執筆者:遠藤友香
20世紀初めにポール・ポワレが嚆矢(こうし)となり、シャネルによって広く普及したコスチュームジュエリー。コスチュームジュエリーとは、宝石や貴金属を用いず、ガラスや貝、樹脂など、多種多様な素材で制作されるファッションジュエリーのこと。
素材から解放されて自由なデザインを提案できるコスチュームジュエリーは、ポール・ポワレ以降、シャネルやディオール、スキャパレッリなど、フランスのオートクチュールのデザイナーたちがこぞって取り入れました。やがてヨーロッパ、そして戦後は主にアメリカでコスチュームジュエリーは広く普及し、当時の女性たちに装う楽しみだけではなく、生きる活力、自由、そして自立の精神をもたらしました。
そんな20世紀初めから戦後に至るコスチュームジュエリーの歴史的展開を紹介する、日本初の展覧会 「コスチュームジュエリー 美の変革者たち シャネル、ディオール、スキャパレッリ 小瀧千佐子コレクションより」が、2024年6月30日(日)まで愛知県美術館にて開催中です。
ムラーノガラス、ヴェネチアンビーズ、コスチュームジュエリーの研究家・コレクター 小瀧千佐子氏
ムラーノガラス、ヴェネチアンビーズ、コスチュームジュエリーの研究家・コレクターである小瀧千佐子氏による世界的に希少なコレクションから、ジュエリー約450点と、当時のドレスやファッション雑誌などの関連作品を展示。それらを通して、魅力溢れるコスチュームジュエリーの世界感を堪能することができます。
近年、日本ではファッションに関する展覧会が頻繁に開催されるようになりましたが、その多くはドレスが主役です。コスチュームジュエリーに焦点を当てて包括的に紹介する展覧会は今回が日本初であり、1 点もの、あるいはごく少数しか制作されなかったコスチュームジュエリーが⼀堂に会す貴重な機会となっています。
シャネルやディオール、イヴ・サンローランなど、よく知られているフランスのオートクチュールのファッションデザイナーから、サルバドール・ダリやマン・レイなど、シュルレアリストと親交を結んだエルザ・スキャパレッリ、日本で初めて紹介されるジュエリー・デザイナー、コッポラ・エ・トッポやリーン・ヴォートランなどによる、見ごたえのあるジュエリーが数多く展⽰されています。
本展監修者の小瀧千佐子氏は、「コスチュームジュエリーは常に時代を映す鏡であり、流行や世相を反映し流動的で、金やダイヤのように素材そのものに市場価値がないことから、流行の終焉と共に消え去る運命にある。しかし、時代の大きなうねりに流されず、二つの大戦を経てなお生き残ったコスチュームジュエリーがここにはある。それらには、デザインしたアーティストたちの先鋭的で独創的な、ゆるぎないスタイル(様式美)があったからだと、私は考えている。
1910年代フランスでオートクチュール用のジュエリーとして誕生し、ヨーロッパからアメリカへ伝わり華麗に開花したコスチュームジュエリー。20世紀初頭、貴金属偏重の価値観から解放され、女性の社会進出と深く関わり、多様な素材で“個性を表現するため”のアイテムとなった。職人の卓越した技術に裏付けされ独自の様式美を纏う作品群は、20世紀の誕生から100年を迎える今、アートとして認識されるべきであろう」と述べています。
会場の入り口を入ってまず出迎えてくれるのが、20世紀初頭から第一次世界大戦を挟んだ1920年代に『イリュストラシオン』紙に登場した、当時の新しい女性像の一端を知ることのできる映像です。
『イリュストラシオン』は1843年に創刊された、フランス初の挿絵入り週刊誌で、記事内容は政治、経済、国際情勢、文化芸術など多岐にわたっています。コスチュームジュエリーが生まれた20世紀初頭は、社会も人々の生活スタイルも大きく変わりました。女性の活躍の場が広がり、それとともに求められるファッションはより自由でシンプルなものに変化。そうした様子を『イリュストラシオン』は度々取り上げています。
Chaper 1. ポール・ポワレとメゾン・グリポワ
20世紀初めのヨーロッパでは、科学技術の発展とそれに伴う社会的イデオロギーの変革の中で、人々の生活スタイルが大きく変わりました。女性たちの活動の幅は広がり、遠方への旅行、自動車の運転、多様なスポーツへの参加など、活発な女性が新しい女性像となって注目され始めます。そうした変化に呼応して、コルセットに拘束された人工的な形態や過剰な装飾から解放され、動きやすく身体の自然な美しさに沿った衣服が求められるようになりました。そして、高価な宝石よりも気軽に身に着けられ、シンプルな衣服と調和するコスチュームジュエリーが生まれました。
ポール・ポワレ
フランスのファッションデザイナー、ポール・ポワレはこの時代のニーズを敏感に察知し、1906年にコルセットを使用しないハイウエストのドレスを発表しました。彼はまた自らがデザインするドレスにふさわしいジュエリーをビーズなどを用いて制作し、コスチュームジュエリーの先駆者となりました。
ポワレのコスチュームジュエリーの制作を担ったジュエリー工房の一つに、メゾン・グリポワがあります。19世紀後半にオーギュスティン・グリポワが創業したこの工房は、特に1920年代にガブリエル・シャネルとの出会いによって、模造パールの開発や特殊なガラスの技法で、一躍その知名度を高めました。
Chaper 2. 美の変革者たち
オートクチュールのためのコスチュームジュエリー、つまりクチュールジュエリーには、デザイナーの考案した生地や色を考慮し、コレクションのテーマを強調するという役割があります。ほとんどの場合がシーズン毎に数点だけ作られ、ドレスと同様にトレンドを追うのではなく、先取りしなければなりませんでした。
ガブリエル・シャネル
ガブリエル・シャネルは、“黒=喪服”のイメージを覆し、1926年にリトル・ブラック・ドレスを発表します。その革新的なドレスに合わせ、模造パールネックレスを何連にも重ね付けしました。
エルザ・スキャパレッリ
イタリア出身のエルザ・スキャパレッリは、強烈な色彩感覚をパリで研ぎ澄まし、1927年のデビューコレクションにて、シックで洗練された二色使いのセーターを発表します。その後、創作したクチュールジュエリーはシュールレアリスムの影響を受け、意表を突くデザインが多くみられました。
ポワレから始まったクチュールジュエリーはここに開花し、二人は激動の30年を駆け抜けます。バレンシアガ、ディオール、ジバンシィ、イブ・サンローランたちも、それぞれが新しいコレクションに挑み、アイコニックな夢のジュエリーを創り出していきました。
ジョン・ケネディ大統領とジャクリーン夫人
こちらは、エメラルドを模したガラスのカボションとビーズ、ダイヤモンドのようにブリリアンカットされたクリスタルガラスが美しい曲線で連なったジバンシィのネックレスを身に着けたジャクリーン・ケネディ。優雅なデザインは、上流階級の女性やハリウッド女優を顧客にしていたジバンシィのスタイルにふさわしいものです。模造パールの部分が、水色のトルコ石に代わる同デザインのネックレスをジャクリーン・ケネディが所有しており、彼女はこのネックレスを1963年1月21日に行われたケネディの大統領就任2周年記念式典のときに着用しました。
Chaper 3. 躍進した様式美
1920年代から1950年代にかけて華麗に開花した、グランメゾンによるクチュールジュエリーは、パルリエと呼ばれる卓越した職人、製造業者の手によって生み出されました。パルリエとは、帽子職人、刺繍職人、羽毛職人、ボタン職人、ジュエリー製造業者など、あらゆるアクセサリーや装飾品を製造する専門家を指します。大戦を挟んだこの時代に、メゾン・グリポワを代表格として、豊潤な職人がそれぞれのアトリエに存在していました。
コッポラ・エ・トッポの洗練された色使いのビーズネックレス、リーン・ヴォートランの不思議で詩的な世界、ロジェ・ジャン=ピエールの光輝くラインストーンの配色の妙、リナ・バレッティの秀逸な手仕事、シス(シシィ・ゾルトフスカ)のチャーミングなジュエリー。それぞれにいずれ劣らぬ様式美があり、作品の裏に刻印されたサインを見るまでもないほど、はっきりとしたスタイルが見て取れます。
Chaper 4. 新世界のマスプロダクション
ヨーロッパにおけるコスチュームジュエリーは当初、本物のジュエリーの代替品と見なされていましたが、新世界アメリカでは、王侯貴族による宝飾品の文化がそもそも存在しないため、砂地に水がしみこむように受け入れられていきました。
シャネルとスキャパレッリ、この二人のファッションデザイナーは、コスチュームジュエリーだけでなく、バッグから香水、帽子に至るまで、アクセサリー生産の大部分を、戦前からアメリカのデパートに輸出していました。彼女たちのおかげで、コスチュームジュエリーはアメリカでゆっくりと、しかし確実に浸透していきます。それをきっかけに、アメリカでもコスチュームジュエリーの生産が始まり、1935年から1950年の間にヨーロッパ的な宝飾品の模倣から解放され、アメリカ独自の製品が開発されるようになります。
ニューヨークにほど近いロードアイランド州プロビデンスには無数のメーカーがひしめき、大量生産によるコスチュームジュエリーを安価に販売することが可能になりました。ハリウッド映画のグレタ・ガルボなどのスターを彩るコスチュームジュエリーへの憧れもまた、アメリカの女性たちに広く普及した理由の一つと言えます。
売店では、展覧会図録やトートバッグ、チョコレートなどの販売も。
本展は、昨年12月に東京のパナソニック汐留美術館から始まった巡回展(その後、京都、愛知、宇都宮、北海道に巡回)です。愛知県美術館では広い展⽰スペースを活かして、コスチュームジュエリーのほかにポール・ポワレ、シャネルやディオール、イヴ・サンローランなどのドレスやスーツを展⽰。ドレスに合わせてコーディネートしたコスチュームジュエリーをともに展⽰する試みもみどころの⼀つです。さらに香水瓶やファッション雑誌、ファッションプレート(ファッション雑誌などの挿絵・図版)といった充実した関連資料を通して、コスチュームジュエリーやそのデザイナーを多角的に紹介しています。
以上、愛知県美術館で開催中の、 20世紀初めから戦後に至るコスチュームジュエリーの歴史的展開を紹介する日本初の展覧会 「コスチュームジュエリー 美の変革者たち シャネル、ディオール、スキャパレッリ」をご紹介しました。ぜひ会場に足を運んで、美しいコスチュームジュエリーの世界感に浸ってみてはいかがでしょうか。
■コスチュームジュエリー 美の変革者たち シャネル、ディオール、スキャパレッリ 小瀧千佐子コレクションより
会期:2024年4月26日(金)-6月30日(日)[57日間]
開館時間:10:00-18:00 ※金曜日は20:00まで(入館は閉館の30分前まで)
休館日:毎週月曜日
会場:愛知県美術館(愛知芸術文化センター10階)
名古屋市東区東桜1-13-2
チケット:⼀般1,800(1,600)円/⾼校・⼤学生1,200(1,000)円 中学生以下無料
※( )内は前売券および20 名以上の団体料金です。
※上記料金で本展会期中に限りコレクション展もご覧になれます。
※身体障害者⼿帳、精神障害者保健福祉⼿帳、療育⼿帳(愛護⼿帳)、特定医療費受給者証(指定難病)のいずれかをお持ちの⽅は、各券種の半額でご観覧いただけます。また付き添いの⽅は、各種⼿帳(「第1種」もしくは「1級」)または特定医療費受給者証(指定難病)をお持ちの場合、いずれも 1 名まで各券種の半額で観覧可能です。当日会場で各種⼿帳(ミライロ ID 可)または特定医療費受給者証(指定難病)をご提⽰ください。付き添いの⽅はお申し出ください。
※学生の⽅は当日会場で学生証をご提⽰ください。
監修:小瀧千佐子
特別協力:ウィリアム・ウェイン(コスチュームジュエリー研究家/イギリス、ロンドン)
学術協力:ディアンナ・ファルネッティ・チェーラ(コスチュームジュエリー研究家/イタリア、ミラノ)
撮影:⼤野隆介
執筆者:遠藤友香
横浜で、3年に一度開催される現代アートの祭典「横浜トリエンナーレ」。2001年にスタートし、200を数える国内の芸術祭の中でも20年以上の長い歴史を誇っています。第8回となった横浜トリエンナーレ「野草:いま、ここで生きてる」は、全78日の会期を経て、2024年6月9日(日)に無事閉幕しました。
今回、横浜トリエンナーレ組織委員会総合ディレクターの蔵屋美香氏と、アーティスティック・ディレクターのリウ・ディン氏(劉鼎氏)、キャロル・インホワ・ルー氏(盧迎華氏)より、みなさまのご来場とご協力に感謝するメッセージが届きましたので、ご紹介します。
1.横浜トリエンナーレ組織委員会総合ディレクター/横浜美術館館長 蔵屋美香氏からのメッセージ
第8回横浜トリエンナーレ「野草:いま、ここで生きてる」は、6月9日、無事閉幕しました。アーティスティック・ディレクター(AD)を務めたリウ・ディンさんとキャロル・インホワ・ルーさん、31の国や地域から参加してくださった93組のアーティストのみなさま、ご支援、ご後援、ご助成、ご協賛、ご協力いただいたみなさま、アーティストの制作を助け、あるいは会場に立って大活躍してくだった市民サポーターのみなさま、そしてなにより足を運んでくださったたくさんの観客のみなさまに、心よりお礼を申し上げます。
また今回、「アートもりもり!」の名称で、「野草」の統一テーマのもと、BankART1929、黄金町エリアマネジメントセンター、象の鼻テラス、急な坂スタジオ他の連携先のみなさまと共に、市内に広がる大きなトリエンナーレをつくり上げることができたのは、何よりの喜びでした。
ADの二人は、約100年前、中国の作家、魯迅(ろじん)が絶望の中で書いた詩集『野草』からこの企画を発想しました。つらい時こそ創造の力が花開く。ふつうの人が暮らしの中で積み重ねる小さな実践が世界を変える。国と国ではなく個人と個人としてならわたしたちはわかり合える。ADが『野草』から引き出したこれらのメッセージが、とりわけ次の世界を担う若いみなさんの胸に長く残ることを祈っています。
2.アーティスティック・ディレクターのリウ・ディン氏(劉鼎氏)とキャロル・インホワ・ルー氏(盧迎華氏)からのメッセージ
第8回横浜トリエンナーレは、絶望についての文学作品をもとに企画されましたが、多くの来場者がお気づきの通り、希望をテーマにした展覧会です。希望は、思考、行動、感情、想像力、友情、失敗、対立、そして何よりも人間の主体性に宿ります。
この展覧会では、アートの人間的価値を重要視し、歴史と現代における個人の主体性の物語を数多く語り直しました。これらの個人の声や経験は、現代の私たちにとって重要なシグナルです。それらは、私たち自身の主体性を掘り起こして発揮し、あらゆる面で紛争や挑戦が激化している時代に希望の種を蒔くための隙間を見出すよう、私たちを鼓舞します。
「野草:いま、ここで生きてる」が終わりを告げるいま、この展覧会を希望のしるしや場所とするためにご尽力いただいたすべての方々に、心から感謝の意を表したいと思います。
横浜トリエンナーレのチームと密に協力してきた私たちは、当トリエンナーレが今後も、最先端の芸術的実験と真摯な知的言説を支援する重要な役割を果たし、アートの分野に真の貢献を果たすことを固く信じています。
(アーティスティック・デイレクター挨拶原文)
The 8th Yokohama Triennale was conceived based on a literary work thinking about despair, yet as many visitors have discovered, it is an exhibition about hope. Hope resides in thoughts, actions, emotions, imagination, friendship, failures, confrontations, and above all, human agency.
In this show, we have retold many stories of individual agency in history and from our contemporary times, foregrounding the humanistic values of art. These individual voices and experiences are important signals to us today. They inspire us to unearth and exercise our own agency, and to find cracks for planting seeds of hope in a time of escalating conflicts and challenges on all fronts.
At this moment of bidding farewell to the exhibition, we want to express our heartfelt gratitude to everyone who has contributed to making "Wild Grass: Our Lives" a sign and site of hope.
Having worked closely with the team of Yokohama Triennale, we firmly believe that it will continue to play a vital role in supporting cutting-edge artistic experiments and serious intellectual discourses, making a true contribution to the field of art.
LIU Ding and Carol Yinghua LU
Artistic Director, 8th Yokohama Triennale
閉幕に際して発信した動画は、コチラから。
■第8回横浜トリエンナーレ「野草:いま、ここで生きてる」
アーティスティック・ディレクター:リウ・ディン(劉鼎)、キャロル・インホワ・ルー(盧迎華)
会期:2024年3月15日(金)ー6月9日(日)
開場日数:78日間
会場:横浜美術館、旧第一銀行横浜支店、BankART KAIKO、クイーンズスクエア横浜、元町・中華街駅連絡通路
主催:横浜市、(公財)横浜市芸術文化振興財団、NHK、朝日新聞社、横浜トリエンナーレ組織委員会
連携拠点:BankART1929 黄金町エリアマネジメントセンター 象の鼻テラス 急な坂スタジオ
公式WEBサイト:https://www.yokohamatriennale.jp/
関連記事:『第8回横浜トリエンナーレ「野草:いま、ここで生きてる」が開幕! 災害や戦争、気候変動、経済格差、互いに対する不寛容など生きづらさを抱える世の中に、皆が共に生きていくための知恵を探る』は、コチラから。
執筆者:遠藤友香
オーストラリア先住民アボリジナルの伝統楽器「ディジュリドゥ」奏者として名を馳せていたGOMA。彼は、2009年に交通事故に遭い、そこから絵画の才能を開花させました。そんなGOMAの展覧会「ひかりの世界」が、東京都渋谷区にある「GYRE GALLERY」にて、2024年6月29日まで開催中です。
プロフィール:GOMA。オーストラリア先住民アボリジナルの伝統楽器「ディジュリドゥ」の奏者、画家。1998年にオーストラリアで開催されたバルンガディジュリドゥ・コンペティションにて準優勝を果たし、国内外で広く活動。2009年交通事故に遭い高次脳機能障害の症状により活動を休止。一方、事故の2日後から緻密な点描画を描きはじめるようになり、現在では、オーストラリアBACKWOODS GALLERY(2016)、新宿髙島屋美術画廊(2018・2019)、PARCO MUSEUM TOKYO(2022)、PARCO GALLERY OSAKA(2023)、PARCO GALLERY NAGOYA(2023)など多数の個展を開催。2012年本人を主人公とする映画「フラッシュバックメモリーズ3D」に出演し、東京国際映画祭にて観客賞を受賞。2021年2020TOKYOパラリンピック開会式にて、ひかるトラックの入場曲を担当。2022年舞台「粛々と運針」の音楽監督と劇中のアートを手掛ける。
ディジュリドゥ奏者として世界的に評価されていたGOMAが突然絵を描き始めたのは、2009年に交通事故に遭った2日後のこととのことだそう。それまで職業としてはもちろん、趣味としても絵を描いたことがほとんどなかったのに、細かい点描で画面を埋めつくした独特の絵画を描くようになったといいます。また、事故後は記憶喪失や昏睡などの後遺症に見舞われるようになりました。原因究明には時間がかかりましたが、アメリカの研究所で「後天性サヴァン症候群」と診断されます。脳に傷を負ったときに美術や音楽、数学などの分野で特別な才能を発揮するようになる、極めてまれな現象です。
事故から十数年たって日常生活にはほぼ支障はなくなり、ディジュリドゥの演奏も再開したそう。しかし、今も一日の大半を絵画の制作に費やしています。それは、彼の頭の中に浮かんでくる景色を描きとめたもので、意識を失うと真っ白い発光体に包まれたような世界が現れます。そして、意識が戻るにつれて次第に色がついたものになっていくのだそうです。その「意識を消失した後に見る希望に満ち溢れた世界」を、彼は「ひかりの世界」と名付けました。
彼が描いているのは、事故の後遺症によって意識を失っているときに見た光景です。それは最初、白い発光体に囲まれた、ただひかりだけがあるような空間から始まります。そのときの彼には一切の感情がないといいます。恐怖心もなければ嬉しい、楽しいといった気持ちもありません。そして、次第にその発光体に色がついてきて「脳と体が合体する」のを感じると意識が戻るのだそうです。どのように色がついてくるのかはそのときどきによって様々だといいます。彼はその景色を絵画という平面で表現していますが、実際には奥行きがあり、流動体の中を運ばれていくような感覚を覚えるのだそう。意識が戻ると「また倒れて旅に出たのだな」と感じるといいます。
事故後、何十回も倒れて意識を回復するーその経験を経て、GOMAは自分が見ているものが「生と死の間にあるどこか」であると感じるようになりました。実際に臨死体験を研究している人々も、GOMAの絵と似た光景を見た人がいるといいます。音楽活動については曲を覚えるのに時間がかかり、何度も練習しないとできないといった状況に、GOMA自身も葛藤を覚えることはありました。しかし、今では「もっと気楽にディジュリドゥを吹けるようになったし、リフレッシュして絵の活力になる」といいます。音楽は、過去の自分と今の自分をつないでくれるものであり、未来へとつなげてくれるとGOMAは感じています。
会場内では「GOMA ひかりの世界」のCD販売も。18年ぶりのオリジナル・ソロ・アルバムで、3曲収録されています。各曲は約20分ほどの長さで、静寂と深みを感じさせ、瞑想や集中、リラックスしたいときに最適。
新たに挑戦した陶芸作品。一つひとつ違う個性豊かな形が愛おしいお皿とマグカップ。珊瑚の凹凸を出すために、幾重にも土を手作業で塗り重ねています。
次に、GOMAのインタビューをご紹介します。
Q1. GOMAさんにとって、音楽活動とアート活動は、生きる上でどんな役割を果たしていますか?
音楽は前の人生と今の人生を繋ぐ役割があって、アートの方は15年間前に意識が戻ってから急に始まったので、役割としては自分を癒すためにずっと描き続けています。
Q2. GOMAさんにとって、ひかりの世界はどのような意味を持っていますか?
ひかりの世界はすごくポジティブなエネルギーで、いい方向に自分を導いてくれています。毎回意識が戻るときに見る景色は一緒で、僕にとっては風景画なんです。最初の頃に描いていた絵を見ると、もう絵と呼べるものではないかもしれない。何か点を打ちたくて打っていたけど、それが徐々に体の再生とともに形になってきました。この10年間ずっと後遺症があって、倒れて、意識が戻ってっていうのを何十回と繰り返して、意識が戻ったときに、毎回同じようなひかりの残像が脳に焼き付いてくるのに気がつき始めて、そこからキャンバスに見てきた景色を描き残すようになっていきました。
絵画はアクリル絵の具で、MIXED MEDIAはヒマラヤの天然水晶で作っています。今回、陶器を初めて作ってみたんですが、日常の近くにひかりを感じれるようなものがあったらいいなと思ったんですね。僕はコーヒーが大好きで、コーヒーを飲むときに使えるコップやお皿があったらいいなと思って作ってみました。《ひかりの珊瑚》という作品をモチーフにしています。
Q3. 今後の目標・展望についてお聞かせください。
1回目の人生と2回目の人生が、今ようやくクロスしてきた感じがあって、アートと音楽が完全に二刀流になってきました。今回の展覧会では、アートに合わせた音楽を初めて作りました。一つのパッケージとして、音も映像もアートも全部自分で作ったっていうのが初めでで、今までも自分の音楽はかけてたんですが、昔作ったものをCDでっていう感じでした。今回は、この展覧会のために作った音楽を最適な環境できくことができるように、僕の音楽活動においてレコーディングやライブエンジニアもお願いしている会社に音響設計をお願いしてシステムごと全て持ってきてもらったので、サウンドインスタレーション的な要素もあります。
展望としては、今回音楽とアートの2つを軸にした世界観ができあがってきたなっていう感覚が自分の中にあるので、それをもうちょっとビルドアップして、それを持ってあちこち回りたいですね。アメリカとかヨーロッパも行ってみたいですし、最近ここに来たお客さんと話していたら、インドネシアも面白そうだなと思いました。あとは、やっぱり僕が演奏しているディジュリドゥの国でもあるオーストラリアは行きたいですね。そして、それを一緒にできるようなパートナーを探さないといけないなと思っています。そのパートナーはギャラリーなのか、団体なのか今はまだわからないのですが、そういう人たちと繋がりを持っていきたいと思っています。
以上、交通事故後に絵画の才能が開花したGOMAについてご紹介しました。彼の描く洗練された作品の数々の鑑賞とサウンドを体験しに、ぜひGYRE GALLERYを訪れてみてはいかがでしょうか。
■GOMA ひかりの世界
会期:2024年5月4日(土)ー6月29日(土)/11:00-20:00
会場:GYRE GALLERY | 東京都渋谷区神宮前5-10-1 GYRE 3F
お問い合わせ:0570-05-6990 ナビダイヤル(11:00-18:00)
執筆者:遠藤友香
2023年に始まり、今年で2年目を迎える、大阪の街を巡りアートやデザインに出会う周遊型エリアイベント「Osaka Art & Design 2024(以下「OAD」)」。会期は、2024年5月29日から6月25日までの4週間です。
初年度は50組の出展者、150組のアーティスト・デザイナーが参加し、8万人を超える来場者で賑わいました。今年も開催される本イベントでは、より多くの賛同を得て、主催への参画団体も増え、規模を大幅にスケールアップして実施します。
OADは「感性百景」をコンセプトに、大阪の街を巡りながら、 アートやデザインに出会う周遊型エリアイベント。大阪という土地を象徴する、ユーモアに富み、コミュニケーションを楽しむ、人間味あふれる感性。そこに、世界水準の洗練さを持ちながら親しみやすさのあるアートとデザインが掛け合わさり、様々な人々が楽しめる新たなムーブメントが始まるーそんな大阪ならではの“共鳴”を創出するべく生まれました。
日々の暮らしに躍動感と彩りを与えてくれる作品との出会い。創造力を掻き立ててくれるクリエイティブなパートナーとの出会い。多彩な感性が広がり、つながることで、美しい風景と出会うように人生が豊かになっていく。大阪が持つパワーと、限りなく広がるアイデアで、世界に誇るクリエイティブシティ大阪を目指しているといいます。
大阪の梅田からなんばまで南北に縦断する主要エリアから、約50箇所のギャラリーやショップを舞台に気鋭なクリエイターが多彩なアートやデザインをお披露目。美術館を巡るように、アート作品や家具、ファッションなどを観ながら、本当に気に入ったものを購入できるチャンスもあります。
来たる2025年の大阪・関西万博の開催を前に、かつてないほど大阪の街が活気に満ち溢れています。大阪ならではのアイデンティティを発揮し、関西圏を中心に全国からクリエイターが集結。年に一度、キタからミナミまで百貨店やアートギャラリー、インテリアショップなどが連帯し、大阪のカルチャーを世界に発信するイベントを開催していくとのこと。
今年のテーマは「Resonance 〜共鳴の拡張〜 」。大阪の生命力溢れる街で、個々の力が相互に作用し、思いがけない化学反応(シナジー)を引き起こすことを目指します。率直な信念、抑圧からの解放、そして、逸脱を恐れない連帯が、新たなエネルギーを創出することでしょう。
展開されるプログラムは、阪急うめだ本店では、「HANKYU ART FAIR 2024」を通じて、名和晃平、大庭大介、品川美香などの著名アーティストや新進気鋭の作家の作品を展示・販売し、「アートと暮らすことが、当たり前」になるプラットフォームの創造を目指しています。
髙島屋 大阪店では、世界が注目する革新的な布作りを得意とする須藤玲子と話題のコンテンポラリーデザインスタジオ「we+」がコラボレーション。光をテーマにしたテキスタイルを通して、現代大阪の前進するエネルギーを展開します。
高遠まき《Hopeful monster》
例えば、南海なんば駅 2階 コンコースで展開される、高遠まきによる《Hopeful monster》は、神話や民族学的な観点から、人間と非人間、自然と技術、物理的な身体と非物理的な身体の間の境界を考察したパフォーマンスインスタレーション。かつて日本人は、違和感や畏れといった感情や不可解な現象に対し、「妖怪」というポップなキャラクターとして具現化しコミュニティーの中で共有することで、共感的関係を築いてきました。この作品では、妖怪というテーマを現代的にアップデートし、異なる生命体に変身する女性の神話を、クモやアリを思わせる造形で表現しています。
望月虹太《“GREEN SEED” 最終章 ~大樹とともに、また踏み出す。~》
また、大阪梅田ツインタワーズ・ノース 1階 南北コンコースでは、望月虹太の《“GREEN SEED” 最終章 ~大樹とともに、また踏み出す。~》が展開中です。初夏の大都会に、多様な植物が群生し共存する世界が出現。多くの人が行き交う梅田の街。その中心部を貫くコンコースの天井を、期間限定で彩る巨大装飾《GREEN SEED》。みずみずしく、力強く生い茂る植物に、“人と自然との融合”や“未来への希望”など様々な想いを込めて作り上げられたインスタレーションです。
その他、OAD2024のオフィシャルプログラム「HIZO market」は、クリエイターたちが試行錯誤し生み出した作品の原型や市場に出なかった秘蔵作品を展示販売することで、新しいクリエイティブマーケットを創出します。
OAD2024は、大阪のクリエイティブな魅力を世界に向けて発信し、関西圏のアート&デザインシーンを活性化させることを目指すそう。このイベントを通じて、人と作品、人と人、作品と作品との出会いや交流、そしてそこから生まれる共鳴やつながりを育んでいくとのこと。大阪が誇るクリエイティブシティのさらなる発展を目指す本イベントへ、ぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。
■Osaka Art & Design 2024(大阪アート&デザイン 2024)
期間:2024年5月29日(水)〜6月25日(火)
入場料:無料(一部有料イベントあり)
エリア:梅田、堂島、中之島、天満、京町堀、南船場、心斎橋、なんば 他大阪市内各地
出展会場:オープンスペース、ギャラリー、ショップ、百貨店、商業施設
執筆者:遠藤友香
2007年4月、ニューヨークを拠点に活躍したアーティストのキース・へリングを紹介する世界で唯一の美術館として、自然豊かな八ヶ岳の麓に位置する小淵沢に開館した「中村キース・へリング美術館」。
わずか31年という短い生涯ですべてを表現し、希望と夢を残したキース・へリング。アンディ・ウォーホルやジャン=ミシェル・バスキアなどと同様に、1980年代のアメリカ美術を代表する一人として知られています。
中村キース・へリング美術館は、館長の中村和男が蒐集した、キース・へリングのおよそ300点の作品のほか、映像や生前に制作されたグッズなど500点以上の資料を収蔵しています。本館はキース・へリング・コレクションを公開するだけでなく、アートを通して社会に問題提起を行い続けたキース・へリングの作品と、彼の遺志を引き継いだ活動を行うことを目標にしているといいます。
八ヶ岳の美しい自然の中で、静かにキース・へリングの作品と向き合い、そのエネルギーを感じるとともに、現代を生きる私たちにとってリアルな課題であるHIV・エイズや感染症、SDGs、LGBTQ+、戦争と平和、子供の健やかで自由な成長、環境問題などをともに考える美術館を目指しています。
そんな中村キース・へリング美術館では、来年2025年に戦後80年を迎えることを受けて、キース・へリングの反戦・反核を訴える取り組みを辿り、作品に込められた「平和」と「自由」へのメッセージを改めて現代の視点から紐解く展覧会「Keith Haring: Into 2025 誰がそれをのぞむのか」を、2025年5月18日まで開催中です。
キース・へリングは、明るく軽快な作風で知られる一方、作品の根底には社会を鋭く洞察する眼差しがありました。彼は、時にユーモラスに、時に辛辣に社会を描写し、平和や自由へのメッセージを送り続けました。
本展は、キース・へリングが社会の動向に関心を抱くようになった経緯として、彼の幼少期のエピソードの紹介からスタートします。故郷を離れニューヨークへ移ったキース・へリングは、1980年代のアメリカを取り巻く社会情勢を背景に、反戦・反核運動に参画するようになります。それは徐々に、世界各国でのパブリックアート制作、医療・福祉団体との協働、子供たちとのコラボレーションへと発展していきました。今回の展覧会では、いくつかの事例を通してその変遷を辿ると同時に、中村キース・へリング美術館のキース・へリングのコレクションの中でも抽象的な作品を並置することで、社会的背景を踏まえた視点から、彼の抽象表現を鑑賞することを提案します。
次に、おすすめの作品をピックアップしてご紹介します。
キース・へリングが幼少期を過ごした1960年代は「スペース・エイジ」と呼ばれ、長期化する冷戦を背景に技術開発競争が活発化し、宇宙開発やインターネット普及の研究が進むなど、現代において欠かせなくなった情報技術の礎が築かれた時代でした。
普及したばかりのカラーテレビに映る原色の光景に衝撃を受けたキース・へリングは、「初めてテレビ放送された戦争」といわれるベトナム戦争を、ブラウン管を通して体験したことなどから、世界の動きに強い関心を持ち、雑誌などを通して好奇心のおもむくままに知識を深めていきました。
彼は1982年に次のように語っています。
「1958年に生まれた私は、宇宙時代の最初の世代であり、テレビ技術と容易に得られる満足感に満ちた世界に生まれた。私は原子時代の子供だ。60年代のアメリカで育ち、ベトナム戦争に関する『ライフ』の記事を通じて戦争について学んだ。白人中流階級の家庭で、暖かなリビングルームのテレビ画面越しに安全に暴動を見ていた」。
このポスターは、核兵器を含む世界的な軍事縮小が協議された「第3回国連軍縮特別総会」に合わせて、ニューヨークとサンフランシスコで行われた核に対する抗議活動のために、1988年に制作されました。ニューヨークでは、1982年の米国史上最大規模といわれる反核デモ以来の大規模な集会で、ニューヨークの国連本部のそばにあるダグ・ハマーショルド・プラザには、朝9時から大勢の人が集まり、反核を訴えるスピーチなどが行われました。
1961年、東西に分断されたドイツにおいて、東ドイツ政府が国民の流出を防ぐために建設したベルリンの壁。「チェックポイント・チャーリーの家(現:チェックポイント・チャーリー博物館)」より壁画制作の依頼を受けたキース・へリングは、1986年10月にベルリンを訪れました。
彼は、壁の100mほどの範囲を両国の国旗にちなんで黄色に塗り、その上に黒と赤で連鎖する人々を描きました。その後、この壁画はすぐに他のアーティストらによって上描きされ、1989年11月9日に壁が崩壊したため、この作品は現存しませんが、本展ではキース・へリングの活動を記録し続けたフォトグラファーのツェン・クウォン・チによる写真と当時のニュース映像より、制作風景や人々と交流するはキース・へリングの姿、そして分断された街の風景を紹介します。
《シティキッズ自由について語る》は、1986年にニューヨークの「自由の女神」完成100周年を記念して、キース・へリングとシティキッズ財団が開催したワークショップで制作された作品です。「CityKids Speak on Liberty(シティキッズ自由について語る)」の標語のもと、ニューヨークの1,000人の子供たちとともに制作したこの垂れ幕は、約27mの巨大なもので、本展では6mに縮小した再制作品と制作当時の記録写真、オリジナルの垂れ幕を映像で紹介します。
中村キース・へリング美術館では、キース・へリングと日本との関わりを主軸に調査活動を行ってきました。本展の企画にあたり、本館は1988年7月にキース・へリングが広島を訪れたことに着目。彼の広島訪問については、日記に記されている他に公式な記録がなく、同年に広島で行われたチャリティ・コンサート「HOROSHIMA ’88」のために、彼がメインイメージを手掛けたポスターやレコードが残るのみでした。日記を遡ると、壁画を制作することが広島への旅の目的であったことがわかりますが、実現には結びつかず広島にキース・へリングの壁画は存在しません。
次に、1988年7月28日の日記の一部を抜粋します。
「起きてロビーに行き、広島へ行くために福田夫妻と合流。空港まで車で移動し、飛行機で1時間半かけて広島に向かった。
(中略)
この後、私たちはみんなで広島平和記念資料館と平和記念公園を訪れた。そこは、広島の恐怖を生々しく記録している。この資料館を実際に訪れるまでは、爆撃の巨大さを想像することは不可能だ。
(中略)
資料館には、同じ時間帯に多くの子連れの家族がいた。もちろん、広島について読んだり写真を見たりはしていたが、これほどまでに感じたことはなかった。1945年に作られた爆弾がこのような破壊を引き起こし、その後核兵器のレベルと数が強化されているというのは信じがたい。
これが再び起こることを誰が望むだろうか? どこの誰に? 恐ろしいことは、人々が軍拡競争をおもちゃのように議論し、話し合っているということだ。彼らすべての男性は、安全なヨーロッパの国々の交渉のテーブルではなく、ここに来るべきだ。
(中略)
資料館を出てから、私たちは静かに公園を歩いた。誰もが理解し、話をする必要はなかった。平和記念公園と原爆ドームでは、いくつかの記念碑を巡った。ドームは爆撃後に部分的に残された建物で、巨大な破壊の記念として保存されている」。
中村キース・へリング美術館館長 中村和男氏
中村キース・へリング美術館館長の中村和男は「今の時代に何が起こっているのか、この核兵器というものに対して、僕らは鈍感になってしまって、今、ウクライナの中で戦術核を使おうといった動きもあるじゃないですか。そんな中、キース・ヘリングのあの素直に感じた感覚、それが広島にあったんです」と語っています。
以上、中村キース・へリング美術館で開催中の展覧会「Keith Haring: Into 2025 誰がそれをのぞむのか」をご紹介しました。キース・へリングの反戦・反核を訴える取り組みを通じて、ぜひ「平和」と「自由」への想いを、一人ひとりが強く持ち続けて欲しいと思います。
■「Keith Haring: Into 2025 誰がそれをのぞむのか」
会期:2024年6月1日(土)-2025年5月18日(日)
会場:中村キース・ヘリング美術館
山梨県北杜市小淵沢町10249-7
休館日:定期休館日なし
※展示替え等のため臨時休館する場合があります。
開館時間:9:00-17:00(最終入館16:30)
観 覧料:大人 1,500円/16歳以上の学生 800円/
障がい者手帳をお持ちの方 600円/15歳以下 無料
※各種割引の適用には身分証明書のご提示が必要です。
Keith Haring: Into 2025 誰がそれをのぞむのか|中村キース・ヘリング美術館 (nakamura-haring.com)
© Courtesy of GUCCI
執筆者:遠藤友香
世界のラグジュアリーファッションを牽引するブランドのひとつである、1921年にフィレンツェで創設された「GUCCI(グッチ)」。
ブランド創設100周年を経て、グッチは社長兼CEOのジャン=フランソワ・パルーとクリエイティブ・ディレクター サバト・デ・サルノのもと、クリエイティビティ、イタリアのクラフツマンシップ、イノベーションをたたえながら、ラグジュアリーとファッションの再定義への歩みを続けています。
グッチは、ファッション、レザーグッズ、ジュエリー、アイウェアの名だたるブランドを擁するグローバル・ラグジュアリー・グループである「ケリング」に属しています。
そんなグッチは、2024年5月22日より、ブランドアンバサダーに就任したィギュアスケーターの羽生結弦さんにフィーチャーした写真展「In Focus: Yuzuru Hanyu Lensed by Jiro Konami」を、東京・銀座の「グッチ銀座 ギャラリー」にて開催中です。
グッチ銀座 ギャラリーは、ブランドのコアバリューであるクラフツマンシップやイノベーションを体験していただくダイナミックな空間として、また国内外のアーティストやクリエイターとのつながりを育む場として2023年6月にオープンし、そのオープニングを羽生結弦さんの初の写真展「YUZURU HANYU: A JOURNEY BEYOND DREAMS featured by ELLE」が飾りました。
グッチは2024年3月に、羽生結弦さんを新たなブランドアンバサダーとして迎え入れました。そして、グッチと羽生さんのコラボレーションのひとつが、この度の新たな写真展「In Focus: Yuzuru Hanyu Lensed by Jiro Konami」として結実します。本写真展では、ニューヨークを拠点にファッション、コマーシャル、アート、ユースカルチャーなど様々なジャンルを横断して活躍するフォトグラファーでありエモーショナルな作風で知られる小浪次郎氏が、被写体としての羽生結弦さんと向き合い、その「ありのままの今」をテーマに撮り下ろした作品が披露されています。
小浪氏は自身の作品について、「被写体の持つ個性や思想に自分が瞬間的にどう反応するのかが、写真の面白さ。そして被写体と向き合い続けるうちに関係性が変わっていく。だから1枚目と2枚目以降では全く違った表情になる」と語っています。その言葉の通り、人々はまるで被写体が目の前に存在しているかのような写真を通じて、これまでに見たことのない羽生結弦さんと出会うことができるでしょう。
写真展「In Focus: Yuzuru Hanyu Lensed by Jiro Konami」
会期:2024年5月22日(水)–6月30日(日) ※会期中無休
場所:グッチ銀座 ギャラリー 東京都中央区銀座4-4-10 グッチ銀座7階
時間:11:00-20:00 (最終入場 19:00) 入場:無料(事前予約制)
※開催内容は予告なしに変更となる可能性があります。
来場予約
5月15日より グッチ LINE公式アカウント(@gucci_jp)からご来場予約が可能です。
グッチ LINE公式アカウントを友だち追加して予約へお進みください。
※予約メニューの表示に時間がかかる場合があります。あらかじめご了承ください。
2024年6月9日(日)まで開催中の第8回横浜トリエンナーレ「野草:いま、ここで生きてる」。本展覧会は、災害や戦争、環境破壊、経済格差、不寛容など、世界が抱えている多くの課題を私たちに投げかけます。
オープングループ《繰り返してください》(video still)Courtesy of the artists
例えば、こちらはウクライナのアーティスト「オープングループ」の作品です。この映像作品は、ロシアによるウクライナ侵略に伴って、リヴィウの難民キャンプに逃れた人々を取材したもの。国民に配布された戦時下の行動マニュアルに想を得ています。そこには、音によって兵器の種類を聞き分けた上で、いかに行動するべきか、という手引きが示されています。武器の音を口で再現する人々の姿は、生きるために新たな知識が必要となったウクライナの今ある現実を生々しく伝えています。
©2015Eiji OGUMA
この度、第8回横浜トリエンナーレにおいて、「野草の生きかた:ふつうの人が世界を変える」と題し、小熊英二監督 映画『首相官邸の前で』の上映と、小熊英二を招き蔵屋美香(横浜トリエンナーレ組織委員会総合ディレクター/横浜美術館館長)によるスペシャルトークイベントが、5月26日(日)に開催されます。
小熊英二氏 撮影:生津勝隆
小熊英二は、慶應義塾大学総合政策学部教授で学術博士。社会学から日本近現代の研究に従事しています。主な著書に『単一民族神話の起源』(新曜社、1995年、サントリー学芸賞)、『<日本人>の境界』(新曜社、1998年)、『<民主>と<愛国>』(新曜社、2002年、大仏次郎論壇賞、毎日出版文化賞、日本社会学会奨励賞)、『日本社会のしくみ』(講談社、2019年)、A Genealogy of ‘Japanese’ Self-Images(Transpacific Press, 2002) などがあります。
蔵屋美香氏 撮影:加藤甫
横浜トリエンナーレ組織委員会総合ディレクターで横浜美術館館長の蔵屋美香は、千葉大学大学院を修了(教育学修士)後、東京国立近代美術館勤務を経て、2020年より横浜美術館館長/横浜トリエンナーレ組織委員会総合ディレクターを務めています。また、第55回ベネチア・ビエンナーレ国際美術展日本館(アーティスト:田中功起)ではキュレーターを務め、特別表彰されています。現在、多摩美術大学客員教授で、その他慶應義塾大学、東京藝術大学をはじめ、多数の大学でゲスト講師として活躍中です。
小熊英二監督によるドキュメンタリー映画『首相官邸の前で』は、2012年夏、ごくふつうの20万人の人びとが首相官邸前に集まり、原発にまつわる政策に抗議した、奇跡的な瞬間をとらえた作品です。ひるがえって、第8回横浜トリエンナーレ「野草:いま、ここで生きてる」は、中国の作家、魯迅(ろじん、1881–1936)の詩集『野草』(1927年刊)からタイトルをとっています。
魯迅はこの本の中で、わたしたち一人ひとりが日々の暮らしの中で小さな行為を積み重ねれば、世界は変えられる、と述べています。世界を変えるのは、特別な英雄ではなく、魯迅にとってもやはり野の草のような「ふつうの人びと」なのです。
先にも述べた通り、気候変動、災害、戦争、経済格差に不寛容など、私たちの時代は多くの生きづらさを抱えています。「ふつうの人びと」は、これらを変える力となりうるのでしょうか。映画の上映とトークイベントを通して、みなさんと共に考えたいとのことです。
【開催概要】
日時:2024年5月26日(日)13:30-16:30
会場:横浜美術館 レクチャーホール
定員:240名 ※定員になり次第、締め切ります。
参加費:無料
※事前予約不要、映画のみ、トークのみの参加も可能。
【プログラム】
・ごあいさつ(13:30~13:40)
・上映 映画『首相官邸の前で』(13:40~15:30)
2015年|日本|109分|企画・製作・監督:小熊英二|配給:アップリンク 休憩(10分)
・トーク「野草の生きかた:ふつうの人が世界を変える」(15:40~16:30)
小熊英二(慶應義塾大学総合政策学部教授)
蔵屋美香(横浜トリエンナーレ組織委員会総合ディレクター/横浜美術館館長)
野草の生きかた:ふつうの人が世界を変えるー映画『首相官邸の前で』上映会 & トーク 小熊英二×蔵屋美香 | 第8回 横浜トリエンナーレ (yokohamatriennale.jp)
執筆者:遠藤友香
京都・祇園に生まれて芸妓となり、後に東京で料亭の女将として活躍した岡崎智予(1924-1999)は、40余年かけて3,000点以上もの櫛やかんざしを中心とした装身具を収集しました。
そして、そのコレクションをもとに、平成10(1998)年、銘酒「澤乃井」で知られる酒造元 小澤酒造株式会社の名誉会長である小澤恒夫が、東京・青梅に「澤乃井櫛かんざし美術館」を開館しました(現在休館中)。所蔵品は、江戸から昭和までの櫛と簪(かんざし)を中心に、紅板、筥迫(はこせこ)、かつら、矢立などを積極的に収集し、現在その数は4000点に達しています。
この度、京都にある細見美術館で、2024年8⽉4⽇まで開催中の展覧会「澤乃井櫛かんざし美術館所蔵 ときめきの髪飾り―おしゃれアイテムの技と美―」では、岡崎の高い審美眼で収集された櫛やかんざしをはじめ、江戸時代のさまざまな髪型の模型や、筥迫、紅板、着物、さらには矢立や印籠など、日本工芸の技や粋が凝縮された作品を精選して紹介しています。
髪飾りに魅入られた女性-岡崎智予
小説『光琳の櫛』(芝木好子著、1979年 新潮社)は2万点もの櫛を一夜にして手放した主人公が、その後料亭の女主人となり、再び櫛の蒐集を始め、並々ならぬ情熱を注ぐ話です。この小説のモデルとなったのが、岡崎智予です。
岡崎は、小説同様、膨大な数の櫛のコレクションを一度手放しています。しかし、櫛への思いを断ち切れず、取りつかれたように蒐集し直しました。
そして、それらのコレクションを引き取り、美術館を建設し、散逸させることなく保存・公開したのが、小澤酒造株式会社の名誉会長である小澤恒夫でした。
細見美術館の第一展示室では、岡崎の愛用の鏡、お気に入りの衣装、さらには交流のあった歌舞伎俳優・坂東玉三郎から寄贈された舞台衣装などが展示されています。
櫛の歴史
日本の櫛の歴史は、古く縄文時代にまで遡ります。当時、櫛は髪をまとめるだけではなく、呪術的要素も持ち合わせていたといいます。奈良時代には大陸から櫛が輸入されており、正倉院には象牙の横長櫛も遣っています。
しかし、平安時代以降、江戸時代までの700年間、女性の髪型は主に垂髪であったため、実用的な梳き櫛以外の櫛ー飾り櫛は発展しませんでした。
そして、江戸時代前後から、上流階級、一般庶民、遊女といった身分を問わず、女性たちの髪型は結髪の時代を迎えました。
それ以降、櫛・簪・笄は、髪型の変化・流行に合わせて展開し、女性の髪を美しく飾り、そして慈しまれ続けました。
在銘の美
櫛や簪の制作を手掛けたのは、絵師、蒔絵師、べっ甲や象牙の彫師、錺り(金物)職人など、他の調度や飾りものなども扱う工人たちでした。元々、注文に応じて作られ、納められるそうした道具類には、作り手の名が記されるということがほとんどありませんでした。
しかしエキスパートたちの仕事は、独特の意匠や巧みな細工が評判を呼び、多くの人々に望まれ、その名を記すことが求められるようになり、人気のブランドへと成長していきました。
憧れとトレンド
多様な意匠を持つ、櫛や簪。大切な髪を飾るものなので、縁起のいい文様から王朝の物語、和歌に謳われた名所「歌枕」など、装う人の趣味や教養の高さをさりげなくうかがわせます。
そして、小さく限られた画面ではありますが、その制約を逆手にとって、構図の捉え方、モチーフのデフォルトやトリミングなど、様々な工夫が凝らされています。
現代の眼にも斬新なデザイン、意表をつく趣向は、当時の作り手と使い手双方のセンスが見事に反映されています。
こだわりの材質と技法
簪の先から鎖や様々な小物を飾り提げた「びらびら簪」。江戸後期に振袖を着た若い女性たちの間で大流行しました。
櫛や簪をはじめとする様々な髪飾りは、それぞれ髪型を形作るための役割を担っており、その機能を果たしつつ、髪の美しさを引き立て、さらに華やかに飾るものです。
工芸品としても服飾品としても、ごく小さな髪飾りですが、そこには木地やガラス、さらに象牙、べっ甲、珊瑚や翡翠などの高価で貴重な素材、そして金銀の蒔絵・螺細・嵌装(がんそう)といった細緻な技が駆使されています。材質に適った細工、意匠にふさわしい素材が選び抜かれ、見事な芸術品が作り出されました。
美しく装う
琳派の画家として知られる尾形光琳が図案を手掛けた鷺蒔絵櫛「法橋光琳(印)」銘。
古来、女性たちは美しく装い、自らを飾ることに情熱を傾けてきました。江戸時代は、現代ほどファッションやコスメの情報に溢れていたわけではありませんが、参詣・遊山の旅が庶民に普及したことや、出版の隆盛により、服飾や美粧の流行も広まりました。
当時の風俗を伝える浮世絵や版本をみていくと、女性たちの美しくなるための気合が伝わってきます。決まりやしきたりの中で、自分を美しく、素敵に見せようとするテクニックは、現代の女性より上手だったかもしれません。
以上、細見美術館で開催中の展覧会「澤乃井櫛かんざし美術館所蔵 ときめきの髪飾り―おしゃれアイテムの技と美―」についてご紹介しました。岡崎智予が熱き思いで収集したコレクションを散逸させることなく、見る人にときめきを届け続ける澤乃井櫛かんざし美術館の精華を、ぜひこの機会にご堪能ください。
■「澤乃井櫛かんざし美術館所蔵 ときめきの髪飾り-おしゃれアイテムの技と美-」
会期:2024年4⽉27⽇(⼟)〜8⽉4⽇(⽇)
前期:4⽉27⽇(⼟)〜6⽉16⽇(⽇)/後期:6⽉18⽇(⽕)〜8⽉4⽇(⽇)
会場: 細⾒美術館 京都市左京区岡崎最勝寺町6-3
開館時間:午前10時〜午後5時
休館⽇:毎週⽉曜⽇(祝⽇の場合、翌⽕曜⽇)
⼊館料:⼀般 1,800円 学⽣ 1,200円
Photo by 岩澤高雄
執筆者:遠藤友香
市原市、木更津市、君津市、袖ケ浦市、富津市の内房総5市で開催中の、千葉県誕生150周年記念事業「百年後芸術祭〜環境と欲望〜内房総アートフェス」は、 音楽を主とする「LIVE ART」にて、“通底縁劇・通底音劇” と題した小林武史プロデュースによるスペシャルライブを実施。
“通底縁劇・通底音劇”の通底という言葉は、アンドレ・ブルトンの『通底器』からヒントを得たもので、「つながるはずのないものがつながる、つながっている」ということをイメージしています。この通底という言葉には、歴史的な要因による戦争、自然災害による物理的な分断など、表面的には様々な分断が絶えないように見える現実に対して、本来、私たちは根底でつながりあえる(わかりあえる)のではないか? という想いが込められています。また、地理的な要因として、東京と内房総エリアはアクアラインで海の底で通底している、ということもあります。この通底を根底とした“通底縁劇・通底音劇” を表現する形として、小林武史プロデュースによるそれぞれ異なるスペシャルライブを開催しています。
今回は、4月20日(土)、21日(日)に木更津市のクルックフィールズで開催された、櫻井和寿、スガ シカオらによる「super folklore(スーパーフォークロア)」と、5月4日(土)、5日(日)に君津市民文化ホールで行われた宮本浩次らによる「dawn song(ドーンソング)」についてご紹介します!
1.櫻井和寿、スガ シカオらによる「super folklore(スーパーフォークロア)」
「super folklore(スーパーフォークロア)」では、櫻井和寿 / スガ シカオ / Butterfly Studio(guest vocal : Hana Hope / dancer : ⾼村⽉ / KUMI) / ⼩林武史(Key)/ FUYU(Dr)/ 須藤優(Ba) / 名越由貴夫(Gt) / 沖 祥⼦(Vl)のパフォーマンスと音楽、Butterfly Studioによる1000台のドローンを用いた、全く新しいLIVEパフォーマンスが披露されました。
スガ シカオ氏 Photo by 岩澤高雄
オープニングでは前面の巨大スクリーンを使用して、“通底縁劇・通底音劇” の世界観を表現。会場が盛り上がったところでスガ シカオが登場し、「あなたへの手紙」の歌唱前に百年後芸術祭「LIVE ART」のテーマ“通底縁劇・通底音劇” について触れ、「自分の持つ力や勇気を自分のためではなく、 誰かのために使うと逆に自分が救われると感じています。今回のイベントのテーマと同じように、音楽を通じて誰かとつながっていけたら良いと思います」と語りました。
また、能登半島地震の後、現地に赴き、チャリティーライブを行ったといいます。通常、ライブは1日に1公演、多くても2公演だそうですが、能登では何と1日に4公演も行ったそう。「自分の為だけだったら頑張れないけど、人の為なら労力も苦にならない」と述べました。そして「Progress」や「夜空ノムコウ」など全7曲を披露し、会場を魅了しました。
(左から)櫻井和寿氏、Hana Hope氏 Photo by 岩澤高雄
その後、Butterfly Studioのダイナミックなパフォーマンス、Hana Hopeの透き通る歌声で、会場を感動に包み込みました。そこに櫻井和寿が登場し、「to U」をHana Hopeとともに歌唱。
櫻井和寿氏 Photo by 岩澤高雄
全15曲を披露し、「かぞえうた 」歌唱前は、⼩林武史が「“通底縁劇・通底音劇” のテーマに合わせてリクエストした歌です」と、選曲への想いについて語りました。それに対し、櫻井和寿は自身の東日本大震災の際の経験について触れ、「僕は震災の際、被災地に駆けつけることができませんでした 。そんな自分の情けなさ、弱さ、かっこ悪さがどうしようもなく悔しくて、どうにか自分を許す手立てがないかと思っていました。被災された方に想いが届くように、この曲を書きました。この歌がどんなに小さなことでも、誰かの悲しみに何らかの形で寄り添えれば」と、今回のテーマ“通底縁劇・通底音劇” に交えたエピソードを話しました。
小林武史氏 Photo by 岩澤高雄
「365日」で、櫻井和寿はサックスを演奏し、会場を魅了。演奏後のトークで小林武史からの「突然のサックスでしたね(笑)」というコメントに対し、櫻井和寿は「人前でサックスを演奏するのは今回が初めてなんです」という掛け合いに会場が歓喜しました。
Photo by 岩澤高雄
そして、ラストスパート「HANABI」の歌唱では、1000台のドローンの演出でも会場がさらに盛り上がりを見せ、アートと音楽が融合した、まさに「LIVE ART」の演出で圧巻のパフォーマンスを披露しました。
また、クルックフィールズ内では、地域の食の魅力が集う「EN NICHI BA(エンニチバ)」も開催。37店舗の屋台が出店し、多様な千葉の食材を味わう多くの来場者で賑わいました。
2.宮本浩次らによる「dawn song(ドーンソング)」
「dawn song(ドーンソング)」では、宮本浩次 / 落花⽣ズ(ヤマグチヒロコ、加藤哉⼦) / dance︓浅沼圭 / ⼩林武史(Key)/ ⽟⽥豊夢(Dr)/ 須藤優(Ba)/ 名越由貴夫(Gt)/ ミニマルエンジン(四家卯⼤(Vc)、⽵内理恵(Sax))のパフォーマンスと⾳楽が融合した、LIVEパフォーマンスが行われました。
落花⽣ズ Photo by 岩澤高雄
オープニングでは、“通底縁劇・通底⾳劇”とは何かを問いかけるセリフに合わせ、ダンサーの浅沼圭が布を纏いコンテンポラリーダンスを披露し、世界観を表現。続いて、舞台両端から落花⽣ズが加わり、透き通った伸びやかな歌声で会場を魅了しました。
宮本浩次氏 Photo by 岩澤高雄
⼩林武史のキーボードが鳴り響き、スポットライトから宮本浩次が登場。「エヴリバディ︕︕」の掛け声とともに、観客から⼤きな拍⼿。⾃⾝のカバーアルバム「ROMANCE」の収録楽曲「⾚いスイートピー」「⽊綿のハンカチーフ」「あなた」等数々の名曲を⼒強く歌唱し、会場の熱気を⾼めました。
華やかなライトで煌びやかな演出の「東京ブギウギ」、「恋のフーガ」では観客もノリノリで、⼿を叩き⼀体感が⽣まれます。さらに、曲間で「君津ベイベー︕」と叫ぶと、盛り上がりが⼀気にヒートアップ。「ロマンス」では、ステージを縦横無尽に動き回りながら、ステージ上でも宮本らしい激しいパフォーマンスを披露。その後は⾊気たっぷりに「飾りじゃないのよ 涙は」「異邦⼈」を歌い、お客さん⼀⼈ひとりに想いを届けました。
宮本浩次は「君津に来ることができて幸せです。こんなに盛り上がって最⾼の⼀⽇です」とコメントし、⼒の限り全⾝全霊で歌を届ける姿に、涙を流すお客さんもいました。クライマックスでは、エレファントカシマシの代表曲「悲しみの果て」を披露し、宮本⾃⾝もボルテージが上がり会場の観客は総⽴ちに。続けてカバー曲「Woman “W の悲劇”より」やオリジナル楽曲「夜明けのうた」を歌い上げ、アンコールには「冬の花」を熱唱。ステージからの拍⼿喝采に包まれながら、⼩林武史と熱い握⼿を交わし、⾼揚感のまま全24曲約2時間にわたるステージを締めくくりました。
「百年後芸術祭〜環境と欲望〜内房総アートフェス」は、今後も様々なイベントやパフォーマンス、アート作品展⽰などを通じて、100年後について考え、100年後の未来を創っていくための共創の場を⽣み出していくといいます。ぜひ、今後の活動にもご期待ください。
執筆者:遠藤友香
日比谷公園 噴水広場の様子
東京都が主催し、エイベックス・クリエイター・エージェンシー株式会社が制作、運営、PR事務局を務める「Playground Becomes Dark Slowly」が、2024年5⽉12⽇まで⽇⽐⾕公園にて開催中です。
東京都は、四季を通じた花と光の演出によって、公園の新しい楽しみ⽅を届ける「花と光のムーブメント」を実施しています。今回新たに、花と光に「アート」を掛け合わせ、「Playground Becomes Dark Slowly」と題したアートインスタレーションを展開。⼤巻伸嗣⽒、永⼭祐⼦⽒、細井美裕といった3名のアーティストによる企画や展⽰を通して、アート体験を楽しむことができます。
本イベントのキュレーターは⼭峰潤也が務め、コンセプトは「公園という都市の隙間の中で変化していく⽇の光を感じながら、⾃然への想像⼒を駆り⽴てること」。⽇中は永⼭祐⼦の《はなのハンモック》を中⼼としたプレイグラウンド、夜は光を放つ⼤巻伸嗣の《Gravity and Grace》、また細井美裕がサウンドスケープの視点から⽇⽐⾕公園の⾳を収集し、再構築した《余⽩史》など、⼀⽇を通して公園で新たなアートを体感できます。
2024年4月26日に行われたプレス内覧会には、山峰潤也、大巻伸嗣、永山祐子、細井美裕、東京都生活文化スポーツ局長の古屋留美、そしてスペシャルゲストとして西内まりやが登壇。
古屋留美氏
古屋留美は「日比谷公園は120年前に設置された、非常に歴史の深い伝統ある公園です。この公園ができたときは、非常に新しいチャレンジングな取り組みがたくさん重ねられて、今の公園ができました。都民の方が新しい時代の文化に出会う、文化の発信拠点として日比谷公園は始まって、今も皆さんに愛されている、そういう公園です。この公園ができたときのように、都民の皆さんに新しい価値をお届けするっていうことをやっていきたいと思い、この花と光のムーブメントの取り組みをお願いしました。
新しい取り組みというのは、アートです。アートというのはどなたにも入口になる素晴らしい要素だと思います。洋花、洋食、洋楽と新しい要素を都民の方に価値として提供してきたこの公園で、新しくアートというものを上乗せし、より皆さんが楽しんでいただける公園にしたいーそういうことが、今回このプロジェクトをお願いした趣旨です」と述べました。
⼭峰潤也氏
⼭峰潤也は、今回のアートインスタレーションについて、以下のように語っています。
「日比谷公園だけではなく、公園というもの自体が、皆さんの記憶の中でどのような存在としてあるのか、日常の中でどういうふうに存在しているのかということを思いながら、今回二つの時間を大きく考えました。
幼少期の頃に、皆さん公園で遊ばれた記憶があると思いますが、暗くなってくると帰るわけですね。そんな暗がりの中で、虫の声だったりとか、小さなさえずりだったりみたいなものにだんだんと意識が向かっていく。
また子供から大人へと変わっていく時間というのは、日が暮れていくようにだんだんと進んでいく。大人になってから、公園というものの場所の存在が違って見えてくる。そういった意味では、公園には異なる時間、そしてそれぞれの人たちの物語がある場所だと思うんですね。
そういったことを踏まえ、このプレイグラウンドを象徴するような、花の上で展開する絨毯を永山さんに作っていただきましたし、また夜の暗がりの中で輝く大巻さんの作品もあります。そして、またその二つの象徴的な存在とは全く逆側のベクトルから、たくさんの人たちの集合体、音を拾って集めるることによって、色々な人たちのナラティブを感じることができる細井さんの作品など、様々な方向からの展開を考えて、このような企画としました」。
次に、各アーティストによる作品について、みていきましょう。
1.⼤巻伸嗣《Gravity and Grace》(会場:草地広場)
⼤巻伸嗣氏
「存在」とは何かをテーマに制作活動を展開する、アーティストの⼤巻伸嗣。環境や他者といった外界と、記憶や意識などの内界、その境界である⾝体の関係性を探り、三者の間で揺れ動く、曖昧で捉えどころのない「存在」に迫るための⾝体的時空間の創出を試みています。
《Gravity and Grace》
⼤巻伸嗣は作品《Gravity and Grace》について、「この作品は、2016年の「あいちトリエンナーレ」からスタートした作品なんですが、もっと言えば震災の後に原子炉の問題で、私達が関わらざるを得ないエネルギーの問題とか、そういった社会における自分たちの重力、見えない重力と、その音調たらしめるものは何だろうなっていうその問いを、震災以降の私達の日常の中で認識するために作った作品だったんですね。
昨年、国立新美術館で大きな展覧会をさせていただいて、美術館という箱の中で展示することができました。そこはやはり日常ではなくて、非日常的な空間で、作品を皆さんに見ていただくことができました。その非日常的な空間だからこそ、日常的なものを考えたりとかするような、先ほど⼭峰さんが二つの時間というお話をされましたが、違ったその側面を考えるきっかけにしたい。
屋外の公園の日常自体に、非日常的なアートの作品が関わったらどんな空間が生まれるのだろうか。もしくは非日常的なアートというものが、美術館というところでしか成り立たないかもしれないんですが、そういったものが美術館を出て、この日常空間に立ち現れたときにそれはアートになるのか。何かその問いが生まれるのか。またその関わりがどういうものを生み出していくのかっていう挑戦が、ここではできるんじゃないかなというふうに思って、どんどんどんどんそういうものが頭の中を巡っています」と語りました。
2.永⼭祐⼦《はなのハンモック》(会場:第⼀花壇)
永⼭祐⼦氏
1975年東京⽣まれの建築家 永⼭祐⼦。1998年昭和⼥⼦⼤学⽣活美学科卒業。1998年⻘⽊淳建築計画事務所勤務。2002年永⼭祐⼦建築設計設⽴。主な仕事に、「LOUIS V UITTON 京都⼤丸店」「豊島横尾館」「ドバイ国際博覧会⽇本館」「JINS PARK」「膜屋根のいえ」「東急歌舞伎町タワー」など。主な受賞歴に、JIA新⼈賞(2014)、World Architecture Festival 2022 Highly Commended(2022)、i FDesign Award 2023 Winner(2023)など。現在、2025年⼤阪・関⻄万博にて、パナソニックグループパビリオン「ノモの国」と「ウーマンズパビリオン in collaboration with Cartier」(2025)、東京駅前常盤橋プロジェクト「TOKYO TORCH」などの計画が進⾏中です。
《はなのハンモック》
永⼭祐⼦は作品《はなのハンモック》について、「今回こういうお話をいただいて、日比谷公園を訪れたときに、私は普段建築の設計をしてますので、ある意味敷地を見に来たみたいな形でどこに何を置くと、よりこの公園を新しい形で体験することができるのかなっていう目線で色々見て回りました。
一番最初に目に入ったのがこの広い芝生の広場で、そこに何か白い木が生えていて、お花がその足元を覆っているような形だったんですが、普段はそれはどちらかというと遠くから鑑賞するものとして置かれてると思うんですが、何かもうちょっと触れ合ってみたい。
例えば、お花畑があって素敵だなと思っても、その上に寝転がることは多分できないと思うんですが、何かこういったハンモックがあれば、その花畑に寝っ転がるみたいなのを、もしかすると体験できるんじゃないかといったことから、木を中心に花畑を作って、その上に寝っ転がる体験を作りたいなと思いました。
ハンモックは、実は海の漁網をリサイクルしたもので、海ゴミの問題とか、自然環境や気候変動みたいな、そういうものが私達の身近な問題としてだんだん迫ってきていると思うんですが、そういったものを教科書的に伝えるのではなくて、例えば子供が遊びを通して、実はこのハンモックは海の漁網を一度再生して作ったものなんだよっていう裏のストーリーにまで、興味を持ってもらえると嬉しいです」と述べています。
3.永⼭祐⼦《はなの灯籠》(会場:⼼字池)
《はなの灯籠》
永⼭祐⼦は、光の粒を携えた花⼀輪を、来場者の⽅々の⼿で⽔辺に浮かべてもらうワークショップ《はなの灯籠》に関して、以下のようにコメントしています。
「この場所を見に来たときに、⼼字池が最初に目に入ってきたのですが、ただどうしても鬱蒼と草が生えているので、なかなか水辺に近寄れないですが、今回水にこの光と花をセットにして浮かべるワークショップを予定していますが、そういった体験型のワークショップをやることによって、少し水辺に近づくきっかけができるんじゃないかなと思いました。
この公園はすごく色々なものが色々な場所に、すでにポテンシャルの高い状態であり、それをどうやって私が作った作品を通して新しく発見できるかってことが、私がすごくやりたかったことです。そういう自分にとっての公園みたいなのをそれぞれ発見してもらいながら、体験して、またそういった経験を持ち帰ってもらえたらなというふうに思っています」
4.細井美裕《余⽩史》(サウンドインスタレーション)(園内各所)
細井美裕氏
1993年⽣まれの細井美裕。マルチチャンネル⾳響をもちいたサウンドインスタレーションや、屋外インスタレーション、舞台作品、また、⾳を⼟地や⼈の記憶媒体として扱いサウンドスケープを再構築するなど、⾳が空間の認識をどう変容させるかに焦点を当てた作品制作を⾏っています。⻑野県⽴美術館、愛知県芸術劇場、NTT インターコミュニケーション・センター [ICC]、⼭⼝情報芸術センター[YCAM]、国際⾳響学会、⽻⽥空港などで作品を発表しています。
《余⽩史》
細井美裕は《余⽩史》について「普段、私は音の作品を作っていまして、今回大巻さんと永山さんが圧倒的なビジュアルの作品を作られることを、私が参加する段階で把握していたので、そうであればもう音に振り切っても大丈夫そうだと思いまして、作品としては日比谷公園の音をアーカイブする、公的にアーカイブするという、リサーチベースのプロジェクトになっています。
具体的には、私が信頼しているものの見方をしている作家さんやサウンドエンジニア、庭の研究者の方、公園も含む研究者の方々といった、普段は音を使ってない人の視点の録音もあってもいいんじゃないかと思いました。
そういった方々に1ヶ月くらいかけて、日比谷公園の色々なところを、彼らの主観で録音していただきました。将来的にその音のデータから、環境の状況を分析する可能性っていうのも踏まえて、人間の可聴域ではない帯域、例えばものすごい低い振動とものすごい高い音とか、とにかく普段聞こえていないこの環境をキャプチャーするための音データっていう収録もあわせて行ってまして、合計でおそらく50名以上の方に今回の録音に参加していただきました。
アウトプットとしては、公園の園内放送のスピーカーのみを使用することにしました。公園が過去鳴らしてきた音を、今この瞬間の音と重ねて出せたらいいなと思いました」とコメントしています。
西内まりや氏
スペシャルゲストとして登壇した西内まりやは「この歴史ある日比谷公園という場所に入った瞬間、遠くに見える皆さんの作品に、何かいつも公園に来ている感覚とまた違う、ワクワクした気持ちになりました。
先程、実際にハンモックに寝そべったのですが、そうやって何歳になっても公園に来て楽しめる空間ということ、またこういった機会が日本でももっともっと増えたらなって思っていたので、とても嬉しかったですし、たくさんの人に私も伝えていけたらなっていうふうに思いました」と述べました。
以上、⽇⽐⾕公園にて開催中の「Playground Becomes Dark Slowly」について、ご紹介しました。日の光と影の移り変わりをアートとして捉え、訪れる人々に新たな感動をお届する本プロジェクトを、ぜひ楽しんでください。
■「Playground Becomes Dark Slowly」
会期:2024年4⽉27⽇(⼟)〜5⽉12⽇(⽇)
会場:⽇⽐⾕公園(千代⽥区⽇⽐⾕公園)
時間:9:00〜22:00
⼊場:無料・予約不要
公式サイト:https://www.tokyo-park.or.jp/s...
※気象災害等により、イベントや⼀部サービスを中⽌・休⽌・変更することがあります。
※ご来園前に「Playground Becomes Dark Slowly」特設サイト・公園協会X(旧Twitter)にて最新情報
をご確認ください。