生も死も内包し、無限に広がる 「旅する木 髙濱浩子 めぶきのまつり」

2024/04/02
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《めぶきシリーズ2023》

《めぶき》シリーズ2023


執筆者:赤坂志乃 


旅するわたしを生き、表現し続けてきた、アーティストの髙濱浩子さん。旅の中で生まれてきた多岐にわたる仕事を「木」に見立て、これまでの道のりを紹介する「旅する木 髙濱浩子 めぶきのまつり」が、4月9日(火)まで神戸・北野のギャラリー島田で開催されています。地階と1階の3会場を使い、初めて日替わりカフェもオープン。「みな誰もが旅の中、共に一つの場と時を分かち合う展覧会に」と、ギャラリーでは話しています。

髙濱さんは、1995年の阪神淡路大震災での体験をきっかけに、人間とアートについて問い続けてきました。
「震災の直後、路上で花の絵を描いていたら、おじさんに『美術とか全然わからへんし、美術館も行ったことないけど、お姉ちゃんが描いたその絵、家に持って帰りたいねん』と、話しかけられたんです。その時、絵は誰かの命とつながっていると強く思いました」と、高濱さん。

人間にとってアートって何だろう。その問いを抱え、髙濱さんは2008年、39歳の時にインドにわたり、詩人のラビンドラナート・タゴールの大学に1年間留学。ベンガル地方のシャンティニケタンに暮らしながら先住民の村を訪れ、原始的な営みに息づくアートに興味を持ちました。自然と共にある暮らしの中ではっきりわかったのは、「何もないは、すべてある」という感覚だったといいます。

今回の個展では、昨秋、14年ぶりに再びシャンティニケタンの地に戻って描いた51点の新作を中心に、髙濱さんが根源的な問いと向き合い根を張り、枝を広げていった仕事の全貌が、「枝・実」(1階deux)、「風・葉」(1階trois)、「土・根」(地階un)の3構成で紹介されています。

「この展覧会は『みる−みせる』ではなく、みんなが主役となり場をつくることで四方八方に種が広がって、いつかだれかの花になるかもしれない。それが希望であり、未来をつくると思っています」と、髙濱さん。


【枝・実】
1階troisでは、歩んできた道が枝となり、果実にように生み出されてきた作品を、旅のエピソードとともに紹介しています。神戸・元町で老舗文房具店と貿易商を営む家に生まれ、幼い頃から色を見ると音を感じ音を聞くと色を感じて、それを絵にしたり曲や詩をつくっていたという髙濱さん。1991年の初個展「水の上で」に始まり、様々な分野のアーティストと出会い影響を受け、展覧会での作品発表やイラストなど活動の場を広げてきました。


1階deux「枝・実」 の展示風景


右の柱に並ぶのは、変幻自在な《でぃだらぼっち 小さな巨人たち》2021


イベリア半島の海辺の町を題材にした《あおいまち》2006。海の底から見上げるような透明感のある青のゆらめき


宮古島列島にある大神島での出会いから描いた《南の旅 ゆりかごのうた》2021


【風・葉】
1階deux「風・葉」では、《旅する切手》シリーズが壁一面に。これは1枚のはがきサイズの画面に使用済み切手を貼り、色と線を添えた作品。貿易商を営んでいた高濱さんの亡き父の元に届いたエア・メールの切手への幼い頃の思い出から、空想旅行のような《旅する切手》は生まれました。これまでにつくられた作品は、2万7000枚にもなるそう。


《旅する切手》シリーズ。一度旅を終えた切手たちが作品となって、再び誰かの元へ旅立っていく


《祝いの絵》2011(奥の4点)、《旅》2011(手前)


髙濱さんは、絵画の制作だけでなく、2018年から神戸市の3次救急病院でのトラウマインドームドケアの取り組みに参加するなど、国内外で環境教育や医療、福祉などのワークショップやファシリテーターを務めています。
「トラウマインフォームドケアのアートの時間は、参加者の方と絵を描き、自分で自分の心の傷を癒し回復する姿を見させてもらっています。ただ共にいること、それはとても創造的なこと」と、髙濱さん。
会場にはその関連資料なども展示されています。


アートワークショップやファシリテーターなどに関する資料も展示


今回、ギャラリー島田で初めて日替わりカフェが開店。日替わりマスターによるこだわりのチャイやコーヒー、スイーツなどが登場し、ギャラリーに新しい風を吹かせています。「お茶を飲みながらおしゃべりして、くつろいで楽しんでいただきたい。この空間で生まれるものすべてがアートです」と、ギャラリー島田の林淳子さん。


大好評のホロホロのチャイ屋さん


【土・根】


《SOUND》2009

地下1階unは、髙濱さんの根幹であるインドのシャンティニケタンで生まれた作品が空間を満たしています。出迎えてくれるのは、2009年にタゴールが開いたインド国立Visva-Bharati Universityの卒業制作として描いた、青い楕円の《SOUND》シリーズ。「一つの何かと一つの何かが出会う時、一つの音が生まれる」というステイトメントが添えられています。
「インドは毎日暑いので、早朝、日の出前に起きてヨガをして、石の上で自分の腕のストロークにまかせて描きました。この時インドで描いた作品はなぜか青ばかり」

その奥には、昨年11月、14年ぶりに再びシャンティニケタンの地に立ち還り描いた51点の新作が並び、ハッとさせられます。


2023年にインドのシャンティニケタンで描かれた新作

優しい色合いは、インドの土の色。絵筆は使わず、4色の土と墨、白泥などを手に付けて描かれています。中には緑を出すためにすりつぶしたモリンガの葉が混じっているものもあり、作品に囲まれていると自然浴をしているような安らぎを感じます。
何を描こうと思わず、土を指の間に挟んだり、手のひらで押し付けたり。スケッチブックをくるくる回しながら、紙の上で無心に手を動かしていると、プリミティブなダンスを踊っているような感じだったそう。

「日本画出身なので自然の鉱物も使ってきましたが、今回インドで生まれた絵は、これまでと違う。描くというより中に入っていく…。紙も土も目の前の人も自分の一部だという感覚でした」
そして、「地上で枝を広げ、葉が落ちて腐葉土となり、循環しているのが横軸の世界だとしたら、地下の目に見えない根っこの部分は縦軸の世界。自分だけの世界でなく、死んでいった人もこれから生まれてくる人も、過去も未来もつながり影響し合っている」と、髙濱さんは話します。

展覧会に関連して、トークやパフォーマンスなどさまざまなイベントも企画されています。
3月16日のトークイベント「痛みを希望に変えるアートって何だろう」には、四国こどもおとなの医療センターでホスピタルアートのディレクターをしているNPOアーツプロダクト代表の森合音さんをゲストに、アートがもたらす生きる力について対話が重ねられました。髙濱さんの作品を見て、「初めて出会う巨樹のような印象を受けた」という森さん。「アートは自然。病院にアートを取り入れるのは、壁に窓を開けるのと同じなんです」という言葉が印象的でした。


3月16日に行われたトークイベント「痛みを希望に変えるアートって何だろう」。左から、髙濱浩子さん、林淳子さん、森合音さん


髙濱浩子さん|画家・アーティスト
1969年、神戸生まれ。1987年、嵯峨美術短期大学で日本画を専攻。1991年の個展をきっかけに、作品発表やイラストなど活動の場を広げる。1995年の阪神淡路大震災での体験をきっかけに人間の命とアートについて探求を始める。2008年にインドに渡リ、詩人ラビンドラナート・タゴールが開いた大学に1年留学。2011年、スペインで外尾悦郎氏(サグラダファミリア賠罪聖堂彫刻家)に学ぶ。近年、絵画制作だけでなく、国内外で環境教育、医療、福祉などのワークショップやファシリテーターも務める。


■旅する木 髙濱浩子 めぶきのまつり
会期:2024年3月16日(土)-4月9日(火)、※3月27日(水)、4月3日(水)は休廊
開廊時間:11:00-18:00 *最終日は16:00まで
場所:ギャラリー島田 B1F un & 1F deux & trois (神戸市中央区山本通2-4-24リランズゲート)
https://gallery-shimada.com/


神戸・北野のハンター坂、安藤忠雄設計のリランズゲートにあるギャラリー島田