強い信頼の絆で結ばれた、デザイナーのヨゼフ・ミューラー=ブロックマンと、そのパートナーであり芸術家の吉川静子の二人の回顧展が大阪中之島美術館で開催中

2025/01/17
by 遠藤 友香

01.jpg?1737119308484

大阪中之島美術館外観

執筆者:遠藤友香


スイスを代表するグラフィックデザイナー、タイポグラファーであるヨゼフ・ミューラー=ブロックマンと、そのパートナーであり芸術家の吉川静子の二人の活動と作品を紹介する、双方にとって初となる大規模な回顧展「Space In-Between:吉川静子とヨゼフ・ミューラー=ブロックマン」が、大阪中之島美術館で2025年3月2日(日)まで開催中です。本展は、在日スイス大使館の後援を受け、日本とスイスの国交樹立160周年を記念して開催されています。

02.jpg?1737119438934

ヨゼフ・ミューラー=ブロックマン


二人はチューリッヒを拠点として芸術活動、教育活動に従事した芸術家でした。ヨゼフ・ミューラー=ブロックマンは、1960年代から 80年代にかけて数度にわたり来日し、亀倉雄策など日本のデザイナーと親交を深める一方、デザイン学校や美術大学で教鞭をとり日本のデザイン教育にも貢献しました。紙面における文字組みと構成の方法論についてまとめ命名した「グリッドシステム」は、デザイン史上の金字塔というべき理論として、今日まで大きな影響を与え続けています。優れた教育者、ポスター・デザイナーとして知られると同時に、どのような人にも優しい人柄だったことが今日まで語り継がれています。

03.jpg?1737119538624

吉川静子


吉川静子は、スイスで生涯の大半を過ごした、教養ある芯の強い日本人芸術家です。ウルム造形大学で学び、「スイス・コンクリート・アート」のアート・シーンに紹介された後、ヨゼフ・ミューラー=ブロックマンと結婚し、チューリッヒに活動拠点を置きました。その後、空気感と瞬間性に作品制作の重点を定め、徐々にオーソドックスなコンクリート・アートの伝統から離れていきます。初期の「色影」シリーズや太陽をモチーフとしたドローイング、その後の「シルクロード」シリーズにその例を見ることができます。

二人の出会いは、1960年に東京で開催された世界デザイン会議においてでした。英文学を学んだ吉川は、通訳としてこの会議に参加したのです。この世界的な会議に刺激を受けた吉川は、ドイツのウルム造形大学に留学しデザインを学んだ後、ミューラー=ブロックマンの事務所で働き始めます。強い信頼の絆で結ばれた二人は結婚し、生涯を共にしながら、芸術家としてそれぞれに進むべく道を開拓していきました。

次に、本展の中でもおすすめのものをピックアップしてご紹介します。

1.初期の作品:建築空間のアート

04.jpg?1737119655277

吉川静子は、ある建築のためのサイトスペシフィック・アートの展開を通して、絵画の道に入りました。空間体験や感覚は、建築との相互作用によって、どう現れるのでしょうか。吉川は依頼された作品や、親交のある建築家たちと共同で制作した概念的視点に焦点を当てた実験的プロジェクトにおいて、この問いに向き合いました。この文脈において吉川は、空間体験が知覚心理学に基づく抽象的・数学的関係性を具体的に表現した結果として生じると理解しました。特に、環境要素や時間の流れを表すものとして、光、影、水、植物を組み入れた吉川の手法は、後に吉川が絵画という媒体で探求した、多様であり、時に矛盾してもいる諸要素の共鳴に繋がります。

吉川は、数多くのKunst am Bau(建築空間のアート)プロジェクトに参加しており、そのうちのひとつが、1972年から1973年にかけて、チューリヒのヘング地区にあるカトリック教会信徒会館で制作された壁面レリーフ《四つの可能なプログレッション》 です。同作品は、日常生活の環境にアートを溶け込ませるという概念に対する吉川の関心を反映しています。

2.ウパニシャッドへのオマージュ

05.jpg?1737119786472

1989年以降、《ウパニシャッドへのオマージュ 1ー32》(1989ー1990)で、吉川の探求は、それまでの格子構造から、より広範で流動的な網の構造へと変わっていきました。このシリーズでは、自身の作品において重要な要素である白い背景の上に、半透明の絵具を重ねました。この技法を用いたことで、様々な構成要素の間に奥行きと繋がりが生まれました。しばしば回転させてあった個々の形象は、自由自在に浮遊しているように見えるリズミカルなパターンを形成し、作品全体に視覚的な反響を生み出しています。

タイトルは、内省に重点を置いた古代ヒンズー教の書物「ウパニシャッド」から来ています。「ウパニシャッド」は、仏教や日本の伝統の一部ではありませんが、個人の成長や自己認識を強調しています。「ウパニシャッド」という言葉の言及は、相互の繋がりと内省の探求に対する吉川の関心を反映しており、この二つのテーマは吉川作品の多層的で複雑な構図に共鳴しています。「ウパニシャッド」は「近くに座る」という意味に解釈されることが多いのですが、それは、親密な環境で知恵が伝授される師弟の関係を指しています。

3.宇宙の織り物

06.jpg?1737119885371

吉川は1991年に、「宇宙の織り物」シリーズの制作に着手し、その後10年間にわたってこのテーマを探求していきます。正方形を出発点としながらその向きを変え、角でバランスを取るのではなく、一辺を下にまっすぐ置いています。これらの作品には、先端が切り取られた様々な色の十字が描かれており、徐々に縮小しながら縁に向かい、画像が粗くなったような丸い形を形成しています。

吉川は、これをきっかけに新しいフォーマットを取り入れました。それが「トンド(円形画)」です。フリッツ・グラーナーなどの、構成主義・コンクリート芸術の先人たちは、原色や幾何学的な関係に焦点を当てた一方で、吉川はトンドを用いて「輝くような」調和を探求しました。

「宇宙の織り物」では、十字は表面中にリズミカルに配置されており、角張った形と丸い形が混ざり合って宇宙的次元を想起させます。このシリーズは、直角の構造と丸みを帯びた要素の間にある緊張を強調し、対位法で作り出された視覚的なエコー空間のように共鳴し合う、ダイナミックで調和したバランスを生み出しています。

4.グラフィックデザイン

07.jpg?1737119981122

ウルム造形大学視覚コミュニケーション学部を卒業した吉川は、後に夫となるヨゼフ・ミューラー=ブロックマンの事務所で、1963年から働き始めました。1968年から1978年にかけては、フリーのグラフィックデザイナーとして独立し、独自の有力な依頼人基盤を築いた上、能の公演のためのポスター(1975年スイス年間最優秀ポスター)など、ポスターデザインで数々の賞に輝きました。

これらの応用美術作品は、世界的に最も著名なグラフィックデザイナーであり、かつての師でもあったミューラー=ブロックマンと吉川を再び結びつけるきっかけとなり、二人は創作においてパートナーとして活動すると同時に、個人的なパートナーとしても生涯を共にするこことなりました。このことは特に、二人の共同展のためのポスターデザインにも表れています。吉川自身は1980年代以降、美術作品、特に絵画に専念しましたが、最後に手掛けたポスターデザインのうちのひとつは、チューリヒにあるリートベルク美術館で開催された、動物をかたどった根付の展覧会のためのもので、1987年に制作しています。

最後に、ヨゼフ・ミューラー=ブロックマンの作品をご紹介します。

08.jpg?1737120144569

09.jpg?1737120168917

ヨゼフ・ミューラー=ブロックマンは、スイスのグラフィックデザイナーであり、著述家、教育者としても知られています。イラストレーターや舞台のデザイナーとしてのキャリアを経て、1950年代初頭にデザイン分野の変革の必要性を認識し、合理的で構成主義的なデザインへ身を投じ、具体的なモチーフを描かない抽象的なデザインを制作しました。形態や構成、明快な適用の原理を深め、タイポグラフィや色彩、ときに写真も用いて、自身の作品を表現しました。先駆者として形成に寄与したスイス・スタイルは、インターナショナルなタイポグラフィック・スタイルとして世界を席捲し、今日のデザイナーにインスピレーションを与え続けています。チューリッヒ管弦楽団のポスターは音楽の感覚を視覚化する芸術的な試みです。この試みは、構造、リズム、バリエーションによる手段の集中と削減を通して行われました。

日本と日本文化に対するミューラー=ブロックマンの愛着と関心は1960年の世界デザイン会議に始まり、ここから吉川静子との結婚を通してその人生を形作りました。オープンで誠実な人柄とともに、多くの友人を得て、相互にインスピレーションを与え合いました。


以上、強い信頼の絆で結ばれたヨゼフ・ミューラー=ブロックマンと、そのパートナーであり芸術家の吉川静子の二人の回顧展「Space In-Between:吉川静子とヨゼフ・ミューラー=ブロックマン」についてご紹介しました。二人は結婚することによって、お互いの人生を支え合い、高め合える良い関係性でした。ぜひ、二人の芸術家の作品の世界感に触れるため、大阪中之島美術館を訪れてみてはいかがでしょうか。


■「Space In-Between:吉川静子とヨゼフ・ミューラー=ブロックマン」

会期:2024年12月21日(土)– 2025年3月2日(日)

休館日:月曜日、12/31(火)、1/1(水・祝)、1/14(火)、2/25(火)
※1/13(月・祝)、2/24(月・休)は開館

開場時間:10:00 – 17:00(入場は16:30まで)

会場:大阪中之島美術館 5階展示室

大阪府大阪市北区中之島4-3-1

観覧料:一般 1700円(前売・団体 1500円)
高大生 1100円(前売・団体 900円)
中学生以下 無料
当館メンバーシップ会員の無料鑑賞/会員割引 対象

※災害などにより臨時で休館となる場合があります。

※税込み価格。

※団体料金は20名以上。団体鑑賞をご希望される場合は事前に開館時間・料金・団体受付ページからお申込みください。

※学校団体の場合はご来場の4週間前までに学校団体見学のご案内からお申込みください。

※障がい者手帳などをお持ちの方(介護者1名を含む)は当日料金の半額(要証明)。一般のご購入列とは別に対応させていただきます。ご来館当日、2階のチケットカウンターにてお申し出ください。(事前予約不要、当日券売場付近の係員にお気軽にお声がけください。ご案内させていただきます。)

※一般以外の料金でご利用される方は証明できるものを当日ご提示ください。

※本展は、大阪市内在住の65歳以上の方も一般料金が必要です。

※[相互割引]本展観覧券(半券可)の提示で、4階で開催される「歌川国芳展 ―奇才絵師の魔力」 (2024年12月21日(土)– 2025年2月24日(月・休))の当日券を200円引きで2階チケットカウンターでご購入いただけます。
・いずれも対象券1枚につき1名様有効です。
・チケットご購入後の割引はできません。
・他の割引との併用はできません。

【チケットの主な販売場所】
大阪中之島美術館チケットサイトローソンチケット、ローソンおよびミニストップ各店舗(Lコード:56212)

お問い合わせ:大阪市総合コールセンター(なにわコール)Tel. 06-4301-7285

受付時間 8:00 – 21:00(年中無休)