKunst am Bau(建築空間のアート)プロジェクトに参加しており、そのうちのひとつが、1972年から1973年にかけて、チューリヒのヘング地区にあるカトリック教会信徒会館で制作された壁面レリーフ《四つの可能なプログレッション》 です。同作品は、日常生活の環境にアートを溶け込ませるという概念に対する吉川の関心を反映しています。

2.ウパニシャッドへのオマージュ

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1989年以降、《ウパニシャッドへのオマージュ 1ー32》(1989ー1990)で、吉川の探求は、それまでの格子構造から、より広範で流動的な網の構造へと変わっていきました。このシリーズでは、自身の作品において重要な要素である白い背景の上に、半透明の絵具を重ねました。この技法を用いたことで、様々な構成要素の間に奥行きと繋がりが生まれました。しばしば回転させてあった個々の形象は、自由自在に浮遊しているように見えるリズミカルなパターンを形成し、作品全体に視覚的な反響を生み出しています。

タイトルは、内省に重点を置いた古代ヒンズー教の書物「ウパニシャッド」から来ています。「ウパニシャッド」は、仏教や日本の伝統の一部ではありませんが、個人の成長や自己認識を強調しています。「ウパニシャッド」という言葉の言及は、相互の繋がりと内省の探求に対する吉川の関心を反映しており、この二つのテーマは吉川作品の多層的で複雑な構図に共鳴しています。「ウパニシャッド」は「近くに座る」という意味に解釈されることが多いのですが、それは、親密な環境で知恵が伝授される師弟の関係を指しています。

3.宇宙の織りもの

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吉川は1991年に、「宇宙の織りもの」シリーズの制作に着手し、その後10年間にわたってこのテーマを探求していきます。正方形を出発点としながらその向きを変え、角でバランスを取るのではなく、一辺を下にまっすぐ置いています。これらの作品には、先端が切り取られた様々な色の十字が描かれており、徐々に縮小しながら縁に向かい、画像が粗くなったような丸い形を形成しています。

吉川は、これをきっかけに新しいフォーマットを取り入れました。それが「トンド(円形画)」です。フリッツ・グラーナーなどの、構成主義・コンクリート芸術の先人たちは、原色や幾何学的な関係に焦点を当てた一方で、吉川はトンドを用いて「輝くような」調和を探求しました。

「宇宙の織りもの」では、十字は表面中にリズミカルに配置されており、角張った形と丸い形が混ざり合って宇宙的次元を想起させます。このシリーズは、直角の構造と丸みを帯びた要素の間にある緊張を強調し、対位法で作り出された視覚的なエコー空間のように共鳴し合う、ダイナミックで調和したバランスを生み出しています。

4.グラフィックデザイン

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ウルム造形大学視覚コミュニケーション学部を卒業した吉川は、後に夫となるヨゼフ・ミューラー=ブロックマンの事務所で、1963年から働き始めました。1968年から1978年にかけては、フリーのグラフィックデザイナーとして独立し、独自の有力な依頼人基盤を築いた上、能の公演のためのポスター(1975年スイス年間最優秀ポスター)など、ポスターデザインで数々の賞に輝きました。

これらの応用美術作品は、世界的に最も著名なグラフィックデザイナーであり、かつての師でもあったミューラー=ブロックマンと吉川を再び結びつけるきっかけとなり、二人は創作においてパートナーとして活動すると同時に、個人的なパートナーとしても生涯を共にするこことなりました。このことは特に、二人の共同展のためのポスターデザインにも表れています。吉川自身は1980年代以降、美術作品、特に絵画に専念しましたが、最後に手掛けたポスターデザインのうちのひとつは、チューリヒにあるリートベルク美術館で開催された、動物をかたどった根付の展覧会のためのもので、1987年に制作しています。

最後に、ヨゼフ・ミューラー=ブロックマンの作品をご紹介します。

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ヨゼフ・ミューラー=ブロックマンは、スイスのグラフィックデザイナーであり、著述家、教育者としても知られています。イラストレーターや舞台のデザイナーとしてのキャリアを経て、1950年代初頭にデザイン分野の変革の必要性を認識し、合理的で構成主義的なデザインへ身を投じ、具体的なモチーフを描かない抽象的なデザインを制作しました。形態や構成、明快な適用の原理を深め、タイポグラフィや色彩、ときに写真も用いて、自身の作品を表現しました。先駆者として形成に寄与したスイス・スタイルは、インターナショナルなタイポグラフィック・スタイルとして世界を席捲し、今日のデザイナーにインスピレーションを与え続けています。チューリッヒ管弦楽団のポスターは音楽の感覚を視覚化する芸術的な試みです。この試みは、構造、リズム、バリエーションによる手段の集中と削減を通して行われました。

日本と日本文化に対するミューラー=ブロックマンの愛着と関心は1960年の世界デザイン会議に始まり、ここから吉川静子との結婚を通してその人生を形作りました。オープンで誠実な人柄とともに、多くの友人を得て、相互にインスピレーションを与え合いました。


以上、強い信頼の絆で結ばれたヨゼフ・ミューラー=ブロックマンと、そのパートナーであり芸術家の吉川静子の二人の回顧展「Space In-Between:吉川静子とヨゼフ・ミューラー=ブロックマン」についてご紹介しました。二人は結婚することによって、お互いの人生を支え合い、高め合える良い関係性でした。ぜひ、二人の芸術家の作品の世界感に触れるため、大阪中之島美術館を訪れてみてはいかがでしょうか。


■「Space In-Between:吉川静子とヨゼフ・ミューラー=ブロックマン」

会期:2024年12月21日(土)– 2025年3月2日(日)

休館日:月曜日、12/31(火)、1/1(水・祝)、1/14(火)、2/25(火)
※1/13(月・祝)、2/24(月・休)は開館

開場時間:10:00 – 17:00(入場は16:30まで)

会場:大阪中之島美術館 5階展示室

大阪府大阪市北区中之島4-3-1

観覧料:一般 1700円(前売・団体 1500円)
高大生 1100円(前売・団体 900円)
中学生以下 無料
当館メンバーシップ会員の無料鑑賞/会員割引 対象

※災害などにより臨時で休館となる場合があります。

※税込み価格。

※団体料金は20名以上。団体鑑賞をご希望される場合は事前に開館時間・料金・団体受付ページからお申込みください。

※学校団体の場合はご来場の4週間前までに学校団体見学のご案内からお申込みください。

※障がい者手帳などをお持ちの方(介護者1名を含む)は当日料金の半額(要証明)。一般のご購入列とは別に対応させていただきます。ご来館当日、2階のチケットカウンターにてお申し出ください。(事前予約不要、当日券売場付近の係員にお気軽にお声がけください。ご案内させていただきます。)

※一般以外の料金でご利用される方は証明できるものを当日ご提示ください。

※本展は、大阪市内在住の65歳以上の方も一般料金が必要です。

※[相互割引]本展観覧券(半券可)の提示で、4階で開催される「歌川国芳展 ―奇才絵師の魔力」 (2024年12月21日(土)– 2025年2月24日(月・休))の当日券を200円引きで2階チケットカウンターでご購入いただけます。
・いずれも対象券1枚につき1名様有効です。
・チケットご購入後の割引はできません。
・他の割引との併用はできません。

【チケットの主な販売場所】
大阪中之島美術館チケットサイトローソンチケット、ローソンおよびミニストップ各店舗(Lコード:56212)

お問い合わせ:大阪市総合コールセンター(なにわコール)Tel. 06-4301-7285

受付時間 8:00 – 21:00(年中無休)

六本木ヒルズ展望台 東京シティビューにて、ファッションブランド「YUIMA NAKAZATO」とコラボした「天空を纏う TOKYO CITY VIEW × YUIMA NAKAZATO」を開催

2025/01/10
by 遠藤 友香

執筆者:遠藤友香


森ビル株式会社が運営する六本木ヒルズ展望台 東京シティビューは、2025年1月22日~2月16日まで、ファッションブランド「YUIMA NAKAZATO」とコラボレ-ションし、「天空を纏う TOKYO CITY VIEW × YUIMA NAKAZATO」を開催します。 

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パリのオートクチュールウィークに日本から唯一招待されるYUIMA NAKAZATO。 東京タワー方面の壮大な都市の景観が見えるエリアに、クリエイティブディレクターの中里唯馬氏がデザインした3着のドレスと、そのドレスを写真家・映画監督として活躍する蜷川実花氏が撮影した作品を展示。ファッションの中でも唯一無二の存在であるオートクチュールのアートピースと、東京の街を見渡す唯一無二の場所が交差し、まさに「天空を纏う」ような美と感動の空間を楽しむことができます。

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さらに、渋谷・新宿方面の眺望が見えるエリアでは、2023年に劇場公開された中里氏を特集したドキュメンタリー映画「燃えるドレスを紡いで」(2025年1月からオンライン配信開始)のトレーラー映像もご覧いただけます。 そして、2月3日からはYUIMA NAKAZATOのブランド創立15周年を記念した「YUIMA NAKAZATO展ー砂漠が語る宇宙と巨大ナマズの物語は衣服に宿るかー」を、東京シティビューのスカイギャラリー2で開催予定です。2025年1月末にパリで発表される最新コレクション「FADE 」の衣装作品を中心とした展示が広がります。

海抜 250mの天空に広がる東京の景色と、YUIMA NAKAZATOの洗練されたファッションの融合による「天空を纏う」芸術的な体験をぜひ体感してみてはいかがでしょうか。


「YUIMA NAKAZATO 展ー砂漠が語る宇宙と巨大ナマズの物語は衣服に宿るかー」  

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Photography: Yuima Nakazato


パリのオートクチュールウィークより招待される日本唯一のブランド「YUIMA NAKAZATO」の創立15周年を記念した展覧会を開催します。2025年1月に発表される最新コレクション「FADE」の衣装作品を中心に、モーツァルトのオペラ「IDOMENEO」から派生して生まれたコレクション等を日本で初めて展示します。 

期間: 2025年2月3日(月)~2月16日(日) 
場所: 東京シティビュー スカイギャラリー2


中里唯馬(なかざとゆいま)プロフィール 

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1985年生まれ。2008 年、ベルギー・アントワープ王立芸術アカデミーファッション科を卒業。2016 年7月にはパリのオートクチュールウィーク公式ゲストデザイナーの1人に選ばれ、現在に至るまで日本人として唯一、オートクチュールウィークにてコレクションを発表し続けている。近年では、単独回顧展 ”BEYOND COUTURE” がフランスの公立美術館であるカレー・レース・ファッション美術館にて開催された。アメリカのボストン・バレエ団やスイスのジュネーブ国立劇場等で行われるオペラやバレエ等、舞台芸術の衣装デザインを行う。また、自らが発起人となり、未来を担う次世代のクリエイターのためのファッション・アワード「FASHION FRONTIER PROGRAM」を創設。 


六本木ヒルズ展望台 東京シティビュー 
東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー52階 
【営業時間】 10:00~22:00(最終入館 21:30) 
【料金】 料金変動制 
※催事や曜日により料金が異なります。詳細は公式サイトにてご確認ください。 
※チケットは専用オンラインサイトまたは施設入口の券売機、窓口での購入が可能です。 
※諸事情により営業時間の変更やクローズする場合があります。最新情報は公式サイトにてご確認ください。 
【お問い合わせ】 
Tel. 03-6406-6652  

東京シティビュー - TOKYO CITY VIEW

2025年に注目して! 関西発・文化芸術を世界に向けて発信する国際芸術祭「Study:大阪関西国際芸術祭 2025」のお得な「早割」チケット販売中!

2025/01/08
by 遠藤 友香

安藤忠雄が美術館として建築、1994年に竣工した「大阪文化館・天保山」

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執筆者:遠藤友香


文化芸術・経済活性化や社会課題の顕在化を意味する「ソーシャルインパクト」をテーマとした大規模アートフェスティバルの開催を目指し、その実現可能性を検証するためのプレイベントとして、2022年より過去3回国際芸術祭を開催してきた「Study:大阪関西国際芸術祭」。2025年、規模を拡大して満を持して「Study:大阪関西国際芸術祭 2025」を、2025年4月6日から10月13日まで開催予定です。

安藤忠雄建築の大阪文化館・天保山、黒川紀章建築の大阪国際会議場・中之島、西成、 船場、JR大阪駅エリアなど、大阪・関西地区の様々な場所で、展覧会やアートフェア、アートプロジェクトを展開します。

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釜ヶ崎芸術大学のアートに出会う日常に宿泊できる“Our Sweet Home”
森村泰昌(美術家)× 坂下範征(元日雇い労働者、釜ヶ崎芸術大学在校生)


中でも注目して欲しいのが、かつて高度経済成長期の肉体労働に従事するために集まってきた労働者たちが住まう場所だった釜ヶ崎(西成エリア)。近年、⻄成地域に急速に増えつつある在日外国人。かつて日雇労働者の街として全国各地から労働者が集まり、その中で繁栄してきた同地域の商店街は、労働者の高齢化、不況による失業など時代の変遷のなかでシャッター街と化していましたが、ここ10年ほどで中国系・ベトナム系のカラオケ居酒屋や飲食店等が大量に入居しているそう。また、少子高齢化による労働力不足が深刻化する日本において、技能実習生として来日する外国人も多く、⻄成区の居住者は増加傾向にあるといいます。本芸術祭では、立ち上げ当初から、このエリアの持つアートの力に視線を向けてきました。

2025年、本芸術祭の会期中も、NPO法人「こえとことばとこころの部屋(ココルーム)」が運営する「釜ヶ崎芸術大学」、および「kioku手芸館 たんす」を拠点に展開するファッションブランド「NISHINARI YOSHIO」等と連携し、新しい出会いと創造の場が日常になるような活動を創出します。

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釜ヶ崎芸術大学の外観


釜ヶ崎芸術大学は、2012年に大阪市西成区釜ヶ崎にて開講。釜ヶ崎の街を大学にみたて「学び合いたい人がいれば、そこが大学」として、地域のさまざまな施設を会場に、天文学、美学、合唱など、年間約80〜100講座を開催しています。近年は釜ヶ崎に暮らす人たちの高齢化により、記憶や記録に注力しながら「であいと表現の場」として活動。近隣の高校や中学校への出張講座や、大阪大学との協働講座も実施しています。2019年、ペシャワール会で井戸を掘ってきた蓮岡修氏の協力を得て、釜ヶ崎の元日雇い労働者に教わりながら、こどもや旅人、難民など700人とスコップで井戸を掘った過去も。ヨコハマトリエンナーレ、アーツ前橋、さいたま国際芸術祭など、国際的な芸術領域での活動の場を広げています。⻄成地域の現状を知るためにも、ぜひ足を運んでみてください。

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Patricia Piccinini, The Comforter,2010 ©Patricia PiccininiCourtesy of Olbricht Collection and the artist

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Maurizio Cattelan , Ave Maria , 2007 ©Maurizio CattelanPhoto: Attilio MaranzanoCourtesy of Maurizio Cattelan`s Archive and Institute for Cultural Exchange, Tübingen


その他、参加アーティストにも着目。例えば、実物と遥かに異なる大きさの作品で見る者に違和感を植え付けるロン・ミュエク(オーストリア)、異種交配によってつくり出されたかのような見たこともない生命体をリアルな存在感で表現するパトリシア・ピッチニーニ(シエラレオネ )、ユーモラスでありながら現代社会の矛盾を喚起する視点を投げかけるマウリツィオ・カテラン(イタリア)らが参加します。

ただいま、「Study:大阪関西国際芸術祭 2025」の入場チケットの先行販売を実施中です。2025年1月10日(金)までの期間限定、かつ先着500名様までの限定チケットとなっています。

チケット | Study:大阪関西国際芸術祭 2025

アートを端緒として、大阪・関西地区が大いに沸いていく様子にぜひご期待ください。


■「Study:大阪関西国際芸術祭 2025」

開催期間: 2025年4月6日~10月13日

会場:大阪・関西万博会場内、大阪文化館・天保山(旧サントリーミュージアム)・ベイエリア、中之島エリア(大阪国際会議場)、船場エリア、西成エリア、JR大阪駅エリア、他(2024年10月時点)

【主催】大阪関西国際芸術祭実行委員会
概要 | Study:大阪関西国際芸術祭 2025

【協力・後援】 ※前回実績
大阪府・大阪市、公益社団法人関西経済連合会、大阪商工会議所、一般社団法人関西経済同友会、 一般社団法人 関西領事団、公益財団法人大阪観光局、辰野株式会社、他

総合プロデューサー:鈴木大輔(株式会社アートローグ代表取締役CEO)

「小山登美夫ギャラリー六本木」にて、アメリカのアーティスト、キャサリン・ブラッドフォードの個展「水の街を飛んでいく」を開催中

2025/01/08
by 遠藤 友香

Swimmers With Two Tubes 2024 acrylic on canvas 102.0 x 76.3 cm ©︎Katherine Bradford

 

執筆者:遠藤友香


1996年の開廊当初から、海外アートフェアへ積極的に参加し、日本の同世代アーティストを国内外に発信してきた「小山登美夫ギャラリー」。日本における現代美術の基盤となる潮流を創出してきたことで知られています。

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Six Swimmers in River by the House 2024 acrylic on canvas 51.3 x 40.5 cm


この度、「小山登美ギャラリー六本木では、アメリカのアーティスト、キャサリン・ブラッドフォードの個展「水の街を飛んでいく」を2025年2月1日 まで開催中です。

キャサリン・ブラッドフォードは、独自の絵画表現で国際的な評価を得ているアーティスト。 近年では、アメリカ、メーン州のポートランド美術館(2022年)、オーストリア、グラーツのハレ・フュア・クンスト(2024年)など、世界各地で大規模な個展を開催しています。 本展は、2022年に作家の日本初個展となった「Night Swimmers」に続く、小山登美夫ギャラリー六本木での2度目の個展となります。

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Flight Over Water town 2024 acrylic on canvas 172.7 x 183.2 cm


本展では、ブラッドフォード作品の特色とも言える、印象的な色彩と構図を持つ新作ペインティング15点を発表します。彼女の作品には、海や空、陸が、鮮やかな色のフィールドとして幻想的な地平線で交わる背景に、泳ぐ、踊る、歩く、飛ぶ、休むなどの動作をする人物が浮かび上がっています。これらの場面は、日常生活の一瞬や映画のワンシーンを思わせながらも、明確な物語や解釈に収束することはありません。人体や顔は抽象化され、正確な識別を逃れる一方で、その人物たちの曖昧なジェスチャーは、作品の前に立つ人の好奇心やイメージを喚起する親密な空間へと誘います。

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Beach Couple Red Sky and Sun 2024 acrylic on canvas 51.2 x 40.7 cm


本展のタイトル「水の街を飛んでいく」は、展示作品のひとつにも冠されており、ブラッドフォードの作品に繰り返し登場するモチーフである、空高く舞い上がる人物や水辺を捉えています。 作家が過去に取り組んできた、スーパーヒーロー/ヒロインを描いたシリーズにも見られる空を飛ぶ人物は、画面に浮遊感とダイナミックな緊張感を与え、無重力と重力、自由と束縛の間をさまよいながら、同時に、遊び心に満ちた空気を纏わせます。

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Dancers Around the Fire 2024 acrylic on canvas 101.9 x 76.4 cm


プール、川、海といった水辺は、作家が繰り返し選んできた素材であるアクリル絵具を巧みに用いることで、独特の透明感をもって描かれています。この手法によりブラッドフォードの絵画には、主題の儚さや曖昧さを映し出すような流動性が生まれます。

このように表現と媒体の複雑な相互作用は、ブラッドフォード作品の重要な要素であり、水辺の描写にとどまらず、彼女の絵画に対するアプローチ全体に及んでいます。

彼女は自身の制作プロセスについて次のように述べています。

「私は観察に基づいて絵を描くわけではありません。私の描く人間は、その素材である絵具と密接な関係を持っています。これらは創作されたものなのです。」(CANADAウェブサイトより)

こうした視点は、作家の表現のルーツである抽象的で筆致を重視するペインティングとも密接に関わっており、作品における人物や環境は、絵具そのものの物質性と切り離せないものとして扱われます。ブラッドフォードの制作は具象表現の限界を再考し、その作品は、描かれた世界だけでなく、制作行為そのものへも言及していると言えるでしょう。

またブラッドフォードの作品には、18世紀のニューイングランドに由来する、ジョージアン様式の家屋も登場します。太い煙突と整然と並ぶ窓が特徴的なこの家屋は、幽霊のように浮遊感を帯びています。これらの作品は、ヌードの女性像と家のような建築物が融合し、女性らしさや家庭生活の概念に疑問を投げかけるルイーズ・ブルジョワの「Femme Maison」シリーズとの共鳴も指摘されてきました。ブラッドフォードはこれらのモチーフを通して、個性と社会的制約の関係性を探究すると共に、登場人物たちが不可解な方法で境界線を越えていく様子を、ユーモアと情緒とを織り交ぜながら描き出します。

【キャサリン・ブラッドフォードついて—アーティストになる熱意、自らのアイデンティティの獲得】

現在は大きな成功と名声を得たキャサリン・ブラッドフォードですが、3年前のインタビューにおいて、いまでも毎朝目覚める度に、自分がアーティストであることに驚き、感謝を覚えると言うほど、彼女にとってアーティストとなる道は困難なものでした。

ブラッドフォードは1942年ニューヨーク生まれ、現在ブルックリンを拠点に活動をしています。彼女が絵画制作を始めたのは30代の頃から。政治家の妻としての生活を変えてアーティストになりたいという渇望のもと、独学で男女の双子を育てながら抽象画などを描き始めました。

メーン州の知事選に立候補する話をしていたのために、家族でニューヨークから自然溢れるメーン州に移住しましたが、そこでキャサリンはヒッピー的なアーティスト達と出会い、自分もこうなりたいと強く思うようになったのです。彼女は現在の状況から逃避するべく、の政治家の友人達との集いにおいて、本当に窓から飛び出し、物置のアトリエに逃げ込んだという逸話があります。

離婚後ニューヨークに移住し、シングルマザーとして40歳になる頃にニューヨーク州立大学パーチェス校にて美術学修士号を取得。そのとき出会った同性のパートナーとは現在も関係を続けています。以後地道に制作活動を行いますが、60代の頃に描き始めた大きな海やボート、泳ぐ人、スーパーヒーローたちのイメージの作品が大きな評判を呼び、高い評価を受け、ようやくアート業界において広く認知されようになりました。

ポートランド市があるメーン州は、美しい海岸、深い森に恵まれ、海水浴やスキーを楽しむ人々が大勢訪れます。現在ブラッドフォードが毎夏滞在するこの地は、以前は離れたいと願ったものの、そこでの海のイメージや泳ぐ人のイメージが彼女の作品に大きな影響を与えたと言えるでしょう。

また、キャサリンの祖父、兄は建築家であり、ビジュアル的な環境に恵まれていたにも関わらず、母はキャサリンのアートへの興味を封じ込めようとしました。母からの圧迫はキャサリンを苦しめ、作品のモチーフである泳ぐ人の中に、彼女の母親が滑稽な姿で描かれていると見る人もいます。

当時の時代性においても、キャサリンがアーティストとなること、安定した政治家の妻の地位を捨てること、同性のパートナーを得ることは現代よりもより困難なことだったでしょう。自らの力でアイデンティティを獲得し、築き上げたキャサリン・ブラッドフォード。幼少期、母が急に環境を変えアーティストとしての生活を送ることに困惑していたという双子の子供達も、今では母のアートに誇りを覚え、そのことに彼女もとても喜びを感じています。

本展は、キャサリン・ブラッドフォードの作家としての変遷や独創的な制作へのアプローチ、そして彼女が描く、観る人の感情を喚起させる絵画の世界を、日本でご覧いただける貴重な機会です。ブラッドフォードが紡ぐ水の街の上空を飛ぶような軽やかな感覚を、作品を通してぜひ体験してみてください。


■キャサリン・ブラッドフォード「水の街を飛んでいく」

会期:2024年12月27日(金)ー2025年2月1日(土)

開廊時間:11:00 - 18:00

休廊日:日、月曜、祝日  

入場無料

場所:小山登美ギャラリー六本木

東京都港区六本木6-5-24 complex665 2F

Tel. 03-6434-7225

文化庁委託事業である、日本のアート市場の規模等に関する調査分析レポート「The Japanese Art Market 2024」の調査報告

2025/01/01
by 遠藤 友香

執筆者:遠藤友香

文化庁は委託事業「令和6年度アートエコシステム基盤形成促進事業 国際的なアート市場における日本市場の現状調査」の一環で実施した、日本のアート市場の規模等に関する調査分析レポート「The Japanese Art Market 2024」を発表しました。

以下、調査報告をご紹介します。

本調査レポートは、日本のアート市場の実態をより正確に把握し、その潜在力を可視化することを目的とした文化庁委託事業「令和6年度アートエコシステム基盤形成促進事業」の一環として、Arts Economicsの創業者である文化経済学者クレア・マッカンドリュー博士と連携し、調査・分析・作成したものです。 

本調査は、令和5(2023)年度の文化庁委託事業「令和5年度アートエコシステム基盤形成促進事業 国際的なアート市場における日本市場の現状調査」で実施した、日本国内に法人を置くアートディーラーおよびオークションハウスを対象とした美術品等の販売に関す2023年1月から12月の売上データに関するアンケート調査のほか、国民経済計算(GDP統計)、経済センサス-活動調査、文化庁による文化行政調査研究(文化GDP)などの各種統計を基に、2023年の日本のアート市場規模を推計。

1. 日本のアート市場 

日本のアート市場における2023年の売上高は、6億8,100万ドル(946億5,900万円)と推定されます。この推定値には、国内のディーラー、ギャラリー、オークションハウスによるアート及び骨董品の売上高が含まれますが、日本の視覚芸術エコシステムが生み出す膨大な付加価値額のほんの一握りに過ぎません。このエコシステムには、成長を続ける多くのアーティスト、文化機関並びにこれらに付随する関連ビジネスやイベントも含まれています。

日本のアート市場は、前年(2022年)の7億5,600万ドルという値と比較して10%減少しました。これは、世界的な売り上げ減少の傾向と並行しており、世界のアート市場の売上高も4%減少し、2022年の678億ドルから、2023年には650億ドルになりました。新型コロナウイルス感染症の拡大は、アート取引に係る運営環境の顕著な悪化をもたらしました。関連する作業、移動、展示、イベントのすべてに制約が課せられたことから、2020年には、全世界のアート売上高は22%減少し、世界金融危機下の 2009 年以来の低水準となりました。日本では、市場規模の縮小はさらに著しく、2020年にはオークションとディーラーの両部門が2桁減を記録し、38%減の3億7,700万ドルに。ただし、世界市場と同様に立ち直りも早く、2021年には、日本における売上高は前年比62%増の6億1,100万ドルとなり、新型コロナウイルス感染症流行以前の2019年の売上高をも上回りました。こうした回復の勢いは2022年に入っても続き、前年比でおよそ24%増となりました。しかし2023年になると、オークションでの売上高とディーラーから報告された売上高の双方が減少するなど、成長が鈍化しました。

このように、2023年に入って鈍化に転じたものの、新型コロナウイルス感染症によって市場が大混乱に陥る以前(2019年)の水準と比較すると、世界全体の伸びが1%に留まるなか、日本の売上高は11%増となっており、米国や英国といった主要市場を大きく上回っています。

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日本における売上高は、増加率でみればより規模の大きい一部の市場を上回っていますが、2023年においても米国、中国、英国の3か国で世界全体の売上高の77%を占める(価額ベース)など、国際的なアート市場で世界的な取引拠点が依然として圧倒的な影響力を持っている状況は変わっていません。世界全体の売上高に占める日本市場のシェアはわずか1%であり、この数字は過去5年間にわたってほとんど変化していない現状です。

2023年においては、中国(香港を含む)は価額ベースで世界全体の19%を占め、世界第2位の市場となっています。また、現在のところアジア最大の市場でもあります。アジアのアート市場における中国の影響力は圧倒的です。地域区分の定義は異なるものの、価額ベースでみた場合、アジアの取引額全体に占める中国のシェアは 80%を超えています。日本はシェア約5%で、中国に次いでいます。

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上述の取引額には、ディーラーとギャラリー及びオークションハウスの売上高が含まれます。本レポートでは、アート市場の2本柱である、この両部門を対象に分析を行い、取引額にはアーティストやその仲介者、百貨店その他の企業やプラットフォームが直接販売した金額は含まれていません。実際には、このような直接売上高が上述の取引額に上乗せされます。これも取引額全体のかなりの部分を構成しています。

2. 日本のディーラーとギャラリー

2023年の日本のアート市場において、ギャラリーとディーラーを介した総売上高は4億6,000万ドル近くにのぼるものと推定され、全体の2/3強(68%)を占めています。ディーラー部門の売上高は、新型コロナウイルス感染症の影響下にあった2020年には48%減少しましたが、続く2年間で2倍を超える水準まで急回復し、2022年には5億500万ドルのピークに達しました。しかしながら、2023年には再び伸びが鈍化し、ディーラーから報告された売上高は、新型コロナウイルス感染症流行拡大前の2019年をわずかながら上回ってはいるものの、前年比では9%減となっています。

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ディーラー市場の構成 

政府統計等の複数のリソースによれば、日本には2,060軒を超えるディーラーやギャラリーが存在しており、これはアートと骨董品を扱う商業的なギャラリーや、店舗、その他の販売店も含めた数値です。このような業態は日本全土に幅広く分布していますが、ディーラーの59%が都内に所在するなど、分布密度でみれば東京が最も高くなっています。関東地方では66%に達しています。

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世界的にディーラー市場は、プライマリー市場とセカンダリー市場で構成されています。ただし、事業者数別及び売上構造別の構成は、市場によって大きく異なっています。プライマリー市場とは、ディーラーやギャラリーがアーティストの新作をコレクターに販売するものです。一方、セカンダリー市場では、一度コレクターの手に渡った作品が再販売にかけられます。通常、その担い手は、ディーラー、オークションハウス又はそれ以外の代理店です。政府統計からディーラーの売上高をセクター別に分析することはできませんが、アーツ・エコノミクス社が文化庁の協力を得て 2023年と2024年に実施したディーラー調査から、日本のアート市場における販売構造を窺い知ることができます。調査対象は日本に本拠を置くディーラーで、そのうち、ギャラリーを日本のみで展開するものが97%、国外にも拠点を構えるものが3%でした。対象事業者の平均事業年数は40年と、相対的に定評ある事業者が多く、事業開始から10年以下のものは全体の13%に過ぎません。対象事業者の大半(78%)が展示スペースを有するギャラリーで事業を行っており、続く13%が自宅や個人事務所からプライベートで事業を行っています。4%はオンラインのみで事業を行い、残り5%は、アーティスト自身が運営するギャラリー、アートクラブやショップなど、さまざまなハイブリッド形態をとるものです。

2023年調査の対象事業者のうち、プライマリー市場のみで事業を行うものは18%です。プライマリー市場は、アーティストのキャリア形成に極めて重要な役割を果たしています。当該市場は、マーケットでの取引価格が低く不安定となりがちな新進のアーティストから、より高額で取引される作品を有する名の通った現代アーティストに至るまで、さまざまなレベルのアーティストの作品を対象としています。このセグメントで事業を行うギャラリーは、アーティストが市場に送り出す作品に対して初めて値付けが行われる際の鍵を握っていることが多くなっています。また、価格が定まった後は、市場への作品の供給管理も重要な役割となります。すなわち、供給を徐々に増加させることによって、そのアーティストが手掛ける作品のマーケットが拡大するようサポートするのです。また、このようなギャラリーは、アーティストを直接的に支援するだけでなく、アーティストのキャリアを長く保つために、ゲートキーパー、管理者、プロモーターの役割も果たすことが少なくありません。日本においては、このセグメント専業事業者の構成比は、世界平均のおよそ半分にとどまっています(全世界を対象に2023年に実施した調査では、対象ディーラーの38%がプライマリー市場の事業者でした)。

セカンダリー市場(アート作品が再販売される市場)専業のディーラーは、調査対象事業者の10%を占めており、これは世界平均並みです。アート市場の特徴として、セカンダリー市場で取引される金額が圧倒的に大きいことが挙げられます。あるアーティストの作品がセカンダリー市場に出回る頃には、そのアーティストの評判が確立していると想定されることから、セカンダリー市場での取引価格は、プライマリー市場での取引価格を上回る傾向があります。セカンダリー市場に関しては、関連情報収集のコストも低く、バイヤーは、アーティスト自身や、その作品の需要動向に関して、より豊富で良質の情報を入手できることが多いので、当該市場で作品を購入するリスクも低い傾向にありま。このことは、日本市場におけるセカンダリー市場専業ディーラーが、数の上では少数派であるにもかかわらず、年平均売上高では、プライマリー市場のディーラーの 2 倍を超えている事実からも明
らかです。

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プライマリー又はセカンダリーのいずれか一方の市場のみで事業を行うギャラリーもありますが、大半はプライマリー販売と再販売の双方を手掛けています。日本を対象として実施した調査では、2023 年において、プライマリー・セカンダリーの両市場で事業を行っているディーラーが全体の45%を占めています。この事実から、日本では多数派といえる63%のギャラリーが、少なくとも売上の一部をプライマリー市場から得ており、現役アーティストのキャリアを支えていることが分かります。2023 年においては、このようなディーラーの年平均売上高が280万ドルと最も高かったことが見て取れます。同セクターの年平均売上高のデータについては、極めて売上高の大きなディーラーが何社か存在することによる影響を受けているものの、プライマリー・セカンダリーの両市場で事業を行っているディーラーの売上高についても、中央値が110万ドル(全体平均の2倍)と、最も高くなっています。

調査対象事業者の約27%は工芸美術や骨董品の分野を専門としており、2023年の世界調査の結果(18%)と比較すると際立って高い割合です。この分野の事業者の売上には、骨董品(33%)、古美術品及び古代芸術(32%)、工芸美術(29%)並びにその他(茶道具、装飾武具など:6%)などが含まれます。

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双方の市場で事業を行うディーラーの45%は、セカンダリー市場での再販売が売上高の大きな比重(58%)を占めています。一方、プライマリー市場での売上高は全体の42%となっています。ただし、売上高全体に占めるプライマリー市場の割合は、2022年の35%から次第に上昇しており、このことは、一部の日本のギャラリーにおいて、プライマリー市場で取引されるアーティストの作品価格が上昇している可能性を窺わせるものです。

2023年において、1軒のギャラリーに所属するアーティスト数は平均27名で、2022年の20名から増加しました。このことも、売上高全体に占めるプライマリー市場のシェアが上昇しているという事実の裏付けの一つとなるかもしれません。ギャラリーに所属するアーティストのなかで、商業的に成功を収めているアーティストは相対的に少数にとどまっていることが多いのですが、このアーティストの作品の販売で得られた収益が、内部相互補助の形で、他のアーティストのキャリア形成を目的とする投資に充てられることがしばしばあります。ギャラリーの報告データによれば、2023年において、日本のギャラリーは、所属しているトップアーティスト1人の作品販売で全収益の24%を賄っており(前年比では2%低下)、また、トップアーティストを含む上位3名の所属アーティストの作品販売で、全収益の42%をカバーしています(2022年の41%からほぼ横ばい)。このような事実から、ギャラリーは、およそ1割のアーティストから、全体の4割を超える収益を得ていることが分かります。その他のアーティストから得られる収益は少ないものの、活動をサポートし、展示、制作、マーケティングを行うために、かなりの労力を必要とすることに変わりありません。以上から、収益源が一部に集中している状況が窺えますが、それでも世界平均よりもかなり低く、2023年の世界平均では、売上の3分の1が最も売れているアーティストからで、半分以上がトップ3のアーティストからのものとなっています。 

8.jpg?1736325353039Arts Economicsが実施した日本の富裕層の行動・支出パターン調査によると、コレクターの所蔵品中、女性アーティストの作品が占める割合は2024年で40%と少数派にとどまっています(調査を行った世界の富裕層平均では44%)。コレクターの多くは、アート作品を選定する際に、作者の性別を意識することはありませんが、実際に購入できるか否かは、究極的には作品が市場に出回っているか否かに左右されます。女性アーティストの割合が低い傾向は、ギャラリーが取り扱うアーティストの性別にも反映されています。すなわち、ディーラー報告によれば、2023年において、男性アーティストが65%を占めるのに対し、女性アーティストは35%にとどまっているのが現状です(同一セクターを対象とした全世界調査では女性アーティスト比率は40%)。さらに、日本において女性アーティストの作品は、ディーラーの年間売上高の20%を占めるに過ぎません。これもまた、世界平均を大きく下回っています(世界平均は、プライマリー市場のディーラーで39%、プライマリー・セカンダリー両市場のディーラーで30%)。

経済全般に関しても、日本のジェンダーバランスは世界的に低水準にあります。世界経済フォーラムが発表した「グローバル・ジェンダー・ギャップ指数2024」において、ジェンダーバランスの項目で日本は世界149か国中118位となっており、「教育」に関しては「ほぼ平等」と評価されたものの、経済参画と機会」の評価が特に低いことがわかりました。

ディーラーによる売上高 

図7で示されているように、2023年に調査対象となった全ディーラーの平均売上高は185万2,000ドルであした。これは、売上規模の大きな一部のディーラーの影響を受けて実態よりも過大に算出されており、中央値は56万2,500ドルでした。調査対象事業者は、ディーラー市場で中堅から上位のギャラリーで、全国美術商連合会(JADAN)、日本現代美術商協会(CADAN)、日本現代美術振興協会(APCA)など、主要組織の会員事業者から選定したものです。調査対象に選定したこのような事業者であっても、その売上規模は多種多様であり、2023年の売上高でみれば、50万ドルを下回るものが全体の半分近く(48%)を占める一方、100 万ドルを超えるものが37%となっています。

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調査対象ディーラーによれば、2023年におけるディーラー部門の売上高は9%減となり、特に一部の大規模ディーラーで売上の減少が著しかった現状があります。このような傾向は、全世界のディーラー市場でも同様です。一方、年商50万ドル未満の小規模ディーラーはもっとも売上を伸ばし、特に年商25万ドル未満のディーラーは売上高が平均で11%増となりました。

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ディーラーの売上高が減少する一方で、販売された作品数(中央値)が190点から195点へと3%増加していることは注目に値します。すなわち、販売される作品点数の減少よりも、作品の低価格化が進んだことの方が、売上高の減少により強く影響したものと推察されます。この推移は、2023年におけるディーラーの販売構成が、2022年に比べ、より低価格の作品にシフトしているという事実からも窺うことができます。例えば、5万ドル未満の作品が取引全体に占める割合は、2022年の65%から、2023年には93%に上昇しています。5万ドル未満の作品カテゴリーの中でも、1万ドルを下回る作品が大半(売上全体の77%)を占めています。一方、100万ドルを超える作品は、ディーラー取扱量のわずか1%に過ぎません。

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ディーラーの売上高は前年を下回っていますが、新型コロナウイルス感染症が世界的に拡大していなかった2019年と比較すると、売上高が増加したディーラーと減少したディーラーとがほぼ拮抗してます。ただし、日本についてみれば、2019年比で売上高が減少したディーラーは37%と、世界平均(30%)を上回っています。世界全体では、ディーラーの70%が新型コロナウイルス感染症拡大以前と比べると、売上高は同程度か増加したと回答しているのに対し、同様の回答をした日本のディーラーは 63%にとどまっています。このことから、日本の一部のディーラーにおいては、過去数年にわたって回復がなかなか進んでいない状況が理解できます。

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コストと収益性

2023年の売上減少に加え、世界中のディーラーは、収益性に影響を与えるコストの急上昇に対処しなければいけませんでした。日本経済においては、他の多くの国々よりも物価上昇ペースは緩やかで、G7諸国中では、最も低いインフレ率で推移していました。2023年の物価上昇率は3.3%と、米国(4.1%)、英国(7.3%)、フランス(5.7%)はもとより、アートの世界で影響力を持つ他の主要国を大きく下回っていました。とはいうものの、日本の物価上昇率は1991年以降では最高水準にありました。また、国際市場で事業を行うディーラーや世界中のフェアやイベントに参加しようとするディーラーにとって、国外でのコストの上昇は頭の痛い問題でした。

コスト上昇の問題を一層複雑にしていたのは、日本においては、ディーラー事業における販売サイクルが他の多くの産業に比べて長いことが挙げられます。すなわち、商品の入荷以降、在庫を経て販売に至るまでの平均所要月数がおよそ11か月に及ぶのです。在庫から売上の計上に至るまでの平均所要期間が2年を超えるとするディーラーは、日本では全体の18%に上っています(世界平均は15%)。それでも、2022年の26%よりは少なくなっています。その要因として考え得るのは、ディーラー部門における低価格帯での販売の増加です。低価格で取引される作品はより回転が速いのが通常であり、一部のコレクターに対する配慮や販売促進策もさほど必要としません。

このような要因のすべてがディーラーの収益性に影響を及ぼすものでありました。新型コロナウイルス感染症が拡大した2021 年以降の販売の回復過程において、ギャラリーの多くは、2019年よりもイベントやフェアへの参加を抑制するなど、コスト構造をスリム化することによって収益性を確保しました。2022年に入ってイベントの開催頻度が新型コロナウイルス感染症流行以前の状況まで回復し、多くの地域でインフレが高進するなか、少なからぬディーラーがプレッシャーを感じているのが現状です。それでも、日本においては、収益性が向上したディーラーの方が、低下したディーラーよりも多かったことが挙げられます。しかしながら、2023年においては、純利益の確保に苦労するディーラーの割合が再び上昇に転じています。この状況を概観すると、以下のとおりです。

• ディーラーの33%は、2022年に比べて利益が低下(収益が低下したと回答したディーラーの割
合は前年比6%上昇) 

• ディーラーの44%は、2022年並みの利益 

• ディーラーの23%は、2022年よりも利益が向上(収益が向上したと回答したディーラーの割合
は前年比15%低下。世界平均の29%を下回る)

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3. 日本のアートフェア

過去数年間において、売上高の変化のみならず、ディーラーがバイヤーにアプローチする方法やディーラーが利用する販売ルートにも変化が生じました。新型コロナウイルス感染症流行以前には、世界中で開催されるアートフェアは大幅な増加傾向をたどっていました。2019年には、このようなイベントは、世界各国のディーラーの売上高の4割以上を占め、主たる販売経路となっていましたが、新型コロナウイルス感染症の拡大に伴い、2020年にはほとんどのイベントが中止され、アートフェア経由の売上高は全体の13%まで激減しました。これに代わるものとして、オンライン販売が広まりました。このような構成比は、2021年から2022年にかけてイベントの開催スケジュールが次第に再開される中で変動しましたが、2023年には市場に生じたこの変化が一時的なものではないこと、そして、ディーラーがオンラインと対面の両方のチャネルを利用した販売を求めていることが明らかになりました。世界全体で、2023年におけるアートフェアを通じたディーラーの売上シェアは29%と報告されています。

ディーラーの販売において、アートフェアが重要なチャネルである状況は日本でも同様ですが、売上高全体に占めるアートフェア経由の比率は2023年において10%に過ぎず、世界の主要国に比べると著しく低いのが現状です。

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図14によれば、世界平均に比べ、日本のディーラーは、ギャラリーでの対面販売に重点を置いており、オンライン販売やアートフェアの割合が著しく低いことが明らかです。

現在のところ、日本のディーラーにとって、ギャラリーでの販売は収益源の中心であるだけでなく、新規顧客の主たる獲得手段でもあります。2023年調査において、新規顧客の開拓方法についてディーラーに質問したところ、ギャラリーを実際に訪れる顧客が最大のソースであるとの回答が28%と最も多く、ディーラーのホームページ(18%)、アートフェア(15%)がこれに次いでいます。同年実施した世界調査では、アートフェアが最大の新規顧客獲得手段であるとする回答が最多を占めましたが、日本ではアートフェアの構成比は世界平均のおよそ半分にとどまっています。

アートフェアへの出展状況に注目してみると、2021年から2023年までの間、一度も出展していないと回答したディーラーが、日本では全体の3割を占めました。また、2023年に出展したディーラーの平均出展回数は4回で、2022年と同じでしたが、2021年よりは1回増加しています。このように平均値をとってみると、個々のディーラーの動向をつかみにくくなってしまいますが、2022年と比較すると次のとおりです。

・29%のディーラーは、2023年には前年よりもフェアへの出展回数を増加(1~4回)させた 

・11%のディーラーは前年よりも出展回数が減少(1~3回) 

・60%のディーラーは前年並みの出展回数 

一部のディーラーは、海外のイベントを中心に、アートフェアへの出展を増やすことを望んでいますが、為替レートの影響や、旅費・出展費用の高騰を勘案して、「慎重に進めている」としています。出展したイベントへの訪問者数が増加しており、若年層のコレクターや出席者も増えてきているとの見方がある一方で、一部のディーラーは、イベントを訪れる富裕層が減少したと感じています。

Arts Economicsは2023年、UBSと共同で、世界14地域のアート市場で活動する富裕層3,660 人を対象として調査を行いました。調査対象には日本の富裕層200人も含まれています。この調査から、日本の富裕層は2023年にアートフェアを4回(国内、海外各2回)訪れていること、また、2022年と比べると海外イベントの訪問回数が1回増加していることが明らかになりました。なお、世界平均でみると、富裕層のイベント訪問回数は6回となっており、日本はこれを若干下回っています。ただし、ギャラリーの展覧会の訪問回数においては、日本の富裕層が平均10回(国内4回、海外6回)であるのに対し、世界平均では8回と、日本の方が上回っています。

ギャラリーの展覧会に関しては、2021年から2023年の3年間に全く行っていないディーラーは全体の 18%と少数派にとどまっています。展覧会を実施したディーラーについてみると、回数は、2021年の10回から、2023年には11回に増加しています。2022年との比較は以下のとおりです。

・28%のディーラーは、2023年に回数を増やした(増加回数は1回から9回まで幅がある) 

・63%のディーラーは、2022年と同じ回数

・9%のディーラーは、2022年よりも減らした(減少回数は1回から5回まで) 

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文化庁「国際的なアート市場における日本市場の現状調査」によると、日本には現在少なくとも25のアートフェアが存在します。そのなかで、最も歴史が長く規模が大きいのは、2005年から開催されている「アートフェア東京」です。2024年版の出展事業者リスト(Exhibitors 2024)によれば、156 事業者が出展しており、アンティークから現代アートまで、幅広い作品を対象にしています。その他の主要イベントとしては、「ART FAIR ASIA FUKUOKA」(出展事業者数98)、「Tokyo Gendai(東京現代)」(同69)、「Art Collaboration Kyoto」(同 69)などがあります。

4. 日本のオークションハウス

2023年の日本のアート市場において、総売上高の残り3分の1はオークション販売によるものです。日本には無数のオークション会社やプラットフォームが存在し、さまざまな作品を販売していますが、その中で、アート、骨董品及びコレクターズアイテムに特化した事業者で、かつ、市場で定期的に販売活動を行っているのは、2023年現在で15社程度です。このような事業者から入手可能な公表データによれば、2023年において、その全カテゴリーを合わせた売上高は2億2,100万ドル弱となっています。

新型コロナウイルス感染症拡大時にはオークション売上高は減少しましたが、オンラインで支障なく続けられた小規模なオークションもあったことから、その減少幅(11%減)は、ディーラー市場に比べると著しく小さかったのが現状です。2021年に入ると業況は大きく改善し、同年の売上高は前年を 46%上回る 2億700 万ドルとなりました。回復基調は2022年も継続し、高額作品の成約もわずかながらあったことから、売上高は21%増となりまし。しかしながら、ディーラー部門と同様に、2023年には販売の伸びが鈍化し、総売上高は前年を12%下回る2億2,100万ドルとなりました。それでも、新型コロナウイルス感染症流行以前の2019年の水準をはるかに上回っています。

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公開情報を基に2023年の売上データをみると、最大のオークション会社は毎日オークションで、市場シェアは 33%(価額ベース)です。また、上位5社合計の市場シェアは86%となっています。毎日オークションの強みは、同社が扱う膨大なロット数にあります。2023年に落札されたロットは2万1,000 点を超えましたが、その9割強は1万ドル未満でした(さらに、半分以上が1,000ドル未満のロット)。同社に次いで扱い量が多いのはシンワオークションで、2,500 点を超えるロットが落札されています(同様に大半は1万ドル未満)。オークションの開催回数においても、会社間で大きな相違があります。公表されている実績によると、最も多いのは毎日オークション(合計45回)で、以下、Shinwa Auction(11 回)、東京中央オークション(同)、SBIアートオークション(7回)が続いています。それ以外の会社は、すべて5回以下の開催となっています。

日本で開催されるオークションには、全カテゴリーを通じて、およそ5万3,800点が出品され、41,800ロット程度が落札されたとみられます。出品された全作品の22%が、最低落札価格に達せず買い戻し(bought-in house)となるか、不落札に終わっています。毎日オークションの買い戻し(buy-ins)比率が31%と高いことが、買い戻し率(buy-in rate)全体に大きく影響しています。同社以外では、不落札となる作品の比率は大幅に低く、東京中央オークション(1%)、SBIアートオークション(10%)、Shinwa Auction(17%)などとなっています。

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世界のオークション市場においては、100万ドルを超える作品が売上高全体の非常に大きな割合を占めるのに対し、日本のオークションで取引される作品の価格水準はこれを大幅に下回る傾向があります。オークションではさまざまな作品が販売されるので、オークションの平均価格は参考価格としてあまり意味をなすものではありませんが、日本で取引される価格水準が低い事実を示す一例として取り上げてみれば、2023年において、日本のオークションで落札された作品の平均価格がおよそ6,200ドルであったのに対し、世界のファインアート・オークション平均では4万3,330ドルでした。日本での2023年の平均落札価格は、東京カルチャーオークションの1,015ドルから、アイアートオークションの2万715ドルに至るまでさまざまです。

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日本のオークションで2023年に落札された作品の大部分(98%)が5万ドル未満の作品であり、1万ドルを下回る作品でみても全体の91%と大半を占めました。さらに、全体のおよそ半分は1,000ドルにも満たない作品でした。この価格帯の作品が大きな割合を占めることは全世界のオークションにおいても同様で、国際市場で開催されるファインアート・オークションにおける取引件数の93%は5万ドル未満のセグメントです。ただし、世界全体では、このような低価格のロットが売上高に占める割合は少なく、全売上高の12%にとどまりますが、日本では、5万ドル未満のロットが全売上高の半分に達しています。

価格の範囲について更に詳細にみると、2023年に日本で開催されたオークションにおいて、100万ドルを超える価格で落札された高額作品は、取引件数ベースで0.03%、販売額ベースで7%とごくわずかにとどまります。これに対し、世界全体のアートオークションにおいて、このような高額作品の占める割合は全販売額の55%に達しています。2023年において、日本で100万ドルを超える作品が落札されたオークションハウスは4社しかありませんでした(公開ロット数は合計9ロットのみ)。2023年に高額落札された作品には、東京中央オークションの秋季オークションで4億6,000万円(330万ドル)で落札された清朝・乾隆帝の花瓶、Shinwa Auctionで3億4,500万円(250万ドル)で落札された 1500年代の金茶道具一式、アイアートオークションで2億7,600万円(210 万ドル)で落札されたフランス印象派、ピエール=オーギュスト・ルノワールの「Après le Bain」(1901 年頃)などがあります。

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日本のオークションにおいて最高額で落札されるファインアートの中では、西欧のアーティストの作品がその多くを占めてきました。工芸美術や骨董品、コレクターズアイテムを除いたファインアートのオークションに限定しても、1990年代の初頭から現在に至るまでに日本のオークションにおいて最高額で落札された50ロットのうち、21ロットが海外アーティストの作品でした。また、これまでの高額落札 作品トップ10のうち、6作品は西欧アーティストが手掛けたものでした。2022年に落札されたアンディ・ウォーホルの「Silber Liz(Ferus Type)」(1963 年)もその 1 つです。Shinwa Auctionに出品されたこの作品は、バイヤーズプレミアム(購入者が支払う手数料)を含め2,100万ドルに迫る価格で落札され、同年のアート市場における販売増に大きく貢献しました。

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近年は、草間彌生や藤田嗣治をはじめとする日本のアーティストの作品も、国内外市場で価格が上昇しています。草間彌生は、2023年オークションでの販売額で世界第9位でした。しかし、約1億7,600 万ドルにのぼる草間彌生の販売額のうち、取引件数でみると日本はおよそ3分の1を占めていますが、国内での販売額は12%に過ぎません。日本での販売額は、2013年には全体の17%でしたが、その後、作品の人気が世界的に高まるにつれて、徐々に低下してきています。草間作品の場合、海外オークションでの高額落札が多いことがわかります。国内オークションでは202作品が落札されていますが、100万ドルを超えるハンマープライスがついたのは、13点に過ぎません。このような傾向は、奈良美智のような現代アーティストになると一層顕著に認められます。2023年の販売額全体に占める日本の割合は3%に過ぎませんでしたが、販売作品数でみれば、日本は4分の1を超えています。こうした事実から、日本のオークション市場における低価格構造が浮き彫りになってきます。ただし、現代アート部門は別として、一部の物故アーティストの場合は、日本で開催されるオークション市場がより大きな意味を持つこともあります。例えば、2023年において、藤田嗣治の作品は、国内開催のオークションでの販売額が全体の42%(作品数では46%)を占めており、20世紀の画家である加山又造の全作品は国内オークションで販売されていました。

5. 国際間のアート取引  

日本は国内のアート取引だけでなく、世界市場においても重要なアートの購入者としての役割を果たしてきました。日本は、アジアにおいて歴史的に富裕層が多い国の一つであり、2023年におけるミリオネア人口はアジア第2位(世界第5位)となっています。2024年時点において、日本には世界のビリオネア人口の1%が在住するに過ぎず、この層に世界中の富の1%が集まっています。一方、米国にはビリオネア人口の29%が在住し、40%の富を握っています。また中国(香港を含む)では、世界の17%を占めるビリオネアに世界中の富の12%が集中しています。

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日本のコレクターはアート市場で歴史的に重要な存在であり、80年代末期のアート販売ブームの火付け役となりました。続く20年の間にその存在感は薄らぎましたが、個人・組織の双方において、往時よりも勢いは低下したとはいえ、アートの購入は続いており、注目される日本人コレクターも多く存在します。こうしたコレクターは、国内外の購入機会に顔を出し、いくつかの著名なコレクターリストに定期的に名を連ねています。米国に拠点を置くアートメディア『ARTnews』は、1990年以降、「トップコレクター200」というリストを毎年掲載しています。このリストから、年月の経過につれて、コレクターたちのバックグラウンドや所在がどう変化してきたかを知ることができます。「ARTnews トップコレクター200」2024年版のリストでは、5名の日本人コレクターの名前を確認することができ、アジア全体では、過去最高の33名が掲載されています。ただし、アジア地域のコレクター数が増加する一方で、アジアに占める日本人コレクターの割合や数は、1990年の半分にも満たない現状があります。当時のリストには12人の日本人コレクターが掲載されており、アジア域内では他を寄せ付けない勢いがありました。

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過去数世紀にわたり、アート売買の中心として揺るぎない地位を誇った欧米市場でしたが、1980年代後半になると、アート市場は日本人コレクターの購買力に負うところが大きくなりました。日本人コレクターは、当時市場に巻き起こったブームの火付け役となるとともに、のちの市場縮小を決定づけることにもなりました。1986年から1991年にかけて、大きく膨らんだ不動産価格や高騰する株式相場を受け、日本経済は資産バブルに沸いていました。戦後、日本は、1960年代から80年代にかけて、年平均8%という世界有数のペースで経済成長を遂げました。1970年代に政府が進めたマクロ経済政策の結果として、日本では貯蓄が大きく膨らむとともに、大幅な貿易黒字と円高が進行しました。この時期に進められた金融規制緩和と相まって、東京証券取引所の株式市場や不動産市場を中心に、強気な投機的動きが勢いを増しました。1989年末頃には、株価と不動産価格の双方が歴史的な高水準に達し、主要都市の地価は1970年から90年までの20年間で200%を超える上昇となりました。こうして、不動産市場では未曾有のバブルが発生したのです。

不動産価格と株価の高騰による富の蓄積と強い円をバックに、米ドル建てや英ポンド建ての美術品に対する購買力が強まったことから、1980年代末には、日本人によるアートの購入が著しく増加しました。その中心は、比較的知名度が高かった印象派やポスト印象派の作品です。このような動きは、価格上昇によって引き起こされた不動産市場での資産価値の増大によるところが大きく、需要誘発型バブルの様相が強かったのです。美術品の価格が急騰する中で、株式から得られるリターンや配当が低下しはじめると、投機筋がアート市場に流入するようになり、既に過熱気味であったアート市場をさらに煽り立てました。

経験の浅い購入者層がこのような日本人バイヤーの余剰資金を手にすることがしばしばあり、さらには、アートの資産価値に裏付けられたハイリスクの融資資金も供給されました。その結果、美術品の相場は急上昇し、中価格帯以下の作品に対してさえも、破格の金額が支払われていました。ブームが絶頂期にあった1990年、ディーラーとオークションハウスは、オークション入札者の3分の1(落札できたか否かは問わず)は日本のバイヤーだと指摘しています。残り3分の2は米国と欧州のバイヤーでした。

1990年までに、日本は世界の美術品輸入の 30%(価額ベース)を占め、英国や米国を凌いで最大の輸入国になっていました。この取引の大きな特徴は、購入者である日本への流入という、一方向限定の取引だったこと。日本からのアートの輸出は、当時の世界取引額全体の 0.1%にも満たなかったのです。 

しかし日本の隆盛は長くは続かず、インフレ対策の政策転換により不動産バブルは1989年末に急速に縮小し、1990年の終わりにはアートブームも終焉を迎えました。他資産のマーケットが崩壊し始めると、アート市場を支えてきた日本のバイヤーは、アートとは無関係の投資に関連する資金繰りの悪化のためにアートの購入を手控えるようになりました。こうして、世界のアート市場から購買力の1/3が消失し、需給は急激に縮小。オークションカタログは薄くなり、ディーラーは、バイヤーの関心の低下に気付いていました。わずか1年の間に、世界市場での売上が65%近くも減少し、市場から活気が失われてしまったのです。その後の15年間でアート市場は緩やかに回復したものの、日本の国際的な購買は以前ほど顕著ではなく、名目額ベースにおいても、日本のアート輸入額が過去の水準に戻ることはありませんでした。

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アートの輸入額は、1990年に記録した43億ドルには遠く及ばないものの、近年になって再び伸びを見せています。例えば、2018年の輸入額は6億1,600万ドルと、それまでの5年間で倍増しています。ただし、同年を境に輸入は再び減少に向かい、2023年は4億5,700万ドルでした。主たる輸入元は、フランス(27%)、米国(25%)、オーストリア(13%)です。

1980年代後半から2023年までの間、日本は一貫してアートの輸入超過国であり、国外市場に送り出すアートよりも多くのアートを輸入していました。2023年における日本のアート及び骨董品の輸出額は 2億1,800万ドルで、主な輸出相手国は中国(香港を含む:29%)、米国(24%)及び韓国(11%)です。輸出額は2018年の4億900万ドルでピークに達しました。2023年にはほぼ半減となり、10年前の2013年の水準をも下回っています。なお、2023年の輸出額は輸入額の半分程度となっています。

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これらの貿易データから、日本が依然として概ね内需市場であることが窺われます。すなわち、国際貿易の大部分が、海外からの購入に向けられているのです。輸出入の健全な流れは貿易を促進し価値を高めるために不可欠ではありますが、ディーラー調査では、2023年の対日貿易について、ディーラーの販売全体の 84%(価額ベース)が日本国内のバイヤーへの販売であると報告されており、販売の多くが内需にフォーカスしたものであることが明らかになっています。日本の国際貿易に関する上記の特徴も、同調査の方向性と一致しています。

6. 経済的影響 

上述したアート及び骨董品取引に関連するすべての事業は、販売、支出及び雇用を通じて、日本経済において重要な役割を果たしています。また、アート市場は、以前にも増して多彩なイベントを主催するとともに、国際アートフェアや展覧会のような、周辺産業に相当な規模の経済活動を創出し収益増に寄与しているイベントを間接的に支援しています。GDPに対して肯定的かつ重要な貢献をするとともに、政府の財政収入にも寄与しています。このような側面は、今回調査の範囲外でありますが、時間をかけることで測定・評価が可能と考えられます。

アート市場の雇用創出   

日本のアート及び骨董品市場を主に構成するのは、多数の知識集約型の小規模事業者です。アート及び骨董品の販売に特化した事業者だけで、非常に堅めに見積もっても、2023年のアート市場における事業者数は2,080を超えるとみられ、1万2,675人を超える雇用を直接的に生み出しています。この数字は、アート以外の物品やサービスの販売を兼業するオークション会社や小売業者を含まないので、雇用創出を通じたアート市場の経済的インパクトは、実際にはこれよりも大きいものとみられます。

さまざまな事業者が存在するものの、アーツ・エコノミクス社が2023年に行ったディーラー調査によれば、日本のディーラー部門における1事業者当たり平均従業員数は6名でした。この平均値には、30 人以上を雇用する少数の(全体の 4%)大規模事業者のデータが影響しています。一方で、調査対象事業者の3分の1強は、個人事業者又は2名で構成する小規模共同事業です。平均従業員数及び2023年現在で事業を行っているギャラリー総数に基づいて算出すると、日本のディーラー市場で雇用される従業員数はおよそ1万2,370人となります。

前述のとおり、ファインアート、工芸美術及び骨董品に特化したオークションハウスは15件程度存在します。準大手オークション部門の従業員数は、世界全体の中央値で20名程度であることから、2023年において、日本のオークション部門ではおよそ300人が雇用されていると試算されます。

この数字には、アート市場によって雇用を直接支えられている多くの関連分野、特に、生計を維持するために強力な国内市場に依存しているアーティストなどは含まれていません。上述したとおり、ディーラー調査によると、日本ではディーラー部門に属する事業者の63%がプライマリー市場で事業
を行い、アーティストの新作を取り扱っています。その中には、プライマリー市場専業の事業者と、セカンダリー市場でも販売を行う事業者が混在しています。国勢調査の結果によると、2020年時点で、日本には4万7,320人のビジュアルアーティストが存在しています。この数字には、彫刻家、画家、工芸作家が含まれ、そのすべてが、収入を健全なアート市場に依存しています。

アート市場は、日本全国の文化施設や博物館とも密接な関係性を持っています。2021年現在、全国には 5,771の博物館(登録博物館、博物館相当・類似施設を含む)が存在しています。うち、1,060は美術館で、1万8,000人強が雇用されているとみられます。アートフェアなどのイベントにも相当な規模の雇用創出効果があります。例えば、日本で行われている10のイベントで200人以上の雇用を生み出しているほか、広範な臨時雇用・関連雇用の機会を提供しています。

つまり、アート取引に従事する1万2,675人の雇用に加え、より広義のアート市場においては、直接的に関連する分野で少なくともさらに6万5,520人の雇用が創出され、合計で約7万8,200人の雇用を支えています。

アート市場に付随する消費支出 

アート市場自体が生み出す収益と雇用に加え、その多くの周辺産業やサポートサービスにも雇用創出効果があります。アートの取引には、外部のサポートサービスが広く利用されています。このようなサービスは多くの場合、高度に専門化されたニッチなビジネスであり、アート市場なしにはおそらく成立し得ません。美術品の保存や修復のような高度に専門的な技術は、アート取引のなかで高められるものであり、それ自体が専門化した業界を形成し、独自の学術施設や研修インフラを備えています。保険、梱包、輸送などの他の分野では、アート以外にも多くの産業で共通にサービスが利用されていますが、アート取引においては、こうしたサービスの範疇でも高付加価値のニッチビジネスを育成し、アート市場の買い手と売り手の専門的なニーズに応えてきました。そのような理由から、日本では、アート市場と骨董品市場なしには発展し得なかった専門的なスキルを支援・育成する役割を、これらの市場が担っているのです。

世界と日本のアート分野を対象として2023年に実施した調査結果に基づいて推計すると、控えめに見積もっても、平均でアート販売で得られる年間収益のおよそ20%(1億3,600万ドル)が、アート取引関連の周辺サービスや関連製品に投じられているとみられます。このような支出による雇用創出効果を正確に把握するためには、さらなる調査を要しますが、日本において、高度な技能が求められる専門的な業務での雇用の創出に、効果的に寄与していることは明らかです。

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上述の支出額及び雇用データには、アーティスト、博物館その他のアート関連施設、又はアート部門に属するアートフェア会社やイベント会社に付帯する支出額や業務は含まれていません。しかし、これらはすべて、アート部門に極めて大きな経済的インパクトを与えています。

さらに考慮すべき重要な要素の1つとして、アート市場とその関連産業に雇用される従業員のすべてが、得られた収入(賃金、給料、利益、賃貸料、配当)を経済に還元するならば、それが循環して、日本経済全体の広範な産業に、収入と雇用を生み出すという事実があります。経済全体に及ぶこの好循環は、波及効果又は「乗数」効果を通じて作用しています。すなわち、アート取引に伴う雇用の増大によって、経済全体の所得の増加に直接・間接的に寄与するだけでなく、この所得増加分の一部が、さらなる物品やサービスの購入に振り向けられることによって、より広範な効果がもたらされるのです。間接的または誘発的な効果の算出に適用される適切な乗数を得るためには、活動水準とサプライチェーンとの連関の程度を知る必要があります。連関が大きくなるほど、乗数も大きくなると考えられます。産業連関分析によって算出される乗数の大きさにはばらつきがあります。観光客を対象とするイベントの場合は平均で1.5ですが、アートに特化したイベントや産業の場合はもっと大きい値(2から3)になることが多くなっています。

最後に、アート市場とその関連活動は、売上、雇用所得、利益に対する税金や課徴金を通じて、日本政府の予算にも直接的かつ重大な貢献をしています。アート市場がもたらすインパクトを取りこぼしなく算出するには、このような要因をすべて織り込むとともに、経済全体にもたらされる波及効果を考慮することが極めて重要です。本調査報告は、アート分野における売上と雇用の規模を計測する試みとして、最初の一歩を印すものです。この分野が経済や社会、文化に及ぼしている極めて重大なインパクトについて、完全な形で概観するには、さらなる調査が必要でしょう。それによって、アート市場自体の規模とは不釣合いなほど大きな価値とリターンが創出されていることが明らかとなることでしょう。