『妃たちのオーダーメイド「セーヴル フランス宮廷の磁器-マダム・ポンパドゥール、マリー=アントワネット、マリー=ルイーズの愛した名窯-」』が、細見美術館で開催中

2025/10/26
by 遠藤 友香

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執筆者:遠藤友香(Yuka Endo)


さまざまな陶磁器に焦点を当てた京都・細見美術館「陶磁器に出会う」シリーズ。10回目となる今回は、陶磁器の最高峰とされる「フランス宮廷の磁器 セーヴル」に焦点を当てた展覧会『妃たちのオーダーメイド「セーヴル フランス宮廷の磁器-マダム・ポンパドゥール、マリー=アントワネット、マリー=ルイーズの愛した名窯-」』を、2026年2月1日(日)まで開催中です。

ヨーロッパ諸国が憧れた東洋の白い磁器「セーヴル」。18世紀にマイセン窯が初めて焼成に成功しましたが、真に西洋的といえるスタイルを創り出したのは、フランスのブルボン王朝が設立した王立セーヴル磁器製作所でした。この設立にはポンパドゥール侯爵夫人と国王ルイ15世が深く関わり、贅を尽くした華やかなセーヴル磁器がその後もフランス王国、帝国、共和国によって引き継がれ、今日に至っています。

セーヴル磁器は、当時の流行を取り入れた意匠や、華麗で精緻な絵画表現、発色の繊細さを特徴とします。王侯貴族向けの注文生産であったことから現存数も限られていますが、近年、優れたセーヴル磁器のコレクションが日本でも確立されてきました。

王侯貴族向けの注文生産であったことから現存数も限られていますが、近年、優れたセーヴル磁器のコレクションが日本でも確立されてきました。

本展は国王ルイ15世からナポレオン帝政時代の作品を中心に、厳選された国内コレクション約130件の名品で構成されています。ポンパドゥール侯爵夫人や王妃マリー=アントワネットなどが、こよなく愛したセーヴル磁器の魅力が垣間見られる貴重な機会となっています。

今回は、本展からおすすめのセーヴル磁器をピックアップしてご紹介します。


第1章:ヴァンセンヌからセーヴルへーポンパドゥール侯爵夫人の夢ー

セーヴル窯の前身は、1740年頃にパリの東方にあるヴァンセンヌ城にシャンティイ窯から逃れてきた陶工デュボア兄弟に始まります。

活動を本格化させたヴァンセンヌ窯は、1756年にはポンパドゥール侯爵夫人の居城ヴェルビュ―に近いセーヴルへ移転して「セーヴル窯」に改称し、1759年には夫人の献言により、ルイ15世(在位1715‐1774)の全額出資によって運営される「王立磁器製作所」となりました。王立セーヴル磁器製作所の成功は、フランス国王の絶大なバックアップがあればこそ達成されました。資金だけでなく、化学者、デザイナー、彫刻家、画家、金工家など、当時の第一線で活躍する技術者・芸術家を制作に投入しました。

この時期に見られる、精緻で優美な絵付と軽やかな色彩、優雅な曲線で構成される器形は、繊細華麗な逸楽の世界を表現するロココ美術の特色をよく示しています。絵付や彫塑のモチーフには、自然な姿の花々や鳥、天使たち、田園の中で幸せそうに過ごす子供たちや愛のやり取りをする羊飼いの男女の姿などが好まれました。ポンパドゥール侯爵夫人が愛した芸術家フランソワ・ブーシェの描く世界であり、実際に絵付や彫塑の下絵をブーシェが提供した例も多くなっています。

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瑠璃地紅彩金彩天使図双耳蓋付ミルクカップ&ソーサ― カップ:1755年 ソーサ―:1758年 個人蔵


把手が二つの蓋の付いたカップは温かなミルク用です。プライベートタイムのための器として注文されたのでしょう。恋の神として弓矢を持つプットが描かれています。窓絵を縁取る優雅な花文のカルトゥーシュ(装飾枠)の金彩が豪華です。

 02.jpg?1761455700907色絵花 1750-60年代 個人蔵


カーネーション、ラナンキュラス、チューリップ、クチナシ、薔薇などの多種にわたる磁器製の花。薄い花びらの一枚一枚まで実在の姿に忠実に形作られ、色絵が釉薬に融け込んでまるで生きた花のようです。他の窯には模倣できない完成度から人気の的になり、マイセン窯でさえセーヴル磁器の花で合作の作品を作りました。


<ポンパドゥール侯爵夫人>

本名ジャンヌ=アントワネット・ポワッソン。フランスの宮廷人でロココ文化の象徴。文化的教養があり、その美貌と才覚により1745年にルイ15世の寵姫となる。王立セーヴル磁器製作所や、建造物監督官であった実弟マリニー公の建築計画に助言を与え、また百科全書出版計画を援護するなど、文芸を保護した。ブーシェをはじめ、多くの芸術家のパトロンとして宮廷にロココ文化を広めた。


第2章:マリー=アントワネットの宮廷でー王立磁器製作所の洗練と萌芽ー

ルイ16世(在位1774-1792)はセーヴル磁器の最大のパトロン、愛好家でした。ヴェルサイユ宮殿をはじめとする王宮の数々をセーヴル磁器で満たし、王妃マリー=アントワネットに贈るほか、国内外の外交用、政治用の贈答に使用しました。

この時代のセーヴル窯の製品には、ポンパドゥール侯爵夫人時代の形や文様を引き継ぎつつ、より軽やかな作風に変化したものが多くなっています。それらに王妃マリー=アントワネットがリードした、当時流行の服飾や室内装飾に共通する意匠の作品が加わりました。

また、新古典主義を反映した作品も並行して作られました。ポンペイなどの古代遺跡が発見されたことに刺激された新古典主義がヨーロッパに広がると、甘美で装飾的なロココ様式に対して、ギリシア・ローマを模範とし、より均整の取れた荘重な様式を取り込んだ作品が現れます。ギリシア・ローマ彫像風の人物文や左右対称で均整の取れた抽象的な唐草文、古代風の形姿の壺など、19世紀初頭の新古典主義の盛期を予感させる作品が作られました。

長らく課題であった硬質磁器の製造技術は1773年末にヴェルサイユ宮殿の展示会に出展されるまでに至りました。1400℃以上で短時間に焼成する硬質磁器は、丈夫で生産効率が高いもの。硬質磁器はその風合いと色彩の豊かさゆえに変わらぬ人気を保ち、硬質磁器・軟質磁器両者が並行して製作される状況が続きました。

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ビスク彫像「クラバットの飾り結び」


クラバットはネクタイの原型。女性が男性のクラバットを結ぶ愛の場面を描いた彫像で、室内や食卓の飾り用に作られました。セーヴル窯の無釉白磁(ビスク)彫像は純白の大理石風の風合いが人気を博し、現代に至るまで作られ続けています。

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黄地色絵鳥図皿 1793年 個人蔵


淡い黄色の帯文様の皿の中央には、自然界そのままの鳥の姿を映した絵が描かれています。フランスの博物学者、数学者、植物学者であるジョルジュ=ルイ・ルクレール・ド・ビュフォンは1770-86年にかけて『鳥類自然誌』を出版し、それに基づいた写実性のある絵付が好評となりました。

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色絵金彩真珠花文皿 1781年 Masa’s Collection蔵


この「真珠と矢車菊の帯飾り」のサーヴィスは、マリー=アントワネット王妃が注文した中で最も点数の多い293点からなります。帯文様は真珠と矢車菊で、清楚な雰囲気を作り、軟質磁器の柔らかい白色が目立っています。


<ルイ16世>

ブルボン朝第5代のフランス国王。ルイ15世の孫。在位中の1789年にフランス革命がおこり1792年に王権が停止され、翌年1793年に処刑された。フランス最後の絶対君主であり、フランス最初の立憲君主である。1770年頃からルイ16世の治世を通じて「ルイ16世式」と呼ばれる装飾様式が流行した。古代遺跡発見の美術品に刺激された「ギリシア風」が風靡し、前時代の動きに富んだ様式とは対照的に直線的な要素が増え、古典的な節度と均整を重視した典雅明快なものとなった。

<マリー=アントワネット>

フランス国王ルイ16世の王妃。神聖ローマ皇帝フランツ1世とオーストリア女大公マリア・テレジアの第15子としてウィーンに生まれたオーストリア皇女。フランスとオーストリアの同盟に伴う外交政策の一環として1770年にフランス王太子(のちのルイ16世)と結婚。1774年ルイ16世の即位と共にフランス王妃となる。1789年にフランス革命が勃発し、1793年に処刑された。ルイ15世死後から80年代にかけて宮廷のモードに大きな影響力を持った。


第3章:マリー=ルイーズとナポレオンの時代ー改革とアンピール様式ー

約10年間続いたフランス革命により、セーヴル窯は存亡の危機に見舞われました。重要な顧客である貴族の多くが死亡するか亡命したためです。財政難に陥り、運営組織も革命の影響で混迷しました。

しかし、ヨーロッパ中で得ていた高い名声のためか、その閉鎖は免れました。1800年に内務大臣のリュシアン・ボナパルトの通達により、年若いアレクサンドル・ブロンニャールが所長となりました。ブロンニャールは優秀な化学者、鉱物学者、地質学者であっただけでなく、合理的な考えを持った管理者、経営者として優れた能力を発揮し、没年まで所長としてセーヴル窯の近代化に努めました。コストのかかる軟質磁器の生産をやめ、生産効率の良い硬質磁器生産に大きく舵を切りました。

王侯貴族の私生活に資するような細々とした器種はなくなり、記念碑的なテーマ性を持った連作ものや公的傾向の強い正餐用サーヴィス、威信財的な大型の壺類などを歴代の国家元首の好みに沿って製作しました。技術をさらに高め、油絵に比肩する絵画的な絵付作品も製作しました。また、新古典主義を反映した、荘重・謹厳な趣のアンピール(帝政)様式を創出しました。

ナポレオン皇帝もセーヴル磁器に着目し、外交用・贈答用として活用しました。最初の皇妃ジョセフィーヌ、そしてオーストリア・ハプスブルク家からナポレオン皇帝に嫁ぎ、皇嗣を産んだマリー=ルイーズもセーヴル磁器を愛用しました。奇しくもマリー=ルイーズが亡くなった1847年はブロンニャールが亡くなった年でもあります。そこで一つの時代が終わりました。

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金地色絵昆虫文台皿付砂糖壺


伝承によれば、ナポレオン1世が使ったとされる砂糖壺です。ナポレオンが好んだエジプト的な造形を金色で覆い、実物さながらの昆虫をその中央に配しています。その斬新さからくる印象は、ナポレオン1世にふさわしいものと言えるでしょう。

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淡紅地金彩コーヒーサーヴィス 1838年 個人蔵


このコーヒーサーヴィスの特色は「ゴドロン」と呼ばれる丸みを持つ畝の造形にあります。西洋の装飾では、柱、壺類やグラスなどの胴部のデザインに多用されています。ほかに白色、青色などの同じサーヴィスがありますが、ピンクは珍しくなっています。

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淡青地色絵金彩出漁図皿 1839年 個人蔵


こちらは絵付というカテゴリーを逸脱する技量を発揮したアンブローズ・ルイ・ギャルヌレによる漁の風景のサーヴィスです。描かれた図柄はすべて異なる風景で、海上で漁をする男たちの一瞬の動きを見事に描き出しています。


以上、京都・細見美術館にて開催中の陶磁器の最高峰とされる「フランス宮廷の磁器 セーヴル」に焦点を当てた展覧会『妃たちのオーダーメイド「セーヴル フランス宮廷の磁器-マダム・ポンパドゥール、マリー=アントワネット、マリー=ルイーズの愛した名窯-」』についてご紹介しました、ぜひ会場に足を運んで、セーヴル磁器の世界感に浸ってみてはいかがでしょうか。


■妃たちのオーダーメイド「セーヴル フランス宮廷の磁器-マダム‧ポンパドゥール、マリー=アントワネット、マリー=ルイーズの愛した名窯-」

会期:2025年10⽉25⽇(⼟)ー2026年2⽉1⽇(⽇)
開館時間:午前10時〜午後5時
休館⽇:毎週⽉曜⽇(祝⽇の場合、翌⽕曜⽇)、年末年始(2025年12⽉22⽇(⽉)ー1⽉5⽇(⽉))
⼊館料:⼀般 2,000円 学⽣ 1,500円 
主催:細⾒美術館 京都新聞
後援:京都市内博物館施設連絡協議会
会場:細⾒美術館 京都市左京区岡崎最勝寺町6-3 http://www.emuseum.or.jp
事前予約不要 | 混雑時は⼊場をお待ちいただく場合があります。