執筆者:遠藤友香
森ビル株式会社等が、約300件の権利者の方々とおよそ35年かけて進め、2023年11月24日(金)に無事開業した「麻布台ヒルズ」。
「麻布台ヒルズ」は、“Modern Urban Village~緑に包まれ、人と人をつなぐ「広場」のような街”をコンセプトに、“Green & Wellness”人々が自然と調和しながら、心身ともに健康で豊かに生きることを目指す街です。約8.1haの広大な計画区域には、約24,000㎡の圧倒的な緑が広がり、延床面積約861,700㎡の空間に、オフィスや住宅、商業施設、文化施設、教育機関、医療機関など、多様な都市機能が集積しています。
森ビルは、「都市には経済活動を支えるだけではなく、豊かな都市生活を実現するための文化的魅力が不可欠である」との強い想いから、「文化」を最も重要な要素の1つとして都市づくりに取り組み、ヒルズごとに個性的な文化施設をつくってきました。ウェルネスへの意識が高まってきた今、文化やアートは、人々の暮らしを心豊かなものにするものとして、より都市生活にとって大切な存在となっています。
「麻布台ヒルズ」では、「街全体がミュージアム」をコンセプトに、総施設面積約9,300㎡(約2,820坪)のデジタルアートミュージアムとギャラリーを中核として、オフィスや住宅、ホテルのロビーや広場など、街のあらゆる場所にパブリックアートを設置し、芸術・文化が一体となった街を創出しています。
「麻布台ヒルズ」の文化発信の中核となる場所が「麻布台ヒルズ ギャラリー」です。美術館仕様の施設・設備を備え、アート、ファッション、エンターテイメントなど、多様なジャンルの文化を発信。麻布台ヒルズ ギャラリーで、2024年9月6日(金)まで開催中なのが、アレクサンダー・カルダーによる、東京での約35年ぶりとなる個展「カルダー:そよぐ、感じる、日本」です。
本展は、アメリカのモダンアートを代表するカルダーの芸術作品における、日本の伝統や美意識との永続的な共鳴をテーマにしています。この展覧会は、ニューヨークのカルダー財団理事長であるアレクサンダー・S.C.ロウワーのキュレーションと、Paceギャラリーの協力のもと、カルダー財団が所蔵する1920年代から1970年代までの作品約100点で構成され、代表作であるモビール、スタビル、スタンディング・モビールから、油彩画、ドローイングなど、幅広い作品をご覧いただけます。
カルダー自身は生前日本を訪れたことはありませんでしたが、日本の多くの芸術家や詩人に受け入れられました。それは、今日、彼の作品20点以上が日本国内18箇所の美術館に収蔵されていることからも理解できます。
本展の会場デザインを担当し、長年のカルダー財団の協力者でもあるニューヨーク拠点の建築家、ステファニー後藤は、カルダーが同時代の偉大な建築家たちとコラボレーションしていた精神にならい、3:4:5 の直角三角形の幾何学にもとづいた設計で、日本建築の要素や素材をエレガントかつモダンに展示空間に取り入れています。
Calder with Armada (1946), Roxbury studio, 1947. Photograph by Herbert Matter
ここで、カルダーについてご紹介しましょう。1898年にペンシルベニア州ローントンにて生まれたカルダーは、20世紀を代表する芸術家です。古典的な芸術家の一家に生まれた彼は、針金を曲げたりねじったりすることで、立体的な人物を空間に「描く」という新しい彫刻の手法を編み出し、芸術活動をスタートさせました。吊るされた抽象的な構成要素が、絶えず変化する調和の中でバランスを保ちながら動く「モビール」の発明で最もよく知られています。カルダーは、動く彫刻であるモビールによって近代彫刻の概念を一変させ、最もその名を知られていますが、絵画、ドローイング、版画、宝飾品など、数多くの作品を制作し、幅広い分野で活躍しました。
次に、本展でおすすめの作品を5点ピックアップします!
Alexander Calder 《Fafnir》, 1968 Sheet metal, rod, and paint 112" × 184" × 46" (284.5 × 467.4 × 116.8 cm)
カルダーがアート作品をつくる以前は、彫刻は地面に付いていて動かないもの、静的なものというイメージが強かったのですが、カルダーが動く彫刻をアートの中で初めて生み出したことによって、動く彫刻が誕生しました。このことは、歴史的にも高評価を受けています。
こちらの作品は、本来屋外に置くためのパブリックアートの彫刻作品で、風があると鉄の部分がクルクル回るなど、気流や光、湿度、人間の相互作用に反応します。
この姉妹作品がパブリックアートとして一番最初に置かれたのが、名古屋市美術館です。名古屋市美術館では、姉妹作品が屋外に置かれています。
こちらの作品名《Fafnir》とは、北欧の神話の「龍」に由来します。後ろの部分が尻尾で、顔もあるように見えます。本作は、名古屋市美術館に置かれている姉妹作品という点と、日本との繋がりといったことを含めて、入口を入って一番最初に置かれています。
ここは、茶室をイメージした空間になっており、壁には桜の木を使っています。上の照明部分は、日本の庇(ひさし)を想定しています。カルダーの作品は動きがあるため、影も一緒に楽しめるのですが、ここはあえて影が出ないような空間構成になっています。
Alexander Calder 《Un effet du japonais》, 1941 Sheet metal, rod, wire, and paint 80" × 80" × 48" (203.2 × 203.2 × 121.9 cm)
こちらは《Un effet du japonais》という作品で、今回の展覧会の英語タイトルになっています。《Un effet du japonais》とはフランス語で、日本語に訳すと「日本の美学」という意味です。
本展をキュレーションしたサンディー曰く、黒と赤で構成されている本作は、見方によっては日本の歌舞伎の化粧や、また左右の部分が羽のようで鶴のようにも見えるとのこと。
Alexander CalderSword 《Sword Plant》, 1947 Sheet metal, wire, and paint 42-3/4" × 31-1/4" × 30-1/2" (108.6 × 79.4 × 77.5 cm)
こちらは、日本のいわゆる瓦を想起させる空間で、まわりは全て黒染めした和紙で囲まれています。よく見ると、和紙の上の2点だけが止まっており、その理由は、上にあるモビール作品がそよいだり、風で動くことを想起しているためです。ここの空間に風があると、和紙が揺らぐような形をイメージして、このようなデザインになっています。
作品を見ると黄色や青といった色味がパッと目に入ってきますが、近づいてみると小さなモビール作品は、実は赤だけではなく黒のモビールの要素も入っていることが見て取れます。黒の空間の中において、黒いモビールが空間と同化していますが、作品に近づくことで見えてくる色がある点が面白い。
カルダーの作品は、他の展覧会では基本的にホワイトキューブで展示することが多いのですが、展示空間を担当した後藤の意向もあって、興味深い空間構成になっています。
Alexander Calder 《Untitled》, 1956 Sheet metal, wire, and paint 35" × 120" × 64" (88.9 × 304.8 × 162.6 cm)
こちらは、カルダーの代表的なモビール作品です。カルダーの父アレクサンダー・スターリング・カルダーは高名な彫刻家で、母ナネット・レダラー・カルダーは油絵の画家というアート家系に生まれました。ただ、両親はカルダーがアートの道に進むことを好んでいませんでした。カルダー自身工学部で機械工学を専攻し、エンジニアとなりましたが、その後芸術家の道に転向したという経緯を持っています。
元々カルダーは工学部出身なので、こちらのモビール作品も計算されているのかと思いがちですが、キュレーションしたサンディー曰く、カルダーはモビール作品を本能的に作っており、全く計算されていないとのこと。
確かに見てみると、視点の部分が不均衡で、必ずしも真ん中に置かれているわけではなかったり、青と黄色の部分も、全く同じものが吊るされているわけではなく、人力で調整されて作られていることが理解できます。
現在、巷に出回っている赤ちゃんの知育玩具は、このカルダーのモビールが元となって誕生しているそうです。
Alexander Calder 《Black Beast》, 1940 Sheet metal, bolts, and paint 103" × 163" × 78-1/2" (261.6 × 414 × 199.4 cm)
記事冒頭でご紹介した作品《Fafnir》と同じタイプのスタビルという種類の作品《Black Beast》。屋外彫刻の作品の中では、初期の作品です。屋外彫刻作品なので、高さがあってもいいのですが、こちらは高さ2.8mです。ただ、重さが400kgあるといった、かなり重い作品です。
素材は鉄ですが、こういった屋外彫刻といった大きな作品を制作していた時期が、ちょうど第二次世界大戦中で、鉄が資源として限られてたので、廃材を使ってコーティングし直すなど、カルダーはサステナブルな姿勢を持っていました。
以上、カルダーによる個展「カルダー:そよぐ、感じる、日本」をご紹介しました。次に、麻布台ヒルズのパブリックアートをピックアップします!
「パブリックアート」日常生活とアートの境界をなくす
圧倒的な緑に包まれた広大な空間が広がる「麻布台ヒルズ」。その公共空間や生活環境にあるパブリックアートには、空間の壮大なスケール感とヒューマンスケールを融合し、人間と宇宙の繋がりを感じられ、「麻布台ヒルズ」で生成される自然界のエネルギーを可視化するような作品が、森美術館のキュレーションにより選定されています。
また、手仕事の痕跡が残された作品の表情や、さまざまな素材が五感を刺激し、人間本来の野性や芸術的感性が喚起されることも想像されています。さらには、「エプソン チームラボボーダレス」や「麻布台ヒルズギャラリー」など、「麻布台ヒルズ」の各アートスペースとも連動し、街全体でミュージアム・クオリティのアートを体験できるよう考慮されているといいます。パブリックアートでは、世界の現代アート界を牽引するアーティストの豪華な共演を楽しむことができます。
中央広場:奈良美智(日本) 《東京の森の子》2023年
奈良美智(日本) 《東京の森の子》2023年
目を閉じた《東京の森の子》は、アンテナを天高く伸ばし、宇宙と交信しているようにも、森の精として自然界の平安を祈っているようにも見えます。天空に向けて円錐状に立ち上がる本作は、2011年の東日本大震災の悲しみから、創造活動を再開する契機ともなった《ミス樅の子》(2012年)に続き、2016年以来、青森、那須塩原、ロサンゼルスなどに恒久設置されている《森の子》シリーズの8体目。都内に常設される奈良の野外彫刻としては初めてです。
粘土で作った原形をブロンズで鋳造し、ウレタン塗装を施した表面には、奈良の指跡が鮮やかに残り、作家の身体性や情動がリアルに伝わってきます。心の奥底に刻み込まれた記憶、感性、直感のままに制作されたこのシリーズには、奈良自身の葛藤、世界平和への願い、希望などが折り重なり、私たちの心の奥底に話しかけてくるようです。
中央広場:ジャン・ワン(中国) 《Artificial Rock. No.109》 2015年
ジャン・ワン(中国) 《Artificial Rock. No.109》 2015年
ステンレススチールで自然石を模した彫刻は、中国の彫刻家ジャン・ワンの代表的なシリーズです。中国で天然岩を鑑賞する文化「供石」は唐の時代に遡ります。自然石を鑑賞する文化は日本では「水石」と呼ばれ、14世紀に中国から伝来したと言われています。供石で愛でられる自然岩は主に石灰岩で、自然現象によって溶解した形が風景にも喩えられてきました。
ジャン・ワンは急速な経済発展や産業化の只中にある中国で、多くの知識人や趣味人を魅了してきた自然岩が連想させる伝統的な風景を、自然を模して近代的な素材で再現しました。自然とその模造の意味を問い掛けながらも、鏡面に仕上げられた表面は麻布台ヒルズで移り変わる四季の風景、さらには天空を写し出し、過去と未来を繋げます。
森JPタワー:オラファー・エリアソン(デンマーク) 《相互に繋がりあう瞬間が協和する周期》2023年
オラファー・エリアソン(デンマーク) 《相互に繋がりあう瞬間が協和する周期》2023年
連続する4つの彫刻は、ひとつの点がねじれながら移動する軌跡を描いたものです。人々の行動、求心力、自由に動くダンスなど、あらゆるものの運動を表現しています。螺旋状の彫刻は、窓や柱など空間にあるそのほかの要素とも相互に関連しあいながら、調和しているように見えます。徐々に複雑になるこれらの形は、振動を表すリサジュー曲線に着想を得て、そこからダイナミックな立体に転換されました。
細部に目を向けると、菱形、凧型、三角形で構成される十一面体を多数連続させることで全体が形作られていることがわかります。スタジオ・オラファー・エリアソンが長年続けてきた幾何学的形体の研究や地質学的な時間に対する概念的な問いに基づき、本作では再生金属が初めて使われています。
以上、「麻布台ヒルズ ギャラリー」で開催中の「カルダー:そよぐ、感じる、日本」展と、麻布台ヒルズのパブリックアートについてご紹介しました。感性と知性が刺激される作品を鑑賞しに、ぜひ「麻布台ヒルズ」に足を運んでみてはいかがでしょうか。
■「カルダー:そよぐ、感じる、日本」展
会場:会場麻布台ヒルズ ギャラリー
(東京都港区虎ノ門5-8-1 麻布台ヒルズ ガーデンプラザA MB階)
会期:2024年5月30日(木)ー2024年9月6日(金)
※休館日:2024年8月6日(火)
開館時間:月/火/水/木/日 10:00-18:00(最終入館 17:30)
金/土/祝前日 10:00-19:00(最終入館 18:30)