執筆者:遠藤友香
日比谷公園 噴水広場の様子
東京都が主催し、エイベックス・クリエイター・エージェンシー株式会社が制作、運営、PR事務局を務める「Playground Becomes Dark Slowly」が、2024年5⽉12⽇まで⽇⽐⾕公園にて開催中です。
東京都は、四季を通じた花と光の演出によって、公園の新しい楽しみ⽅を届ける「花と光のムーブメント」を実施しています。今回新たに、花と光に「アート」を掛け合わせ、「Playground Becomes Dark Slowly」と題したアートインスタレーションを展開。⼤巻伸嗣⽒、永⼭祐⼦⽒、細井美裕といった3名のアーティストによる企画や展⽰を通して、アート体験を楽しむことができます。
本イベントのキュレーターは⼭峰潤也が務め、コンセプトは「公園という都市の隙間の中で変化していく⽇の光を感じながら、⾃然への想像⼒を駆り⽴てること」。⽇中は永⼭祐⼦の《はなのハンモック》を中⼼としたプレイグラウンド、夜は光を放つ⼤巻伸嗣の《Gravity and Grace》、また細井美裕がサウンドスケープの視点から⽇⽐⾕公園の⾳を収集し、再構築した《余⽩史》など、⼀⽇を通して公園で新たなアートを体感できます。
2024年4月26日に行われたプレス内覧会には、山峰潤也、大巻伸嗣、永山祐子、細井美裕、東京都生活文化スポーツ局長の古屋留美、そしてスペシャルゲストとして西内まりやが登壇。
古屋留美氏
古屋留美は「日比谷公園は120年前に設置された、非常に歴史の深い伝統ある公園です。この公園ができたときは、非常に新しいチャレンジングな取り組みがたくさん重ねられて、今の公園ができました。都民の方が新しい時代の文化に出会う、文化の発信拠点として日比谷公園は始まって、今も皆さんに愛されている、そういう公園です。この公園ができたときのように、都民の皆さんに新しい価値をお届けするっていうことをやっていきたいと思い、この花と光のムーブメントの取り組みをお願いしました。
新しい取り組みというのは、アートです。アートというのはどなたにも入口になる素晴らしい要素だと思います。洋花、洋食、洋楽と新しい要素を都民の方に価値として提供してきたこの公園で、新しくアートというものを上乗せし、より皆さんが楽しんでいただける公園にしたいーそういうことが、今回このプロジェクトをお願いした趣旨です」と述べました。
⼭峰潤也氏
⼭峰潤也は、今回のアートインスタレーションについて、以下のように語っています。
「日比谷公園だけではなく、公園というもの自体が、皆さんの記憶の中でどのような存在としてあるのか、日常の中でどういうふうに存在しているのかということを思いながら、今回二つの時間を大きく考えました。
幼少期の頃に、皆さん公園で遊ばれた記憶があると思いますが、暗くなってくると帰るわけですね。そんな暗がりの中で、虫の声だったりとか、小さなさえずりだったりみたいなものにだんだんと意識が向かっていく。
また子供から大人へと変わっていく時間というのは、日が暮れていくようにだんだんと進んでいく。大人になってから、公園というものの場所の存在が違って見えてくる。そういった意味では、公園には異なる時間、そしてそれぞれの人たちの物語がある場所だと思うんですね。
そういったことを踏まえ、このプレイグラウンドを象徴するような、花の上で展開する絨毯を永山さんに作っていただきましたし、また夜の暗がりの中で輝く大巻さんの作品もあります。そして、またその二つの象徴的な存在とは全く逆側のベクトルから、たくさんの人たちの集合体、音を拾って集めるることによって、色々な人たちのナラティブを感じることができる細井さんの作品など、様々な方向からの展開を考えて、このような企画としました」。
次に、各アーティストによる作品について、みていきましょう。
1.⼤巻伸嗣《Gravity and Grace》(会場:草地広場)
⼤巻伸嗣氏
「存在」とは何かをテーマに制作活動を展開する、アーティストの⼤巻伸嗣。環境や他者といった外界と、記憶や意識などの内界、その境界である⾝体の関係性を探り、三者の間で揺れ動く、曖昧で捉えどころのない「存在」に迫るための⾝体的時空間の創出を試みています。
《Gravity and Grace》
⼤巻伸嗣は作品《Gravity and Grace》について、「この作品は、2016年の「あいちトリエンナーレ」からスタートした作品なんですが、もっと言えば震災の後に原子炉の問題で、私達が関わらざるを得ないエネルギーの問題とか、そういった社会における自分たちの重力、見えない重力と、その音調たらしめるものは何だろうなっていうその問いを、震災以降の私達の日常の中で認識するために作った作品だったんですね。
昨年、国立新美術館で大きな展覧会をさせていただいて、美術館という箱の中で展示することができました。そこはやはり日常ではなくて、非日常的な空間で、作品を皆さんに見ていただくことができました。その非日常的な空間だからこそ、日常的なものを考えたりとかするような、先ほど⼭峰さんが二つの時間というお話をされましたが、違ったその側面を考えるきっかけにしたい。
屋外の公園の日常自体に、非日常的なアートの作品が関わったらどんな空間が生まれるのだろうか。もしくは非日常的なアートというものが、美術館というところでしか成り立たないかもしれないんですが、そういったものが美術館を出て、この日常空間に立ち現れたときにそれはアートになるのか。何かその問いが生まれるのか。またその関わりがどういうものを生み出していくのかっていう挑戦が、ここではできるんじゃないかなというふうに思って、どんどんどんどんそういうものが頭の中を巡っています」と語りました。
2.永⼭祐⼦《はなのハンモック》(会場:第⼀花壇)
永⼭祐⼦氏
1975年東京⽣まれの建築家 永⼭祐⼦。1998年昭和⼥⼦⼤学⽣活美学科卒業。1998年⻘⽊淳建築計画事務所勤務。2002年永⼭祐⼦建築設計設⽴。主な仕事に、「LOUIS V UITTON 京都⼤丸店」「豊島横尾館」「ドバイ国際博覧会⽇本館」「JINS PARK」「膜屋根のいえ」「東急歌舞伎町タワー」など。主な受賞歴に、JIA新⼈賞(2014)、World Architecture Festival 2022 Highly Commended(2022)、i FDesign Award 2023 Winner(2023)など。現在、2025年⼤阪・関⻄万博にて、パナソニックグループパビリオン「ノモの国」と「ウーマンズパビリオン in collaboration with Cartier」(2025)、東京駅前常盤橋プロジェクト「TOKYO TORCH」などの計画が進⾏中です。
《はなのハンモック》
永⼭祐⼦は作品《はなのハンモック》について、「今回こういうお話をいただいて、日比谷公園を訪れたときに、私は普段建築の設計をしてますので、ある意味敷地を見に来たみたいな形でどこに何を置くと、よりこの公園を新しい形で体験することができるのかなっていう目線で色々見て回りました。
一番最初に目に入ったのがこの広い芝生の広場で、そこに何か白い木が生えていて、お花がその足元を覆っているような形だったんですが、普段はそれはどちらかというと遠くから鑑賞するものとして置かれてると思うんですが、何かもうちょっと触れ合ってみたい。
例えば、お花畑があって素敵だなと思っても、その上に寝転がることは多分できないと思うんですが、何かこういったハンモックがあれば、その花畑に寝っ転がるみたいなのを、もしかすると体験できるんじゃないかといったことから、木を中心に花畑を作って、その上に寝っ転がる体験を作りたいなと思いました。
ハンモックは、実は海の漁網をリサイクルしたもので、海ゴミの問題とか、自然環境や気候変動みたいな、そういうものが私達の身近な問題としてだんだん迫ってきていると思うんですが、そういったものを教科書的に伝えるのではなくて、例えば子供が遊びを通して、実はこのハンモックは海の漁網を一度再生して作ったものなんだよっていう裏のストーリーにまで、興味を持ってもらえると嬉しいです」と述べています。
3.永⼭祐⼦《はなの灯籠》(会場:⼼字池)
《はなの灯籠》
永⼭祐⼦は、光の粒を携えた花⼀輪を、来場者の⽅々の⼿で⽔辺に浮かべてもらうワークショップ《はなの灯籠》に関して、以下のようにコメントしています。
「この場所を見に来たときに、⼼字池が最初に目に入ってきたのですが、ただどうしても鬱蒼と草が生えているので、なかなか水辺に近寄れないですが、今回水にこの光と花をセットにして浮かべるワークショップを予定していますが、そういった体験型のワークショップをやることによって、少し水辺に近づくきっかけができるんじゃないかなと思いました。
この公園はすごく色々なものが色々な場所に、すでにポテンシャルの高い状態であり、それをどうやって私が作った作品を通して新しく発見できるかってことが、私がすごくやりたかったことです。そういう自分にとっての公園みたいなのをそれぞれ発見してもらいながら、体験して、またそういった経験を持ち帰ってもらえたらなというふうに思っています」
4.細井美裕《余⽩史》(サウンドインスタレーション)(園内各所)
細井美裕氏
1993年⽣まれの細井美裕。マルチチャンネル⾳響をもちいたサウンドインスタレーションや、屋外インスタレーション、舞台作品、また、⾳を⼟地や⼈の記憶媒体として扱いサウンドスケープを再構築するなど、⾳が空間の認識をどう変容させるかに焦点を当てた作品制作を⾏っています。⻑野県⽴美術館、愛知県芸術劇場、NTT インターコミュニケーション・センター [ICC]、⼭⼝情報芸術センター[YCAM]、国際⾳響学会、⽻⽥空港などで作品を発表しています。
《余⽩史》
細井美裕は《余⽩史》について「普段、私は音の作品を作っていまして、今回大巻さんと永山さんが圧倒的なビジュアルの作品を作られることを、私が参加する段階で把握していたので、そうであればもう音に振り切っても大丈夫そうだと思いまして、作品としては日比谷公園の音をアーカイブする、公的にアーカイブするという、リサーチベースのプロジェクトになっています。
具体的には、私が信頼しているものの見方をしている作家さんやサウンドエンジニア、庭の研究者の方、公園も含む研究者の方々といった、普段は音を使ってない人の視点の録音もあってもいいんじゃないかと思いました。
そういった方々に1ヶ月くらいかけて、日比谷公園の色々なところを、彼らの主観で録音していただきました。将来的にその音のデータから、環境の状況を分析する可能性っていうのも踏まえて、人間の可聴域ではない帯域、例えばものすごい低い振動とものすごい高い音とか、とにかく普段聞こえていないこの環境をキャプチャーするための音データっていう収録もあわせて行ってまして、合計でおそらく50名以上の方に今回の録音に参加していただきました。
アウトプットとしては、公園の園内放送のスピーカーのみを使用することにしました。公園が過去鳴らしてきた音を、今この瞬間の音と重ねて出せたらいいなと思いました」とコメントしています。
西内まりや氏
スペシャルゲストとして登壇した西内まりやは「この歴史ある日比谷公園という場所に入った瞬間、遠くに見える皆さんの作品に、何かいつも公園に来ている感覚とまた違う、ワクワクした気持ちになりました。
先程、実際にハンモックに寝そべったのですが、そうやって何歳になっても公園に来て楽しめる空間ということ、またこういった機会が日本でももっともっと増えたらなって思っていたので、とても嬉しかったですし、たくさんの人に私も伝えていけたらなっていうふうに思いました」と述べました。
以上、⽇⽐⾕公園にて開催中の「Playground Becomes Dark Slowly」について、ご紹介しました。日の光と影の移り変わりをアートとして捉え、訪れる人々に新たな感動をお届する本プロジェクトを、ぜひ楽しんでください。
■「Playground Becomes Dark Slowly」
会期:2024年4⽉27⽇(⼟)〜5⽉12⽇(⽇)
会場:⽇⽐⾕公園(千代⽥区⽇⽐⾕公園)
時間:9:00〜22:00
⼊場:無料・予約不要
公式サイト:https://www.tokyo-park.or.jp/s...
※気象災害等により、イベントや⼀部サービスを中⽌・休⽌・変更することがあります。
※ご来園前に「Playground Becomes Dark Slowly」特設サイト・公園協会X(旧Twitter)にて最新情報
をご確認ください。
1977年の全米公開以来、40年以上にわたって世界中で愛され続けている「スター・ウォーズ」。銀河を巡る数々の伝説と、キャラクターが持つ無限の可能性への称賛は今なお根強く、何百万ものファンを魅了し続けています。
”光と闇の戦いを描く壮大なアドベンチャー“に、世代を超えて全世界の観客が熱中し、伝説の数々が生み出されてきました。
そんな「スター・ウォーズ」シリーズに結び付く「PASSION/STRENGTH/POWER」をテーマに、世界各国のアーティスト13名が、様々な「スター・ウォーズ」のキャラクターたちを表現するアートプロジェクト「STAR WARS EXHIBITION ”PASSION STRENGTH POWER”」が、ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社の協力の下、渋谷PARCO 4F「PARCO MUSEUM TOKYO(パルコミュージアムトーキョー)」にて、2024年5月13日まで開催中です。本展のキュレーションは、株式会社NANZUKAが担当しています。
本展にはスペイン人アーティスト、フリオ・アナヤ・キャバンディング(Julio Anaya Cabanding)、韓国人アーティスト、スティッキーモンガー(Stickymonger)とユーン・ヒュップ(Yoon Hyup)、 アメリカ人アーティスト、ヒブル・ブラントリー(Hebru Brantley)とダニエル・アーシャム(Daniel Arsham)、フランスからはニコラ・ジュリアン(Nicolas Jullien)、イギリス人アーティスト、ジェームス・ジャービス(James Jarvis)、そして本展キービジュアルを担当した日本人アーティスト佃弘樹の他、パブリックアートを制作する大平龍一、中村哲也、YOSHIROTTEN、TOKI、そして空山基が参加しています。各アーティストたちは、それぞれに思い入れのあるキャラクターたちを、様々な手法、メディア、スケールで独自の作品として制作。
「ミレニアム・ファルコン」
展覧会期と合わせて、大平龍一が制作した、「ダース・ベイダー」や「ミレニアム・ファルコン」の大型立体作品がパブリックアートとして登場しています。
度重なる特殊な改造によって、明らかに違法なレベルに達した「銀河系最速のガラクタ」宇宙船、「ミレニアム・ファルコン号」。「改造」「最速」をコンセプトに、大平がチェーンソーとバーナーを手に12分の1スケールで制作しました。渋谷 PARCO 1F公園通り側には「ミレニアム・ファルコン」、スペイン坂広場には象徴的な「ダース・ベイダー」と「ストームトルーパー」のパブリックアートが高さ3mスケールで登場。
また、本展では展覧会開催を記念した展覧会記念商品、例えばポスターやポストカード、ステッカーの販売も行われています。
その他、NANZUKAギャラリーに所属する中村哲也、佃弘樹、ジェームス・ジャービスの3名のアーティストが「スター・ウォーズ」の世界観を、スペシャルアートワークで落とし込んだ展覧会限定カラー・アディダス オリジナルスのシューズを数量限定で販売。ぜひ、お気に入りのアイテムを見つけてみてください。
本展のキービジュアルを制作した佃弘樹は、今回の作品について、次のように語っています。
『「スター・ウォーズ」のキャラクターのなかで一番好きなキャラクターは?と聞かれても多すぎて答えられませんが、「ダース・ベイダー」は別格です。「ダース・ベイダー」は、善と悪、生と死、親と子、それら全ての象徴でもあります。今回はそんな「ダース・ベイダー」が描けて光栄です』。
■「STAR WARS EXHIBITION ”PASSION STRENGTH POWER”」
会期:2024年4月26日(金)〜 5月13日(月)
時間:11:00-21:00
※入場は閉場の30分前まで
※最終日18時閉場
※営業日時は変更となる場合があります。渋谷PARCOの営業日時をご確認ください。https://shibuya.parco.jp/
※会場での混雑状況により入場待機列の形成及び整理券の配布を行う場合があります。
会場:PARCO MUSEUM TOKYO(渋谷PARCO 4F)
東京都渋谷区宇田川町15-1
入場料:一般 1,000円(税込)/小学生以下無料 ※その他、株主優待を含む割引対象外
滋賀県立美術館の外観
執筆者:遠藤友香
1984年8月26日に滋賀県立近代美術館として開館した「滋賀県立美術館」。 2017年4月1日から、改修工事のため長期休館し、2021年4月1日付けで、時代や傾向を限定することになる「近代」を館名から外し、滋賀県立美術館という名称になりました。
2021年6月27日に再開館し、目指す姿として「リビングルームのような美術館」を掲げるとともに、開館以来の作品の収集方針である「日本美術院を中心とした近代日本画」、「滋賀ゆかりの美術・工芸等」、「戦後のアメリカと日本を中心とした現代美術」に、「芸術文化の多様性を確認できるような作品」といった柱が一つ加わりました。
美術館というと、静かに作品を鑑賞しなければならないといった固定観念がありますが、滋賀県立美術館では、しーんと静かにする必要はなく、おしゃべりしながら過ごすことができるので、小さなお子さんがいる方にもおすすめ。飲食可能なキッズスペースも完備されており、お子さんと一緒に本を読んだり、休憩することもできます。展覧会を観覧しなくても利用可能です。
また、目が見えない、見えづらいなどの理由でサポートを希望される方や、その他来館にあたっての不安をあらかじめ伝えていただいた場合は、可能な限り対応してくれるので、安心して作品鑑賞を楽しむことができます。
そんな鑑賞者に優しい滋賀県立美術館で、開館40周年記念として2024年6月23日まで開催中なのが『つくる冒険 日本のアール・ブリュット45人―たとえば、「も」を何百回と書く。』展です。日本語では、「生(なま)の芸術」と訳されてきたアール・ブリュット。1940年代、フランスの画家、ジャン・デュビュッフェが、精神障害者や独学のつくり手などの作品に心を打たれ、提唱した美術の概念です。本展では、2023年に日本財団より受贈した、45人の日本のアール・ブリュットのつくり手による作品約450点を展示します。
たとえば、「も」を何百回と書いたり、他人には読めない文字で毎日同じ内容の日記を記したり、寝る間を惜しんで記号を描き続けたり―冴えたひらめきや、ひたむきなこだわりを形にするため、出どころの謎めいた発想と熱量をもって挑む、そんな冒険的な創作との出会いを楽しむことができます。
45人の作品が滋賀県立美術館に収蔵されるまで
2010年、フランス・パリのアル・サン・ピエール美術館で「アール・ブリュット・ジャポネ(邦訳:日本のアール・ブリュット)」展が開催されました。この展覧会では、滋賀を含む全国各地でその才能を見出された障害のある人や独学のつくり手たちの作品が日本のアール・ブリュットとして紹介され、話題を呼びました。さらに、会期後日本に戻ってきた作品群による巡回展が国内各地で開催され、逆輸入的に日本でもアール・ブリュットが注目を集めるきっかけとなりました。
本展に出品される45人の作品は、「アール・ブリュット・ジャポネ」展に出展された後、日本財団により所蔵されていたのもので、2023年にさらなる活用を目的に、アール・ブリュットを収集方針に掲げる国内唯一の公立美術館である本館に寄贈(寄託を含む)されました。これにより、本館は世界でも有数のアール・ブリュット作品のコレクション(731件)を有する美術館に。
5つの構成からなる展覧会
本展覧会は、「1.色と形をおいかけて」、「2.繰り返しのたび」、「3.冒険にでる理由」、「4.社会の密林へ」「5.心の最果てへ」といった5つのセクションで構成されています。
1.色と形をおいかけて
色と形、それはなにかをつくるとき、大切な要素です。本章の作品の中には、色と形をめぐる様々な試みをみることができます。まず、色。一つの色で描くのか、複数の色を用いて描くのか、配色に規則性を作るのか、それとも直感に従って画材を手にとってみるのか。
また形。モチーフの形に近づけていくのか、それとも離れていくのか、頭の中のとらえどころのないイメージを形にしてみるのか、いっそ手の動くままに任せてみるのか。
こうした思索や選択は、当然つくり手の内面ーひらめきや、気の迷い、動かす手の喜び、そういったものとも折り重なり、独自の色と形の表現が生み出されていくといえるでしょう。
本展の作品のなかにも、色と形をめぐる様々な試みをみることができます。その中には、つくり手のひらめきや、気の迷い、動かす手の喜びなどが透けて見えてくることでしょう。
村田清司
京都府生まれの村田清司は、滋賀県にある福祉施設「信楽青年寮」で暮らし、活動を行いました。1987年に絵本作家である田島征三に出会い、彼の助言により、他の作業よりも絵を描くことを優先した日々を送るようになります。
初期はマジックペンを用いて点描をしていましたが、その後パステルで描くようになりました。ほとんどの作品の中央には、顔と思われるものが描かれていますが、周囲を取り囲む色や形と混じり合っているのが特徴的です。
大梶公子
北海道生まれの大梶公子は、北海道深川市の福祉施設「あかとき学園」に所属し、制作を行いました。作品には、滲み重なり合った線で大小の人の顔が無数に描かれています。
彼女の作品の始まりは、無数に並んだ「丸」の中に「丸」を描き始めたことでした。それがいつしか目や鼻を思わせるものとなり、やがて手足や毛のような線が引かれるようになりました。しかし、作品が注目された途端に、彼女は「描かんよ」と宣言し、以後は制作しませんでした。
2.繰り返しのたび
本章では、繰り返しを中心とした作品を紹介します。繰り返されているものも様々で、自分の名前、お母さんの肖像、同じ内容の日記などなど……。
紙面を埋め尽くすかのような反復表現に、何か執念のような猛烈なエネルギーを感じる人もいるのではないでしょうか。ですが、例えば、日常の中で繰り返しに落ち着きを感じる、そんな経験はないですか? 梱包材の「ぷちぷち」を押し潰すことに夢中になったり、いつもの味噌汁の味にホッとしたり。
ここで紹介するつくり手たちの反復的表現には、人間にとって執念にも落ち着きにもなり得る繰り返しについて、考えるためのヒントを与えてくれることでしょう。
滋賀俊彦
京都府生まれの滋賀俊彦は、滋賀県甲賀市の福祉施設「信楽青年寮」で暮らし、制作を行いました。滋賀の母によれば、母がかけている眼鏡が頻繁に描かれているとのことであり、おそらく滋賀は、自身の母の姿を描いていたものと考えられます。
紙の両端は黒く塗りつぶされ、人間のような顔は、茶碗形をした輪郭に付けられた髪の毛、大きく飛び出した目で描かれています。そしてまっすぐに伸びている身体や、ただの線で描かれた腕や脚など、描き方は全て同じであることが特徴的です。
齋藤裕一
埼玉県生まれの齋藤裕一は、埼玉県川口市の福祉施設「工房集」に通い、制作していました。作品に描かれているのは「ひらがな」であり、例えば「も」や「はみ」が何度も繰り返されています。
文字はその日のテレビ番組が元となっており、「も」は「ドラえもん」で、「はみ」は「はみだし刑事」です。番組名に由来するひらがなを、何層にも重ねていくユニークな方法で、文字の集合とは思えないような、抽象的なイメージが生まれています。
3.冒険にでる理由
本章では、つくり手たち自身を捉えた映像を観ることができます。45人のつくるフィールドの多くは、障害者福祉施設や精神科病院などの福祉的現場です。こうした背景からも推察できるかもしれませんが、彼らのほとんどは美術作品を手掛けているという意識はなく、むしろ自分らしく生きていくことの延長線上として、つくるという行為を営んでいるといえるのかもしれません。
4.社会の密林へ
路上に落ちていたモノを拾い集めてつくったオブジェや、独特に着飾った派手な服装で町中を行くパフォーマンス、また自分の知る人々の顔、乗り物の精巧な再現など、ここでは自らが生きる社会を構成する人やモノへの関心を感じさせる作品を展示しています。
アール・ブリュットのつくり手たちは、これまでむしろ社会との関係の希薄さを切り口に語られることが多かったといえます。人知れず、黙々とつくり続ける、そういうイメージが重ねられることもしばしばあったといえるでしょう。
しかし、ここで鑑賞できる作品群には、必ずしもそのような印象は当てはまらないといえます。作品からは、むしろこの世界と繋がろうとする想いが感じ取れることでしょう。
八島孝一
大阪生まれ、大阪在住の八島孝一。八島の作品は、その材料の全てが「彼が拾い集めた物」でできています。大阪府大阪市の福祉施設「ぶるうむ此花」に所属する八島は、通所する施設の道すがら、拾ったものを持ち帰るという習慣があったようです。
1996年頃から、それらをセロハンテープで繋ぎ合わせて小さなオブジェをつくることを始め、2013年頃まで行っていたとされています。多数の素材を、それぞれの形状や特性を活用しつつミックスしたり、最小の組み合わせで的を射た形を表現したり、作品には八島の巧妙なアイデアが滲んでいます。
宮間英次郎
三重県生まれ、神奈川県在住の宮間英次郎。宮間は、大きな帽子と派手な衣服を身に着け、主に横浜を拠点に繁華街を自転車でゆっくりと回遊するパフォーマンスをしていました。
60歳の頃、ふと思いついてカップラーメンの容器を頭に被ってみると人が振り返り、それに造花を刺すと、さらに多くの人が振り返ったそうです。
こうした体験を経て、帽子や衣装はどんどん奇抜さを増していきました。金魚が入った瓶のついた重い帽子を片手で支えつつ、自転車で人混みを縫うようにして走っていく宮間は、やがて「帽子おじさん」として注目されるようになりました。
5.心の最果てへ
激しい感情を表明したり、やすらぎを求めたり、過去の記憶を掘り起こしたり、我を忘れて何かに没頭したりー本章で鑑賞できる作品からは、そういった心の動きを感じ取ることができるでしょう。
また、本章の展示の中には、精神科病院での長い入院生活の中でつくり続けていた人たちも含まれています。
冒険といえば、外の世界に果敢に飛び出していくようなイメージがあるかもしれません。しかし、つくる冒険においては、私たちの内側にある心も無限に広がる冒険の舞台ともいえます。では、その最果てに何があるか。ここにある作品は、自分でも言葉にすることができないような心の果てへアクセスするための方法であったともいえるのかもしれません。
秦野良夫
群馬県生まれの秦野良夫は、群馬県藤岡市の福祉施設「かんなの里」に所属し、制作を行いました。秦野の絵は、自宅に関する彼の古い記憶を描いたもの。しかし、本人があまり話さないため、彼の兄が作品を見るまで、誰も彼が何を描いているのか分からなかったようです。
彼は菓子箱を定規代わりに、ゆったりとしたペースで描きました。彼にとってこの絵を描くということは、頭の中にしか存在しない過去の自宅の景色を、紙の上に定着させていくような作業だったのかもしれません。
澤田真一
滋賀県生まれ、滋賀県在住の澤田真一。滋賀県栗東市にある福祉施設「第二栗東なかよし作業所」に所属し、制作を行っています。
表面全体を小さなトゲと線刻が覆う、個性的で力強い造形の作品を制作しています。作品のサイズや形状が様々であり、出来上がった作品は、スタッフたちによって丸3日間ほど薪を燃やして窯で焼かれ、炎ならではの自然なゆらぎのある赤茶色に色付いていきます。
展示作品は、2007年付近の澤田の作風であり、彼の制作スタイルは時代によって変わっていくため、現在の作品の姿形はまた異なります。
オープニングセレモニーの様子。(左から)保坂健二朗 滋賀県立美術館ディレクター(館長) 石川一郎 京都新聞社滋賀本社代表 吉倉和宏 日本財団常務理事 三日月大造 滋賀県知事
本展のオープニングセレモニーにおいて、滋賀県立美術館ディレクター(館長)の保坂健二朗氏は「今から11年前の2013年に、滋賀県出身の澤田真一さんがヴェネチア・ビエンナーレの日本館ではなく、むしろそちらの方がすごいのですが、企画展の部門に招待されて大きな話題を呼んだことは、ご記憶の方もいらっしゃるかと思います。
ヴェネチア・ビエンナーレに出展されたことを始めとして、例えば澤田さんの作品を始めとする日本のアール・ブリュットというものが今、世界中の美術館で、あるいはギャラリーの中で、あるいはコレクターによって注目の的になっており、欲しいぞとなっています。
国立の近代美術館が入っているパリのポンピドゥー・センターは、2年前の2022年に、約900点のアールブリュットの作品を受贈しました。「ABCDコレクション」という大きなコレクションがあって、実は2008年に当館もそのコレクションの展覧会を開催しているのですが、そのABCDコレクションを、パリの国立近代美術館が受贈したんですね。
これはなかなかすごいことでして、要するにパリの国立近代美術館ポンピドゥー・センターというのは、いわば世界の美術史を作ろうとしてきたところで、その美術館がアール・ブリュットを収蔵するというのは、これまでのスタンダードを変えていこう、女性の参加を検証しようとか、アフリカや黒人のアートとか、色々なものをきちんと評価していこうという動きの中で、プロではない作り手の作品もきちんと評価していこうではないかということを、世界のリーディングミュージアムが考えているということを示すわけです。
900点、ポンピドゥー・センターが受贈したのですが、澤田さんの作品が何点含まれているかというと4点です。少ないじゃないかと思われるかもしれないんですが、ポンピドゥー・センターに4点作品が入るってのは結構すごいことなんですね。
ABCDコレクションの場合には、元々3000点規模の作品があって、そのうち900点を選んでいるわけですが、そのうちの4点が澤田さんの作品だというところで、どれだけ彼らが澤田さんの作品に注目しているか、また澤田さん限らず、他の日本の作家も入っているんですが、そうしたことが見ていただけると思います」と述べました。
以上、滋賀県立美術館開館40周年記念として開催中の『つくる冒険 日本のアール・ブリュット45人―たとえば、「も」を何百回と書く。』展についてご紹介しました。生きるうえでの彼らのモチベーションにもなっているであろう制作された作品を鑑賞し、彼らの想いに寄り添ってみていただけますと幸いです。
■滋賀県立美術館開館40周年記念『つくる冒険 日本のアール・ブリュット45人 ―たとえば、「も」を何百回と書く。』
会期:2024年4月20日(土)〜6月23日(日)
休館日:毎週月曜日(ただし休日の場合には開館し、翌日火曜日休館)
開館時間:9:30-17:00(入場は16:30まで)
会場:滋賀県立美術館 展示室3
滋賀県大津市瀬田南大萱町1740-1
TEL:077-543-2111 (電話受付時間 8:30~17:15)
観覧料:
一般 950円(800円)
高校生・大学生 600円(500円)
小学生・中学生 400円(300円)
※お支払いは現金のみ
※( )内は20名以上の団体料金
※企画展のチケットで展示室1・2で同時開催している常設展も無料で観覧可
※未就学児は無料
※身体障害者手帳、精神障害者保健福祉手帳、療育手帳をお持ちの方は無料
つくる冒険 日本のアール・ブリュット45人 ―たとえば、「も」を何百回と書く。 | 滋賀県立美術館 (shigamuseum.jp)
世界屈指のミックスカルチャー都市である東京を舞台に、デザイン、アート、インテリア、ファッション、テクノロジーなど、都内各所で多彩なプレゼンテーションを繰り広げる回遊型イベント「DESIGNART TOKYO」。8年目を迎える「DESIGNART TOKYO 2024」は、2024年10月18日(金)から10月27日(日)の日程で開催されます。昨年のべ21万人の来場者が訪れた日本最大級のデザイン&アートフェスティバルです。
今年のテーマは「Reframing -転換のはじまり-」
これまでの概念や枠組みにとらわれず、別の視点から見つめ直すーまだ誰も見たことのないものをつくるために、熟考を繰り返し、手を動かし続けることには、大きな価値があります。社会を前進させる画期的なアイデアや、自由で心躍るクリエイションは、その営みから生まれてくるのかもしれません。人々の感性に刺激を与え、日々に喜びをもたらすデザインやアートは、見る人の新たな視点を引き出し、次の時代を拓く原動力となるでしょう。手繰り寄せたい未来は、自分を信じて、動き続けた先に、いつもの日常を変える、「DESIGNART TOKYO 2024」が始まります。
フォトグラファー小川真輝によるキービジュアルを公開
「DESIGNART TOKYO 2024」のキービジュアルは、今年のテーマ「Reframing -転換のはじまり-」をイメージソースに、スティルライフフォトグラファーとして様々な媒体や広告などで活躍する注目の写真家、小川真輝が撮影しました。
日用品やデザインプロダクトなどいつも目にしている被写体も、視点を変える(リフレーミング)ことで、新しい発見と美しく変貌する可能性を持っている、それに気付く感性と視点、追及し続ける姿勢へのリスペクトを、今年のテーマと重ねて4種のビジュアルで表現しました。本作品は会場のファサード、サインやツールなど多様な媒体に形を変えて、開催エリアに展開予定です。
小川真輝は「一度は目にしたことのある日用品やプロダクトを撮影しました。回転させる事で形や色に変化をもたらし、境界は曖昧になり、互いが混ざりながら新たにイメージをつくります。この残像は、見る人に普段とは異なる視点や気づきのきっかけになればと思い制作しました」と述べています。
PLAN A 、PLAN B・ PLAN C(第2期)出展エントリーを募集中
2024年3月1日よりエントリーを募集しておりますが、すでに多くの方にエントリーをいただいています。DESIGNART TOKYOでは現在、PLAN Aの募集を行っています。尚、 PLAN B・ PLAN C(第2期)につきましては、4月30日(火)が最終のエントリー締切でした。
エントリー期間:PLAN A 2024年3月1日(金)~ 5月31日(金)
エントリーページ DESIGNART TOKYO 2024 ENTRY – DESIGNART
オンライン個別相談
実施期間 〜5月31日(金)まで 平日11:00ー18:00
DESIGNART TOKYOはオンライン個別相談も受け付けており、下記項目をご記入の上、exinfo@designart.jpまでご連絡ください。担当者より追ってご連絡します。
(お名前(フリガナ)、ご連絡先(メールアドレス、電話番号)、会社名(ブランド名)、URL(ウェブサイト・SNS)、ご希望日時(第1希望、第2希望)、ご相談内容)
世界から新しい叡智が集結する「DESIGNART TOKYO」に、ぜひご期待くださいね!
■DESIGNART TOKYO 2024
会期:2024年10月18日(金)〜10月27日(日)の10日間
エリア:表参道・外苑前・原宿・渋谷・六本木・広尾・銀座・東京
発起人:青木昭夫(MIRU DESIGN)/川上シュン(artless)/小池博史(NON-GRID・IMG SRC)/永田宙郷(TIMELESS)/アストリッド・クライン(Klein Dytham architecture)/マーク・ダイサム(Klein Dytham architecture)
オフィシャルウェブサイト:https://designart.jp/designarttokyo2024/
(左から)国立新美術館長 逢坂恵理子氏、M+館長 スハーニャ・ラフェル氏
M+ signs MOU with The National Art Center, Tokyo, Japan Photo: Winnie Yeung @ Visual Voices Courtesy of West Kowloon Cultural District Authority
執筆者:遠藤友香
©国立新美術館
©The National Art Center, Tokyo
芸術を介した相互理解と共生の視点に立った新しい文化の創造に寄与することを使命に、2007年、独立行政法人国立美術館に属する5番目の施設として開館した国立新美術館。以来、コレクションを持たない代わりに、人々がさまざまな芸術表現を体験し、学び、多様な価値観を認め合うことができるアートセンターとして活動しています。具体的には、国内最大級の展示スペース(14,000㎡)を生かした多彩な展覧会の開催や、美術に関する情報や資料の収集・公開・提供、さまざまな教育普及プログラムの実施に取り組んでいます。
The MOU signing ceremony at the Hong Kong Palace Museum raised the curtain for the Hong Kong International Cultural Summit 2024 Photo: Winnie Yeung @ Visual Voices Courtesy of West Kowloon Cultural District Authority
この度、3 月24日に国立新美術館長の逢坂恵理子は、WKCD(香港西九龍文化地区)で開催された香港国際文化サミット2024において、現代美術館M+(エムプラス)との国際連携に関する覚書に調印しました。
M+, Hong Kong Photo: Kevin Mak © Kevin Mak Photo: Courtesy of Herzog & de Meuron
M+は、香港の西九龍文化地区に位置し、近現代の視覚文化を紹介するアジア最大級の美術館です。20世紀から21世紀にかけてのビジュアル・アート、デザイン、建築、ムービング・イメージ、香港のビジュアル・カルチャーの収集、展示、解釈を専門としています。
イギリスのテート、フランスのポンピドゥ・センターなど世界各地の主要な芸術文化機関と並び、国立新美術館は、今回M+とパートナーシップを締結する唯一の日本の機関です。このパートナーシップでは、両館のキュレーターが展覧会を共同企画いたします。1990年代から2000年代の日本の現代美術に焦点をあてた企画です。
今回のパートナーシップ締結に際して、逢坂は「この国立新美術館とM+共同企画では、両館のキュレーターが、海外と日本からの視点により、日本の現代美術の20年を振り返り検証します。グローバル化と内向化が加速したこの時代特有の現代美術を、複数の文脈から紐解く展覧会となるでしょう」と述べています。
本展覧会は、2025年秋より国立新美術館を会場に開催し、主催は国立新美術館、共催はM+となります。展覧会の会期等、詳細は2024年秋頃発表予定です。
Tate Modern from North Bank © Tate Photography
執筆者:遠藤友香
1921年、フィレンツェで創設された「GUCCI(グッチ)」は、世界のラグジュアリーファッションを牽引するブランドのひとつです。ブランド創設100周年を経て、グッチはクリエイティビティ、イタリアのクラフツマンシップ、イノベーションを称えながら、ラグジュアリーの再定義への歩みを続けています。グッチは、ファッション、レザーグッズ、ジュエリー、アイウェアの名だたるブランドを擁するグローバル・ラグジュアリー・グループであるケリングに属しています。
この度、グッチは、5月13日(現地時間)にロンドンで予定している2025年クルーズ コレクションのファッションショーを「Tate Modern(テート・モダン)」で行うことを発表しました。
ロンドンのダイナミックな文化的景観を背景にしたテート・モダンは、クリエイティブ・ディレクター サバト・デ・サルノによるグッチ2025年クルーズ コレクションのビジョンを発表するのに理想的な舞台です。テート・モダンは、創造と対話の拠点であり、多様な視点からの意義深い会話や議論を生み出し、文化交流を促進する場所です。ここでは、アートと建築の相互作用がイノベーションを鼓舞し、ロンドンという都市そのもののように、さまざまな境界を超える挑戦を促す環境を創出しています。
サバト・デ・サルノは長年にわたり幾度となくロンドンを訪れ、この街の多様な文化に深く触れてきました。その経験をインスピレーション源に、さまざまなアイデア、スタイル、個性の集結とそのコントラストがもたらす豊かなクリエイティビティを掻き立てるロンドンのエッセンスを表現します。
グッチとロンドンとの関係は深く、グッチオ・グッチによるブランド創設の前にまで遡ります。グッチオにとって1897年にロンドンで過ごしたことは、ラグジュアリーとクラフツマンシップへの理解を深める重要な瞬間となりました。ザ・サヴォイ ホテルでポーターとして働き、ロンドンの活気ある文化の中心といえる場所に身を置いた体験から、後にグッチのブランド アイデンティティを確立する洞察力を得たのです。
テート・モダンでの2025年クルーズ ファッションショーの開催にあたり、グッチはアート、ファッション、そして伝統の融合をテーマの中心に据えています。この機会は、グッチの輝かしい歴史をたたえるだけでなく、多様な文化的背景を尊重し、その交流と対話を育むというブランドのコミットメントを再確認するものであり、グッチの物語を通して、場所、人々、モーメント、美意識の相互作用を体現しています。
グッチは、責任ある企業として文化的に重要な場所やそのコミュニティにポジティブな影響を与える取り組みを推進しています。その一環としてテート・モダンで2024年秋に開催される「Electric Dreams」展を支援するほか、若手クリエイターとともにテート・モダンの活動を支援する3年間のパートナーシップを締結しました。グッチとテート・モダンは、インクルーシビティとエンパワーメントを高めるという共通のコミットメントのもと、コミュニティ内の積極的な交流を促進し、多様なオーディエンスのクリエイティビティを刺激することを目指します。
執筆者:遠藤友香
寺田倉庫は1950年の創業以来、美術品、ワイン、映像フィルムなど、専門性の高い保存保管事業を展開してきました。1970年代から手掛けてきた美術品保管に加え、ミュージアム、ギャラリーコンプレックスの運営、グループ会社では輸配送、展示、梱包修復も手掛けており、寺田倉庫は日本のアート業界におけるリーダーシップカンパニーの一つとして知られています。寺田倉庫が本拠地とする東京・天王洲は、国際的なアートシティとして最近注目のエリアです。
そんな寺田倉庫が運営する、2020年12月に天王洲にオープンした「WHAT MUSEUM(ワットミュージアム)」では、2024年8月25日(日)まで、「感覚する構造 - 法隆寺から宇宙まで -」を開催中です。現存する世界最古の木造建築「法隆寺五重塔」から、現在開発中の月面構造物まで、建築の骨組みを創造してきた「構造デザイン」に焦点を当てた展覧会です。前期展から作品を大幅に入れ替えてスケールアップし、100点以上の名建築の構造模型を展示する寺田倉庫過去最大の建築展です。
日本には世界に誇る建築家が数多く存在しますが、建築家の仕事を支える構造家の存在はあまり知られていません。重力や風力といった力の流れや素材と真摯に向き合い、その時代や社会とともに創造してきたのが建築の構造デザインです。専門性の高い構造デザインの世界ですが、建築の「骨組み」の模型を見たり、模型に触れたりして、その仕組みを分かりやすく紹介します。
今回の後期展では、近年サステナブルな建材として注目が高まる木材を用いた建築にフォーカス。日本の伝統的な木造建築から最先端のものまでを取り上げ、木造の特質を歴史的に俯瞰し、未来の木造建築の可能性を考察します。また、構造デザインを応用したファッションや宇宙開発など、他領域との横断的な取り組みを通じて、構造デザインの広がりを提示します。開催期間中には、展覧会に関連した書籍の出版や、トークイベント、パフォーマンスイベント、ワークショップなども予定しています。
なぜ今、木造建築に注目が集まっているのか?
円相 滋賀県立大学 陶器浩一研究室
木材は再生可能な資源であり、金属類やコンクリートなどに比べて、製造や加工に必要なエネルギーが少ないことが特徴です。木造建築は二酸化炭素を吸収した状態の木材を使用することで、長期間炭素を固定することが可能であり、脱炭素に貢献するサステナブルな建物であるともいえます。また、木材を活用し適切に森林を循環させることは環境の保全につながります。木は環境の変化を受けやすい素材ですが、構造上の工夫を加えることで、その特性を補うことができます。さらに、木質建材の発展や法改正を受け、木造建築は進化し続けています。近年では、新しい材料を用いた「STROOG 本社」や「水戸市民会館」、「Port Plus」のような大型の木造建築が増えています。
日本には古くから木造建築が多く、特有の技術が蓄積されており、様々な技法や構造があります。本展では、小さな木材を組み合わせている「錦帯橋」や「エバーフィールド木材加工場」、直径1.2m程の大きな柱を用いた「東大寺大仏殿」などの模型を通して、同じ木造建築でも木材のサイズや構造に違いがあることがわかります。
4つのテーマで構成されている「感覚する構造 - 法隆寺から宇宙まで -」
後期展は、WHAT MUSEUM1階と2階で、次の4つのテーマから展示が構成されています。
1.伝統建築と木造の未来
2.次世代を担う構造家たち
3.構造デザインの展開
4.宇宙空間へ
それでは、各テーマ毎にみていきましょう。
1.伝統建築と木造の未来
法隆寺 五重塔 模型所蔵:本多哲弘 模型製作:本田長治郎
伝統的な日本の木造建築から、最新の現代木造建築までを俯瞰し、木造の特質と可能性を提示します。法隆寺五重塔や松本城などの歴史的な木造建築物にはじまり、近代の木構造、そして葉祥栄と松井源吾、内藤廣と渡邉邦夫、隈研吾と中田捷夫、三分一博志と稲山正弘、藤本壮介と腰原幹雄といった、建築家と構造家の協働による現代の木造建築までの構造模型を展示します。森林資源である木材からなる建築を、寸法や接合部、構造システムの視点で歴史的に俯瞰し、未来の可能性を考察します。
例えば、法隆寺五重塔の模型は、大工の田村長治郎が図面から一人で制作したものです。田村は伝統的な建築にも関わった経験があり、現存する世界最古の木造建築である法隆寺に興味を抱きました。「どうやって作ったのかを知りたい。一度自分で作ってみたい」という好奇心から、昭和九年から行われた「昭和の大修理」の資料を取り寄せ、部材を一つずつ作り、組み上げました。当時の実測の記録から数値を割り出す過程で、数値的な構造の美しさに気づき、建立時(飛鳥時代)の技術の高さに改めて驚きを覚えたといいます。
現存する五重塔は、度重なる地震にも耐えています。その理由は、塔の上から下まで通った心柱が制振構造のような動きをしているためといわれています。この仕組みは、東京スカイツリーにも応用されています。本展では、法隆寺の鍵となる骨組みを、古代から近代までの幅広い木造建築の模型と比較しながら鑑賞することができます。
2.次世代を担う構造家たち
建築家とコラボレーションし、構造デザインを創造する構造家の存在は、世界をリードする日本現代建築の独自の源泉です。斎藤公男、渡邉邦夫、中田捷夫など26人の構造家のインタビュー映像を通して構造家の思想と哲学に迫ります。PHILOSOPHY、DESIGN、PRACTICEをテーマに、3つの映像に編集しています。構造家の美学と感性が宿る言葉をお聞きください。
また、下田悠太や荒木美香といった、注目すべき若手構造家の作品から、今後の構造デザインの展開を示します。
3.構造デザインの展開
構造デザインで得た幾何学の知見を生かした、ファッションや地図図法など、異なる領域との横断的な取り組みを展示します。空間デザインから構造デザインを体感できます。
日常生活において、私たちは無意識に構造デザインに触れています。家をはじめとする建物はもちろん、身の回りの様々なものも力の流れを考慮した構造になっています。例えばキャンプに行くときは、テントをコンパクトに畳んで持ち運び、目的地で広げてその中で過ごすことができます。畳んだ状態から展開すること、また広げて安定させるということには、どちらにも構造の考えが見て取れます。
4.宇宙空間へ
飛び移り試験用実大多面体 / 滞在モジュール 東京大学大学院 新領域創成科学研究科 佐藤淳研究室、佐藤淳構造設計事務所 模型所蔵:東京大学大学院 新領域創成科学研究科 佐藤淳研究室
地球上での構造デザインを、宇宙空間へ展開する取り組みを紹介します。現在、東京大学大学院 新領域創成科学研究科の佐藤淳准教授らとJAXA(宇宙航空研究開発機構)が開発する、人が月に滞在するための月面構造物の原寸大模型を展示します。
月での長期滞在を想定したものですが、実現するには建築材を軽量かつ小型化し、ロケットで月に運ぶ必要があります。また、宇宙空間においては作業の工程を少なくし、スムーズに展開することが求められます。そのために「飛び移り現象」が活用されます。これは、凹凸のある面で裏返りが生じる現象であり、髪を留めるピン(パッチン留め)の動きでもみられます。
このように、身の回りの物事を紐解くと、物にかかる力の流れや物の仕組みが明らかになります。構造デザインは、建築物以外にも有効な視点といえるのです、本展では、月面構造物の開発過程を模型でみることができます。紙やプラスチック、アルミなどの様々な材料を使い、より小さく折り畳んで、月面で展開するための構造を試行錯誤してきた様子を展示しています。
近藤以久恵氏
最後に、WHAT MUSEUM建築倉庫ディレクターである、本展を企画した近藤以久恵のコメントをご紹介します。
「我々人類は、地震力や風力はじめ自然の力学が及ぶ世界に生き、建築における力の流れをどうデザインしてきたのでしょうか。地球という重力空間において、力の流れや素材と真摯に向き合い、時代や社会の変化の中で技術と芸術を融和させ、創造してきたのが構造デザインの世界です。
本展では、建築の創造において重要な役割を果たしてきた、世界に誇る日本の構造家と構造デザインを紹介します。日本の伝統的な建築物の木構造から現代木造建築、そして、宇宙構造物に至るまでを取り上げ、4つのテーマから構造デザインの広がりを提示します。会場では、構造模型に触れ、建築の構造を感覚することを通して、自らが住む世界に働く力の流れと自身の感性との結びつきを感じ、構造デザインという創造行為の可能性とその哲学を体感することができます。ぜひこの機会に、幅広い方に構造デザインの世界を体感していただければと思います」。
■「感覚する構造-法隆寺から宇宙まで-」
会期:2024年4月26日(金)~2024年8月25日(日)
会場:WHAT MUSEUM 1階・2階(〒140-0002東京都品川区東品川2-6-10寺田倉庫G号)
開館時間:火~日11時~18時(最終入場17時)
休館日:月曜(祝日の場合、翌火曜休館)
入場料:一般1,500円、大学生/専門学生800円、高校生以下無料
※チケットはオンラインにて事前購入可能
※本展会期中に何度でも入場できるパスポートを販売
展覧会パスポート2,500円(本展と同時開催中の展覧会とセットで鑑賞可能)
※当ミュージアムの「建築倉庫」では、建築家や設計事務所からお預かりした600点以上の建築模型を保管しており、その一部を公開しています
料金:建築倉庫入場料700円、セットチケット(本展入場料+建築倉庫入場料)2,000円
執筆者:遠藤友香
サッカー日本代表の中田英寿が代表を務める株式会社JAPAN CRAFT SAKE COMPANY は、2024年4月29 日(月・祝)まで、「六本木ヒルズアリーナ(東京都港区六本木)」にて、日本食文化の祭典「CRAFT SAKE WEEK 2024 at ROPPONGI HILLS」を開催中です。
中田英氏寿氏 PHOTO BY KAZUMI KURIGAMI
「CRAFT SAKE WEEK」とは、オーガナイザーである中田英寿が日本全国を巡り、日本酒、農業、工芸を中心に数多くの生産者と出会い、日本が誇る文化や技術に触れる中で、特に日本酒の奥深さと可能性を強く感じたことから、「日本文化の素晴らしさを多くの人たちに伝えたい」と2016年にスタート。全国選りすぐりの日本酒にクローズアップし、日本酒の魅力や日本酒と密接な関係にある食文化を発信しています。これまでに東京・六本木だけでなく、博多や仙台などの地方都市でも開催し、延べ80万人の方が来場しました。
「CRAFT SAKE WEEK 2024 at ROPPONGI HILLS」は過去最⻑の12日間の開催となり、全国から厳選された酒蔵120蔵と予約困難な有名レストランをはじめとする15店のレストランが出店します。期間中、毎日異なるお酒のテーマを設けており、開催初日の4月18日(木)は、「頑張れ、北陸!!の日」をテーマに、北陸エリアの酒蔵10蔵が参加。北陸の魅力と活力を再び輝かせ、今年1月の震災からの復興への道を歩む、北陸の日本酒を飲んで酒蔵を応援しました。12時のオープン後、スタートを待ちわびた多くの来場者の方々が日本酒や食事を楽しみ、会場は賑いをみせました。
期間中、毎日異なるお酒のテーマを設けており、例えば4月20日のテーマは「東の星の日」。数多くの酒蔵が存在する東日本。清らかな水源や厳しい冬の寒さが日本酒の醸造に最適な環境をつくりあげ、その結果として生まれる日本酒は洗練された味わいと深い風味が特徴です。東日本の未来を背負って立つ、新政(新政酒造 / 秋田県)、飛良泉(飛良泉本舗 / 秋田県)、黄金澤(川敬商店 / 宮城県)、山の井(会津酒造 / 福島県)、会津娘(高橋庄作酒造店 / 福島県)、赤武(赤武酒造 / 岩手県)、仙禽(せんきん / 栃木県)、山形正宗(水戸部酒造/ 山形県)、田光(早川酒造 / 三重県)、日日(日々醸造 / 京都府)といった10の酒蔵が集結しました。
また前半の参加レストランは、「誇味山」、「TexturA(テクストゥーラ)」、「エリオ・ロカンダ・イタリアーナ」、「白」、「Naomi Ogaki」の5店舗が出店。
本日からスタートした後半の6日間は、「お茶と海苔 山本山」、「みそめぼれ」、「メゾンドシャルキュトリーM」、「チーズ王国」、「kitchen NIHONMONO」と、素材や調味料の生産を通して、日本の食を応援する生産者が届ける5店舗のレストランが出店。
最終日の4月29 日(月・祝)には、フレンチの巨匠・ロブション氏の愛弟子として、世界各国で活躍している須賀洋介氏による「SUGALABO」(東京・神谷町)、2007 年のオープン直後から「最も予約が取れない焼き鳥店」として、世界的料理ガイドで2011年から現在まで星を獲得し続けている「鳥しき」、漁業、農業、酪農が盛んな千葉県山武市ののどかな田園風景に囲まれながらも、全国からゲストが訪れるイタリアンレストラン「Ushimaru」、京都・東山の静寂な泉湧寺の敷地内に店を構え、中心地から離れた立地でありながら、食べた人を虜にする齋藤シェフによる独創的な料理が評判を呼ぶ、予約至難の中華料理「齋華」(京都・東福寺)、札幌で多くの飲食店をプロデュースするほか、JAL のファーストクラスの食事も監修する三枝展正氏による、北海道の厳選食材をテーマに日本酒がすすむ味を追求する「みえ田」の5店舗が出店します。
今年の会場デザインは、アートの島として注目を浴びる直島の小さな入江にあるグランピング施設「SANA MANE」の中心に建つ有機的な木のサウナ「SAZE」の設計や、グッドデザイン賞を受賞した「SHAREtenjincho」はじめ、TAILAND/隈研吾建築都市設計事務所などで活躍する、建築家の隈研吾を父に持つ新進気鋭の建築家 クマタイチが担当。
クマタイチ氏 ©Taro Hirano
クマタイチは、東京大学大学院修士課程で建築を学び、ドイツ・シュトゥットガルトへ留学。帰国後に東京大学大学院博士号取得。アメリカ・ニューヨークの設計事務所勤務を経て、2021 年に建築の設計から運営までを行う「TAILAND」を主宰しました。隈研吾建築都市設計事務所の取締役・パートナーも務めています。
本会場は「SAKA-MORI」をコンセプトとして、まるで森のような、自然のままの木や葉で空間が構成され、直径3.2 メートルの半球の杉玉が吊るされています。会場を見たお客様からは「六本木にいるのに、森に囲まれているような不思議な感覚!」と六本木に現れたモリで、人間の原始的な楽しみであるSAKE を味わい楽しむという感覚を呼び起こす、祝祭的な場を堪能した様子でした。
その他、株式会社マッシュスタイルラボのライフスタイルブランド「UNDERSON UNDERSON」協力のもと、オリジナルTシャツを制作し、数量限定で販売。販売した収益は、令和6年能登半島地震で特に被害の大きかった石川県の酒蔵に「石川県酒造組合連合会」を通して、義援金として全額寄付します。
株式会社ロッテは、チョコレート事業が60周年を迎えたことを記念して、イベントブース「チョコ meets CRAFT SAKE」を展開。本ブースでは、120蔵から1銘柄ずつ、一日10種のお酒とガーナチョコレートのマリアージュを日替わりで楽しむことができます。
日本酒や日本文化の奥深さや楽しさに触れ、様々なジャンルのお料理とのペアリングを通して“新しい日本酒体験”に出会うため、ぜひ本イベントに足を運んでみてはいかがでしょうか。
■「CRAFT SAKE WEEK 2024 at ROPPONGI HILLS」
日時 : 2024年4月18日(木)~29日(月・祝)/各日12:00~21:00 (L.O. 20:30)
場所 : 六本木ヒルズアリーナ(東京都港区六本木6丁目9-1)
参加蔵数 : 各日10蔵 計120蔵
レストラン数 : 15店
料金 : スターターセット 3,900円(オリジナル酒器グラス+飲食用コイン11枚)
※2回目以降のご来場の際は、スターターキットのグラスを持参いただくと、追加コイン購入のみでお楽しみいただけます。
ウェブサイト : http://craftsakeweek.com/
公式アプリ : Sakenomy https://www.sakenomy.jp/
執筆者:遠藤友香
KYOTOGRAPHIEコンシェルジュによる総合・周辺観光案内所「インフォメーション町家 八竹庵(旧川崎家住宅)」では、レンタサイクルの貸し出しも。
世界屈指の文化芸術都市・京都を舞台に開催される、日本では数少ない国際的な写真祭「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭」。国内外の気鋭の写真家による作品が、2024年5月12日まで、趣のある歴史的建造物や近現代建築といった、京都ならではのロケーションを舞台に展開されています。
12年目を迎えた「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2024」のテーマは「Source」。生命、コミュニティ、先住民族、 格差社会、地球温暖化など、 10カ国・13アーティストの多様な視点による12プログラムを開催中です。
KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭の共同創設者・共同代表であるディレクターのルシール・レイボーズと仲西祐介は、今回のテーマについて、以下のように語っています。
「源は初めであり、始まりであり、すべてのものの起源である。 それは生命の創造であり、衝突が起きたり自由を手に入れたりする場所であり、何かが発見され、生み出され、創造される空間である。 人生の分岐点にかかわらず、私たちは岐路に立っており、原点に戻るか、 新しいことを始めるかの間で揺れ動いている。 生命、愛、痛みのシンフォニーが響き渡るのは、この神聖な空間からなのだ。 その源で、無数の機会が手招きし、何か深い新しいものを約束してくれる。 2024年、KYOTOGRAPHIE は12の会場で13の展覧会を展開し、 SOURCE を探求し、オルタナティブな未来を望む」
(左から)仲西祐介、ルシール・レイボーズ
この度、ルシール・レイボーズと仲西祐介に、芸術各分野において毎年優れた業績をあげた者、又はその業績によってそれぞれの部門に新生面を開いた者を選奨する「令和5年度(第74回)芸術選奨文部科学大臣賞」が贈られました。
贈賞理由として、東日本大震災後に東京から京都に居を移し、わずか2年で「KYOTOGRAPHIE京都国際写真祭」を創設。国内外から多数の写真家を招聘し、10年の間に世界有数の写真祭に育て上げたことが挙げられています。2023年には、音楽フェスティバル「KYOTOPHONIE」も開催。二人との関わりが深いフランス、アフリカ諸国、ブラジルなどの表現者を日本に紹介したことは、特に意義深いとのこと。活動拠点を京都市内の出町桝形(ますがた)商店街に置き、地元コミュニティーとの交流も積極的に行っています。
では、早速「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2024」のおすすめ作品をみていきましょう。
1.ジェームス・モリソン《子どもたちの眠る場所》/京都芸術センター
京都芸術センターが校舎を跡地活用する明倫小学校は、全国に先駆けて誕生した学区制小学校「番組小学校」のひとつで、1869年(明治2年)に開校しました。現在の建物は1931年(昭和6年)に改築された戦前の小学校建築の特徴をそのまま残し、1993年(平成5年)に閉校したのち、2008年(平成20年)に国の登録有形文化財に登録されています。
2000年(平成12年)4月、京都市、芸術家、その他芸術に関する活動を行う人々が連携し、京都市における芸術の総合的な振興を目指して、京都芸術センターが開設されました。
そんな京都芸術センターでは、ジェームス・モリソンによる《子どもたちの眠る場所》が展開されています。ジェームス・モリソンは今から20年近く前、子供の権利に関わるアイデアを考えるよう依頼され、自分の幼少期のベッドルームについて思考を巡らせました。
子供時代にベッドルームがどれほど重要であったか、そしてその寝室が自分の持ち物や、自分という人間をどのように映し出していたか。そこで、子供たちに影響を及ぼしている複雑な状況や社会的課題について思考する方法として、様々な境遇の子供たちの寝室に目を向けるのはどうかと思い至ったといいます。
最初から、発展途上国の「恵まれない子供たち」のことだけを取り上げるのではなく、もっと包括的な、あらゆる境遇の子供たちのことを取り上げたいと考えていたといいます。
例えば、エバレット(4歳)は一人っ子。アメリカ・ミシガン州リボニアの一軒家に両親と住んでいます。ここは住民間の結びつきが強いコミュニティで、彼にはたくさんの友達がいます。この地域はもともと、デトロイトから移り住もうとする自動車産業労働者のために開発されました。リボニアは長年、白人以外の住民を歓迎せず、アメリカで最も白人の多い街のひとつとして知られていました。エバレットの母親を含む何人かの住民は、最近この地区の差別的な過去を糾弾し、多様性を促進する声明を発表しました。
エバレットの両親は、骨董品、美術品、バーボン、時計など、様々な品を収集するコレクターです。エバレットは、大好きなスーパーヒーローのスパイダーマンのおもちゃを何百個もコレクションしています。アメリカのスーパーマーケット「ターゲット」で売られているスパイダーマンのおもちゃを片っ端から買った後、ヴィンテージのフィギュアを集め始めました。エバレットは、スパイダーマンが宿敵ヴェノムと戦う夢を見ました。大人になったら、マーベルでスーパーヒーローを作る仕事をするか、消防士になるのが夢です。
シンタロウ(13歳)は、横浜で父親と妹と暮らしています。彼の母親は1年前、米農家である高齢の父親宅へ物を届ける途中に、交通事故で亡くなりました。その遺灰は、子供たちが母の存在を感じ続けられるように、家に置かれています。
シンタロウは週3回サッカーをし、身長を伸ばすために毎晩10時間は寝るようにしています。昨年、父親と妹は6週間のオーストラリア旅行に出掛けましたが、シンタロウはサッカーの練習を休みたくないと断りました。家に誰もいない寂しさはありましたが、自分で食事を用意し、学校にも行くことができました。最近ではアルゼンチンで5週間のトレーニング合宿に参加し、寮で他の少年たちと寝泊りしましたが、寂しさを感じることはありませんでした。彼の夢は世界一のサッカー選手になることです。
ライアン(13歳)は普段はアメリカのペンシルベニア州で両親と2人の姉妹と暮らしていますが、今は11歳から16歳までの肥満児が通う学校の寮で暮らしています。9歳のときに見つかった脳腫瘍が原因で、「プラダ―・ウィリ症候群」という食欲が旺盛になる遺伝性疾患を患っています。このためライアンの体重は大幅に増えましたが、この学校に通い始めてから9キロの減量に成功しました。友達とまた野球ができるように、できるだけ体重を減らしたいというのが彼の願いです。
この学校では、スープ、果物、野菜などの低カロリー食品が無制限に提供されるとともに、ヘルシー仕様のピザやパスタが用意されるため、ライアンは食事の時間に気を揉むことが少なくなってきました。というのも、家にいたときのように常にお腹が空いているということがないからです。全生徒は一日一万歩歩かなければなりません。ライアンは、自分を病気から救ってくれた医療関係者に感謝して、大きくなったら医者になりたいと考えています。
ハムディ(13歳)は、ヨルダン川西岸のベツレヘム校外にあるパレスチナ難民キャンプで、両親と5人の兄弟とともにアパートに住んでいます。彼らの家には、居間、キッチン、寝室が3つあります。このキャンプはもともと、1948年に国連が設置した一時的なものでした。それから60年以上経った今、当時の3倍の数の住民が暮らしています。超過密状態です。
ハムディは男子校に通っており、十分に勉強して学位を取り、自分よりも良い機会を得ることを父親は望んでいます。ハムディはベツレヘムの路上で暴力を受けた経験があります。16歳の異母兄はイスラエル占領に反対するデモの最中に兵士に殺され、ハムディは9歳のとき、戦車に乗ったイスラエル兵に立ち向かったために足を撃たれました。彼の負傷は、さらなる抵抗を思いとどまらせるものではありませんでした。
2.クラウディア・アンドゥハル《ダビ・コぺナワとヤマノミ族のアーティスト》/京都文化博物別館
20世紀に入ると、三条通には洋風の建物が次々と建てられました。旧日本銀行京都支店、現京都府京都文化博物館別館はその代表でしょう。赤レンガに白い花崗岩のストライプという華やかな意匠で、すぐさま界隈のランドマークとなりました。設計者は日本の近代建築の先駆者である辰野金吾と、その弟子の長野宇平治。レンガ造りの建物は、19世紀イギリスのクイーン・アン様式をもとに辰野がアレンジした「辰野式」で、当時の最先端でした。
本展は、ブラジル人アーティストで活動家のクラウディア・アンドゥハルと、ブラジルの先住民ヤマノミとのコラボレーションを発表する日本初の展覧会です。ヤマノミはアマゾン最大の先住民グループのひとつであり、ベネズエラからブラジルにまたがる地域で暮らしています。
クラウディア・アンドゥハルは1931年にスイスでユダヤ教徒の父と、カトリック教徒の母の間に生まれ、ルーマニアのトランシルヴァニア地方で育ちました。ナチスドイツ政権とその同盟国および協力者による、ヨーロッパのユダヤ人約600万人に対する国ぐるみの組織的な迫害および虐殺「ホロコースト」を生き抜いたアンドゥハルは、1946年にニューヨークに渡ります。その9年後にはブラジル・サンパウロに移り住み、その地で写真家としてのキャリアをスタートさせました。
アンドゥハルが写真家として特に強い関心を寄せたのは、社会的弱者のコミュニティでした。1971年、アンドゥハルはブラジル北部のヤマノミの居住地域を初めて訪れます。この出会いが、アンドゥハルのライフワークの出発点となりました。彼女にとって、アートはヤマノミの人々のための意識啓蒙や政治的活動のツールとなったのです。
本展覧会の後半では、《ヤマノミ・ジェノサイド:ブラジルの死》と題した映像と音声によるインスタレーション作品が展示されています。この作品は、非先住民社会による侵略がヤマノミ居住地域にもたらした脅威を告発。特に、ブラジルの軍事独裁政権(1964ー1985年)が推進したアマゾン占領政策によって、ヤマノミの置かれた状況はさらに悪化しました。
居住地域への侵入や違法行為がヤマノミにもたらす問題は、決して新しい問題ではありません。こうした問題は、ヤマノミだけでなく、ブラジル国内外の数多くの先住民を苦しめています。
アマゾンにおける破壊的行為や地球規模の気候変動危機がニュースでも大々的に取り上げられるようになった今、本展は世界各地の先住民の人々への理解や、その主権の拡大のためにアートが担う役割を示すものでもあります。本展は、ただの美術展にとどまらず、ヤマノミの人々の存在を可視化し、新たな脅威から守り続けるための基盤となるものです。
3.ヴィヴィアン・サッセン《発行体:アート&ファッション 1990‐2023》/京都新聞ビル地下1階
御所の南西にある京都新聞ビル。その地下には、2015年まで印刷工場がありました。地下1階から2階まで高さ10m弱、約1,000㎡に及ぶ空間で、輪転機が稼働していました。ここにいると、いまだにインキの香りがふと鼻をかすめます。印刷工場だった時代は、まだ過去にはなっていません。様々な用途に使われるスペースとして、再び命が吹き込まれたかのようにも見えます。
KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭では、ヴィヴィアン・サッセンの日本初となる大規模個展を開催中です。本展は2020年から続くMEP(ヨーロッパ写真美術館 フランス・パリ)とのパートナーシップの一環であり、2023年にMEPで開催されたヴィヴィアン・サッセンの回顧展の巡回となります。
本展では、多様性溢れる十数のシリーズ作品を展示するとともに、過去作、未発表作品、ビデオインスタレーションなど、200点以上の作品を通じて、ヴィヴィアン・サッセンの30年にわたる創作活動の足跡を辿ります。キュレーターのクロチルド・モレットは、「表層と深層、静謐さと力強さという両極で揺れ動きながらも、そのあわいにある本質を浮かび上がらせることで、サッセンがいかに作品を繊密に作り上げていくかについて迫る」と述べています。
ヴィヴィアン・サッセン(1972年生まれ、アムステルダム在住)は、ファッションデザインを学んだ後、オランダのユトレヒト芸術大学で写真に取り組みました。1992年に卒業してからは、アーティストおよびファッションフォトグラファーとして写真に専心します。そうしてアートとファッションという異なる2つの領域を横断することで、作品における鮮やかな色彩、仕掛け、フレーミング、被写体へのアプローチにおいても異彩を放ち、唯一無二で多彩な視覚表現を生み出しています。
子供の頃にアフリカで育ったバックグラウンドや、文学や美術史も、ヴィヴィアン・サッセンにインスピレーションを授けています。またシュルレアリスムの遊び心、曖昧さ、神秘性にも通じるものを見出し、作品にもその影響が見受けられます。死、セクシャリティ、欲望、他者ーそのすべての関わりが、写真や映像、ペインティング、コラージュを組み合わせる作品群を構成するモチーフへと昇華されています。
4.ティエリー・アルドゥアン《種子は語る》/二条城 二の丸御殿 台所・御清所
二条城は1603年(慶長8年)、江戸幕府を開闢(かいびゃく)した徳川家康が、天皇の住む京都御所の守護と将軍上洛の際の宿泊所として築城しました。1867年(慶応3年)には、15代将軍慶喜が二の丸御殿の大広間で「大政奉還」の意思を表明したことでも知られています。徳川家の栄枯盛衰を見届け、日本の歴史の転換点の舞台でもあった二条城は、1994年に世界遺産となり、2017年には年間で国内外から約244万人が入城するなど、今日では日本でも有数の観光名所になっています。
本展は、写真家のティエリー・アルドゥアンとグザヴィエ・バラルおよびフランスの出版社「Atelier EXB」との長年のコラボレーションの一環として開催されています。ティエリー・アルドゥアンは、世界各国の500種以上の種子の写真を撮影。撮影された種子の大半が、フランス・パリの国立自然史博物館の所蔵品です。撮影にはオリンパスが開発した実体顕微鏡を使用し、被写体となる種子の選定やライティングには細心の注意を払っています。その結果、捉えられたイメージは意外性溢れる形態と美しさを提示しています。
ティエリー・アルドゥアンは本展のために、京都の農家が代々受け継ぎ栽培している「京野菜」の種子の撮影も行いました。種子の物語は、原始農業から現代のハイブリッドな種子に至るまで、果てしない多様性に満ちた世界における生命の生存戦略に改めて光を当てます。
キュレーターのナタリー・シャピュイは、種子について以下のように述べています。「種子は神秘的な存在です。種子を観察することは生命の歴史を紐解くことであり、人類誕生以前の自然界を再考・再認識することでもあります。
地球の気候が大きく変動した第三紀には、植物は新たな生息域を開拓し、適応していくことを迫られました。様々な試練を乗り越えるために必要なエネルギーを蓄えた貯蔵庫付きの小さなカプセル、すなわち種子は、多彩な移動戦略を編み出しました。カラフルな色彩で鳥を惹きつけるもの、翼を生やしたもの、防水性の外皮をまとって波に乗り流されるもの、風に飛ばされるもの、植物の毛皮にくっつくためのフックを備えたもの……何千年もの時間の中で、種子の旅は地球上に植物の豊かな多様性を生み出してきたのです。
野生の植物の栽培化や商品化を通じて、種子は人類文明の発展にも寄与してきました。新石器時代には、作物の栽培によって人類の定住が始まり、社会規範や土木技術が形成されます。古代では植物は学者たちにとって魅力的な研究テーマとなり、中世には物々交換や収集の対象でした。近代に入ると、種子は探検家たちとともに長距離を移動するようになります。農業、科学、美学、商業を背景とした人類の欲望に翻弄されながら、種子は今も世界中を駆け巡っています。
植物のエネルギーは国境を越えて広がり、その壮大なスケールの旅は地球の多様性の象徴となっています。種子は、政治や科学、知識が絡み合った、人間と自然の複雑な関係性を物語ります。種子を通じて、私たちの起源だけでなく、未来の世界像までもが見えてくるのです」。
5.柏田テツヲ《空をたぐる》/両足院(建仁寺山内)
両足院は中国の影響を色濃く受け、貴重な古漢や、漢籍・朝鮮本などの文化財も数多く所蔵する塔頭です。唐門からは四角い敷石が斜めに連ねられ、その先に印象的な円窓が配してあります。白砂に苔、青松の景色と相まって、長い歴史を体現するかのような様式美が強い印象を残しています。
大阪で生まれ育った柏田テツヲは、高校の3年間を野球留学(保護者の住む都道府県とは別の、かなり距離の遠い高校に入学し、野球部に所属することの意味)で宮崎県の山奥で過ごし、部活動で禁止されていたため携帯電話を持たずに暮らしました。多感な時期に情報から遮断された反動もあり、日々接する自然の移ろいや脅威に毎日のように心を動かされ、五感が研ぎ澄まされていったと語ります。19歳で写真による制作活動を始めるようになってからも、自ずと自然は作品作りのモチーフのひとつとなりました。
柏田テツヲは、屋久島で滞在制作をした作品で、2023年のKYOTOGRAPHIEのインターナショナル・ポートフォリオレビューの参加者から選ばれる「Ruinart Japan Award」を受賞。2023年秋にフランスのランス地方を訪れ、世界最古のシャンパーニュブランドであるルイナールのメゾンに、アーティスト・イン・レジデンスとして2週間滞在します。現地で職人たちと話したり、ブドウ畑やルイナールが再生を試みる森と対峙する中で、1、2度の気温変化でブドウの糖度が変わりシャンパーニュ作りに大きな影響を与えていることを知り、地球の温暖化がいかに自然環境に影響を与えているかを目の当たりにします。
一個人である自分に何ができるのかを考えながらブドウ畑を歩いていたとき、柏田テツヲは蜘蛛の巣に引っ掛かりました。ほとんど目に見えないながらも存在するという点で、蜘蛛の巣と地球の温暖化に通ずるものを感じ、インスピレーションを受けた作品を現地で滞在しながら制作しました。彼の手によりブドウ畑の葉をつたう様々な色の糸を用いて張り巡らされた「蜘蛛の巣」は、私たち人間の行いそのもののメタファーのようでもあります。温暖化という、目に見えない現象を引き起こしたり、はたまた影響を受けたりしながらも、地球とともに生きていく私たち人間の行いは、まるで空(くう)をたぐるようなものかもしれません。彼の作品は、生命の強さと儚さ、自然の多様性と希少性、そして人間の領分の有限と無限を紐解き、紐付けていくかのようです。
6.ジャイシング・ナゲシュワラン《I Feel Like a Fish》/TIME’S
商業施設や飲食店で賑わう三条木屋町の高瀬川沿いにそびえるコンクリートのビル「TIME’S」は、世界的に活躍する建築家・安藤忠雄の設計により、1984年に建てられました。敷地全体が水面レベルまで下げられ、川と建物が身近に感じられるのが特徴的。木屋町通りの桜が咲く春の眺望も素晴らしいものがあります。
龍馬通りには、1721年(享保6年)に創業した材木商「酢屋」があり、幕末には坂本龍馬をはじめ、多くの海援隊の隊士をかくまっていたという歴史を持っています。
ジャイシング・ナゲシュワランはインド出身の写真家。労働者階級で育ったという生い立ちを乗り越えるように祖母から教育を受けてきました。社会から疎外されたコミュニティの生活を写し取ることに重点を置き、ジェンダー・アイデンティティやカースト制、農村の問題をテーマとした作品を発表しています。
ジャイシング・ナゲシュワランは、自宅にある水槽の中の魚を見るたびに、自分自身を見ているようだと言います。魚には向こう側に広がる世界が見えています。しかし、生きるのに適切だと思われるその世界に魚が触れようとすると、目の前に壁が立ちはだかります。魚が生きて水槽から出るためには、奇跡を起こさなければなりません。インドのカースト制度は、そのような金魚鉢を数多く生み出しています。そしてカーストが低いほど、鉢のサイズは小さくなります。
ジャイシング・ナゲシュワランの祖母は、タミル・ナードゥ州の小さな村、ウシランパッティの出身でダリット系の家庭に生まれました。ダリットは数千年前から続くインドのカースト制度の最下層の人々のことで、「触れてはならない」カーストとして知られ、差別、排除、暴力に直面しています。そこで彼女はヴァディパッティに引っ越して、学校のないダリットも通えるような小学校を設立しました。彼女はナゲシュワラン家の最初の奇跡でした。のちにジャイシングもこの小学校に通いました。
ジャイシングが写真家になろうと決めたとき、自分のカーストを捨て、ダリットであることを忘れる唯一の方法は、都会に出ることだと考えました。父親は、差別が彼につきまとうだろうと警告しました。
長らくジャイシングは自分を第2の奇跡だと考えてきました。国際的な都市を転々とし、著名人を撮影し、映画の道へも進みました。しかし、写真を撮れば撮るほど、彼はダリットがインドの視覚的意識の中にほとんど存在しないことに気づきました。そして、ある日突然大病を患い貯金がなくなり、コロナウイルスにより故郷に戻ることを余儀なくされました。
今、ジャイシングは自分が生まれ育った土地の美しさを目の当たりにして、写真家としてキャリアを積んだはずの自分が持ち合わせていなかった親密な繋がりを実感しています。そうして気が付いたのです―自分が今、この世で一番失いたくないものは、家族と家なのだと。そしてこう語ります。
「私はもっと深く、金魚鉢の中に入ってしまったのです。私の仕事は、ダリット・コミュニティにおける現在進行形の虐殺行為を訴えることです。私は毎日のようにダリット・コミュニティの人々が殺されたり、カーストに基づく様々な虐殺行為を目撃したりするニュースで目を覚まします。アートを通じ私に生み出された意識には、もっと深い物語があることを実感しています。カースト制度が根絶される日が来るまで、私は金魚鉢の中の魚のように感じ続けるでしょう」。
7.川田喜久治《見えない地図》/京都市京セラ美術館
1928年(昭和3年)、京都で執り行われた天皇即位の大礼を記念して「大礼記念京都美術館」として開館した「京都市京セラ美術館」。関西の財界や美術界、市民の寄付により、鉄骨鉄筋コンクリート2階建ての帝冠様式建築として建設された本館は、現存する日本の公立美術館の中で最も古い建築としても有名です。
2015年に再整備計画が策定され、2020年春に通称を「京都市京セラ美術館」として、リニューアルオープン。青木淳と西澤徹夫が共同し基本設計を行い、現代的なデザインが加わりながら、創建当時の和洋が融合した本館の意匠が最大限保存されています。
川田喜久治は、広島と長崎への原子爆弾の投下から15年後にあたる1965年に、敗戦という歴史の記憶を記号化するメタファーに満ちた作品「地図」を発表。このデビュー作はセンセーショナルな驚きとともに、自身の初期のスタイルを決定的なものにしました。以来、現在に至るまで、常に予兆に満ちた硬質かつ新たなイメージで私たちの知覚を刺激し続けています。
本展では、戦後を象徴する「地図」、戦後から昭和の終わりを見届け、世紀末までを写す「ラスト・コスモロジー」、高度経済成長に始まり、近年新たに同タイトルで取り組んでいる「ロス・カプリチョス」の3タイトルを一堂に鑑賞可能です。この3作品はこれまでそれぞれ発表の機会を得ていますが、ここに寄り添う65年という長い時間が一つの場所を構成するのは初めてとなります。
自身の感覚の中に時代の論理を見る川田喜久治の極めて個人的な視座が捉えた時間と世界は、如何にして観る者の世界にシンクロしていくのでしょうか。
「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2024」のテーマである「Source」には、起源やオリジンといった名詞のほかに、「入手」するという動詞の意味があります。レイト・スタイルにおいて「見えない地図」を手に入れた写真家は、刻一刻と変化する現代の張り詰めたカタルシスを写し、写真というメディウムと、時代と場所を自由に行き来きし、「この時、この場所」を俯瞰しようとしています。
8.From Our Windows 潮田登久子《冷蔵庫+マイハズバンド》/京都市京セラ美術館
潮田登久子は1975年からフリーランスの写真家として活動をスタート。写真家の島尾伸三との間に、1978年に娘のまほが生まれてすぐ、1888年築の東京・豪徳寺の洋館(旧尾崎テオドラ邸)に引っ越します。
本展では、娘が生まれてからの約7年間にわたり、夫や娘、洋館での暮らしを捉えた《マイハズバンド》と、自身の生活を記録に留めるように自宅の冷蔵庫を定点観測したことから始まり、その後親族や知人、友人らの冷蔵庫を20年におよび撮影した《冷蔵庫/ICE BOX》シリーズを展示。
潮田登久子は本作品について、以下のように述べています。
「2019年3月、40年間借りていた古い西洋館2階の部屋を整理中、部屋の隅の洋服ダンスの奥から、長年寝かされたままの段ボール箱が見つかりました。一眼で私が撮影、現像、プリントしたものを入れたものだとわかりました。すっかり忘れていたのですが、この部屋で島尾伸三(夫)と生まれたばかりのまほと3人で暮らしていた1978年から1985年位までの生活と、それ以前の作品が残っていて、ただ懐かしいだけでは片付けられない、当時の気持ちに引き寄せられている自分に気づくのでした。
(中略)
思いがけないこの生活の伴侶でもある冷蔵庫を眺め、開けたり閉めたりして撮影してみることにしました」。
以上、12年目を迎えた「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2024」についてご紹介しました。問題提起する作品や、思考力が深くなる作品など、どれも見逃せません。気になる方は、ぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。
■「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭2024」
会期:2024年4月13日(土)~5月12日(日)
場所:インフォメーション町家 八竹庵(旧川崎家住宅)、誉田屋源兵衛 竹院の間・黒蔵、京都芸術センター、京都文化博物館 別館、嶋臺(しまだい)ギャラリー、京都新聞ビル地下1階、二条城 二の丸御殿 台所・御清所、両足院、ASPHDEL、Sfera、TIME’S、京都市京セラ美術館、DELTA / KYOTOGRAPHIE Permanent Space
時間: 会場によって異なります
チケット:パスポートチケット 一般 5,500円/学生 3,000円
京都市民割 一般 5,000円
団体割引 一般 4,950円 / 一人
山梨県・小淵沢にある「中村キース・ヘリング美術館」では、1980年代のニューヨークを生きたキース・ヘリングの作品を写真や資料とともに紐解くコレクション展「キース・ヘリング:NYダウンタウン・ルネサンス」展と、世界的ファッションスタイリストであるパトリシア・フィールドのアートコレクション展「ハウス・オブ・フィールド」展を2024年5月19日(日)まで開催中です。
中村キース・ヘリング美術館は、1951年生まれの長野県出身の建築家である北川原温によって設計されました。詩や音楽をモチーフにした個性的な設計で知られています。公共・民間の多くのプロジェクトを手掛け、2015年ミラノ万博日本館(120カ国以上が参加、日本館が史上初の金賞受賞)の建築プロデューサーを務めました。
中村キース・ヘリング美術館館長の中村和男氏は、「1980年代の日本経済は、ニューヨークを象徴するロックフェラー・センターを日本企業が買収するなど、バブルで右肩上がりの情勢でした。それに比べ、当時のニューヨークは経済不況で治安も悪く、犯罪都市というレッテルを貼られていました。
一方ではストリートアートが注目され、クラブカルチャーが重要なエッセンスとなっていました。同時に、レーガンの保守的政権下で白人男性主義的な社会に対する反体制派の声も聞こえていました。ニューヨークで私が初めてキース・ヘリングの作品に出会ったのは、そんな1987年のことでした。へリングは明るくポップな作品だけでなく、反戦反核、有色人種やセクシャルマイノリティへの差別撤廃など、社会の不平等に訴える作品を生涯制作し続けました。そのメッセージは40年を経た現代社会にも警鐘を鳴らし続けています」と述べています。
まずは、「キース・ヘリング:NYダウンタウン・ルネサンス」展についてみていきましょう。
■「キース・ヘリング:NYダウンタウン・ルネサンス」展
本展では、キース・ヘリングが活動した1980年代ニューヨークにおける「アンダーグラウンド・カルチャー」「ホモエロティシズムとHIV・エイズ」「社会に生きるアート」「ニューヨークから世界へ」の4つの視点から、中村キース・ヘリング美術館収蔵のキース・へリングコレクションを紐解きます。
1970~80年代にキース・ヘリングが生きたニューヨークは、パンク・ロックやヒップホップファッションなど新しいカルチャーが注目され、成功を目指す人々が世界中から集まる可能性に満ちた街である一方、犯罪が蔓延する危険な状態が続いており、それらが危ういバランスで成り立っているスリリングな街でした。
80年代にそのような社会の中で生まれたキース・ヘリングの作品は、命に関わる感染症との共生、児童福祉教育や人権問題をはじめとする持続可能な社会実現に向けた課題など、今日を生きる私たちにも強烈なインパクトを与えます。ヘリングが残したメッセージを、同時代を生きた写真家たちの記録写真や多くの資料が並ぶ展覧会を通して発信しています。
中でも観ていただきたいのが、日本初公開となる「マウント・サイナイ病院のための壁画」(1986年)です。本作品は、ニューヨークの小児病棟で、患者である子どもたちのために制作された幅5mを越す大作です。描かれた病院の立て直しに伴い、倉庫で保存されていた壁画を日本では初公開、世界的にも34年ぶりに公開します。なお、本作品は、キース・ヘリングが子どもたちの未来のためにどのように貢献してきたのかを表す重要な作品として世界的にも注目されています。
また、キース・ヘリングは一部の富裕層だけではなく、すべての人にアートを届けたいという信念から、経済状況や年齢に関わらず身近に接することのできるアートとして、多くのグッズも制作しました。
次に、「ハウス・オブ・フィールド」展をご紹介します。
■「ハウス・オブ・フィールド」展
「ハウス・オブ・フィールド」展は、映画『プラダを着た悪魔』(2006年)、米TVドラマ『セックス・アンド・ザ・シティ』(1994年-2004年)で、衣裳デザイナーおよびスタイリストとして、アカデミー賞衣装デザイン賞ノミネート、エミー賞衣装賞を受賞するほか、現在Netflixで公開中のTVドラマシリーズ『エミリー、パリへ行く』(シーズン1、2)Netflix(2020、2021年)で活躍するパトリシア・フィールドが、半世紀をかけて蒐集したアートコレクションを紹介する展覧会です。
ニューヨークに生まれ育ったパトリシア・フィールドは、24歳の時に初めて自身のブティック「パンツ・パブ」をオープンしました。このブティックは、のちに自らの名を冠した「パトリシア・フィールド」となり、イースト・ビレッジを中心に移転を繰り返します。そして場所を移しながら「ハウス・オブ・フィールド」と呼ばれるコミュニティを形成していきました。
「ハウス」は、1970年代以降のニューヨークのアンダーグラウンドシーンで、黒人や、ラテンアメリカのスペイン語圏出身のラティーノのLGBTQ+コミュニティで、“従来の枠組みに囚われず生活を共にする集団がその結束を示す言葉”として使われてきた言葉です。現在も「ハウス・オブ・フィールド」は、パトリシア・フィールドを中心に彼女のブティックに所属するスタッフやデザイナー、アーティスト、美容専門家、彼女を慕う人々のコミュニティとして健在しています。
パトリシア・フィールドは作品を購入することでアーティストたちを支え、アーティストたちも彼女を敬愛しポートレートを贈りました。それらの個性豊かなアートが、壁やショーウィンドウ、試着室の扉にいたるまで空間全体を彩るブティックは、2016年春に惜しまれながら閉店し、彼女のアートコレクションの主要作品約190点が2016年に中村キース・ヘリング美術館に収蔵されました。
本展では、パトリシア・フィールドが半世紀をかけて集めたコレクションから、日本初公開作品を含むペインティングや写真、オブジェなど約130点を公開します。人間の欲望をポジティブなエネルギーに変換するかのようなパワフルな作品は「自分らしく生きることとは何か」を問いかけ、本展を通してパトリシア・フィールドの歩んできた道のりや想いを汲み取ることができるでしょう。
また、中村キース・ヘリング美術館館長の中村和男氏は本展に関して、以下の言葉も述べています。「キースはHIVになって苦悩を抱え、31歳で亡くなりました。生きていくということに関しては、誰しもがエネルギーがあって、お金持ちだけがエネルギーがあるわけではなく、貧しくたって絵が描けなくたってエネルギーを持っていて、そのエネルギーを、あるときには街の中でスケボーで解消したりとか、いろんな遊びで解消していた。そういうエネルギーの中で作品が生まれ、そこの中で今回ルネッサンスという表現もとっています。
アートにはメッセージを感じ取る部分があり、それは画商が扱うだけでなく、誰にでも開かれています。今回、展覧会を開催するにあたり、パトリシアの世界も表現したいと思いました。パトリシアが集めたものは有名な画家が描いたものではなく、もう辞めてしまった方とか、亡くなった方とか、本来なら画商が扱えないものですが、観たときに僕らをハッとさせます。このエネルギーと、光と影のようなところに、面白さを感じていただけると思います。
最後に私が強調したいのは、キース・ヘリングによる病院での壁画です。これはニューヨークの小児科病院の病棟の中で描いたものです。単純さと、なにかほっこりする絵本で見たような、全く新しい創造性の中に、彼の持つ優しさを感じます。皆さんにはこの作品だけではなく、小児病棟で癌になった子供たちが長期入院しているとき何を感じていたのかということにも思いを巡らせて欲しい。
僕らには絶対計り知れない。彼ら、彼女たちや親御さんにとって、その世界の中で生きていると、いつまで生きられるかどうかってことすらわからない不安に襲われる。そんな中、彼は優しさの中でその壁画を描いた。子供たちも勇気をもらったかもしれない」
最後に、パトリシア・フィールドから届いたメッセージをご紹介しましょう。
「日本のアートラバーの皆さんがお越しくださっていることを、とても嬉しく思います。私の蒐集した作品と、この美しい美術館に興味を持っていただいたことに深く感謝し、私の愛を贈ります」と述べています。
■「キース・ヘリング:NYダウンタウン・ルネサンス」展
会期:2023年6月3日(土)ー2024年5月19日(日)
開館時間:9:00-17:00(最終入館16:30)
休館日:定期休館日なし
※展示替え・メンテナンス等のため臨時休館する場合があります。
観覧料:大人:1,500円/ 16歳以上の学生:800円/ 障がい者手帳をお持ちの方:600円
15歳以下:無料 ※各種割引の適用には身分証明書のご提示が必要です。
同時開催:「ハウス・オブ・フィールド」展(自由の展示室)
※コレクション展観覧券で観覧できます。