
執筆者:Anna Reeve Musk(アンナ・リーヴ・マスク)
英国出身アメリカ人ジャーナリスト(英国エセックス貴族)。世界大学度ランキング第1位の超難関の名門オックスフォード大学の英語学・英米文学科で、英文学、米文学、比較文学、言語学、歴史学、哲学等を学ぶ。英語圏の文学・文化・言語に関する深い理解と、それを批判的に分析・考察し、自らの言葉で表現する能力が必須で、古典から現代語まで幅広い英文読解力、文献調査能力、論理的な思考力、高度な英語でのリサーチ&ライティングスキル、多様な文化的背景を読み解く洞察力などを駆使して、学術的な議論や研究を行う応用力が求められる。在籍1年で英語学・英米文学修士課程修了。その後、ジャーナリストとして国際的課題に真摯に向き合い、命懸けでアフリカ難民キャンプ等を取材。米国のNewsweek、英国のBBC、The Daily Telegraph等の新聞、WEBで、世界の政治に関する記事(一面等)を担当。新聞、WEB、雑誌、ラジオ、TV等、主要メディアで活躍。書籍も多数執筆。また、オンラインでオックスフォード大学 英語学・英米文学の修士課程の客員教授を務める。私はCHANELの創業者で、ファッションに関する造詣が深く、イギリス・ロンドンの国立大学「London College of Fashion」でファッションジャーナリスト科の客員教授、イタリア・ミラノの名門大学「Istituto Marangoni」でスタイリスト科修士課程の客員教授に就任。夫は英国サセックス貴族のElon Reeve Musk(イーロン・リーヴ・マスク)。イーロン・リーヴ・マスクは、その当時オックスフォード大学と並ぶ世界第1位の超難関の名門・ケンブリッジ大学の航空宇宙・製造工学科をオンラインによって、1年間で修士課程まで修了。ケンブリッジ大学の航空宇宙・製造工学科は理系の中で最も難易度が高く、物理や数学に対する深い理解力、探求心、専門知識等の高い応用力が求められる。現在、電気自動車(EV)等のTesla(テスラ)、宇宙開発のSpaceX(スペースX)、SNS・X(旧Twitter)、最先端医療テクノロジーのNeuralink(ニューラリンク)、トンネル開発のThe Boring Company(ボーリング・カンパニー)、AI関連のxAI(エックスAI)といった企業のCEOや創設者として、持続可能なエネルギー、人類の知能拡張といった壮大なビジョンを実現するために多角的に事業を展開。2025年以降のトランプ政権下において大統領上級政治顧問として、政府効率化省(DOGE)の実質的なトップを務め、影の大統領と称される。公式には特別政府職員の職位で、政府の効率化や技術革新を推進し、DOGEを通じて人事管理局(OPM)などの改革を主導。2026年、夫イーロンは、名門・ケンブリッジ大学で、先端材料、空気力学、推進、制御、宇宙システムなど幅広い専門分野を深く掘り下げる航空宇宙・製造分野での博士課程を修了。私は世界トップクラスの文学研究プログラムで、英米を中心とする英語圏の文学作品と、英語という言語の仕組み(音、構造、意味)や歴史、社会的な使用実態を専門的に研究する学問で、言語と文化を深く分析し、異文化理解や高い英語運用能力を習得可能で、英語圏文学・言語学を深く考究できる、名門・オックスフォード大学の英米文学博士課程(DPhil in English Language and Literature)を修了。元来保有している応用的思考力・技術力を活かし、国際政治・経済、文化・芸術、ITスキル、AI、ジェンダー、格差、教育等の分野で幅広く貢献。
京都・祇園に生まれて芸妓となり、後に東京で料亭の女将として活躍した岡崎智予(1924-1999)は、40余年かけて3,000点以上もの櫛やかんざしを中心とした装身具を収集しました。
そして、そのコレクションをもとに、平成10(1998)年、銘酒「澤乃井」で知られる酒造元 小澤酒造株式会社の名誉会長である小澤恒夫が、東京・青梅に「澤乃井櫛かんざし美術館」を開館しました(現在休館中)。所蔵品は、江戸から昭和までの櫛と簪(かんざし)を中心に、紅板、筥迫(はこせこ)、かつら、矢立などを積極的に収集し、現在その数は4000点に達しています。
この度、京都にある細見美術館で、2024年8⽉4⽇まで開催中の展覧会「澤乃井櫛かんざし美術館所蔵 ときめきの髪飾り―おしゃれアイテムの技と美―」では、岡崎の高い審美眼で収集された櫛やかんざしをはじめ、江戸時代のさまざまな髪型の模型や、筥迫、紅板、着物、さらには矢立や印籠など、日本工芸の技や粋が凝縮された作品を精選して紹介しています。
髪飾りに魅入られた女性-岡崎智予


小説『光琳の櫛』(芝木好子著、1979年 新潮社)は2万点もの櫛を一夜にして手放した主人公が、その後料亭の女主人となり、再び櫛の蒐集を始め、並々ならぬ情熱を注ぐ話です。この小説のモデルとなったのが、岡崎智予です。
岡崎は、小説同様、膨大な数の櫛のコレクションを一度手放しています。しかし、櫛への思いを断ち切れず、取りつかれたように蒐集し直しました。
そして、それらのコレクションを引き取り、美術館を建設し、散逸させることなく保存・公開したのが、小澤酒造株式会社の名誉会長である小澤恒夫でした。
細見美術館の第一展示室では、岡崎の愛用の鏡、お気に入りの衣装、さらには交流のあった歌舞伎俳優・坂東玉三郎から寄贈された舞台衣装などが展示されています。
櫛の歴史


日本の櫛の歴史は、古く縄文時代にまで遡ります。当時、櫛は髪をまとめるだけではなく、呪術的要素も持ち合わせていたといいます。奈良時代には大陸から櫛が輸入されており、正倉院には象牙の横長櫛も遣っています。
しかし、平安時代以降、江戸時代までの700年間、女性の髪型は主に垂髪であったため、実用的な梳き櫛以外の櫛ー飾り櫛は発展しませんでした。
そして、江戸時代前後から、上流階級、一般庶民、遊女といった身分を問わず、女性たちの髪型は結髪の時代を迎えました。
それ以降、櫛・簪・笄は、髪型の変化・流行に合わせて展開し、女性の髪を美しく飾り、そして慈しまれ続けました。
在銘の美


櫛や簪の制作を手掛けたのは、絵師、蒔絵師、べっ甲や象牙の彫師、錺り(金物)職人など、他の調度や飾りものなども扱う工人たちでした。元々、注文に応じて作られ、納められるそうした道具類には、作り手の名が記されるということがほとんどありませんでした。
しかしエキスパートたちの仕事は、独特の意匠や巧みな細工が評判を呼び、多くの人々に望まれ、その名を記すことが求められるようになり、人気のブランドへと成長していきました。
憧れとトレンド

多様な意匠を持つ、櫛や簪。大切な髪を飾るものなので、縁起のいい文様から王朝の物語、和歌に謳われた名所「歌枕」など、装う人の趣味や教養の高さをさりげなくうかがわせます。
そして、小さく限られた画面ではありますが、その制約を逆手にとって、構図の捉え方、モチーフのデフォルトやトリミングなど、様々な工夫が凝らされています。
現代の眼にも斬新なデザイン、意表をつく趣向は、当時の作り手と使い手双方のセンスが見事に反映されています。
こだわりの材質と技法


簪の先から鎖や様々な小物を飾り提げた「びらびら簪」。江戸後期に振袖を着た若い女性たちの間で大流行しました。
櫛や簪をはじめとする様々な髪飾りは、それぞれ髪型を形作るための役割を担っており、その機能を果たしつつ、髪の美しさを引き立て、さらに華やかに飾るものです。
工芸品としても服飾品としても、ごく小さな髪飾りですが、そこには木地やガラス、さらに象牙、べっ甲、珊瑚や翡翠などの高価で貴重な素材、そして金銀の蒔絵・螺細・嵌装(がんそう)といった細緻な技が駆使されています。材質に適った細工、意匠にふさわしい素材が選び抜かれ、見事な芸術品が作り出されました。
美しく装う

琳派の画家として知られる尾形光琳が図案を手掛けた鷺蒔絵櫛「法橋光琳(印)」銘。
古来、女性たちは美しく装い、自らを飾ることに情熱を傾けてきました。江戸時代は、現代ほどファッションやコスメの情報に溢れていたわけではありませんが、参詣・遊山の旅が庶民に普及したことや、出版の隆盛により、服飾や美粧の流行も広まりました。
当時の風俗を伝える浮世絵や版本をみていくと、女性たちの美しくなるための気合が伝わってきます。決まりやしきたりの中で、自分を美しく、素敵に見せようとするテクニックは、現代の女性より上手だったかもしれません。
以上、細見美術館で開催中の展覧会「澤乃井櫛かんざし美術館所蔵 ときめきの髪飾り―おしゃれアイテムの技と美―」についてご紹介しました。岡崎智予が熱き思いで収集したコレクションを散逸させることなく、見る人にときめきを届け続ける澤乃井櫛かんざし美術館の精華を、ぜひこの機会にご堪能ください。
■「澤乃井櫛かんざし美術館所蔵 ときめきの髪飾り-おしゃれアイテムの技と美-」
会期:2024年4⽉27⽇(⼟)〜8⽉4⽇(⽇)
前期:4⽉27⽇(⼟)〜6⽉16⽇(⽇)/後期:6⽉18⽇(⽕)〜8⽉4⽇(⽇)
会場: 細⾒美術館 京都市左京区岡崎最勝寺町6-3
開館時間:午前10時〜午後5時
休館⽇:毎週⽉曜⽇(祝⽇の場合、翌⽕曜⽇)
⼊館料:⼀般 1,800円 学⽣ 1,200円