イヴ・ネッツハマー《身体の外縁》 2012年 ギャラリー・ビアンコーニ(ミラノ)での展示映像より
執筆者:遠藤友香
謎めいてときに痛ましく、けれどもあくまでエレガントな線と形で紡がれる心象世界。スイス現代美術の「今」を体現する作家イヴ・ネッツハマー(1970-)は、通常の語りの論理を超えて展開するデジタル・アニメーションの映像に、自動機械など風変わりなオブジェを掛け合わせ、世界の起源や自己の根拠をめぐる問いが忘却の淵に押しやられながらもなお明滅する領域を、繊細に描き出してきました。
この度、ネッツハマーの日本での初個展が、宇都宮美術館にて 2024年5月12日(日)まで開催中です。デジタル・アニメーションの虚空間と奇妙なオブジェを掛け合わせ、土地の記憶の深層に潜行して起源の謎を照らし出すネッツハマーが、大谷採石場という巨大な地下空洞を宿す街、宇都宮と出会います。
イヴ・ネッツハマー
ここで、ネッツハマーについてご紹介しましょう。1970年にスイス・シャフハウゼンに生まれたネッツハマーは、建築製図やデザインを学んだのち、1997年より作家活動を開始しました。ピピロッティ・リスト(1962-)の次の世代を担う映像インスタレーション作家として注目を集め、2007年のヴェネツィア・ビエンナーレではスイス館代表を務めました。 これまで、サンフランシスコ近代美術館(2008 年)、ベルン美術館(2010-11年)など各地で個展を開催。大学や病院など、公共建築と一体化したプロジェクトでも、現代的な感性と機知にあふれた作品を手掛けています。2024年に長編デジタル・アニメーション映画「旅する影」を公開予定です。
本展の見どころとして、以下3つが挙げられます。
イヴ・ネッツハマー《反復するものが主体化する(プロジェクトA)》 2007年 ヴェネツィア・ビエンナーレ、スイス館での展示映像より
1.代表的な映像作品を上映
コンピューター・アニメーションによる無言劇の映像は、通常の語りの理路ではなく、イメージがイメージを呼ぶ原理に即して進行し、見る者を予測不可能な展開に引き込みます。
2.宇都宮の地下空洞に触発された竹のインスタレーション
宇都宮の大谷採石場には、神殿を思わせる魅惑的な地下空洞が広がっています。その光景に着想を得たネッツハマーは、今回竹を用いた大規模なインスタレーションを美術館で現地制作しています。
3.美術館建築とのスリリングな競演
作品が設置される土地や建築の記憶を肌で読み解くネッツハマー。今回の展示で彼は、周囲の森の情景を建物内に効果的に取り込む宇都宮美術館の空間と、作品で対話を交わします。
また、ネッツハマーの作品を鑑賞する際、以下3つのキーワードを念頭に置いておくといいでしょう。
1.線
イヴ・ネッツハマー《デジタル・ドローイング(黙示録シリーズより)》 2023年
ネッツハマーの表現の起点は、コンピューターによるデジタル・ドローイングの純化された線にあります。ドローイングの航跡それ自体はエレガントなまでに明晰でありつつ、描かれたイメージには、世界に対する違和の痛みを感じさせるような奇妙さが漂います。線は、ロープや針金などを用いてさらに現実の三次元空間へと展開されます。
2.人像
イヴ・ネッツハマー《伝記で舌を滑らせる》 2019/2022年 ハウス・コンストルクティーフ(チューリヒ)での展示風景
ネッツハマーのデジタル・アニメーションには、顔をもたず、性別もさだかでない抽象的な〈人像〉が繰り返し登場します。 映像の中で、それらは有無を言わさぬ状況の展開に巻き込まれ、ときには血を流し、煩悶し、危ういコミュニケーションに身を投じます。〈人像〉は、無防備な傷つきやすさと同時に、変容へと開かれた可塑性を感じさせる存在だと言えるでしょう。
3.潜る
イヴ・ネッツハマー《身体の外縁》 2012年 ギャラリー・ビアンコーニ(ミラノ)での展示映像より
設置される場や建物の深層記憶に感応するネッツハマーの作品には、地下や水中へと潜る〈人像〉がたびたび現れます。 宇都宮の大谷採石場跡、さらに近隣の足尾銅山跡の地下空間を訪れて触発されたネッツハマーが、われわれの深層に広がる空洞にどのように潜り、何を照らし出すのか、ご期待ください。
アンドレアス・バウム駐日スイス大使
2024年3月12日(火)に在日スイス大使公邸にて開催された、ネッツハマーによるアーティスト・トークにて、 アンドレアス・バウム駐日スイス大使は「イヴ・ネッツハマー氏は、最も著名なスイスの現代美術を代表する人物です。彼は、長年にわたり日本文化と深い関わりを培ってきました。
彼が描く線画は、魅力的な方法で空白の空間を切り取り、身体、動物の姿、あるいは見慣れた物体を常に単純な説明を拒む、メランコリックな鋭さで再構成しています。ネッツハマー氏のアートは、希望に操られながらも、その根底にある力を私たちに示し、言葉の向こう側にある空虚さに私たちを誘います。彼の作品は、意味の構造そのものに疑問を投げかけています。ネッツハマー氏が日本文化と歩む旅は、深い情報に裏打ちされながらも常に機敏です。
2024年は、スイスと日本の国交樹立160周年にあたります。今年1年を通じて、そして2025年の大阪・関西万博に向けて、私たちは両国の歴史における画期的なエピソードを紹介するとともに、芸術や文化からビジネスや科学に至るまで、様々な分野での創造と交流を促進します。このバイタリティスイスというコミュニケーションプログラムの枠組みにおいても、宇都宮美術館とパートナーシップを組めることを光栄に思います」と語りました。
ネッツハマーは「線画というのが、私の作品の基本になっています。私はパラドックスのような形で人の思いとかアイデンティティ、あるいは身体、社会、そしてその間の境界線を考えています。それを描くのに、すごく抽象的なデジタルドローイングの処方を使っています。手描きではなくて、マウスを使って描いているんです。
私はアーティストとしてはちょっと従来型のやり方とは違うんですね。ギャラリーと一緒に仕事をするというよりは、私は企画展、エキシビジョンを行っています。ですので、コミュニケーションの質を一連のプロセスの中で作り上げています。様々な社会に同時にアクセスすることができるし、様々なスキルを持った様々な人と仕事することができます。我々が自分たちのツールを変えていくことによって、何を見つけることができるのかというのが私の自分への問いです」と述べています。
ぜひ、ネッツハマーの世界観に浸りに、宇都宮美術館へ足を運んでみてはいかがでしょうか。
■イヴ・ネッツハマー「ささめく葉は空気の言問い」
会期:2024年3月10日(日)~ 5月12日(日)
休館日:月曜日(4/29、5/6は開館)、4/30、5/7
開館時間:9:30-17:00(入館は16:30まで)
※本展は他会場には巡回しません。
観覧料:一般1,000円(800円)、高校生・大学生800円(640円)、小学生・中学生600円(480円)
※( )内は20人以上の団体料金
◎身体障がい者手帳、療育手帳、精神障がい者保険福祉手帳の交付を受けている方とその介護者(1名)は無料。
◎宇都宮市在学または在住の高校生以下は無料。宮っ子の誓いカードまたは学生証をご提示ください。
◎毎月第3日曜日(3月17日、4月21日)は「家庭の日」です。高校生以下の方を含むご家族が来館された場合、企画展観覧料が一般・大学生は半額、高校生以下は無料となります。
◎4月2日(火)は「市民の日」振替日は、宇都宮市民の方は観覧無料。ご来館の際は住所が確認できる身分証明書をご提示ください。
展覧会についてのお問い合わせ:宇都宮美術館 Tel.028-643-0100