執筆者:遠藤友香
マルチメディアアーティストのスプツニ子!氏による個展「Can I Believe in a Fortunate Tomorrow? ー幸せな明日を信じてもよい?ー」が、2025年1月25日(土)までKOTARO NUKAGA(天王洲)にて開催中です。
本展に関して、スプツニ子!氏は以下のステイトメントを発表しています。
マルチメディア・アーティストおよび映像作家 スプツニ子!氏
「2000年代から2010年代にかけて、インターネットやソーシャルメディアの発展によって思い描かれたユートピア。しかし、2020年代になると、そのユートピアは瞬く間に、誤情報の拡散、不平等の深刻化、そしてそれらに伴う社会の分断といった冷厳な現実へと姿を変えました。この目に見える分断や漠然とした不安は、私の心に重くのしかかっています。
11月上旬に実施されたアメリカ大統領選挙は、こうした分断の現状を鮮明に反映しており、私たちは、テクノロジーがもたらすはずだった『幸せ』や『希望』が今どこにあるのか、再考する必要に迫られています。
効率性や利便性は、本当に私たちの幸せに繋がっているのか? テクノロジーは、私たちを解放するのか、それとも新たな束縛となるのか? 私たちは、まだ未来を信じることができるのか?
本展を通じて、こうした問いを皆さんとともに考えていければと思います」。
オーストリア・リンツ市を拠点に、40年にわたり「先端テクノロジーがもたらす新しい創造性と社会の未来像」を提案し続けている、世界的なクリエイティブ機関「アルスエレクトロニカ」への2009年の参加以降、メディアアート、テクノロジーの世界を駆け抜けてきたアーティストであるスプツニ子!氏による本展は、未発表の新作を含む3シリーズの作品で構成されています。
1.《Drone in Search for a Four-Leaf Clover》
《Drone in Search for a Four-Leaf Clover》
昨年金沢21世紀美術館で開催された「DXP(デジタル・トランスフォーメーション・プラネット)―次のインターフェースへ」展で展示され、現在イギリスの著名なデジタルアート・アワードのひとつであるThe Lumen Prize(ルーメン・プライズ)にもノミネートされている国際的にも高評価を得ている作品です。
《Drone in Search for a Four-Leaf Clover》
群生するクローバーの上をドローンがゆっくりと飛行する映像をAIが解析し、「幸せの象徴」とされてきた四つ葉のクローバーをいとも簡単に見つけ出すという映像作品ですが、テクノロジーによって大量に発見できるようになった四つ葉のクローバーは、果たしてわたしたちを幸せにしてくれるのでしょうか?
テクノロジーは、かつては人の目で地を這うようにして探すしかなかった四つ葉のクローバーを簡単かつ効率的に発見することを可能にします。その精度とスピードは驚くべきものではありますが、その「進歩」には違和感を覚える部分もあるのではないでしょうか。じっくりと向き合いたい作品です。
2.《Can I Believe in a Fortunate Tomorrow?》
《Can I Believe in a Fortunate Tomorrow?》
「彩雲」、つまり太陽近くの雲が虹のように七色を帯びて見える現象を、AIによってシミュレートした映像作品です。
雲の中の水や氷の粒で光が屈折・散乱することで雲が七色に輝く「彩雲」は、古来「吉兆」と信じられてきました。本作では、流れる雲の映像をAIに画像解析させ、虹色の輝きを合成することで「彩雲」がシミュレートされています。
映し出される映像は「彩雲」そのもので、見る人を本物の彩雲同様に幸せにする一方、映像自体はといえば、AIによるシミュレーション、つまりある種のフェイク映像とも言える存在であり、本作には、テクノロジーが示す未来の両義性が暗示されています。
《Can I Believe in a Fortunate Tomorrow?》
本展は、入口を入ってすぐ、この「彩雲」の作品から始まっており、テクノロジーがもたらす脅威の中にも幸福を見出したいというスプツニ子!氏の想いが読み取れます。
3.《Tech Bro Debates Humanity》
《Tech Bro Debates Humanity》
ふたつのモニターに、さまざまな人類の課題について議論をしつづける2人の男性が映し出されます。この2人は、アーティストであるスプツニ子!氏の容姿や声音を生成AIモデルによって「白人男性」化し、さらにイーロン・マスク氏やピーター・ティール氏などのいわゆる「Tech Bro」的思考を憑依させたアバター(コミュニケーションを行う分身・キャラクター)です。2人の議論の内容も、全てAIによって生成されています。
議論は「AIと労働と幸せの未来」、「データ、AI、ポピュリズム、そして民主主義の未来」、「人類はなぜ宇宙進出すべきか?」といった3つで構成されています。
最後に、スプツニ子!氏のインタビューをご紹介します。
「本展は2024年11月2日(土)にオープンしたのですが、それはちょうどアメリカ大統領選挙の3日前だったんですね。今個展をするならどんな個展にしたらいいのかを考えたときに、自分の心の中にあるちょっとしたざわつきのようなものやモヤモヤしている感情を、1回具体的に自分の中で作品として掘り起こしてみようと思いました。
アンザイエティ(不安)に感じている部分は一体何なんだろう思っていて、私自身テクノロジーは自分とすごく近い存在で、例えば大学時代はコンピュータサイエンス、数学を勉強していて、元々プログラムエンジニアで、2003年から2006年に大学に通っていたんです。自分はテクノロジーにとても夢を抱いていて、テクノロジーがユートピアを作るぐらいに思っていたんです。当時、インターネットの始まりという時期で、テクノロジーのおかげで私は解放されるっていう気持ちになりましたし、テクノロジーのおかげで世界中のたくさんの面白い人と繋がって、人々はより多様な人を知ることでもっと聡明になり、世界は平和になり、というような希望を抱いていたし、何だったら、そのテクノロジーが権力構造を解体するものになるんじゃないかと思ったんですね。
2000年代から2010年の始まりくらいまで、シリコンバレーといったテクノロジーの世界って、すごくパンクだったりちょっとリベラルな空気が特徴的だったんです。オープンで、プログレッシブ(進歩的、革新的)で、ダイバーシティを推進するようなカルチャーというのが結構特徴的だったんです。ただ、そのときにすごく夢を見たようなテクノロジーのユートピアが、いざ2024年になった今、全く自分が希望を得られた方と違う顛末が起きているっていう感覚があるんです。
ただ、私は性格上、絶望は好きじゃないというか、希望を持ち続けないといけないと思っているんです。たとえどんなにひどい状況にあっても。だから、私は本展のタイトルを「I can believe in a Fortunate Tomorrow.」にはせず、問いかけの「Can I Believe in a Fortunate Tomorrow?」にして、ちょっと希望を残すということにしました。絶望的な状況ってたくさんありますが、皆さんその中から変化を起こしていくと思うんです」。
■スプツニ子!(Sputniko!)氏 プロフィール
東京生まれ。東京を拠点に活動。 インペリアル・カレッジ・ロンドン卒業。ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(英国王立芸術学院)修了。
バイオテクノロジー、ジェンダー・パフォーマンス、異なる生体間のコミュニケーションといった幅広いテーマを取り扱うマルチメディア・アーティストおよび映像作家。科学やテクノロジーを駆使して現代社会における社会的価値観を掘り下げ、鑑賞者に向けて次々に登場する新しいテクノロジーの文化的、社会的、倫理的影響について問いを投げかけている。2013年から2017年までマサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボ助教として Design Fiction Group を主宰。現在は、東京藝術大学准教授を務めている。
作品はこれまでに、ニューヨーク近代美術館(ニューヨーク/アメリカ)、ポンピドゥー・センター・メス(メス/フランス)、ヴィクトリア&アルバート博物館 (ロンドン) 、クーパー・ヒューイット国立デザイン博物館(ニューヨーク/アメリカ)、森美術館等にて展示。また、ヴィクトリア&アルバート博物館(ロンドン/イギリス)、金沢21世紀美術館、M+(香港)に収蔵されている。
■「Can I Believe in a Fortunate Tomorrow? ー幸せな明日を信じてもよい?ー」
会期:2024年11月2日(土)-2025年1月25日(土)
開廊時間:11:00 - 18:00 (火-土) ※日月祝休廊
会場: KOTARO NUKAGA(天王洲)
東京都品川区東品川1-32-8 TERRADA Art Complex II 1F