顧剣亨「Tortoise Mountain TV Tower, Wuhan」2022 ©Kenryou Gu, Courtesy of Yumiko Chiba Associates.
執筆者:遠藤友香
創業以来、美術品、ワイン、映像フィルムなどの専門性の高い保存保管事業を手掛けている寺田倉庫。1975年に美術品保管サービスの提供を開始し、美術品修復・梱包・輸配送・展示など、芸術家の情熱や美術品に込められた価値を未来に受け継ぐためのサポート事業も広く展開してきました。2020年12月、作家やコレクターから預かっている貴重なアート作品を中心に公開する芸術文化発信施設としてオープンしたのが、現代アートのコレクターズミュージアム「WHAT MUSEUM(ワットミュージアム)」です。作家の思いはもちろん、コレクターが作品を収集する際のこだわりとともに作品を展示しており、コレクションごとに様々な分野の背景が織り交ざっているのが特徴のひとつ。
「WHAT MUSEUM」では2025年3月16日(日)まで、コレクターの高橋隆史氏の現代アートのコレクションに焦点をあてたT2 Collection「Collecting? Connecting?」展と、美術家・奥中章人氏による体験的なバルーン状のインスタレーション作品を展示する奥中章人「Synesthesia ーアートで交わる五感ー」展を同時開催中です。
T2 Collection「Collecting? Connecting?」展は、株式会社ブレインパッドの共同創業者であり、ビッグデータ・AI領域で活躍する高橋隆史氏が、約6年前から収集してきた現代アートのコレクションです。本展では、高橋氏がコレクターとして歩みはじめて最初に購入したベルナール・フリズの作品をはじめ、宮島達男、名和晃平、和田礼治郎など、近年惹かれているコンセプチュアルな作品を中心に約36点を紹介しています。
現代を生きる作家が、社会や芸術、文化、政治などのテーマを取り上げながら、自身のメッセージを多様な形で表現していることが特徴でもある現代アート。同じ時代を生きている私たちが作品と向き合うことで、自分自身との繋がりや新たな視点を発見することができます。
高橋氏もコンセプトやビジョンを世界に問うという点で、作家と起業家に共通する側面を見出し、コレクションを始めたといいます。特に作家が新たな挑戦として制作した作品や、若手作家による作品のコレクションに力を入れているとのこと。コレクションしていく中で、作家・コレクター・アート関係者とのコミュニティが生まれ、作品を集めることだけでなく、さまざまな人や価値観、思考とコネクトすることが喜びだと感じているそう。そして、総体として振り返ると、それら点と点の繋がりが思いがけず星座のように意味を為すことがあるといいます。
次に、T2 Collection「Collecting? Connecting?」展の中でも、おすすめの作品を5点ピックアップします。
1.宮島達男《Painting of Change - 003》
宮島達男「Painting of Change - 003」, 2020
宮島達男 Painting of Change - 003 2020 180 x 128.4 x 3 cm キャンバスに油彩 協力:SCAI THE BATHHOUSE
宮島達男氏は、デジタルの数字をアート作品として発表することで有名なアーティストですが、実はパフォーマンスアートが原点になっています。通常、そのままのデジタルを使って作品を作ることが多いのですが、今回初めての試みとなる、鑑賞者がサイコロを振り、その出目によって学芸員が数字を変えていくといったデジタルとアナログが組み合わさった作品となっています。
鑑賞者は、作品を鑑賞するのみならず実際に参加でき、これは宮島氏のルーツを辿る作品とも言えるでしょう。数字が変わると、展示室の雰囲気も変わっていくという面白い作品です。
2.堀内正和《平面 N-A》
こちらの3点の作品は、コレクターの高橋氏が今後のコレクションの方向性をどうしていくのかを示唆するようなものになっています。高橋氏はコレクションをしていくとき、何か方向性を考えてコレクションするのではなく、出会った方や作品の意図、作家の伝えたいメッセージ等から作品を集めていくことが大きな特徴です。
高橋氏は約6年間コレクションを続けてきて、今後どうしていくのかを熟考している最中だといいます。実は、現代アートの世界で美術館のキュレーターの育成や批評家の育成といったソフトの面でも応援していきたいという気持ちがあり、コレクションを今後続けていくのか迷っている状況だそう。このような大きな展覧会を公にするのは、最初で最後になるかもしれないと述べています。
3点の中でも右の作品、堀内正和氏の《平面 N-A》に注目してみましょう。彼は、発注芸術を最初期に日本で行ったアーティストとして知られています。発注芸術とは、作品の制作において、素材を加工する過程を芸術家が第三者に発注する芸術のこと。この作品に関しては、堀内氏の特徴が非常に出ている作品になっており、鉄を素材に制作をしはじめた初期は線と面を組み合わせた形が多くありましたが、後の時代になると大変ユーモラスな作品を数多く生み出しています。
60年代の作品《平面 N-A》は、堀内氏の初期の特徴とその後の特徴が融合した作品となっています。タイトル通り、横から見るとNが見え、また上から見てもNが見えてきます。反っている形は、まるで舌を出しているようにも見えます。時代が進むと作品の酸化が進み、色の変化が表れるなど、表情がどんどん変わっていく作品となっています。
3. 松山智一《Baby, It's Cold Outside》
松山智一「Baby, It's Cold Outside」2017 ©Tomokazu Matsuyama
松山智一氏は、NYにおいて今大変活躍している世界的アーティストの一人です。20年以上前に、単身NYに渡りました。ちょうど同時多発テロの直後だったといいます。
松山氏は、元々アーティストを目指していたわけではありませんでした。最初は大学で経済学を学んでおり、その後何かを作りたいという思いから、グラフィックデザイナーを目指しました。ですが、グラフィックデザインはクライアントの要望に応えなければならないといった、実は何かを自由に表現できる職業ではないということに気がつき、そこで絵を描き始めました。
20年間NYで暮らしていく中で、NYは文化や人種、宗教、価値観、考え方など、色々なものが混ざり合った街であると感じたといいます。日本人としてマイノリティとして、NYで活動していくうえで、松山氏は自分をどう表現していくべきかを模索しました。彼にとって、それはまさに闘いでした。
松山氏の作品の特徴として、アジアと欧米のニュアンスといったものからインスピレーションを得た作品が数多く存在しています。今回展示している作品は2017年もので、この展覧会のためにアメリカから持ってきた作品となっています。よく見ると、動植物が多く描かれていて、非常に色鮮やかで綺麗な作品ではありますが、描かれている3名の人物は無表情です。
男性の足元には白い紙のようなものが描かれていますが、これは鑑賞者自身が自由に解釈し、自分なりのストーリーを作ってほしいという思いが込められているのかもしれません。松山氏自身がストーリーをどうしても伝えたいというよりも、色々な断片的なものを組み合わせて、鑑賞者の持つバックグラウンドや価値観で見て欲しいと考えています。
4.長田綾美《floating ballast》
長田綾美「floating ballast」2022 ©Ayami Nagata
長田綾美氏の作品はインスタレーション作品で、卒展で制作されました。コレクターの高橋氏は、今後色々な面でのアートの支援育成にも非常に興味を持っているといいます。この長田氏の作品は非常に特徴的で、高橋氏は本作を購入しています。ですが、作家に自由に展示して欲しいという考えから、作家のもとに作品を置いています。高橋氏の姿勢がうかがえる作品になっています。
この作品《floating ballast》は、不織布とバラス石が組み合わさって作られています。近くで見ると非常に細かい作業であることが理解できます。不織布はマスクにも使用されますが、繊維を織らずに絡み合わせただけの破れやすい布です。バラス石は、船の底を安定させるために敷き詰める石です。
安定と不安定を象徴している素材を使用し、安定と不安定が共存する世界を表現しています。バランスの取れたものは、実は均衡がすぐに崩されやすいといった点も見て取れます。
5. 顧剣亨《Tortoise Mountain TV Tower, Wuhan》
顧剣亨「Tortoise Mountain TV Tower, Wuhan」2022 ©Kenryou Gu, Courtesy of Yumiko Chiba Associates.
こちらは、写真とカメラを用いて制作した作品を揃えて展示しているスペース。本展をWHAT MUSEUMがキュレーションする中で、高橋氏のリストを見ていくうちに、実はカメラや写真を使用した作品が多数あることに気づいたといいます。それを高橋氏に伝えたところ、本人は全くそれに気づいていなかったそうです。それを踏まえ、今回写真をテーマとした部屋を作っているとのこと。
各作品、カメラや写真を用いて、それぞれの作家が自分のコンセプト、テーマ、メッセージを昇華させて作品に反映しています。中でも、顧剣亨氏の作品《Tortoise Mountain TV Tower, Wuhan》に着目したいと思います。
全体を見た後、近くに寄って見てみると、色々な線が入っていることがわかります。縦にも横にも線が入り乱れて入っています。実は、4方向に撮影した写真を1枚に重ね合わせて、その後、顧氏がPCで自分の手で写真をピクセル単位で分解し、それらを織物のように編み込んでいます。顧氏がアナログでその作業を行っているので、消えているように見えるところがすごくまだらになっています。
よく見てみると、白く消えているように見えるもの、すごく細く消えているような場所があり、それは顧氏の身体性が作品に反映していることが見てとれます。顧氏はこの技法を「デジタルウィービング」と呼んでいるといいます。非常に細かい作業によって、幻想的な世界感を描き出している作品です。
次に、奥中章人「Synesthesia ーアートで交わる五感ー」展についてみていきましょう。
WHAT MUSEUM 展示風景 奥中章人「Synesthesia-アートで交わる五感-」展 ©Akihito Okunaka
奥中氏は、「空気と水と光」を題材に巨大な作品を制作し、鑑賞者の感覚を揺さぶる体験を生み出してきました。 展覧会タイトルである「Synesthesia(シナスタジア)」とは共感覚を意味しますが、奥中氏はこの言葉を独自に解釈し作品に落とし込みました。感覚することが、自然・社会・人を繋げる可能性になるのではないかと考え、作品も従来の形から有機的な形へと変貌しています。
WHAT MUSEUM 展示風景 奥中章人「Synesthesia-アートで交わる五感-」展 ©Akihito Okunaka
本展では、今回のために特別に制作された、最大直径12メートルにもおよぶバルーン状のインスタレーション作品を発表します。展示室いっぱいに膨らみ、さまざまな色に変化する作品の内側には、大きな水枕が置かれています。空気と水と光という「形のない」ものを媒介に、人々の感覚を呼び起こし響きあいます。形を持たないはずの存在を感覚することで、他者と身体的感覚を超えた「つながり」をも感じることでしょう。
奥中氏は、科学技術社会学の分野を中心に活躍した哲学者ブリュノ・ラトゥールの影響を受けています。元々学んでいた教育学と社会学に、自然と社会の二元論を支柱とした近代のあり方を見直すことを提唱するラトゥールの思想が加わっています。本展示では、奥中氏の哲学的思考から生まれた作品の背景や、作品に落とし込むプロセスの一端も展示資料でご覧いただけます。
実際に作品に触れ、中に入り、寝転びながら、五感を交えた体験をしていただくことで、自然や社会、他者との「つながり」を感じるきっかけになることでしょう。車椅子の方もバルーン状のインスタレーションの中に入ることができるので、ぜひ体感してみてください。
<高橋隆史(たかはし たかふみ)氏プロフィール>
株式会社ブレインパッド共同創業者/取締役会長、一般社団法人データサイエンティスト協会代表理事
慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了後、外資系コンピューター会社を経て、2000年より起業家に。ビッグデータ及びAI活用を推進するブレインパッドは2社目の起業にあたる。 以来、日本におけるデータ活用の促進のために、様々な活動を展開。 現代アートの購入は、友人の誘いで2018年から開始し、多くの喜びを得る。現在はその楽しさを広げ若いコレクターを増やすために、起業家の集まりであるEOにおいて現代アート同好会を発起して幹事を務める。その他、アート業界のジェンダー不平等を解消に取り組む米国National Museum of Women in the Arts (NMWA) の日本支部の委員など、現代アート業界における様々な課題解消のための活動にも積極的に参加している。
<奥中章人(おくなか あきひと)氏プロフィール>
1981年京都府に生まれる。同地在住。美術家/あおいおあ共同代表/木津川市山城総合文化センター体感アート講座主宰。
静岡大学教育学部卒業後、幼児/美術教育を専門に静岡県立美術館ならびに障がい者施設にて美術あそび講師を務めたのちに、近現代の思想を学び美術家となる。野村財団、朝日新聞文化財団などの助成を得て、フランス・韓国・中国にて特別研究員として研鑽を積む。ヒト・モノ・コトのダイナミズムを水・空気・光の性質や在り方を通して追求することをテーマに、各地の地域アートにてワークショップを多数開催し、体験的な巨大作品を国内外で発表している。
以上、コレクターの高橋隆史氏の現代アートのコレクションに焦点をあてたT2 Collection「Collecting? Connecting?」展と、美術家・奥中章人氏による体験的なバルーン状のインスタレーション作品を展示する奥中章人「Synesthesia ーアートで交わる五感ー」展についてご紹介しました。現代アートの世界感を味わいに、ぜひ会場に足を運んでみてくださいね。
■T2 Collection「Collecting? Connecting?」展
会期:2024年10月4日(金)~2025年3月16日(日)
会場:WHAT MUSEUM 1階SPACE1 / 2階(東京都品川区東品川 2-6-10 寺田倉庫G号)
開館時間:火~日 11:00~18:00(最終入館17:00)
休館日:月曜(祝日の場合、翌火曜休館)、年末年始
入場料:一般 1,500円、大学生/専門学生 800円、高校生以下 無料
※同時開催の展覧会 奥中章人「Synesthesia ーアートで交わる五感ー」展の観覧料を含む
※チケットはオンラインにて事前購入可
※本展会期中に何度でも入場できるパスポートを販売
展覧会パスポート 2,500円(本展と同時開催中の展覧会が鑑賞可能)
主催:WHAT MUSEUM
企画:WHAT MUSEUM
特別協力:高橋隆史
URL:https://what.warehouseofart.or...
■奥中章人「Synesthesia ーアートで交わる五感ー」展
会期:2024年10月4日(金)~2025年3月16日(日)
会場:WHAT MUSEUM 1階SPACE 2(東京都品川区東品川 2-6-10 寺田倉庫G号)
開館時間:火~日 11:00~18:00(最終入館17:00)
休館日:月曜(祝日の場合、翌火曜休館)、年末年始
入場料:一般 1,500円、大学生/専門学生 800円、高校生以下 無料
※同時開催の展覧会の観覧料を含む
※チケットはオンラインにて事前購入可
※本展会期中に何度でも入場できるパスポートを販売
展覧会パスポート 2,500円(本展と同時開催中の展覧会が観覧可能)
主催:WHAT MUSEUM
企画:WHAT MUSEUM
協力:木津川市山城総合文化センター アスピアやましろ、住化積水フィルム株式会社、株式会社寺岡製作所、株式会社ホロ
グラムサプライ
URL:https://what.warehouseofart.or...